第19話 デレとデレ

「ふぁ~あ…」


 平日の朝、いつも通りの時間に起きる。制服へ袖を通すと廊下へ。寝不足気味の頭を押さえながら階段を下りた。


「うわああぁぁぁっ!?」


 しかし途中で足を滑らせ転落してしまう。空中で2回宙1回半ひねりしながらトイレ横の壁に激突した。


「いつつ……はよ」


 腰が痛い。悶絶しそうなダメージと格闘しながら歩き出した。


 リビングには華恋しかおらずキッチンで孤軍奮闘。どうやら両親は既に出勤した後らしい。


「ねむ…」


 いつもの日常。ベッドから起きて、顔を洗い、朝食を食べて家を出るだけ。何も変わり映えしない風景。ただ今朝だけは少し違っていた。


「……何してるの」


「雅人に抱きついてんの」


 洗面所で顔を洗っていたら背中に圧がかかる。後ろから腕を回された影響で。


「凄く邪魔なんですけど」


「邪魔って言い方はヒド~い。泣いちゃうぞ」


「このままだと顔が洗えないのだが」


「う~ん、雅人の匂いがする」


「ちょっ…」


 忠告を無視して彼女が顔を擦りつけてきた。女性特有の2つの柔らかい物体も密着させながら。


「だ、大至急離れてくれ! 香織に見られたらマズい!」


「大丈夫だって。あの子、すぐには起きて来ないもん」


「そうだとしても家の中でコレはヤバいよ」


「心配性ねぇ。階段を下りてくる音が聞こえたら離れれば良いだけじゃない」


「その音に気付かない可能性だってあるし。それに顔を洗いたいんだから、ほら」


「ちっ…」


 主張に対して返ってきたのは不快感を表した舌打ち。上品で振る舞っている女子生徒からしたら有り得ない仕草だった。


「あ~あ、あの子がいなかったら2人で登校出来るんだけどなぁ」


「うちの可愛い妹を邪魔者扱いしないでくれ」


「……別にそういうつもりで言ったんじゃないんだけど」


「本当かな…」


 軽く睨み合いになる。片方は椅子に座り、片方はキッチンに立った状態で。


「それに2人で家を出たとしても、どうせ駅で智沙と合流するじゃないか」


「それは適当にごまかせば何とかなるから。家を早めに出るとか、先に行っててもらうとか」


「そこまでして一緒に学校行きたいんですか…」


「だって家だとおじさん達がいるじゃない。だったらせめて登下校ぐらいはアンタと2人になりたい」


「それはどうも…」


 あの日から華恋は変わった。根本的な性格や生活環境に変化はないが、2人きりになった時の言動が別人だった。


「ねぇ、帰りは一緒に帰ろうね?」


「僕は構わないけど……そっちは良いの?」


「なにが?」


「だからクラスメートに見られても良いのかって事」


「う~ん……それ嫌かな。恥ずかしい」


「でしょでしょ? ならやっぱり別々に帰ろうよ」


「でも従兄妹って設定だからあんまり気にしなくて良くない? 普通にしてれば良いだけなんだし」


 彼女が卵をかき混ぜながら話しかけてくる。照れくさくなるような話題を平然と。


「まぁ、そこまで言うなら…」


「よ~し、じゃあ放課後になったら教室に残ってなさい。先に帰るんじゃないわよ」


「はいはい…」


 話し合いに終点が見えないので妥協する事にした。こちらとしても嫌な気分にはならないし。


「ふぅ…」


 家ではこんな会話をしているが学校では今までと同じ。家族の前でも。


 別に恋人同士になった訳ではない。それは嫌だと強引に突っぱねたから。


 けれど彼女はお構いなしにと抱きついてくる。自分自身も公園で好きと宣言してしまっているのだから仕方ないだろう。


 嬉しいが照れくさい。心の中枢には戸惑いが溢れていた。



「雅人」


「え? 君、誰?」


「ふざけんなっ! 俺だよ、俺!」


 休み時間に椅子に座っていると声をかけられる。額に肉と書かれた颯太に。


「今日ゲーセン行かない?」


「ごめん。放課後は用事があるからちょっと…」


「用事って何だよ? 女の子とデートか」


「違うってば。どうしても外せない私用があるんだよ」


「俺に話せない事か。これは怪しい」


「えぇ…」


 妙な疑いをかけられてしまった。当たっているような外れているような疑惑を。


「華恋さんとデート?」


「違う違う」


「なら俺とデート?」


「どういう意味?」


「まぁ、いいや。お前を尾行すれば全てが分かるもんな」


「そんな…」


 今だけは恨めしい。彼の敏感なアンテナが。



「華恋、ちょっと」


「ん?」


