第20話 過去と真実

「う~ん…」


 帰宅後。部屋の中をウロウロする。意味もなく何度も。


 家の中にいたのは香織だけだった。両親はいつも通り仕事。華恋も自室で閉じこもっている状態。


 もし隣の部屋にいる妹に打ち明けるなら早い方が好ましいだろう。2人が帰って来てからでは余計に話をしにくいし。


 だがその踏ん切りがつかないでいた。もうかれこれ20分近く逡巡を継続。


「……メールとかどうかな」


 口先で切り出そうとするからダメなのかもしれない。思い切って文章で伝えてみるとか。華恋の事を好きになってしまいましたと書いて送信。


「いやいや…」


 その状況をイメージしたが上手くいきそうにない。イタズラだと思われそうだった。


 仮に信じてくれたとしても彼女は部屋へと乗り込んでくるだろう。そして事情聴取を開始。


 ならやはり最初から対面して白状してしまった方が良い。向こうからの返事が返ってくるまでに緊張しなくて済むから。


「……行くか」


 1人で悩んでいても先に進まないのでとりあえず行動に移す事に。隣の部屋へと移動して2回ほど扉をノックした。


「ふぅ…」


 緊張感をほぐすように溜め息をつく。時間の流れが変わったと錯覚する空間の中で。


「あれ?」


 しかし何度叩いても反応がない。もしやと思いドアノブに手をかけてみた。


「……やっぱり」


 中に入るとベッドの上で寝ている妹の姿を見つける。彼女は器用に漫画を手に持ちページを捲っていた。


「ま、寝てるのなら仕方ないか」


 起こしたら可哀想だし、そこまで急いでしなくてはいけない話でもない。精神をリラックスさせるように言い訳を連発。


「はぁ…」


 華恋は部屋で待機中だった。話は1人ですると言って引っ込んでもらったので。ただそう意気込んではみたものの縮こまっているのが現実。


「あ…」


 自室へと戻ってくると気分転換にベランダへと出る。すると下を向いた瞬間に窓際にいた本人を発見した。


「お~い」


 どうやら彼女も同じ行動をとっていたらしい。手を振った瞬間に小さく振り返してくれた。


「……ん」


 もしかしたらこうして笑っていられるのも最後になるかもしれない。顔を合わせられるのも。


 ネガティブ思考は振り払ってしまおう。理屈ではそう分かっているのに心のどこかから滲み出てくる不安を隠せないでいた。



「ただいま」


「おかえり。父さんは?」


「今日は寮に泊まるって。母さんだけ帰って来ちゃったわ」


「そ、そうなんだ」


 妹が目覚めるのを待っていると階段を下りたタイミングでバッタリ遭遇する。帰宅した母親に。


「あの、後で話があるんだけど良いかな?」


「何? 大事な事?」


「まぁ割と。時間とれそう?」


「じゃあ着替えてくるからリビングに行ってて」


「いや、夕御飯の後でも構わないよ。急ぎではないし」


「ご飯食べた後だと母さんそのまま寝ちゃうかも。すぐ眠たくなっちゃうから」


「そ、そっか」


 2人揃うのを待とうと思ったが勢いで話し合いを提案。寝室に入っていく後ろ姿を黙って見送った。


「ふうぅ…」


 もうこうなっては逃げ出す事は出来ない。引き返す事も。


 言われた通り一足先にリビングへと移動する。テレビも照明も点いていない静かな空間に身を置いた。


「駅から自転車漕いできたから喉乾いちゃった。アンタも何か飲む?」


「あ、うん。なら烏龍茶」


「ほい」


「ありがと」


 しばらくすると母親が姿を現す。部屋着に着替えた状態で。


「で、話って何? 雅人がこうして改まって言い出すって事はよっぽどの内容なのよね?」


「いや、どうかな」


「学校の事?」


「え~と…」


 少しでも心証が良くなる話し方をしたい。切り出し方は大切だった。


「華恋の事なんだけど…」


「あの子がどうかしたの?」


「え~と、その……うちに来てから結構経つよね」


「……そうね。初めてうちに連れて来たの何ヶ月前だったかしら」


 母親が視線を逸らす。西日が射し込む窓の方へと。


「最初はビックリしたもん。いきなり知らない女の子と生活するとか言い出したからさ」


「まぁ事情が事情だったし。それにアンタ達には話してないけど特別な理由もあったからね」


