第21話 現実と現在
「ねぇ、おじさん達に話してくれた?」
「……うん」
父親と話し合いをした翌日、朝の教室で華恋に呼び出される。周りに聞かれないように2人して廊下へと出た。
「どうだったの? やっぱり怒られた?」
「いや…」
「なら何で落ち込んでんのよ。昨日も帰って来てから部屋に籠りっきりだったし」
「……今日ってバイトある?」
「え? うん、あるわよ。8時まで」
「なら悪いけど休んでくれないかな。大事な話があるんだ」
持ちかけた提案に彼女が小さく頷く。納得のしていない表情で。
「別に構わないけど…」
「悪い。じゃあまた放課後に…」
簡単な用件だけ済ませると教室に引き返した。気まずい空気から逃げ出すように。
「やだなぁ…」
聞きたい事、言わなくちゃいけない事がたくさんあった。なぜ親戚の家に行く事を黙っていたのか。なぜうちに来る事になったのか。実の母親は今どうしているのかを。
授業中もずっとその事ばかり考えていたので注意散漫に。先生に空返事を指摘されたが微塵も恥ずかしいとは感じなかった。
「今からどこ行くの?」
「誰もいない所」
「とりあえず向こうの駅付近はやめて。バイト先の人に見つかっちゃったらヤバいし」
放課後になると2人で学校を出る。彼女の腕を引く形で。
「アンタ、朝からずっと暗いけど大丈夫? 昨日、何かあったの?」
「……華恋さ、親戚の家に行くんだって?」
「あ……うん。まだいつになるか分からないけど」
「どうして黙ってたのさ。前から決まってた事なんでしょ?」
「ごめん。言おう言おうとは思ってたんだけど、なかなか切り出せなくて」
「そういう事は先に教えといてくれないと。母さんから聞かされてビックリしたじゃないか」
「ごめんね…」
そして河川敷までやって来ると動かしていた足を停止。2人で草の上に腰を下ろした。
「昨日さ、父さんといろいろ話をしてきた」
「……喋ったんだ。私達の事」
「いや、言ってない」
「え?」
「言えなかった。言えなくなっちゃったんだ」
「ど、どういう事?」
小さく言葉を紡ぎ始める。毅然とした態度を意識して。
「父さんに聞かされたんだ。自分の出世について」
「……うん」
「僕の父さんね、本当の父親じゃなかったんだよ」
「は?」
「僕を産んでくれた母さんが前に付き合ってた人との子供なんだって」
「え、え…」
続けて自身の生い立ちを説明。まるで赤の他人の話をするかのように淡々と語った。
「……そんな事があったんだ」
「17年間生きてきたけど知らなかったよ。まさか義理の親子だったなんて…」
「ん…」
「華恋はさ……昔、僕と会った事あるの覚えてる?」
「え? 何それ」
「まだ物心ついたばかりの頃かな。一緒に遊んだ事があるらしいよ、公園で」
「へぇ……それは初耳だわ」
よく見る夢の中には同い年ぐらいの女の子が存在。きっとあれが華恋だったのだろう。
「じゃあ今の家族の中に雅人と血が繋がってる人はいないんだ」
「そういう事になるね。あんまりショック受けてないから良いんだけどさ」
「ふ~ん、逞しい発想」
「ただ代わりに新しい家族を見つけたよ。長い間、側にいたのにずっと気がつかなかった」
「どういう事…」
悔しさを堪えるように地面に生えていた草を握る。そのまま力任せに引っこ抜いた。
「言われてみたら納得だったよ。誕生日まで同じなんだもん…」
「……何言ってるの、アンタ」
「でも指摘されなきゃ気付かないよ、普通は」
「さっきから何の話をしてるのよ。私にも分かるように説明して」
「華恋は……お母さんから自分の父親について聞かされた事ある?」
「え?」
少しだけ横にいる彼女の顔を見る。投げかけられた質問を濁すように。
「あんまり無いかな。興味なかったし」
「そっか」
「今どこで何してるの分からないけどさ、知らない女と再婚でもしてるんじゃない? 勝手にそう思ってるわよ」
「そっちこそ逞しい発想だよ…」
自分も産みの親に関してはあまり興味がなかった。それは母親が欲しくなかった訳ではなく過去の経緯を尋ねるのが怖かったから。
「なら出生の秘密を知ってしまったから話を切り出せなかったって事?」
