第22話 少女と決意

「というわけで実は兄妹だった」


「は?」


 ヌイグルミが置かれたベッドに腰掛ける。自室ではなく隣にあるもう1人の妹の部屋で。


「かくかくしかじか、という訳で」


「えーーっ!? マジで!?」


「……どうしてこの説明で分かるのさ」


 華恋にした話と同じ昔話を説明。部屋主は終始感嘆の声をあげながら耳を傾けていた。


「作り話みたいな展開じゃん。少女漫画でそういうの読んだ事あるよ」


「華恋も同じこと言ってた。まさか自分がそんな体験する事になるとは思ってなかったって」


「華恋さんも知らされてなかったの? 自分のお母さんから」


「そうっぽいね。教えてあげたら驚いてたよ。んで泣いてた」


「うわぁ……それって嫌われまくってるって事じゃん」


「なんで?」


「だってこんな男と双子なんてヤダって意志の表れでしょ? 可哀想に」


「それはどっちに対しての可哀想なの?」


 関係性は打ち明けたが心境までは話していない。お互いに好意を抱いていたという事実は。


 華恋と話し合って親戚の家に行く事は先延ばしに。双子なんだから別々に暮らすのはおかしい。そう主張したら父親も母親もあっさり承諾。ただ2人にも本当の理由は言わなかった。


「その話を聞かされた時どう思った? やっぱりビックリした?」


「そりゃあね。香織だって知り合いの人が実は兄弟だって聞かされたら驚くでしょ?」


「だねぇ、卒倒するかも」


「まさか自分がもう1人いるなんて思わなかった。類似点なんかほとんど無いし」


「そうかな。顔とか結構似てると思うけど」


「え~」


 さすがにその考え方には同意出来ない。女っぽい顔とは言われるが本物の女性と比べたら違うので。


「じゃあこれからは華恋さんの事もお姉ちゃんって呼ばないといけない訳か」


「いや、その前に僕の事をお兄ちゃんって呼んだ事ないじゃん」


「あれ? そうだっけ?」


「別に今まで通りで良いんじゃないかな。変に気を遣おうとしなくても」


「そっか、そうだね」


「基本的にはあんまり変化ないよ。ただ関係が双子になるってだけだから」


「……うん」


 場に和やかな空気が広がる。真面目な話題を交わしていたが居心地は悪くなかった。


「もしかしたら私も含めて三つ子という可能性も…」


「いやいや、香織は年齢違うじゃないか」


「ちっ…」


「なんで舌打ち?」


 さすがに彼女まで血の繋がりがあるとなったら全てが冗談であると言わざるを得ない。あまりにも両親達の繋がりが複雑すぎるので。


「ふぅ…」


 香織にはこうして説明したが学校の皆には打ち明けていない。華恋に『内緒にしておいてほしい』と言われたからだ。どうやらクラスの皆には双子であると知られたくないらしい。