「特別な理由…」


「そういえば話って何なの? あの子の事についてな訳?」


「あぁ、うん。華恋を預かるのは母親が帰ってくるまでなんだよね。それっていつ頃なのかなぁと思って」


 とりあえず遠回しに本題に触れていく事に。けれど質問に対して返ってきたのは暗い表情だった。


「その事についてなんだけど、そろそろアンタ達にも話しておかなくちゃいけないな~とは思ってたのよ」


「何を?」


「華恋ちゃんの親戚の人がね、華恋ちゃんを引き取ってくれる事になったの」


「……え」


「元々はその方の所で引き取ってもらうハズだったのよ。でも住んでる場所がここから遠くて、それで一旦うちで預かる事になったってわけ」


 衝撃的な報告が耳に入ってくる。唐突で予想外な情報が。


「向こうの親戚の人達も誰があの子を引き取るかで揉めたみたいで、それで今まで長引いちゃったの」


「ん…」


「アンタ達にはいろいろ迷惑かけちゃったけどようやく華恋ちゃんの居場所も決まったわ。今までありがとうね」


「居場所…」


 何を言われたのか分からなかった。目の前の人物が何を語っているのかも。


 告げられた言葉自体は理解できる。いくら何でもそこまで愚鈍じゃない。ただその意味までは受け入れていなかった。


「華恋ちゃんには少し前に話したんだけどね、時期を見てアンタ達にも教えようと思ってたのよ。けど雅人がこうやって切り出してくれたおかげで助かったわぁ」


「そ、それって決定事項なの?」


「え? もうほとんど決まっちゃってるわよ。あとは引っ越しと転校の手続きをして…」


「このままずっとうちで預かっててあげようよ。何度も転校させたら可哀想だよ」


 思わず反論する。机に手を突いて立ち上がりながら。


「確かにね。ようやくこの家にも慣れてきたのに、また違う環境で生活しろってのは酷な事よね」


「でしょ? なら…」


「でも先方ともそういう話で決まっちゃったから仕方ないのよ」


「……そんな」


 とはいえその行動で結果が変わるハズもなく。自分の発言は子供のワガママにすぎなかった。


「華恋は何て言ってるの。その事について」


「もちろん了承してくれたわよ。今までお世話になりましたって」


「えぇ…」


 居候させてもらってる身だから文句を言えないのは分かる。でもなら何故に黙っていたのか。


「どうしてもダメなの? このままうちで引き取り続けるのって」


「アンタが淋しい気持ちも分かるわよ? でも大人の事情ってものがあるの。親権とかいろいろ」


「じゃ、じゃあ華恋が嫌だって言ったらどうする? 本人が拒否しても無理やり転校させるの?」


「だから華恋ちゃんはもう了承してるんだってば。アンタ、母さんの話聞いてた?」


「もちろん聞いてるよ。でも華恋はきっとこの家から離れるのを嫌がる。断言してもいい」


 あれだけ離れるのを頑なに拒絶。表面上では受け入れていても本心では居候の継続を願っているに決まっていた。


「アンタ……どうしてそこまであの子にこだわる訳?」


「ん?」


「最初は嫌がってたじゃない、うちに住まわせる事」


「どうしてだと思う?」


 本心を打ち明ける絶好のチャンス。そう覚悟を決めた時だった。


「もしかしてお父さんから聞いたの? 華恋ちゃんの事」


「え? 何を?」


「もう聞いたからそういう事を言い出したんじゃないの?」


「親戚の家に行っちゃう話? それなら今、母さんが教えてくれたじゃないか」


「……そう。何も聞いてないのね」


 目を合わせた母親がゆっくりと机の方に俯く。意味深な台詞を口にしながら。


「どういう事? まだ何かあるの? 華恋の事で」


「お父さんが言ってないなら母さんからも言えない。ごめんね、変なこと聞いちゃって」


「ちょ、ちょっと待ってよ! ちゃんと教えてよ」


「もう話はここでお仕舞い。さぁ、夕御飯作らなくちゃ」


 理由を尋ねるもスルーの連続。歯牙にも掛けない対応ばかり。


「まだ話終わってないよ。隠さないで教えてってば」


「しつこいわね、アンタも。終わりったら終わりなの」


「そんな言い方されたら気になるじゃん。質問に答えてよ」