「……だってさ、言える訳ないじゃん。好きになった相手が家族だなんて」
「それは前から分かってた事でしょ。ずっと一緒の家に住んでたんだから」
「そうじゃない。そういう意味じゃないんだよ…」
「何? どういう事なの」
苦しんでいると見当違いの意見が飛んでくる。勘違いしている人間の発想が。
「華恋を産んでくれたお父さんとお母さんは、僕の父親と母親なんだ」
「は?」
「華恋を育ててくれた母親は僕にとっての本当の母親。そしてさっき言った死んでしまった父親っていうのは……華恋のお父さんなんだよ」
けれどいつまでも隠し続けても意味がない。決意を固めて真実を語り始めた。
「母さんが産んだ子供は双子で、その時に産まれたのが僕と華恋なのさ」
「なんで…」
「つまり僕達は最初から家族だったんだ。血の繋がった」
「……なんでそんな嘘つくのよ」
「え? いや、嘘じゃないよ。全部本当の事だし」
「違うじゃない。私とアンタは今の家で知り合って、それから…」
「だから産まれてから別々に育てられたって事なの!」
告白に対して当然の答えが返ってくる。狼狽えている反応が。
「僕達の父親はもうこの世にいなくて、華恋のお母さんと僕達2人が本当の家族だったんだ」
「……違う」
「違わない。それが真実」
「違うっ! 私はただの居候でおばさん達にお世話になってるだけ。アンタとはただの同居人」
「ならお父さんはどこにいるんだよ。今の話が嘘なら父親がいるハズでしょ、華恋には」
「そ、それは…」
「信じたくない気持ちも分かるよ。こんな突拍子もない話」
全てが空想だったらどんなに良かった事か。このやり取りも昨日の会話も。
もちろんそんな願いが叶わないと承知していた。心は子供でも社会の残酷さは理解していたから。
「おじさんの言ってる事が嘘って可能性もあるんじゃない。証拠とかないんだし」
「何の為に嘘つくのさ。意味がないじゃん」
「けど…」
「とにかくこれは本当の話なんだ。僕も父さんも嘘なんかついちゃいない」
反論に反論を重ねる。現実と絶望を受け入れるように。
「じゃあ…」
「え?」
「じゃあ私、どうすれば良いの? アンタのこと好きになって、なのにその相手が兄妹だったなんて」
「……ん」
「初めてだったのに……こんなに誰かを好きになったの初めてだったのに」
「ごめん…」
「どうすれば良いのよ。そんな話を聞かされて私は…」
「……どうしようも出来ない」
ずっと前を見ていた。景色だけを見ていた。夕日に照らされ光っている川を。茜色に輝く空を。
隣にいる彼女の顔を直視出来ない。泣きそうな声で喋っているその表情を視界に入れる事が怖かった。
「ねぇ、雅人」
「む…」
「どうすれば私達、付き合っても良い事になるの?」
黙り込んでいると肩を掴まれ揺さぶられる。不安な気持ちを体越しに伝えるかのように。
この場から逃げ出す事は容易だった。立ち上がって全力で走れば良いだけ。今の彼女相手なら簡単に振り切る事が出来るだろう。そうすればこの耐え難い状況から脱出する事が出来た。
「前にさ、家を出て行ってでも構わないから僕と付き合いたいって言ってた事あったじゃん」
「え?」
「もしかしてその時には親戚の家に行く話を聞かされてたの?」
「うん…」
「……そっか」
問い掛けに対して彼女が頷く。小さくゆっくりと。
「私はこれからもアンタの事を好きでいて良いのかな…」
「え?」
「今まで通り、ずっと両思いでさ…」
「ダメだよ、そんなの。言ったじゃないか。家族なんだって」
「家族だから何? 兄妹だから何? 親が同じだと分かったら好きになったらいけないの?」
「当たり前じゃん。だって兄弟で付き合ってる人、見た事ある?」
「ないよ。でも…」
そして穏やかな空気は再び修羅場に突入。互いに声を荒げる口論に発展した。
「結婚だって出来ないでしょ? 法律上でも無理なんだよ、僕達が付き合うのは」
「そんなの関係ないっ! それは大人が決めたルールだもん」
「その大人の決めたルールがあるから付き合えないんだよ。僕達だってその世界の中で生きてるんだから!」
「雅人だって言ってくれたじゃん、私の事が好きって。アレは嘘だったの?」