 せめて相談に乗ってくれた智沙にだけは伝えようとしたがそれも頑なに拒否。なので家族だけでしか秘密を共有出来ていなかった。


 だがもちろんそんな状態をいつまでも続けられる訳がなく。休み時間に本人の方から問い詰めてくる事態になった。




「それでどうだったのよ? おじさん達に話したの?」


「え? 何を」


「アンタ達のイチャラブ関係を公認してもらう件よ。アタシに相談してきたでしょうが」


「さ、さぁ…」


 席に座っている最中、友人が背後から近付いてくる。肩に手を添えて声をかけてきた。


「ほっほ~う、このアタシを相手にとぼけようってかい」


「いや、本当に何を言ってるか分からないのだが…」


「ごまかすって事はまだ話してないか、失敗したって事よね? そうなんでしょ?」


「え~と…」


 失敗したといえば失敗だった。話をする前に夢を打ち砕かれてしまったというのが真相。


「んで、どっちなのよ? へたれな雅人の事だからどうせ行動に移せてないんだろうけど」


「じ、実はそうなんだよ。なかなか機会が掴めなくてさ」


「さっさと言っちゃいなさいよ。華恋が可哀想じゃない、今のままだと」


「……うん。まぁ、そのうちね。キッカケ見つけて打ち明けてみるさ」


 適当に嘘をつく。永遠に訪れないであろう日を口にして。


「2人でなに話してたの?」


「ん? 秘密の作戦会議」


「秘密…」


 雑談に花を咲かせているとそこにもう1人が追加。話題の張本人が介入してきた。


「前に智沙に相談したでしょ? 僕達の事について。その話をしてたんだよ」


「あぁ。秘密って言うから何事かと思っちゃった」


「雅人がサッサと行動起こさないからこの子がいつまでも落ち込んでるんでしょうが。早く言っちゃいなさいよ」


「だからそれはそのうち…」


「格好つけた割に男らしくない態度。ねぇ、華恋?」


 女性陣2人が目を合わせる。アイコンタクトでもするかのように。


「え? うん…」


「早く堂々とイチャイチャしたいでしょ? この男と」


「……はは」


「早く行動しないと他の男に乗り換えるって言って脅してあげなさいよ」


「ん…」


 しかし彼女達のテンションは雲泥の差。片方は陽気で、もう片方は落ち込み気味。その原因を知っているだけに心がえぐられるようなやり取りだった。


「んで、どこまでいったわけ?」


「な、何がっすか?」


「もうキスとかしたの?」


「うぉいっ!」


 不埒な発言につい力んで立ち上がってしまう。漫才のツッコミのような勢いで。


「あれ? まだしてないんだ。じゃあ手を繋いだりとかは?」


「しないよ。これからもずっとしない」


「うわっ、ひど。こんな事言ってるけど、どうする?」


 そのまま話題は恋愛関係の進展具合に。踏み込みたくない領域に突入していった。


「……そうですね。困ってしまいました」


「もっと強気で責めてやんなさいよ。下手に出てるとコイツ調子に乗るわよ」


「そうなったら泣いてしまうかもしれません…」


「ちょ……あんまり勝手に話進めないで。ていうか智沙が一番調子に乗ってる」


「人のせいにしないでよ。ちょっと興味本位で聞いてみただけじゃない」


「とにかくこれ以上はやめてくれ。華恋が泣いちゃう」


 本当に泣くかもしれない。そう思えたので会話を強制的に中断。彼女の顔はそれぐらい物悲しい表情になっていた。


「ねぇ、あの子変じゃない? 今、敬語使って喋ってたわよ」


「あぁ、そういえば」


「元気なさすぎるじゃない。どうしちゃったのよ」


「きっとお腹痛いんだよ。朝たくさん食べてたから」


 華恋が席に戻ったタイミングで友人が話しかけてくる。不安そうな表情で。


「もしかして……アタシのせい?」


「へ?」


「アンタ達の事、余計な部分に踏み込んじゃったかなぁと思って」


「気にしなくていいよ。智沙は何も悪くないから」


「そうかな。少なくとも話しかけてきた時はもう少し元気あったような気がするんだけど」


「ほら、女の子特有の日っていうか。デリケートな体調異変の時ってあるじゃん?」


「……ドスケベ糞野郎」


「す、すいません…」


 咄嗟に思い付いた言い訳で彼女を鼓舞。その行動は蔑むような視線を生み出してしまった。


 ただ動機はどうあれ今のやり取りが落ち込む原因になっていたのは事実。やっぱりまだ割り切れてないのだろう。理屈では分かっていても簡単に受け入れられるハズがないのだから。




