第5話

「はぁ…。」


 溜め息が澄んだ空気に溶ける。

 今日も学校をサボった。桂吾が来るのは午後3時過ぎ。朝からここにいる私にはそれまでの時間は暇の一言だ。持ってきた小説は午前中で読み終えてしまったし、勉強なんてする気にもならない。


「暇そうだな。」


 コンクリートの上に大の字で寝転がっていた私に桂吾が声をかけた。


「暇よ。もっと早く来なさいよ。」


 桂吾が来た事が嬉しいくせに私は悪態をつく。早く来なさいよって言うのは本心だけど。これでも最初に会った夕方より早く来てくれているのは十分承知していた。


「何で瑞穂の暇潰しの為に俺が早く来なくちゃいけないんだよ。」


 そりゃそうだ。でもその言い方は少し悲しい。


「ケチ。どうせ学校行ってないだから暇なんでしょ?たまには1日付き合いなさいよ。」


 寂しいとか言ってみろよ私。可愛くないな。


「俺にも都合があるんだよ。この時間が最速だ。」


「ケチ。」


「そう言うなよ。」


「そうだ。何かオススメの本とかない?読めてなかった小説持ってきてたんだけど、読み終わっちゃったのよね。」


「本か…。『車輪の下』は読んだ事あるか?」


「『車輪の下』?ヘッセの?」


「ああ。」


「名作だけど読みづらいイメージね。もちろん読んだ事はないわ。面白いの?」


「面白い…と言うか考えさせられる物語だな。こんな機会でもないと読まないんじゃないかな…と思って。」


「そう…。じゃあ読んでみるわ。帰りに本屋に寄っていこう。」


「その必要はないさ。」


 そう言うと桂吾は懐から一冊の文庫本を取り出した。カバーはなく、大分読み込まれている。お世辞にも綺麗とは言えない。


「貸してくれるの?」


「ちゃんと返せよ。」


「うん。ありがと。」


 パラパラとめくり飛び込んでくる文字達はその並びだけで難解な文章である事が分かる。


「古い訳の本だから読みづらいかもな。でも頭の良い瑞穂なら読めると思うぞ。」


「桂吾が文学少年だとは思わなかったわ。感想言うね。」


「ああ。楽しみにしてるよ。」


 二人でいつもの場所に花を供える。


「彼女の名前…聞いてなかったね。何ていう名前なの?」


「美和。」


「美和さんか…。会ってみたかったな。桂吾がこんなに惚れ込んでるんだから、きっと素敵な人だったんでしょうね。」


「美和と瑞穂ならきっと仲良くなってたと思うぞ。口の悪い所なんて一緒だしな。」


「美和さ~ん。桂吾が文句言ってますよ~。」


 桂吾が笑う。この笑顔が私は好きだ。

 あれ?

 私は桂吾に恋しているのだろうか?まだ名前しか知らないこの人に…。単純な女…自分が嫌になる…。

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