「嘘じゃないよ……嘘じゃ、ない」
「だったら…」
泣きそうだった。今すぐ大声で叫んでやりたかった。
「誰も悪くないよ。父さん達も、華恋のお母さんも」
「……う」
「ただ組み合わせが悪かったんだ。出会い方と別れ方が」
「あ、あぁ…」
「華恋?」
「……うあっ、あぁあ」
現実を認識していると隣から言葉になっていない台詞が聞こえてくる。息を詰まらせた嗚咽が。
「私、何にもしてないのに…」
「ん…」
「まだキスだってしてないのに……なんで、なんで」
「うん…」
「……あ、うあぁ」
「そうだね…」
「うああぁあぁぁぁっ!!」
そして何かがはちきれたように彼女が喚き出した。今までに聞いた事がない程の大声で。
「んっ…」
一瞬、頭を撫でてあげようか迷う。抱き締めてあげようかと。でもそれは出来ない。もしそんな真似をしたら再び勘違いさせてしまうだけだから。
「あぁあぁぁっ!」
「……ん」
「うっ、んぐっ…」
「はぁ…」
「……まさと」
「ん?」
どれぐらいそうしていたかは分からない。しばらくすると隣から弱々しい声で名前を呼ばれた。
「どうしてアンタは泣かないのよ…」
「もう昨日いっぱい泣いたから」
「部屋で?」
「……うん」
決して強がっている訳ではない。平静を保っていられるのは既に絶望を受け入れた後だから。
「今日、学校行くの嫌だったもん。朝起きたくなかった」
「そうなんだ…」
「もう良いの? 割り切れた?」
「んんっ…」
質問に対し彼女が首をブンブンと横に振る。駄々をこねる小学生のように。
「無理。まだ全然これっぽっちも納得出来ない」
「なら気の済むまで泣けばいいさ。家に帰ったら涙も流せなくなるんだから」
「だって私ばっかりグズってるとバカみたいなんだもん…」
「別に周りに誰もいないんだから気にしなくても」
「アンタも泣け。そしたら許してあげる」
「……何を?」
「私を慰めてくれなかった事」
「えぇ…」
励ましていると理不尽な要求を突き付けられた。何一つ理に適っていない意見を。
「前だったらもっと優しくしてくれたのに…」
「もう今は華恋の知ってる奴じゃないからね」
「この薄情者ぉ…」
「知らなかったの? 本当は情の薄い人間だって事を」
「バカ」
「嫌いになりたかったらなっても良いよ。その方がお互いに楽だし」
突き放すような一言を口にする。その言葉に反応して彼女の肩がビクリと震えた。
「そんなの無理に決まってるじゃん。だからこうして泣いてるのに…」
「……うん」
「アンタはもう私のこと好きじゃないの?」
「さぁ、どうだろうね」
「教えてよ。気になるんだから」
「嫌いって答えたらどうする?」
その時、初めて泣き止んでからの華恋の顔を直視した。瞳が充血している表情を。
「殴る」
「な、何でさ!」
「殴って殴って殴りまくる。んでもって抱きつく」
「……意味わからないよ」
「アメとムチで虜にするの。私以外の人を好きになれないようにしてやるんだから」
「ひえぇぇ!」
咄嗟に身構える。ヤンデレ女に暴力を振るわれない為に。
「だから殴られたくないなら冗談でも私の事を嫌いなんて言ったらダメ」
「は、はい…」
「ねぇ」
「ん?」
「キス……したらダメかな」
「は!?」
怯えていると突飛な意見を持ち出された。呆れるような声を出してしまう程の提案を。
「だって両思いなのにまだ一度もしてくれてないし…」
「あのさ、今までの話聞いてた? 僕達は兄妹だって言ったでしょ?」
「そうだけどさぁ、いきなりそんな事言われても実感湧かないし……それにしたいし」
「キス?」
「……うん」
「はぁあ…」
大きく溜め息をつく。対話相手に聞こえるようにワザとらしく。
「もういい加減諦めてくれ。そういうの出来なくなっちゃったって言ったじゃないか」
「まだ皆にはバレてないよ、私達がお互いに好きなんだって。だったら良いじゃない」
「そういう事じゃなくてさ、現実的にやっちゃいけない関係なんだよ。分かる?」
「……じゃ、じゃあコレで最後にするから」
「え?」
「ワガママ言うのはコレで最後にする。もう絶対これ以上は迷惑かけない」