「華恋」


「あ…」


「今日はバイトないんでしょ? 一緒に帰ろ」


 放課後になると声をかけた。ローテンションの同居人に。


「今日は体育でバスケやったんだけどね。颯太がズボンを前後反対に穿いてて大笑いしちゃったよ」


「……へぇ」


「試合中に皆で爆笑してさ、しかもその場で脱ぐからまた笑いが起こって」


「そうなんだ…」


「何度思い返しても愉快だよ。あれは最高だった」


「む…」


 そのまま2人並んで学校を出る。話題提供の為に授業中に起きた出来事を打ち明けながら。ただ相手からの返事が乏しいので独り言を連投する羽目に。


「ねぇ、いい加減落ち込むのやめようよ」


「……え?」


「辛いのは分かるけどさ、いつまでもクヨクヨしてても仕方ないって」


「クヨクヨ…」


「もう忘れよ。人生もっと楽しまないと」


 我慢出来ずについ叱ってしまった。励ますという本来の目的を見失って。


「ほら、もっと自分の趣味に夢中になれば良いじゃん。コスプレとかアニメとか」


「……アンタはもう何ともないの?」


「僕?」


「うん…」


「まぁ、今はそんなにヘコんでないかな」


「そっか…」


「もう結構時間も経ったし。それに2人揃って落ち込んでたら周りに怪しまれるからさ」


 真相を知らされた当初は自分も今の彼女みたいな感じだった。何をするにもやる気が起きず、何を口に入れても味を感じず。誰かに話しかけられても曖昧な返事をするだけ。


 だがそんな状態を続けているうちに落ち込んでいる行為自体に辟易。いろいろ悩んでいるうちに吹っ切れてしまったのだ。


「華恋も新しい楽しみとか見つけると良いよ。そうすれば自分の世界観を変えられるから」


「……雅人は何か見つけたの? 新しい楽しみ」


「いや、特には」


「じゃあ、どうしてそんなに元気なのよ…」


「う~ん、何でだろう。元々こういう性格だったのかもしれない」


「……薄情者。本当に私の片割れか」


「ははは、やっぱり何もかも同じにはならないって事だよね。育ってきた環境で違うんだよ」


 達観したような気分。楽しい訳でもないのにテンションは妙に高い。


「はあぁ……やっぱり私にはアンタみたいに割り切る事は出来そうにないや」


「しばらくしたら嫌でも忘れられるよ。立ち直るのが早いか遅いかの違いだって」


「そうなんだけどさぁ。一生このままの状態が続く気がするのよねぇ」


「それは有り得ないでしょ。おばあちゃんになってもこのままだったら、ある意味凄いや」


「……雅人じいちゃん」


 今までに彼女を何とか元気づけようと画策はしてみた。どこかへ遊びに連れ出してみようと計画したり。


 ただ2人っきりで出かけると余計に勘違いに拍車をかけそうだから行動に起こしてはいない。何より身の危険を感じていた。


「なんか良い方法ない? 嫌な事を一瞬で吹き飛ばしてしまう魔法みたいなアイテムとか」


「頭をガツーンと殴って記憶喪失」


「あぁ……それ良いかも。今なら無抵抗で受け入れられそうな気がするわ」


「僕が警察に捕まってしまうからダメだよ。やるなら自分で……っていうかやったらアカン」


「なら他に何かないの。私の記憶を消す方法」


「う~ん……あるにはあるんだけど、あんまりお勧めしたくない」


「どんな?」


 頭の中にあるアイデアを思い付く。外道とも思える荒療治を。


「か、彼氏を作るとか」


「はあぁ?」


「ようは恋をしてるからズルズル引きずっちゃってる訳でしょ? なら別の誰かを好きになってしまえば忘れられるんじゃないかなぁと思うわけさ」