 次の休み時間に彼女に声をかける。椅子に座っていたので手招きで廊下へと呼び出した。


「何? どうしたの?」


「あの……やっぱり今日は別々に帰らない?」


「はぁっ!? どうしてよ!」


 率直に用件を告げる。直後に険しすぎる表情が返ってきた。


「そ、そんなに怒らなくても。違う用事が出来ちゃったんだって」


「用事? まさか女の子とデートか!?」


「ぐわっ!?」


 続けて胸倉を掴んでくる。凄まじいパワーで。


「違うって。颯太にゲーセン行かないかって誘われたの」


「ゲーセン? んなもん断りなさい。私のが先約でしょうが」


「それがそうもいかないんだよ。用事があるって断ろうとしたら、怪しんだ颯太が僕の行動を監視するとか言い出してさ」


「……鬱陶しい奴」


「だから今日は諦めてくれ。また明日時間作るから」


「え~」


 下手に誘いを断っても怪しまれてしまう。ここは友人に付き合ってあげるのがベストだろう。周りの人間達に妙な関係性を知られるのは勘弁だった。



「あぁーーっ!?」


 放課後になると颯太と共に教室を出る。そして靴に履き替えようとした時に彼が唐突に発狂した。


「ちょっ……いきなりどうしたのさ」


「こ、これ…」


「何それ?」


「手紙が入ってた」


「え、えぇーーっ!?」


 その視線の先には履き物以外の物が存在していた。シンプルな白い封筒が。


『ずっとアナタの事を想っていました。とても大事な話があります。放課後に屋上まで来てください』


 2人して急いで中身を確認する。便箋には丁寧な文字が記されていた。


「うおおぉぉぉっ!」


「う、嘘…」


「ついに俺にも春がキターーッ!」


「でもこれ名前書いてないよ。イタズラじゃない?」


「きっと恥ずかしくて書けなかったんだよ。ウブな子だなぁ」


「どうするの? 行くの?」


「あったり前じゃん。拒む理由なんかどこにもないだろ?」


「そりゃまぁ…」


 もし自分が彼の立場でもそうするだろう。差出人が気になって仕方ない。


「なら早速行ってくるわ。相手の子を待たせても悪いし」


「ま、待って。確か屋上って立ち入り禁止じゃなかったっけ?」


「そういやそうだな…」


「やっぱり怪しいよ。やめておいたら?」


「いや、行く! 行って確かめないと俺の気が済まない!」


「え? ちょっ…」


 しかし忠告も聞かず友人は走り出してしまった。陸上部を彷彿とさせる全力ダッシュで。


「……行っちゃった」


 もしかしたら新手のカツアゲかもしれない。嫌な予感が脳裏をよぎった。


「あ、華恋」


「上手くいったか。んじゃ、帰るわよ」


「へ?」


 立ち去る友人の背中を見つめていると1人の人間が近付いて来る。クラスメートでもあり同居人でもある女子生徒が。


「待って待って。まだ靴履いてないんだから」


「何やってんのよ、トロくさいわね。さっさとしなさい。あのバカが戻って来ちゃうでしょうが」


「そう急かされても…」


 彼女に腕を掴まれながら移動。パートナーを入れ替えて校外へと出た。


「そろそろ手離さない? 歩きにくいんだけど」


「離したらアンタ逃げるかもしんないでしょうが」


「に、逃げないって。信用してくれよ」


「ん~、この辺りまで来たら大丈夫かな」


 校門を抜けると見慣れない場所までやって来る。団地やアパートが並んだ住宅街に。


「じゃあどこ行く? 行きたい場所決めて良いわよ」


「ど、どこって……家に帰るんじゃないの?」


「私、今日バイト休みなのよ。せっかくだから2人でどこか遊びに行こ」


「……だから駅と違う方向に来たのか」


 どうやら寄り道したいらしい。消滅したと思っていた予定が復活した。


「とりあえずお腹空いちゃったから何か食べたいかな。クレープとかどう?」


「クレープならあっちの商店街に行けば売ってるよ。食べた事ないから味は知らないけど」


「本当? ならそこ行こっか」


「え? ちょ…」


 行き先を提案すると再び腕を引っ張られる。ただし今度は肘と肘を絡め合う形で。


「あぁ、楽しみだわぁ」


「クレープが?」


「ううん、雅人とのデートがよ」


「デート…」


「そ、デート」


「……へへ」


「にひひぃ~」


 今までにも華恋と2人で出かけた事はあった。近くのスーパーまで買い物に行ったり、イベントに参加したり。だがこうしてハッキリとデートと言い切ったのは初めて。彼女の中で何かが変わった証なのだろう。