説教をするも言葉が途中で停止。その原因は目の前にある儚げな表情だった。
「これからはちゃんと兄妹だって割り切るよ」
「最後の思い出にって事?」
「うん…」
彼女の言葉に決意が鈍る。胸に抱いている理性をひっくり返してしまいそうな勢いで。
「もし今しなかったら、私は一生後悔して生きる事になると思う」
「……した事で後悔が生まれたとしたら?」
「そんなの関係ないし。未来の私の事情なんか知ったこっちゃないわよ」
「主張内容がメチャクチャ…」
口では拒絶していたものの同意し始めていた。常識を大きく逸脱した要求に。
「ほ、本当にもうしない?」
「え?」
「約束出来る? 二度と同じワガママは言わないって」
「……あ」
「最初で最後だから。こういう事するの」
立ち上がって彼女に近付く。逃がさないように肩を掴んだ。
「え、え…」
「後悔してもしらないよ。言い出しっぺはそっちなんだから」
「嘘…」
そのまま真っ直ぐに見つめる。震えた瞳を。
「んっ…」
目の前にある瞼が静かに閉じた。迫り来る現実から逃げ出すように。
聞こえてくるのは小さな息遣い。草木を揺らす風の音。
すぐそこにある唇にかぶりつくように体を動かしていく。心臓の高鳴りが止められなかった。
「あーーっ、やっぱりダメェ!!」
しかし口からは情けない声が出てしまう。同時に掴んでいた肩を振り払いながら。
「……え」
「無理無理、華恋とそういう事なんて出来ないよ」
「ちょ、ちょっと…」
「頑張ってみたけどダメだった。ごめん」
「は?」
張り詰めた空気の中で降参を宣言。心臓はドキドキするし手は震えるわで思わず突き放してしまった。
「背伸びなんてするもんじゃないね。残念だけど諦めよう」
「……こ」
「お?」
「こんのヘタレがああぁぁぁぁっ!!」
「え? 何々」
達観していると彼女が声を張り上げる。怒りを剥き出しにした声を。
「うわっ!?」
そして振りかぶった右手をこちらの顔面目掛けて発射。どうにかぶつかる寸前でかわした。
「な、何するのさっ!」
「アンタが途中でやめたのが悪い! やるならちゃんと最後までやりなさいよ」
「だって仕方ないじゃん。踏ん切りがつかなかったんだから」
「許さない許さない、絶対に許さないっ!」
「だから悪かったって謝ったじゃないか。勘弁してくれぇ」
「このっ…」
更に今度は顔を近付けようと無理やり接近。ウサギのように飛び跳ねてきた。
「ストップ、ストップ」
「んんんっ!」
「変態かって。離れてくれよ」
「んーーっ、んーーっ!」
肩を掴んで猛攻を阻止する。身の危険を感じたので武力で制圧する事に。
「うりゃーーっ!!」
「きゃああぁぁぁっ!?」
脳内でイメージした柔道技を即座に実行。制服姿の女子高生を勢いよく草むらに転がした。
「あ、悪い」
「……いったぁ」
「つい力入れすぎちゃった。大丈夫?」
「大丈夫じゃない。思い切り腰打った。どうしてくれんのよ」
「起きれる?」
倒れていた華恋に手を差し伸べる。謝罪の意味も込めて。
「……何よ?」
「いや、なんか悪寒がした…」
「ちっ」
「どんだけキスに執着してるのさ…」
けれどすぐに引っ込めた。どうやら隙を見て引き寄せるつもりだったらしい。
「してくれないと大声で人呼ぶわよ。喚き叫んで」
「ど、どんな風に?」
「キャーーッ、変態に襲われるぅって」
「それ、君の事だから」
彼女がブツブツ文句を言いながら立ち上がる。スカートに付着した草を振り払うと再び近付いてきた。
「アンタ、妹にこんな真似して許されると思ってんの?」
「正当防衛だから平気」
「……そういえば私達ってどっちが兄で姉なのかしら?」
「う~む、どっちなんだろう」
顎に手を添えて考える。正解の不明な答えを。
「分からないってんなら私、姉が良い」
「え? なんで?」
「だって威張れるじゃない。アンタに色々命令だって出来るしさ」
「理由が適当……別に構わないけど」
「あれ? あっさり認めちゃった。妹好きそうだから反論してくるかと思ってたのに」
「だって家にもういるもん。2人もいらない」
「くっ…」
さすがに贅沢は言わない。ワガママを振る舞える立場でもないから。