「……あ?」


「ダ、ダメですかね…」


 躊躇いはあったが意を決して提案を口に。対して返ってきたのは睨み付けるというリアクションだった。


「恋するって誰とよ。まさかあの馬鹿となんて言い出さないわよね?」


「いや、あの告白してきた先輩とか。名前忘れちゃったけど」


「……けっ」


「グレないでくれよ。不良じゃないんだから」


 やはりお気に召さなかったらしい。そもそもそんな方法で解決するならここまで悩む必要は無かった。


「しばらくは彼氏作らない。ていうか一生作らない」


「そう悲観的にならなくても。人生まだまだこれからじゃん」


「だってぇ……もし好きになった相手が実は兄妹でしたってなったらどうすんのよ」


「そんな事はもう二度とないから安心しなさい」


「でも現にそういう事が起きちゃったじゃない。やっぱり私は恋しちゃいけないんだってば」


「どんだけネガティブ思考なの?」


 発言に対して否定的な意見ばかりが返ってくる。口を尖らせる動作と共に。


「華恋がそういう考え方してるなら、その間に僕が恋人作っちゃうよ」


「えっ!?」


「一足先に大人になってやる。そして青春を謳歌してやるんだ」


「や、やめよ……ねぇ、やめよ」


 仕方ないので方向性を変更。押すのを諦めて引いてみる事にした。


「一生独り身でいたいっていうなら結構。なら自分だけ幸せになるよ、じゃあね」


「ちょっ…」


「すっごい優しい子見つけてさ、毎日一緒にお昼ご飯を食べるんだ」


「やぁだああぁあぁぁっ!!」


「そして仲良くなったら家に招待してやる。部屋でイチャイチャしたりするかも」


「……そんな事したらその子のお腹刺す。包丁でズブズブ刺してやるから」


「や、やめてくれっ! そういう危ない事を言うの」


 隣の華恋の顔を見たら目がうつろ。とても冗談を口にしている人間とは思えないような雰囲気を醸し出していた。


「だって…」


「安心しなよ。僕が部屋に女の子連れて来るなんて有り得ないから」


「え?」


「そんなにモテる奴じゃないって事は華恋が一番よく知ってるでしょ?」


「まぁ……言われてみたら確かに」


 恋人作る作戦は即座に中止に。上手くいけば今までの事を忘れられるかもと思ったがリスクが高すぎる。特に自分の彼女候補になる人が。


「ん…」


 華恋が袖を掴みながら側に接近。歩くペースを上げて少し強引に振り払った。


「今日は母さん達が早めに帰ってくるから楽だね」


「そうね。まぁバイトないから私が作っても良いんだけどさ」


「親戚の家にいる時も自分で作ってたの?」


「……うん。おばさん達、腰が悪くてあんまり長い時間立っていられなかったからさ」


「そっか。だからそんなに料理が上手なんだ」


「最初はいろいろ覚えるの大変だったけどね。慣れたら楽しくなってきたけど」


「へぇ…」


 彼女にこれだけ料理の才能があるのなら双子の自分にあってもおかしくはない。ただ何かを作る行為自体に興味を惹かれなかった。


「帰ったら何するの? またゲーム?」


「そうだね。他にやる事ないし」


「なら私も一緒にやって良い? 今日は宿題出されてないから」


「でもやろうと思ってるのホラーゲームだよ。それでも一緒にやる?」


「……や、やっぱりやめておこうかしら。目にも悪いし」


「本当に分かりやすいお嬢さんじゃのう」


 彼女が近付いてこようとするならその意志をはねのけなくてはならない。例え恨まれるような展開になろうとも。家族以上の感情を互いに抱いてしまった為に距離を置く必要があった。



