第6話
今日は生憎の雨。
屋上には屋根がない。当たり前だけど。
私は屋上に続くドアのある踊り場で難解な文章と格闘していた。
「嫌な天気だな。」
桂吾はそう言うと私の隣に座った。
「どこまで読んだ?」
「ハンスが神学校に入った所まで。」
「遅いな。」
「仕方ないじゃない。3歩進んで2歩下がるみたいに読んでるんだから…。」
それは比喩ではなく本当の話だ。
「そろそろ読み馴れてくるから速くなると思うぞ。今までの感想を聞かせてくれよ。」
「そうね…。」
私は一呼吸置きながら感想を頭の中で整理した。
「何か自分を見てるみたいで嫌だったかな。優秀優秀って褒められて、期待に応えようって好きな事我慢して…でも、親や先生がそうした方があなたの為って言うのを信じてたわ。私ってハンスと一緒じゃない?って思った。」
整理したはずの感想は口から発せられると違った形になり、ただの愚痴の様になってしまっていた。
「でも今は違うんだろ?」
「そうね。こうして学校を平気でサボれる立派な不良になりました。」
「不良はヘッセ読まないんじゃないのか?」
「それは偏見よ。不良だってヘッセもドストエフスキーもシェイクスピアだって読むに違いないわ。現に桂吾が読んでるんだから。」
「それこそ偏見だ。」
二人で笑った。いつもの青空の下、今日の狭い踊り場、他のどこでも桂吾と一緒なら私は笑える気がした。そう言えば、ここ最近、桂吾といる時にしか笑ってないな。
「でも、私とハンスが決定的に違うのは明らかね。」
「何でそう思うんだ?」
「ハンスはちゃんと周りの期待に応えてるじゃない?私は見事にドロップアウトしたわよ。」
「それに関してはネタバレになるから答えは保留しておくよ。後、まだ学校サボり始めて数日だろ?ドロップアウトを語るには日が浅いぞ。」
「そうね。ちゃんとドロップアウトできる様に努力と研鑽が必要よね。」
「ドロップアウトに一番似合わない言葉だな。」
そう笑いながら桂吾は立ち上がる。
「もう行っちゃうの?」
寂しそうに言う私に桂吾は少し驚いたような顔をした。
「いや…花…交換してこようと思って…。」
「あ…そうだね。私も行く。」
帰ってしまうと勘違いしてしまった事と寂しい声を出してしまった恥ずかしさを誤魔化す様に私は明るい声を出して立ち上がった。
「まだしばらくいるさ。」
桂吾はポツリと呟いた。
「うん。」
傘を差し美和さんに花を供える為、私と桂吾は本降りの雨の中に飛び込んで行った。
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