「どうしても知りたいなら明日お父さんに聞きなさい。母さんはもう知らないから」


「えぇ…」


 強く食い下がるが取り合ってもらえない。母親はグラスの中身を飲み干すとキッチンへと入っていってしまった。


「どうしよう…」


 自分達の関係を打ち明けるハズだったのに。覚悟も無しに聞かされた話は今の繋がりに終止符を打つような内容だった。しかもまだ華恋の事で隠している事があるらしい。


 ただこの場所でこれ以上粘っても無駄だろう。詳しい事情は父親に聞こうとケータイを取り出した。



「おう、待たせたな」


「お疲れ様。もう終わったの?」


「あぁ、父さんの人生は終わったよ」


「……何やらかしたの」


 翌日、仕事終わりの父親を出迎える。職員専用の出入口で。


「華恋ちゃんの事、母さんから何か聞いたのか?」


「親戚の家に引き取られる事が決まったって話だけ。あとは父さんに聞けってさ」


「そうか…」


「母さんが言ってた。華恋を引き取ったのには特別な事情があるって。どういう意味なの?」


 日曜日なので辺りが騒がしい。乗用車に乗った後は数多くの人が行き交う道路を走り始めた。


「雅人は前の母さんの事は覚えてるか?」


「え? 覚えてるわけないじゃん。離婚したのって僕が物心つく前でしょ」


「まぁ、そうだな」


「それが何か関係あるの?」


「関係あると言えばある、かな…」


 質問に対して返ってきたのは濁すような内容の言葉。その反応で脳裏にある考えがよぎった。


「……もしかしてその親戚ってのが母さんの事なの?」


 だとすれば華恋は前の母親の親戚。つまり自分と華恋も遠い関係者という事になってしまう。


「ん? あ、あれ…」


 ただ父さんと前の母さんは既に離婚している状態。その場合はどうなるのか悩んでいると隣から声をかけられた。


「華恋ちゃんを引き取ってくれる事になった人達というのは前の母さんの親戚なんだ」


「あ、やっぱり。なら華恋は元々身内みたいなものなんだ」


「……そうだな」


「母さんが言ってた特別な理由ってそういう事なんだね。前の母さんと華恋の母親が親戚って事なんだよね?」


「いや…」


「ん?」


 話を進めるが思った答えが返ってこない。推理に対する正解発表が。


「父さん達が離婚したのはな、ある事を知らずに結婚してしまったからなんだ」


「ある事…」


「母さんには結婚する前に親しくしている人がいたんだ。大学生の時からずっと付き合っていた人が」


「その相手って父さんなんじゃないの?」


「いや、違う。父さんと母さん、どちらともに面識がある共通の知人だ」


「その人がどうしたのさ」


 戸惑っていると父親が別の話題を持ち出してくる。関係があるとは思えない内容の話題を。


「その男と母さんは本当に仲が良かった。何をするにも2人でくっ付いていて」


「……うん」


「今の母さんとも知り合いだったんだぞ。年齢こそ違ったが互いに良い友人関係を築いていた」


「青春ってやつですかい」


「そして2 人は大学を卒業するのと同時に籍を入れる約束をしていた。2人の関係を知っていた父さん達はもちろんそれを祝福した」


「ふ~ん」


 今のエピソードが本当だとするならば自分を産んでくれた母親は2回結婚している事になった。その男性と、隣にいる父親と。


「だがある日、予期せぬ事が起きた」


「ん?」


「母さんと婚約していたその男が追突事故に巻き込まれ亡くなってしまったんだ」


「えっ!?」


「妙な胸騒ぎはあった。天気が芳しくない時にバイクで飛び出して行こうとしていたから」


「どういう事故だったの? 追突って事は車との接触事故?」


 軽い気持ちで聞いていた話に突然訪れたのは人の死という出来事。日常生活で考え得る最悪のハプニングだった。


「その友人が交差点で信号待ちをしている時にな。赤信号に気付かない乗用車が後ろから勢いよく突っ込んできたんだ」


「えぇ…」


「跳ね飛ばされた影響で交差点のど真ん中に移動。更に横から走ってきたトラックと衝突」


「……嘘」


「即死だったそうだ。目撃者の話によれば、バイクごと宙を舞った体は20メートルも飛ばされたらしい」


「うぇ…」