「おはよ~」


「ちょっと何で黙ってたのよ!」


「え?」


 翌日、駅で合流した友人が大声で問い詰めてくる。切羽詰まった表情も付け加えて。


「な、なんの話?」


「アンタ達が兄妹だって。本当なの?」


「やっぱりそれか…」


「昨日からずっと気になっててさ」


「誰から聞いたの、それ?」


「あれ? てことはマジだったんだ。絶対ガセネタだと思ってたのに」


「あ…」


 何故こんなにもあっさりとバレるのか。誰かが漏らさなければ知られる事はないというのに。疑念を解消する為に隣にいる人物の顔を見た。


「えっ、私じゃない!」


「……だよね。わざわざバラす理由はないんだし」


「まさかアンタが…」


「いやいや、違うって」


 華恋と探り合いを始める。お互いに勢いよく手を振って否定した。


「……本当かしら」


「う、疑うのか。この純粋で誠実ともっぱら噂の僕を」


「ジーーッ」


「ち、違う。僕は無実だ」


「2人してさっきから何やってんのよ。アンタ達の妹から聞いたんだって、アタシは」


「へ?」


 即席の裁判を展開する。そんなやり取りを無視して友人がこちらに指を伸ばしてきた。


「え? ちーちゃんに言ったらマズかったの?」


 その行動で後ろに振り返る。おさげ髪の女子高生がいる方へと。もう1人の妹があっけらかんとした表情で突っ立っていた。


「こらーーっ!!」


「え、え…」


「こんのっ…」


「うわあぁぁーーっ!?」


 両手の親指を彼女のこめかみに突き刺す。そのままグリグリと回転。


「あががっ!?」


「何してくれてるのさ、このアホーーッ!」


「痛い痛い痛いぃぃぃ」


「ちょっとそれぐらいにしときなさいって。口から脳みそ吐き出しそうな顔してるわよ」


「ごああぁあぁぁっ!?」


「待って、この顔おもしろい。写真か動画」


「あはははは、OK。ケータイケータイ…」


 朝から駅前で大騒ぎ。周りを行き交う通行人達の視線を向けられながら。ある程度の罰を与えると遅刻しないように皆で改札をくぐった。


「いやぁ、しっかし本当に双子だったとはねぇ。親戚じゃなかったの、アンタ達?」


「父さん達にはそう聞かされてたんだけど実は兄妹だったんだよ」


「なんでわざわざ嘘ついたのよ、おじさん達は。最初から双子って説明するのが普通じゃない?」


「な、何故でしょうね…」


 親戚という関係は自分達が考えた設定でしかない。まさか適当に思い付いた情報が己の首を絞める原因になるなんて。


「ねぇ、どうしてなの? まだ何か秘密があるとか?」


「そ、それは…」


「アンタ達の家、いろいろ複雑すぎて訳分かんないんだけど」


「自分達でもイマイチ理解してないから安心してくれ」


「でもさ、どうすんのよ? アンタと華恋はお互いに好…」


「うぉっと!」


 話の流れで友人が秘密を漏らそうとする。慌てて口を塞いで阻止した。


「むぐっ!?」


「ストップ、それ以上はダメ」


「……ぷはーーっ! ちょっと何すんのよ。苦しいじゃない」


「ん」


 そのまま親指で後ろを指した。事情を知らない義理の妹の顔を。


「……あぁ、なるほど」


「え? 何々?」


 彼女はすぐに言いたい事を理解してくれたらしい。身内同士で恋をしていたなんて家族に知られる訳にはいかないから。


「ねぇ、な~に~? 私にも分かるように教えてよ」


「そんなに知りたい?」


「もちろん!」


「ならばこのゴッドハンドでその脳内に情報を叩き込んであげよう」


「ひいぃぃっ!?」


 混雑した車内の中で再びコントを展開。突き立てた親指で脅迫の意志を示してみせた。


「う~ん、しかし血の繋がりがあるどころか同時に生まれてたなんてね。どうして今まで気が付かなかったのかしら」


「えと……とりあえずこれ他の人には内緒ね?」


「ん? なんでよ?」


「クラスの皆に知られたら色々と面倒くさいし」


「あぁ、確かにこんな面白そうな話題を放っておくハズがないもんね」


「あんまり茶化されたくないからさ。僕も華恋も」


「そっか…」


 両親の死以上に辛かったのが失恋。抗う事さえ許されない関係性が精神に重くのしかかっていた。


「でも血の繋がった兄妹なのにさ、ずっと別々に育てられたってのは悲しいわよね」


「まぁね。もしかしたら知らなかった方が良かったのかも」


「そう考えたくなる気持ちも分かるわよ。アタシがアンタ達の立場だったらショックだもん」


「……うん」


 どこから知らなければ良かったのだろう。双子だという繋がりか、お互いに好意を持っていたという事実か。それとも華恋という1人の人間の存在だろうか。


「あと公園で相談した件もクラスの皆には内緒で」


「禁断のアレね。おっけ」


「もし言ったら智沙が刺されるかもしれないから」


「は?」


 その後も4人で会話しながら学校へとやって来た。といっても喋っていたのは主に自分と友人だけ。


 香織は怯えていて、華恋は塞ぎ込んだ状態。秘密がバレてしまった事が余程ショックだったのかずっと落ち込んでいた。



「ねぇ、お母さん聞いてよ。まーくんがさぁ…」


「まだそのネタ引っ張るの? 何度も謝ったじゃないか」


 夜になると家族5人で食卓を囲む。テーブルの上に置かれた山盛りのカキフライをオカズに。


「頭が痛くて小テストの点数悪かったんだからね」


「それは香織が普段から勉強してない結果でしょ。僕のせいにされても困る」


「おかげで放課後に居残りさせられちゃったし。どーしてくれるのさ?」


「だから知らないってば」


「あっはははは」


 兄妹喧嘩を見て母親が大笑い。時折よく分からない事でツボにハマるから不思議だった。


 父親はテレビを見ながら端末を操作。華恋はずっと黙ったまま食事を継続。


 少しずつだけど元の生活に戻れている気がする。家族と顔を合わせても悲しい感情は湧いてこなかった。



「……またか」


 自室で勉強していると1件のメッセージが届く。断りの返事を書いて送信した。


「はぁ…」


 ここ数日、華恋の部屋への訪問を拒んでいた。自分が向こうに行く事も。嫌でも毎日顔を合わせるわけだし、連絡を取り合う事が出来ない訳でもない。ただ2人っきりになれない展開に彼女は不満を持っていた。