「ありがとうございました~」


 目的地までやって来ると女子高生グループが列を作っている姿を発見。その後ろに並び商品を1つ購入した。


「雅人は買わなくて良かったの?」


「うん、あんまりお腹空いてないし。それに今食べちゃうと晩御飯が胃に入らなくなっちゃうから」


「ご飯の量を減らせば良いだけじゃない。それとも私のが食べたかったとか」


 彼女が食べかけのクレープを顔の前まで差し出してくる。甘い香りが漂う物体を。


「いや、いらないって」


「遠慮しなくて良いのに。カスタードクリーム美味しいわよ」


「自分でお金出したんだから自分で食べなよ」


「いいから、ほらっ!」


「んぐっ!?」


 提案を拒否。その瞬間に無理やり口の中に押し込まれてしまった。


「どう? 美味しい?」


「まぁ……甘いかな」


「やだぁ、これって間接キスじゃない。どうしよぉ」


「……くっ」


 仕方ないので一口だけかじる事に。顔についたクリームを制服の袖で拭き取った。


「さ~て、次はどこに行こう」


「あっちのショッピングセンターの中にも美味しいクレープ屋さんがあるらしいよ」


「もうクレープはいらないから。てか何でそんなに詳しいの?」


「え?」


 住宅街を抜けた場所を指差す。その行動を遮るように彼女が目の前へと接近してきた。


「もしかして前に女の子と来た事があるとか…」


「いや、そんなハズはない…」


「本当に? ならどうしてそんなに詳しいのよ?」


「ク、クラスメートに聞いたり、女子の会話が偶然耳に入ってきたり」


「ふ~ん…」


 よく見ると口がへの字型に変形していた。不機嫌な時の表情へと。


「ま、そういう事にしといてあげる。今日は気分良いし」


「……それはどうも」


「じゃあクレープ屋以外でアンタのオススメの場所連れて行ってよ。どっか遊べる所」


「う~ん、急にそんなこと言われてもなぁ…」


 男の颯太と女の華恋では選択肢に差がある。趣味も微妙にズレているし。


「ほらあそこ行こ、あそこ」


「え?」


「プリクラ撮れる所」


「プリクラ…」


 悩んでいると彼女が1つの意見を提案。本来、友人と向かうハズだった施設に誘導してきた。


「男のアンタがリードしてくれないと。私が行き先決めてどうすんのよ」


「そんなの知らないし。そっちが無理やり連れ出したんじゃないか」


「私みたいな大和撫子はね、自分を引っ張っていってくれる男の子に惹かれるのよ。分かる?」


「誰が大和撫子だって?」


 ボケを匂わす発言に全力でツッこむ。直後に左耳に痛みが発生した。


「いててててっ!?」


「とにかくアンタが私をリードする事。分かった!?」


「わ、分かりました」


 強く引っ張られてしまう。とりあえず近くのゲームセンターまで連れて行く流れになった。


「プリクラなんて初体験なんだけど」


「嘘!? 今までの人生で一度も入った事ないの!?」


「うん」


「うへぇ……やっぱり男子は興味持たないもんなのかな」


「だって男ばっかで撮影とか不気味じゃん」


「確かに。今は男性立ち入り禁止の所もあるくらいだし」


 自称プリクラの達人に指示してもらい2人で撮影する。料金は学生らしく割り勘で。


「ほら、もっとくっ付いてよ」


「壁に?」


「私の方に決まってんでしょうが、バカかっ!」


 叱られながら細かくポーズを変更。更には立ち位置や顔の向きまで命令されながら撮り続けた。


「はい、完成」


「早いね。こんな短い時間で出来るんだ」


 落書きを済ませると機械からシールが出てくる。そこには無愛想な男と笑顔な女子高生が存在。


「アンタ、無表情すぎ。もっと笑いなさいよ」


「言われて作れるもんじゃないし、こういうのは」


「だとしてもコレはちょっと酷すぎよ。私だけ楽しんでるみたいじゃない」


「いきなりだったから緊張してたんだって」


 やはり経験の差は大きい。相方の顔にはワザとらしさが無かった。


「もう1回撮る?」


「いや、もう良いや」


「私、不満なんだけど…」


「それに何回も撮ったらありがたみが無くなるじゃん。こういうのは一度きりだから思い出に残るんだよ」


「……そう言われたらそうか」


「で、でしょ?」


「うん。アンタもたまには良い事言うじゃない」


「はは…」


 それから2人で店内を巡る事に。クイズゲームやら音楽ゲームやらに熱中。制服を着た高校生もたくさんいたので知り合いに出くわさないかとヒヤヒヤだった。


「そろそろ帰る?」


「ん~、そうね。暗くなってきたし出よっか」


「ういうい」


 頃合いを見計らって外に移動する。夢中で遊んでいたせいか結構な時間が経過していた。


「……あの、引っ付くのやめない?」


「なんでよ? 別に良いじゃない」


「恥ずかしいし歩きにくいしで困るんだが」


 2人して駅までの道のりを歩く。ただし来た時と同様に密着した状態で。


「そういう文句言うと晩御飯抜きにしちゃうわよ」


「やめようよ、それ。そのカード出されたら逆らえなくなる」


「だってアンタが…」


「いやいや…」


「……やべ!」


「ん?」


 口論を繰り広げるがその途中で華恋の言葉がピタリと停止。絡めていた腕を乱暴に振り払ってきた。


