第12話
「どういう事か説明してもらいましょうか?」
本から目線を離さず私は来たばかりの桂吾に話し掛けた。
「何をだ?」
「昨日暇をもて余した私はここに来たのよ。」
「……そうか。」
「そこで美和さんの彼氏の神田桂吾さんのお母さんに会ったわ。」
桂吾は黙っている。
「あなたは誰なの?」
黙り続ける桂吾に少しイラついたけど、どんな顔をしてるのか怖くて本から目を離せなかった。
「何か言いなさいよ。あなたは誰なの?まあ、私達は最近会ってここでしか会わない仲ですからね。偽名でも嘘ついても何ら問題はないんでしょうけど。あなたは私の命の恩人だし、感謝も尊敬もしてるけど、やっぱり面白くない…って言うか寂しいわよ。」
素直な気持ちを吐き出すように出た自分の言葉に馬鹿みたいだけど涙が込み上げて来た。それを悟られないように本に少しだけ近づき桂吾の言葉を待った。
「まいったな…。」
何の答えにもなっていなかったけれどやっと返ってきた言葉に少しホッとした。
「まいったのはこっちよ。」
「そうだよな。ごめん。でも、もう少しだけこのままで居させてくれないか?いつか…ちゃんと説明する。」
「本当の名前は教えてよ。」
「桂吾だよ。嘘じゃない。」
「…そう。」
名字は?と聞きたかったけど、そこで『神田』と言われたら何も信じられなくなりそうで止めた。このままでいる事を誰より望んでいるのは私なのだから。
「分かった。本当に後でちゃんと説明してよ。」
「ありがとう。」
目に溜まった涙をさりげなく袖で拭って顔を上げた。今日初めて見た桂吾の顔ははにかんだ笑顔だった。それを見た途端、モヤモヤした心が軽くなった。何かズルい。
「仕方ないから許してやるか…。ただ1つ条件がある。」
「何だよ。」
「一緒に写真撮って。はい、笑って笑って。」
有無を言わせず自撮りで写真を撮る。写真の中の桂吾は横を向いてしまっていた。
「もう、ほらこっち向いて笑って…はい。」
まだ少し残っていた涙のおかげか目が潤んで2割増し位に可愛く撮れた…と思う。桂吾ははにかんだ笑顔で写っている。
「うん。なかなか良いのが撮れたわ。」
「いきなり撮るなよ。こっちにも撮られる心構えってのがあるんだから。」
「ふ~ん。それで何かが変わるのかしら?」
「寝癖がないかとか色々あるだろう?」
「安心して大丈夫だったから。」
私が笑うと桂吾もつられて笑った。
私はやっぱりこの時間が好きだ。もちろん桂吾が何者なのか知りたいけれど、隣に彼がいて本の話をしたり愚痴を言ったり、他愛のない話で笑い合ったりする事が出来るのならそれすらも些細な事に思えた。
「…で、『人形の家』は読み終わったのか?」
「誰かさんのせいで全然読み進めてません。誰かさんのせいでね。」
「藪蛇になったな。申し訳ない。」
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