「雅人」


「ん?」


 翌日の放課後に華恋が声をかけてくる。戸惑った様子で。


「あの……さ」


「あぁ、ごめん。今日は用事あるから無理」


「……え」


「ん~と…」


 話を濁すようにキョロキョロと辺りを回視。目的の人物を発見するとそのまま接近した。


「智沙、じゃあ行こっか」


「は? 何よ」


「ほらほら、急げ急げ急げ~」


「ちょ、ちょっと!」


 事情を把握していない友人の背中を強引に押す。華恋と目を合わせないようにしながら2人で教室を出た。


「なんなのよ、いきなり」


「ごめん。協力してもらっちゃった」


「訳が分からん。しっかり説明しなさい、このアンポンタン」


 不満な面を浮かべている友人に向かって簡潔に話す。無理やり連れ出した目的を。


「あ~、はいはい。つまり華恋と一緒に帰りたくなかったとそういう訳ね」


「うん。颯太はまた居残りで宿題やらされるし」


「そこで部活も居残りもないアタシに目をつけたのか」


「悪いね。なんだか利用しちゃったみたいで」


「利用したみたいってか利用したんでしょ。別に良いわよ、アンタ達に巻き込まれるのに慣れてきたもん」


「ご、ごめん…」


 返す言葉がなかった。無関係の人間を巻き込んでしまっているのは事実だろう。気軽に声をかけてしまったが誉められた行為ではなかった。


「アンタさ、よっぽど愛されてたのね。あの子に」


「う~ん……そうなのかな」


「そうに決まってんじゃん。じゃなかったらあそこまでヘコまないでしょうが」


「喜んでいい事なのか悲しむべきなのか…」


「これが普通のクラスメートとかなら良いんだけどね。まさか相手が双子の妹とか」


「はあぁ……どうして兄妹だったんだろ」


「手ぇ出してなくて良かったじゃん。うっかり妊娠でもさせてたら自分達だけの問題じゃ済まなくなってたわよ」


「へ、変なこと言わないでくれっ!」


 混乱が止まらない。頭の中で嫌な想像を浮かべてしまった。


「ん…」


 ただこうやって避けていても家では顔を合わせてしまうから辛い。食事やトイレの時は必ず一階に下りてこなくてはならないし。


「はぁ…」


 それからも華恋は毎日、家族に感づかれないように振る舞っていた。いつもの作り笑いを。


 とはいえそれは誰かの視線が向けられた時だけ。1人きりになると別人のように変貌。シンクで食器を洗っている時の横顔は首でも吊ってしまうんじゃないかと思えるぐらい悲壮な物だった。