「颯太…」


 彼女の視線の先を追う。反対側の道路に友人が自転車に乗っている姿を発見した。


「あっぶねぇ、もう少しで見られる所だった」


「こっちに顔が向いてなかったから大丈夫かな」


「う~ん、知り合いに出くわすと言いようのない恥ずかしさに襲われるわね」


「だから引っ付くのやめようって言ったのに…」


「原因はコソコソ付き合ってるこの関係性。やっぱり堂々とするべきかしら」


「何を?」


 辺りが薄暗かった事が幸いしたらしい。それからは念の為に体を離して歩行。電車の中でも地元の道路でも辺りが気になったままだった。


「ただいま」


「あれ? 2人で一緒に帰って来たの?」


「そ、そうだけど…」


 帰宅するとリビングで家族と遭遇する。1人でテレビを見ていた妹に。


「ふ~ん、珍しいね」


「た、たまたま駅でバッタリ遭遇しちゃってさ。ね?」


「そ、そうなのよ」


「へぇ…」


「あははは」


 迂闊だった。自分も華恋もそこまで気が回っていなかった。


 2人で一緒に帰って来たら怪しまれるだろう。学校が終わってすぐならともかく今は夜。不審がられて当然だった。


「もしかして一緒に遊んでたの?」


「い、いや…」


 質問に対して毅然とした態度がとれない。心の奥底から少しずつ罪悪感が滲み出していた。



「おはよ、昨日はどうだった?」


「……誰も来なかった」


「だよね」


 翌日の教室、朝一で友人に声をかける。彼の額には今日も肉と書かれていた。


「だからイタズラだって忠告したじゃないか。言わんこっちゃない」


「くっそぉ、誰だよ。こんなふざけた真似しやがって」


「だ、誰だろうね…」


 犯人を知っているが教えられない。バラしたりすれば強烈なお仕置きが待っているから。


「あぁーーっ!」


「ど、どうしたのさ」


「また手紙が入ってる」


「嘘!?」


 しかし放課後に再び同じ事件が発生する。彼の下駄箱の中を見ると見覚えのある便箋が放り込まれていた。


『昨日は行けなくてごめんなさい。急に怖じ気づいてしまいました。でも今日こそは必ず行きます。良ければ来てくださいませんか?』


 2人して中身に注目する。書かれていた謝罪文と二度目の要求に。


「ど、どうするのコレ」


「行くに決まってんだろ! やっぱりイタズラじゃなかったんだ、この手紙は」


「いや、どうかな…」


 真相を告げたいが出来ない。恐怖心が邪魔をしてきて。そして葛藤している間に彼は廊下の奥へと消えてしまった。


「ほんっと単純な奴よね。扱いやすくて助かるわ」


「また華恋の仕業か……やめようよ、ああいう事」


 入れ違いに1人の女子生徒が近付いてくる。手紙を書いた犯人が。


「今日はバイトあるんだっけ?」


「そ、だからデートは無しね」


「はいはい」


「残念? 悲しい?」


「凄く嬉しいって言ったらどうする?」


「……泣く。大声で泣く」


「やめて…」


「そして流した涙の数だけ雅人の顔を殴る」


「なんでさ!」


 並んで歩くと真っ直ぐ駅に移動。そのまま電車に乗り地元まで帰って来た。


「じゃあ今日はここでお別れかな」


「ねぇ、終わったら迎えに来てくれる?」


「……まぁ良いけど」


「やった。なら8時にお店まで来て」


「はいはい、んじゃ頑張って」


 華恋が手を振りながら去っていく。その姿を見守りながら退散。


 自宅に帰ってきた後は母親の命令でスーパーに買い出しに行く事に。そして夜になったのを確認して再び駅前に戻った。


「ダ~イブ」


「うおっ!?」


「疲れた、疲れたぁ」


「お疲れ様」


「ヨシヨシしてぇ」


「はいよ」


 目が合った瞬間に彼女が飛びついてくる。無邪気な子供のように。


「じゃあ帰ろっか」


「うんっ!」


 頭を撫でた後は店を退散。日が沈んで暗くなってしまった住宅街を並んで歩き始めた。


「家で何やってたの?」


「宿題済ませてた。その後はずっとゲーム」


「あぁ、1人だけズルい。後で写させて」


「見せてあげたいとこだけど合ってる自信がないからダメ。それに同じ所を間違えてたらさすがにマズいでしょ」


「ブ~ブ~」


 彼女が腕を掴んで振り回してくる。文句を垂らしながら。


「ねぇねぇ、私がいなくて淋しくなかった?」


「それ夕方も聞いたじゃん。何回同じ質問してくるのさ」


「む~、良いじゃん別に」


 口を尖らせながらも口調は明るめだった。この状況を楽しんでいるのだろう。だがそんな彼女とは反対に自分はある不安に襲われていた。


「このまま帰らずに2人でどっか行っちゃおうか?」


「それはヤバいでしょ…」


「だよね、アハハ~」


「……ん」


 さすがにこのままというのはマズい。お互いの為にも。


 三度目の帰宅後は皆で遅めの夕食をとる事に。そして風呂上がりに華恋の部屋を訪れた。


「あれ? 何してるの?」


「ラブレター書いてんの」


「誰宛て? 僕?」


「私達の帰りを邪魔しようとする愚かな男によ、クフフ」


「おいおい…」


 机に向かって猛烈な勢いでペンを走らせている部屋主を発見。その背中からは不気味なオーラが放たれていた。