 事故現場を想像してゾッとする。フィクションでしか見た事のない世界を。


「連絡を受けた知り合いは次々に病院に駆けつけた。しかし彼が既に生存していない事を知るとその場にいた全員が泣き崩れた」


「……ん」


「父さんと母さんは医学を学んでいただけに悔やんでも悔やみきれなかった。人を救う為に医者を志していたのに、たった1人の友人さえ救えなかったなんて」


「だね…」


 父親の口調がいつもより暗い。普段の陽気な性格からは感じない切なさが滲み出ていた。


「自分達の無力さを思い知るのと同時にどうしようもないぐらいの悲しみに襲われた。まるで大切な家族を失ったみたいに」


「うん…」


「だが一番ショックを受けていたのは父さん達ではない。結婚の約束を果たそうとしていたお前の母さんだ」


「……そっか」


 それは両親が学生時代に経験した出来事。けして踏み入れる事は無いと思っていた生前の記憶。


「大切な婚約者を失った母さんはかなりのショックを受けたみたいで毎日部屋に引きこもるようになってしまった」


「へぇ」


「目もうつろで、とても少し前まで希望を胸に生きている人間とは思えなかったんだ」


「普通はそうだよ…」


「心配した父さん達が毎日様子を見に行ったんだが、なかなか立ち直ろうとしなくてな。大学を卒業間近にとうとう自主退学してしまったんだ」


「え?」


「そして事故から1ヶ月程しか経ってない頃、父さん達は自然と一緒にいるようになっていた」


「……まぁ何となくそうじゃないかとは思ってたけど」


 共通の知人を亡くしてしまったショックがキッカケだったのだろう。お互いに慰めあっているうちに親しくなっていったのだ。


「そして2人が結ばれるのにそう時間はかからなかった。元々母さんは婚約していたし、周りも悲しい出来事があった後のお祝い事だからな。反対せずに祝福してくれたよ」


「昼ドラみたいだね」


「ははは。周りの人達から見たら父さんが都合良く寝取ったように思えるかもな」


「あ、ごめん。別にそういう意味で言ったわけじゃ…」


「だが誰にどんな風に思われていても良かった。本人が幸せだったから」


 隣を見ると憂いを含んだ笑みが存在。昔の思い出を想起しているような表情が。


「毎日が幸せだった。友人を亡くしてしまった事は悲しかったが、お互いの存在がそれを忘れさせてくれていた」


「よ、良かったじゃん」


「2人で小さなアパートを借りて同棲していた。テレビもない質素な部屋でなぁ。今から思い返せば凄い貧乏な生活だったと思う」


「はは…」


 その頃の父親はまだ20代前半のハズ。5、6歳しか違わない年齢で自立していると聞くと自分が酷く子供に思えてきた。


「しかし結婚して1ヶ月もしないうちにある事が判明してしまったんだ」


「ほう」


「母さんのお腹の中に亡くなった友人との子供がいたんだ」


「え?」


 反射的に運転席の方に向き直る。計算ではなく無意識に。


「母さんは産むかどうか悩んでいた。まさか妊娠しているなんて考えもしなかったから」


「……妊娠」


「だが散々悩んだ挙げ句、母さんは産んだ。既にいなくなってしまった元婚約者の子供を」


「その子ってもしかして…」


「お前だよ、雅人」


「あ…」


 言葉が出ない。何かを言わなくてはならないのに何を言っていいのかが分からなかった。


「最近の雅人を見てると思うよ。アイツによく似てるなぁって」


「えっと、じゃあ…」


「父さんとお前に血の繋がりは無い。今まで黙っていてすまなかったな」


「……そう」


「いつか話そうとは思っていたんだ。雅人が成人した時にでもな」


「うん…」


 隣にいる父親はこの世界で唯一本物の肉親。ずっとそう思っていたがその認識は間違えていたらしい。


「今でこそこうして親子をやってるがな。雅人が産まれてきた時はそりゃあ複雑な心境だったぞ」


「どうして?」


「好きだった女性が、知り合いとはいえ違う男の子供を産んだんだぞ? 嫉妬しない訳がないだろう」


「あぁ、それで」


「出産した母さんと喧嘩してな。しばらくしてから離婚する事になったんだよ」


「……そうなんだ」


 誰かと付き合った経験が無い人間にはイマイチ分からない。想像だけでは追いつけない世界だった。