「雅人、聞いてくれ!」


「え? 君、誰?」


「ふざけんなっ! 俺だよ、俺!」


 休み時間に声をかけられる。ニヤニヤとした顔付きの颯太に。


「実はな、昨日凄い発見をしたんだ!」


「ほう。どんな?」


「北国の女子高生はな、どれだけ寒くてもスカート姿なんだよ」


「は?」


「いやぁ、感心したぜ。これで強風によるパンチラハプニングがあったら完璧だったんだけどなぁ」


「……あの、もしかしてまた女子校見学に行ってた?」


「おう。フェリーや長距離トラックを乗り継いでさっき帰って来た所だぜ」


「どこまで遠征に行ってたのさ…」


 どうやらまだ例の趣味を続けていたらしい。呆れるのと同時にその凄まじい行動力に驚嘆してしまった。


「……あれ?」


 彼と別れると静かに席に座る。するとズボンのポケットが小刻みに振動している事に気付いた。


 取り出した端末の画面には1件のメッセージが存在。差出人はここ数日頭の中にずっと居座り続けている双子の妹だった。


『大切な話があるので放課後に家の近くの公園に来てください』


 書かれていたのは呼び出しを意味している文面。ただし何故か敬語で。


「マジっすか…」


 ちゃんと会話をしたくての行動と予測。いつも避けているからこうしてわざわざ2人っきりになる機会を設けてきたのだろう。


「……う~ん」


 ケータイをポケットに仕舞いながら頭を捻る。この呼び出しに応えるべきなのか否かを。


 無視するのは簡単だ。メッセージに気付かないフリをして真っ直ぐ帰ってしまえば良い。


 しかしそれだと問題をただ先延ばしにしただけ。何より大切な話をしようとしている彼女の気持ちを踏みにじる行為となってしまう。


「どうしよう…」


 悩みながら視線を別の方向へと移動。友達とお喋りをしている智沙の方を見た。


「あっはははは、ウケる」


「……ん」


 彼女に相談してみるのも良いかもしれない。何かいいアイデアを伝授してくれそうだから。


 ただまた自分達の問題に巻き込む事になってしまう。本人は気にしてない素振りを見せているが、あまり良い行為ではない。


「はぁ…」


 やはり1人だけで何とかするべきだ。華恋だって誰にも相談出来ずに苦しんでいるんだから。



「行くか…」


 そして放課後になると椅子に座ったまま待機する。待ち合わせ相手と鉢合わせしないように少し時間をズラしてから教室を出発した。


 駅にやって来た後は電車に乗って地元へ。下車して目的の場所へと歩き始めた。


「おまたせ」


「……ん」


 平静を装って声をかける。ベンチに腰掛けていた待ち合わせ相手に向かって。


「今日はバイト休みだったんだね」


「うん。最近シフト減らしてもらってるから」


「そういえば華恋のバイト先に行った事ないや、一度も」


「別に来なくて良いわよ。恥ずかしいだけだし」


「突き放されると逆に行きたくなっちゃうなぁ。いつ行こうかな」


「くんな。来たら殴るわよ」


「その時は店長に告げ口してクビにしてもらおう」


「アンタねぇ…」


 どうやら怒ってはいない様子。覚悟していた展開にならなくて胸を撫でおろした。


「それで話って何?」


「あ……うん」


「告白の類いなら受け付けないよ。悪いけど」


 鞄をベンチに置くと彼女の正面に立つ。場の空気を和ませる為のジョークを口にしながら。


「……あ~あ、先に言われちゃったか」


「もしかして…」


「最後に思い切って言ってみようかと考えてたんだけど」


「……そんな事の為にわざわざ呼び出したの?」


「んっふふ。だとしたらどうする?」


「はぁ…」


 呆れるように溜め息をついた。ワザとらしく大袈裟に。


「そういうのやめてくれよ。この話はもう終わったじゃないか」


「まぁね。私って意外に諦めの悪い奴なんだなぁと思ってさ」


「まったく…」


「……アンタには最初に言っておこうかと思って」


「何を?」


「私ね、やっぱり親戚の家に行く事にしたから」


「え…」


 反論しようとした瞬間に時間が止まったような奇妙な錯覚を覚える。耳に入ってきた言葉が原因で。


「ずっと考えてたんだ。アンタに振られた時から」


「華恋…」


「どうしたら付き合えるか。どうしたらもう一度振り向いてもらえるかって」


「……ん」


「一度は私の事を好きって言ってくれたんだから、頑張れば上手くいくんじゃないかと思ってた」


 その話はもう終わったハズだった。真実を打ち明けたあの日に。


「でもアンタは振り向いてくれなかった。感情よりルールを優先して」


「それは…」


「分かってる、間違えてるのは自分の方だって。でも私はそう簡単に割り切れなかった。雅人みたいに」


「……ごめん」


「バカって思うかもしれないけど本気だったんだよ。何とかしようと全力で奔走した」


「別にそんな事は思わないけどさ…」


「でも途中で気付いちゃったんだよね。何やってんだろ、私って」


 彼女が両手を組む。そのまま青とオレンジが混ざり合った空に向かって伸ばした。


「だんだん無駄な努力を続けてるみたいでアホらしくなっちゃった」


「……それと親戚の家に行く事に何の関係があるの?」


「ねぇ。雅人はもし好きな人が自分以外の誰かと仲良くしてたらどう思う?」


「ん? そりゃあ嫉妬する……かな」


「そうだよね~。良かった、何とも思わないって言わなくて」


「はぁ?」


 投げかけられた質問の意味が理解出来ない。脈絡が無さすぎて。


「私はアンタが他の女の子と仲良くしてるのを見るのが辛い。だからいなくなるの」


「あ…」


「おじさん達にもう一度お願いしなくちゃ。悪いけど転校の手続きお願いしますって」