「よし、出来た。忘れないように鞄の中に入れておかないと」


「あの、話あるんだけど良い?」


「え? 何?」


 問い掛けに対して明るい表情が返ってくる。大事な相談をする事が躊躇われてしまうような笑顔が。


「もう一緒に帰ったりするのやめない?」


「はぁ? いきなりどうしたの!」


「コソコソしてるのが嫌なんだよ。クラスメートに見つからないようにしたり、家族に隠れて会ったり」


「だって仕方ないじゃない。バレたら困るんだもん」


「なんか悪い事してる気分になってきちゃってさ。親の財布からお金盗んでるみたいな」


「アンタ、まさか…」


 用件を告げた直後に彼女の様相が変化。疑いの眼差しで睨んできた。


「いや、実際にそういう経験は無いよ? ただそんな感じの罪悪感があるっていうか」


「別に何も悪い事してないんだから恥ずかしがる必要なんてないわよ。堂々としてなさい」


「じゃあ、その手紙なんなのさ!」


「……えへへ」


 大いなる矛盾に思わずツッこむ。床に手を突くと腰を下ろして正座した。


「一応、華恋は知り合いからの預かり物なわけじゃん? その預かり物に手を出してしまうのはどうかなぁと思って」


「私は物じゃなくて人間よ」


「それは知ってる。でも僕の言いたい事も分かるでしょ?」


「まぁね…」


 彼女が交わっていた視線を逸らす。指摘を受け流すように。


「もしこうやって恋人みたいな真似事してるってバレちゃったら父さんや母さんに申し訳ないんだよ。もちろん華恋のお母さんにも」


「ん…」


「今ならまだ誰にも感付かれてない。だから…」


「アンタ、私のこと嫌いなの?」


「え? そんな事はないけど」


「ならそういうのやめてよ。お母さんの話は関係ないじゃない」


「関係ないって事は…」


 もちろん目の前にいる人物に好意は抱いていた。けれど欲望に素直になる事は出来ない。それ相応のリスクを背負わなくてはならなくなるから。


「じゃあ何、家族に嫌われたくないから私とそういう関係になれないって言うの?」


「そういう訳じゃないよ。ただお互いの為を思って…」


「嘘よっ! 体裁良いこと言ってるけど結局は自分の身を守りたいだけじゃない」


「違うってば。主張が強引すぎ」


 ついカッとなり大きな声を出してしまう。お互いに冷静さを欠いた状態になっていた。


「周りがどうとか関係ないじゃない。私はアンタが好きだから一緒にいたいだけ。それじゃあダメなの?」


「ダメとかそういう事ではないんだよ。同じ家に住んでる家族なんだからさ」


「だったら私この家出てく。それなら構わないでしょ」


「へ?」


 説得していると彼女がとんでもない台詞を口にしてくる。ヤケクソとしか思えない強気発言を。


「同じ家に住んでるのがマズいんってんなら出てってやるわよ」


「出てくってどこに行くつもりなのさ。他に行くアテなんかあるの?」


「……ないけど」


「公園でホームレス生活でもする気? 女の子がそんなの危ないじゃないか」


「ならどうすれば良いわけ? おじさん達に雅人が好きですって打ち明ければ良いの?」


「えぇ! そ、それはやめようよ。恥ずかしい」


 そんな事になったら家中がパニックに。下手したら怒られるだけでは済まなくなるかもしれない。


「じゃあ、どうしようもないじゃない。付き合うのもダメ、家族に打ち明けるのもダメ。否定ばっかり」


「だから一緒に帰ったりするのをやめようよって言ってるんじゃないか。別におかしい事は言ってないよね?」


「嫌だっ! 私は嫌だからね、絶対」


「頑固だなぁ…」


 普段の態度が優しくなっても芯は折れない。感情を優先させて妥協する事が出来ない性格は未だ健在だった。


「私はおじさん達にバレても構わない。クラスの皆にだって」


「な、何をさ?」


「雅人の事を好きだって気持ち」


「ダメだって、それはダメ。いろいろ困る」


「何が困るのよ。ただ恥ずかしいだけでしょうが」


「それは…」


「このままだとアンタは私と一緒にいてくれないんでしょ? だったらバラしてでも良いからアンタと……雅人と一緒にいたい」


「……華恋」


 何も言えない。反論する事が出来ない。


 彼女の意見は少しも間違えていなかった。ただ真っ直ぐに相手の事を想っているだけ。


 そして気付かされると同時に驚いた。まさかそれほどまでに強い好意を抱いてくれていたなんて。


「それでもダメって言うの? アンタは」


「しばらく1人で考えさせて…」


「……分かった」


 部屋を出て廊下に移動する。リビングの様子を窺うと香織がテレビを見ていた。


 どうやら先程のやり取りは聞かれてはいなかったらしい。聞こえていないフリをしてくれている可能性もあるが。


「ふぅ…」


 部屋に戻って来た後はベッドに横になる。模様の無い真っ白な天井を見つめた。


「……ん」


 彼女とは互いに気持ちを打ち明けあって両思いだと判明。普通だったらそのまま付き合う流れだった。


 だが自分達はその辺にいる男女とは違う。他人でありながら同じ家に住んでいる。そして本当の家族と呼べるぐらいに親しくなった。つまり交際するという事はその関係性を変えてしまうという事。


