第2話

 今日、死のうと思う。

 この世にこれっぽっちも未練なんかない。

 私が死んでも世界は何も変わらないだろう。

 母は悲しんでくれるかな?「本当に困ったらお母さんに言いなさい」って今朝言ってたけど、本当に困っているのが今なんだけど…って言えなかった。

 私をいじめてるやつらは後悔するだろうか?遺書にあいつらの名前を書いて復讐するのも悪くないけど、どうせ「そんなつもりはなかった」とか言うんでしょ?じゃあ、どんなつもりよ。


 一番迷惑のかからない死に方を色々考えた。隣町に自殺の名所の廃墟ビルがあるからそこの屋上から飛び降りる事にした(それなりの迷惑はかかるかもしれないけど電車とかよりマシでしょ)。

 

 今日はとても良い天気。飛ぶには最高の青空。屋上の縁に立って空を仰いだ。


「ちょっと、あんた。」


 後ろから急に声を掛けられて体がびくつく。振り返ると私と同じ年頃の少年が立っていた。


「そこに立たないでくれる?」


 そう言われ足元を見ると萎れた花が落ちていた。いや、置いてあったのだろう。

 私がその場を離れると少年は萎れた花を片付け新しい花を置いた。


「お供えですか?」


「…まあね。」


「誰にですか?」


「……大事な人。次はあんたの分も持ってくるよ。」


「…?私の?」


「ああ。あんた、死にに来たんだろ?死んだらついでに花を供えてやるよ。」


 その淡々とした語り口に何だか腹が立ってきた。確かに私はここに死にに来たのだけれど、それをとても簡単な事のように言う少年に不快感を覚えたからだ。


「結構です。死んだら花なんて見れませんしね。」


「そう。」


 言った後にしまったと思った。間接的に彼の花を供えるという行為を否定してしまった。そんな私の心の内を無視するかの様に彼は話した。


「じゃあ、あんたは幽霊とかは信じてないんだな?」


 唐突な質問に私はとっさに答えた。


「見たことないし…。」


「見えているモノしか信じないのか?」


「そんな事ないけど…。あなたは信じてるの?」


「ああ。信じてるよ。」


「そう…。私は死んだら全てが無になると思っているわ。ツラい事も悲しい事も全部ね。」


「じゃあ、もし無にならないで幽霊になるって分かったら死なないのか?」


「そうね。無になれないなら死ぬ意味はないわね。もしかして、私が死ぬのを止めてくれてるの?」


「いや、そんなつもりはないよ。死のうと思う位のツラい事があるんだろ?ただ…。」


「ただ?」


「俺なら死なないかな。」


「それはあなたが強いからでしょ?耐えられない弱い人は消えていく選択肢しかないの。」


「そうは見えないけどな。それに俺は強くなんかない。後悔しているだけだよ。」


 そう言うと彼は背中を向け屋上を後にしようとした。


「もう行っちゃうの?」


 自分の口から出た言葉に私は驚いた。何だ私…寂しいのか?


「ああ。見られてたら死にづらいだろ?

 でも、もし死ななかったら明日もこの時間ここに来ればいい。俺は毎日来てるから。」


 彼は振り返りもせずにそう言って去って行った。


「変なヤツ…。」


 気が付けば青かった空がオレンジ色の侵略を受けはじめていた。青い空を飛びたかったのに…。私は今日死ぬのを止めた。


 




 

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