「やっぱや~めた。私が妹ね」
「どうして変更するのさ。優柔不断なお姉ちゃんだなぁ」
「お母さんがいたら聞けたのにな。どっちが先に生まれたのか」
「遠くにいるんだっけ?」
「そ、ずっとずっと遠くにね」
「やっぱり会いたい? お母さんに」
話の流れで別の話題を持ち出した。ここにはいない家族の存在を。
「……そりゃあ会いたいわよ。親子だもん」
「だよねぇ、僕にとっても母親なわけだし。一体どんな人なんだろう」
「あのさ、雅人に言っておかなくちゃならない事があるの」
「ん? 何?」
「私の……私達のお母さんね、もういないんだ」
「……え」
続けて耳に有り得ない情報が入ってくる。信じられない内容の台詞が。
「私が小学生の時に病気になって…」
「病気…」
「病院で寝たきりの生活が何年も続いてたの」
「じゃ、じゃあ海外に行ったって話は…」
「ごめん。おばさん達と事前に打ち合わせして決めた嘘なんだ」
「……そっか」
小学生の時に母親が入院。それから親戚の家を転々としていたらしい。
母親の病状は一向に回復する事なく人生の最期を迎えてしまったとの事。それが華恋が我が家にやってくる少し前の話。
その入院していた病院に勤務していたのが父さん達。なんでも入院中の母親と旧知という事情で知り合ったというのだ。
「まさか引き取られた理由にそんな裏話が隠されてたとは驚いたけどね…」
「こっちだって驚きだよ…」
父親も母親もいつの間にかこの世からいなくなっていたなんて。少し変わった生活環境とは思っていたが、こんな波乱万丈な人生を歩んでいるとは思わなかった。
「親戚の家をたらい回しにされて嫌じゃなかった?」
「嫌に決まってるじゃない。いちいち引っ越しや転校しないといけないのよ? めんどいっての」
「ならうちにいると良いよ。これからもずっとさ」
「……今更もう遅いわよ」
「今だから言うんだよ。せっかく巡り会えた家族なんだから」
「あ…」
慰めるように優しい声をかける。自身への励ましての意味も込めて。
「アンタ、よくそんなクサい台詞を平気で吐けるわね。恥ずかしいと思わないの?」
「う、うるさいなぁ。別に間違えた事は言ってないじゃないか」
けれど彼女から返ってきたのはその親切心を無下にするような反応。あまりにも酷すぎる態度だった。
「おばさんから親戚に引き取られる話を聞かされた時ね、やっぱり嫌だった」
「でも了承したんだよね?」
「うん。私の立場からだと拒否する事なんて出来ないし。それに…」
「それに?」
「雅人がちゃんと引き留めてくれるって信じてたから」
「なるほど…」
どうやら提案を素直に受け入れていた訳じゃなかったらしい。ここにきて彼女の本心を知る事が出来た。
「しかしよくそんなクサい台詞を平気で吐けるね」
「う、うるさいっ! いちいちツッこむな!」
「もし僕が止めなかったらどうするつもりだったのさ」
「……大人しく出て行く。そうするしかないじゃない」
「意固地なお嬢さんだのう。泣きついてでも抗えば良いものを」
不器用に思えて仕方ない。実直で強情な性格が。
「どうしてこんな事になっちゃったんだろうね…」
「……うん」
「少し前まで付き合うとか付き合わないって話で揉めてたのに」
「まだ間に合うけど」
「さすがにもう諦めようよ…」
2人で再び河川敷に腰掛けながら夕日を眺め始めた。ベタな青春ドラマの一ページみたいに。
悲しい事があった時、夕焼けを見たくなる気持ちが今なら分かる。不安な気持ちが少しずつ癒されていった。
「……ん」
もし実の父親が交通事故に巻き込まれていなかったら今頃はどんな生活を送っていたのだろうか。見た事の無い男性と、記憶のかなたにいる女性を強くイメージ。
住んでいる家も通っている学校も違う。毎日顔を合わせる家族だって。不謹慎な話だが今の生活とどちらが幸せだっただろうかと考えてしまわずにはいられない。
ただ1つ分かっている事はすぐ側にはいつも華恋がいたという事だ。大切な家族の一員として。
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