「やっぱりちゃんと話すべきなのかな…」


 とりあえず身近な人物に相談してみる事に。ケータイを手に取りメッセージを送った。



「遅いなぁ…」


 週末。待ち合わせ場所の公園で立ち尽くす。しかし予定時刻を過ぎても相手の姿が見えない。暇でやる事も無いのでブランコに乗る事にした。


「ほっ」


 勢いが少しずつ増していく。軽く遊ぶ程度のつもりが予想外に大ハマり。


「……何してんの、アンタ」


「あ、智沙」


 しばらくすると近くに人が接近。待ち合わせ相手のご到着だった。


「遅いよ。10分以上も遅刻してるじゃないか」


「ごめんごめん、道に迷っちゃって」


「なんで地元で迷うのさ。どうせ夜更かしして寝坊でもしたんでしょ?」


「うるせぇ、黙れ!」


「ご、ごめんなさい…」


 彼女が隣のブランコに腰掛ける。高校生が2人して遊具を占拠するという事態になった。


「どうしていつも呼び出す時はこの公園なのよ。特別な思い出でもあるの?」


「時々ここに来たくなるんだよ。懐かしさを味わいたくなるっていうか」


「へぇ。けどアタシはこの公園あんまり利用してなかったからその気持ち分かんない」


「小学校は別々だったもんね。うちの学校の生徒はよくここ来て遊んでたよ」


「はいはい、でもそんな思い出話をしにわざわざ呼び出した訳じゃないんでしょ?」


「……まぁ、うん」


 ここに来る前にイメージトレーニングはしてきた。しかしいざ喋ろうとすると何も出てこない。


「え~と、その…」


 内容が内容なので仕方ないだろう。言いあぐねていると友人が救いの手を差し伸べてきた。


「今度は華恋の事? 違う?」


「な、なんで分かったの?」


「アタシ、エスパーだから。雅人が何を考えてるのかお見通しなのよ」


「ひぇーーっ!!」


 いきなり核心に迫る発言をぶつけられる。覚悟が決まってなかったせいか動揺してしまった。


「さっさと用件を言いなさい。大体の予想はついてるけど」


「その……華恋に告白された」


「ふ~ん、やっぱりね」


「バレてたか…」


「……ん?」


 彼女の動きが一瞬停止。直後にブランコから下りて立ち上がった。


「アンタ、今なんて言った?」


「え? バレてたかって」


「違う、その前!」


「華恋に告白されたって事?」


「え、えぇーーっ!?」


 数秒前に自分が行ったリアクションと同じ物が返ってくる。後ろに仰け反るオーバーな動作が。


「何々、そんなにおかしいかな?」


「だ、だって…」


 今度は口をパクパクさせ始めた。餌を欲しがる鯉のように。


「雅人の方から告るかと思ってたのよ。だからどうやって気持ちを打ち明けたら良いかを相談しに来たのかと想像してたのに」


「そういう事か。でも残念ながらハズレ」


「嘘だぁ…」


「そこまで落ち込むような事かな? へこみすぎでしょ」


 どうやら想定と違っていた事がショックだったらしい。少しだけ失礼な反応だった。


「でもそれの何が困る事なのよ。好きって言われて嬉しくないの?」


「嬉しいよ。そりゃあね」


「だったら…」


「父さん達にバレるのが怖いんだよ。もし知られてしまったら何て言われるか」


「あぁ、確かに同じ家に住んでる子に手を出しちゃマズいわよね」


「でしょ?」


 激しい叱責を受けるかもしれない。両親だけでなく華恋の母親からも。


「隠してるのが恥ずかしいなら正直に言っちゃいなさいよ。それしかないって」


「華恋と同じこと言うんだね。智沙も」


「え? あの子は暴露する気でいるの?」


「黙ってるのが嫌なら皆にバラしちゃった方がマシ~とか何とか」


「あはは、アンタより男らしいじゃない。度胸あるわね」


「もしかしたら性別が逆だったんじゃないかと思えてくるよ」


 自分は女々しくて華恋は勇ましい。本当に神様が器を間違えたのではないかと考えたくなる組み合わせだった。


「とりあえず今夜、雅人の家に行けば修羅場が拝めるわけか」


「ど、どういう事?」


「うふふ、ゾクゾクしてくるわぁ」


「絶対楽しんでるでしょ。人事だと思って」


「うん」


「……はぁ」


 問い掛けに対して屈託のない返事が返ってくる。悪気があるのか無いかの判断が難しい表情が。


「おじさんとおばさんには何て言うの? 華恋をくださいって?」


「それ変じゃない? なぜ自分の親にそんな挨拶しなくちゃいけないのさ」


「しっかしアンタも難儀よねぇ。彼女作るのに親に承諾もらわないといけないなんて」


「僕は別に華恋と付き合えなくても構わないのに……どうしてこんな事になっちゃったんだろう」