「だが女手一つで子供を2人育てるのは大変だからお互いに1人ずつ引き取る事になったんだ」


「えっ!?」


「二卵生の双子だったんだよ、お前は」


「僕が双子?」


「あぁ。だから母さんがお前達を産む時はかなりの痛みを伴ったらしい。男の俺達では一生分からないような激痛だ」


「そ、それ本当なの!? 今の…」


 必死に言葉を絞り出す。声を震わせながら。


「俺がお前を、母さんがもう片方の子を引き取る事になった。子育てなんかした事がないからいろいろ勝手が分からなくてな」


「その双子って…」


「けどまさかあの時に離れ離れになった女の子とこうして一緒に暮らす事になるなんて思ってもみなかった」


「……あ」


「雅人にもあの子にも、本当はもっと早くに打ち明けておくべきだったのかもしれない」


 聞きたくなかった。受け入れたくなかった。耳を塞いでその事実を否定してしまいたかった。


 しかし隣にいる人物はそんな心境を知る由もない。失態を打ち明けるように重たい口調で言葉を紡いだ。


「お前と一緒に産まれたその双子っていうのはな、華恋ちゃんの事なんだ」


「ん…」


 絶句という言葉はまさにこういう状態を表すのだろう。手は震え、口の中は砂漠のように乾燥している。


 自分が今どんな表情をしているのか。小さく顔を映したサイドミラーだけがその答えを知っていた。


「あぁ…」


 今までの記憶が強烈に蘇ってくる。走馬灯のように。


 思い返せばそうだった。彼女と初めて会った日も、ラブレターを貰っていた日も、告白された日だって。いつも華恋を前に特別な感情が渦巻いていた。


 密かにそれを恋だと思っていた。認めたくはないが恋愛感情なんだって。


 でもそうじゃない。ずっと感じていたこの気持ちはどこかで気付いていた家族に対するシンパシーだった。


「雅人が小学生になる前には母さんもちょくちょく会いに来てたりしてたな」


「……あ」


 どうするべきか悩んでいると声をかけられる。穏やかな口調に。


「もしかして公園の砂場で遊んだりしてた?」


「うん? 父さんは雅人を預けて違う場所にいたから正確には分からないが、公園に連れて行ったとは言ってたな」


「そうなんだ…」


「もしかして覚えてるのか?」


「うっすらとね」


 ならあの夢の中の女性が母親なのだろう。意識の奥底に存在している人物の正体が判明した。


「やっぱり聞かされてショックだったか?」


「そりゃあ、まぁ…」


「悪かったな。雅人の為とはいえ、ずっと内緒にしていて」


「うん…」


「でもな、これだけは覚えておけ」


「……何?」


「例え血が繋がっていないとしても、父さん達は紛れもない親子だ」


 何かを覚悟したように父親が力強く言葉を発する。落ち込んでいる息子を励ますような内容の台詞を。


「はぁ…」


 けれどその行動で心が晴れやかになる事は無かった。今の話の中にはあまりにも受け入れ難い事実がたくさんあったから。


 自分の父親は別にいる事。その男性は既にこの世にいないという事。更には血を分けた双子がいるという事。そして自分と華恋が決して結ばれてはいけない関係という事が。


「む…」


 それからしばらくは互いに無言。気まずい空気の中に身を委ねる事に。


「寄るか?」


「いい…」


「……そうか」


 コンビニの前を通りかかった時に話しかけられる。質問に対して窓の外を見ながら小声で返答。話し合いが終わった後はこれが唯一の会話だった。


「ただいま…」


 家に帰ってからは部屋に籠城。いつもなら飯時に呼びに来る母親も今日は来なかった。恐らく父さんが気を遣ってそう促してくれたのだろう。


「華恋…」


 彼女の顔を見るのが怖かった。対面しても何を言えばいいか分からなかったから。


 父さんの話によればまだ彼女には双子だと打ち明けていないらしい。でも遅かれ早かれ告げるハズ。本人がこの家を去ってしまう前に。


「あ~あ…」


 まさか他人だと思っていた人物が唯一血縁関係のある人間だったなんて。神様のイタズラを疑わずにはいられなかった。


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