 しかしその答えはすぐに判明。耳を塞ぎたくなるような言葉が耳に入ってきた。


「せっかく新しい友達が出来たのになぁ。また1人ぼっちだ」


「……本当に行くの?」


「え?」


「本当に行っちゃうの? 無理しなくてもここに残ってれば良いじゃないか」


 つい興奮して声を荒げる。両手を強く握り締めながら。


「アンタねぇ……今の話、聞いてた?」


「聞いてたさ。でもその話は断ったハズでしょ? どうして今更また受けるのさ」


「だから私がそうしたいからそうするの。理解しろ、馬鹿!」


「2人で話し合って決めたじゃないか。今の家で一緒に暮らそうって」


「その時とは気持ちも考え方も違うの! もうアンタが振り向いてくれないって分かったんだから」


「僕とそういう風になれないから転校するって言うの?」


「そうよ。悪い?」


「……っ!」


 頭にきた。せっかく2人で兄妹として生きていこうと決めたハズなのに。今度こそ本物の家族になろうと誓ったハズなのに。彼女の主張はあまりにも身勝手な内容だった。


「いい加減にしてくれ、そんなのただのワガママじゃないか。どうして自分勝手な事ばかり言うんだよ」


「だってしょうがないじゃん。もう無理って分かっちゃったんだもん」


「だからどうしてそれが離れ離れになる理由になるのさ。今まで通りで良いじゃないか」


「その今まで通りが耐えられないから変えたいって言ってんの、分かれっ!」


「分からないよ!」


 お互いに感情を激しくぶつけ合う。公園の奥で遊んでいる小学生達を無視して。こうなっては売り言葉に買い言葉。冷静な話し合いなど出来なくなっていた。


「良いじゃないか、別に恋人同士になれなくても。一緒の家で暮らせるんだし」


「でもそれ以上の関係になれないんだよ? ただの家族でいるしかないんだよ、私達」


「そりゃあ、そういう運命だったと諦めるしかないさ。どうしようも出来ないんだから」


「……またそれか」


「またって言わないでよ。事実じゃん」


「もうそれ飽きた。違う言葉で説明して」


「あのさぁ…」


 肩を掴もうと右手を動かす。しかし途中で停止。気のせいか彼女の瞳の中に光る物が見えた気がした。


「雅人はさ」


「え?」


「どうしてそこまで私と一緒に住む事にこだわってるわけ?」


「それは…」


 問い掛けの台詞に息が詰まる。兄妹だからという言葉を口にすれば良いだけなのに。


「んっ…」


 彼女と出会った当初、異性として見ていた。どこにでもいるちょっと怖い普通の女の子として。


 だからショックだった。好意を寄せていた相手と結ばれる事の出来ない現実が。


 その後に考えたのは現状維持。いつの間にかいなくなっていた父親や母親のように妹だけは失いたくなかった。


「ねぇ、何で?」


「……ん」


 間近で視線が交わる。何度も見てきた綺麗な瞳と。


 そこには1つの期待が込められていた。目の前にいる人物がある言葉を口にする展開を。


 それはほんの少ししか残されていない可能性で、希望と呼ぶには相応しくない一縷の望み。同時に今までずっと避けてきた道でもある。


 だからこそ答えなくてはいけなかった。暴走している妹と、気持ちを揺れ動かされそうになっている自分自身と決別するために。


「兄貴だからだよ…」


「……そっか」


 小声で答えを出す。唇を震わせながら。


「ならやっぱり私は行く。アンタの前からいなくなるね」


「うん…」


「もう止めないの? 行くなって」


「無理だよ。止める権利も資格もないもん」


「兄貴なのに?」


「……兄貴だからだよ」


 まるで呼吸をするように皮肉を吐いた。自嘲気味に。


 華恋が恋愛の成就を諦めきれなかった事と、自分が彼女を転校させたくなかった理由は同じ。ただのワガママ。


 もし彼女の気持ちを正面から受け止められないのなら共同生活を望んではいけない。お互いに辛い思いをするだけだから。


「いつ行くの? 向こうに」


「ん~、すぐには無理かな。お世話になる相手の事情とかもあるし」


「そっか」


「おじさん達に訳を話して、クラスの友達にも話さないと」


「忙しいね」


 お互いに口調を穏やかな物に変える。険悪な雰囲気はいつの間にか消え去っていた。


「バイトも辞めなくちゃ。せっかく慣れてきたのに」


「最初はうだうだ文句言ってたよね。先輩ウザイとか言って」


「だって本当にムカついたんだもん。何度殴ってやろうと思った事か」


「落ち込んでクヨクヨしたりするよりマシかもね。その負けず嫌いな部分を見習わなくちゃ」


「性別が逆だったんじゃないの、私達」


「あぁ、それは有り得るかも。神様が入れ違えちゃったんだよ、きっと」


「神様のバカ…」


 2人してジョークをネタに盛り上がる。自虐の意味も込めて。


「んーーっ、全部吐き出したら色々スッキリしたぁ」


「この前、トイレから出てきて時にも同じこと言ってなかったっけ?」


「……あ?」


「いてっ!?」


「不謹慎極まりない発言はヤメろ!」


「は、はい」


 続けて軽い下ネタを投下。お気に召さなかったのか顔面に軽いビンタが飛んできた。


「淋しくなるね…」


「すぐに慣れるわよ」


「……そっか」


 頬に涼しい風が当たる。どこか心地良い空気が。


 頭上を見上げると大きな旅客機を発見。轟音を立てて雲の隙間を飛んでいた。


「ん…」


 2人で無言のまま立ち尽くす。空の彼方に消えて行く飛行機をその場でしばらく眺めていた。

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