 もし家族に打ち明けたら隣にいる人物の言う通りの状況になってしまうのだろうか。なるべくならその展開は避けたい。けれど修羅場は違った形で訪れる事になった。


「華恋…」


 公園の入口に1人の少女が立っている。自宅にいるハズの同居人が。


「噂をすれば何とやら、ね」


「……何しに来たんだろ」


 立ち上がって側へと接近。しかし声をかけようとしたその瞬間、無に近い表情を見て全身が凍り付いた。


「珍しく休日に朝早く出掛けたと思ってたら…」


「……え?」


「こそこそ女の子に会いに行くとか何考えてんのよ、アンタはっ!」


「ぐわっ!?」


 彼女が勢いよく手を伸ばしてくる。シャツの襟首へと。


「一緒に帰るのやめようとか言い出すのおかしいと思ってたら、こういう事だったのね」


「く、首……息が出来ない」


「アンタを信用した私がバカだったわ。もっと注意しておけば良かった」


「とりあえず離して。苦しい…」


 狼狽えながらも手首にタップ。そこで喉元を締めてつけていた力から開放された。


「ゲホッ、ゲホッ!」


「……はぁっ、はぁっ」


 崩れ落ちるようにその場にへたれ込む。尻餅をつく形で。


「ちょっと何やってんのよ、アンタ達!」


「うぅ…」


「雅人、大丈夫?」


「な、なんとか…」


「あのさ、詳しい事情は知らないけど白昼堂々こんな場所で喧嘩なんかしなくても良いんじゃない?」


 遠目から見ていた友人もすぐに異変を察知。駆け寄って来て肩を貸してくれた。


「いきなり何するのさ。どうして怒ってるの?」


「む…」


「僕、何かしたっけ? 別に変な事してないよね」


「……私に内緒でこの人に会ってたじゃない」


「え?」


 問い掛けに対して華恋が冷静に答える。隣にいる人物の顔を指差しながら。


「ちょ……この人って言い方酷くない? アタシ達、友達でしょ?」


「じゃあ、この女」


「はぁ!?」


 そして続けざまに発せられた一言に本人が激怒。声を荒げて喋り始めた。


「さっきから何なのよ! アタシが何かしたっての!?」


「さぁ? 別に」


「だったらどうして喧嘩売ってくるわけさ。アタシ、あんたを怒らせるような真似した覚えないんだけど」


「……白々しい」


「あぁ!?」


 一触即発。普段、親しくしている2人が互いに臨戦態勢に。


「ふざけんじゃないわよ! アタシは雅人と一緒に公園で遊んでただけ。アンタに文句言われる筋合いなんか無い」


「ちょ……落ち着いてって」


「これが落ち着いていられるか!」


「智沙がカッカしてどうするのさ。喧嘩を仲裁しに来たんじゃないの?」


「……うぅ~」


 状況が理解出来ない。なぜ彼女達が言い争う形になっているのか。


「と、とりあえず2人とも冷静に話し合おう」


「アタシは落ち着いてるわよ! 向こうが喧嘩売ってくるんだってば」


「分かってる。でも頭を冷やそう? ね?」


 友人の肩を優しく叩く。触れる行為さえ躊躇ってしまうような心境だった。


「アタシが雅人と内緒で会ってた事に怒ってんのよ、この女は。バカじゃん」


「そういう言い方はやめようよ。これ以上刺激しないでくれ」


「ねぇ、そうなんでしょ? 華恋」


「む…」


 質問に対して本人が黙り込んでしまう。何かを堪えるように歯を食いしばりながら。


「別にアンタが思ってるような事なんか何にもないわよ。早とちりもいいとこ」


「……じゃあ、ここで何してたのよ」


「だから一緒に遊んでたんだってば。なんならアンタも一緒にブランコ乗る?」


「ふざけないで。私は真面目に聞いてるの」


「ふざけてなんかない。本当に2人で遊んでたんだってば。だよね、雅人?」


「え? ま、まぁ…」


 確かにその通り。今の言葉には嘘偽りが微塵も含まれていない。ただこの状況でその説明が信憑性を高めてくれるかは怪しかった。


「からかってるんだったら本気で怒るよ。例え相手が智沙さんだとしても」


「ふ~ん、一体どんな風に怒るのかしら? 興味あるわ」


「ちょ…」


「ぜひ御披露目してほしいものだわね。華恋さんのお怒りモードとやらを」


 そして返ってきたのは予想通りの反応。疑いの念を強く持った発言。


「やめなって! 智沙まで喧嘩腰になってどうするのさ」


「……たる」


「は?」


「ぶっ飛ばしたるわああぁぁ!!」


「う、うわーーっ!?」


 さすがに間に入って仲裁する事に。その瞬間に片方が右手を大きく振り上げた。


「や、やめ…」


「こんのっ!」


「キャーーッ、怖い。ぶたれちゃう」


「落ち着いて、暴力は良くない。女の子が拳を使うのは良くない」


 体を張って華恋の猛攻を阻止する。説得の言葉を口にしながら。


「だって、だってコイツ…」


「2人は友達なんでしょ? いい加減にしなって」


「たった今、絶交よ。こんな女!」


「なんでそうなるんだよ。本当にどうしちゃったのさ」


「絶対、私の事バカにしてる。上から見下してきてる…」


「智沙はそんな奴じゃないってば。普段仲良くしてるんだから知ってるでしょ?」


「何が何でも雅人は渡さないからね。アンタみたいな女に取られてたまるかっ!」


「えぇ…」


 羽交い締めにしたが彼女が更に大暴れ。そのまま恥ずかしい主張を大声で喚き散らした。


「雅人はねぇ、私に向かってちゃんと好きって言ってくれたんだよ。アンタは言われた事あんの?」


「うおぉぉい!」


「もし無理やり奪い取るってんなら私を倒してからにしなさい」


「漫画の読み過ぎだって。少し冷静に」


 落ち着かせようと口を塞ぐ。攻防戦を繰り広げていると今度は友人が何かを呟いた。


「……さっき言ってたのマジだったんだ。半信半疑だったのに」


「え? 何が?」


「雅人がこの子に告白されたって話。まさか本当だったなんて」


「そんな事より止めるの手伝ってくれ。1人じゃキツい」


「ん、任せろ」


 返事代わりに救援申請を出す。しかし彼女が伸ばした手の先にあったのは自分の体だった。


「ちょ……何やってるのさ。離れてよ!」


「あれ? 違った?」


「こっちだよこっち。華恋を止めるのを手伝って!」


「あ、そっちか」


 どうやら悪ふざけを仕掛けてきたらしい。背中に抱き付く形で接近。その様子を見て猛獣が更に激しく暴走し始めた。


「ぬがああぁぁぁっ!!」


「いててててっ、首が変な方向に曲がる」


「あはははは、面白~い」


 公共の場所でよく分からない言い争いを繰り広げる。そしてかなりの体力を犠牲にして平和を取り戻す事に成功した。



「はぁ…」


「落ち着いた?」


 宥めるように華恋をベンチに座らせる。萎縮して縮こまった体を。


「単純なんだよ、本当に。こんな分かりやすい嘘に騙されるなんて」


「だ、だって…」


「いやぁ、まさかこんな簡単に引っかかってくれるとは思わなかったわ」


「調子乗らない」


「あたっ!?」


 友人がヘラヘラと薄ら笑いを開始。お仕置きの意味も込めて頭に軽くチョップを喰らわせた。


「昨日した話と同じ話をしてたんだよ」


「……本当に?」


「うん。華恋に好きって言われた事も言ったし、それを父さん達に内緒にしてる部分も伝えた」


「ん…」


「ただ華恋と同じで打ち明けてしまえと言われたけどね。思考が似てるんだって、2人共」


 状況を詳しく説明。その言葉に反応して女性陣が互いの視線を交わらせた。


「本当よ。それだけ」


「そうなんだ…」


「しかしまたとんでもない勘違いをしてくれたわね。アタシと雅人がそういう関係とか」


「有り得ないよ」


「まったくだわ」


 今度は自分が友人と顔を見合わせる。場の嫌な空気を吹き飛ばすように2 人で高笑い。


「言っちゃ悪いけど雅人に男としての魅力を感じないもん」


「……そこまでハッキリ言わなくても」


「へたれだし、意気地なしだし、根性ないし」


「いやいや…」


「もし兄弟や彼氏だったらビンタでも喰らわせて性格を叩き直してやる所だったわよ」


「うっ、うぅ…」


「ん? 何でアンタ泣いてんの?」


 何故だか涙が止まらない。服の袖で瞼を強くこすった。


「それよりアタシはこの子の豹変振りに驚いちゃったわよ。普段と全然違う態度だったじゃない」


「そうか、智沙は見るの初めてだっけ」


「何が?」


「家ではいつもこんな感じだよ。家でっていうか僕の前だけでは」


「へぇ~」


 暴露話に対して驚きの声が上がる。どうやら同居人は親しい友人達の前でも上品に振る舞っていたらしい。


「じゃあ普段は尻に敷かれてるんだ。おもしろ」


「別に敷かれてたりは…」


「してないの?」


「……してます」


 悔しいがその意見は否定出来ない。直後に本人が両手を伸ばしてしがみついてきた。


「い、言わないでぇ…」


「いや、もうバレちゃってるし」


「うわぁぁぁ~ん!」


「諦めなって。もう手遅れだからさ」


「何々、なんか面白そうじゃん」


 状況がてんやわんや。1人はパニックに陥り、1人は愉快そうに大笑い。


「ぷぷぷ、華恋にまさかこんな一面があったなんてねぇ」


「あぅ…」


「皆には黙っといてあげるわよ。感謝しなさい」


「ほ、本当?」


「こんな狂暴な性格だってバレたらクラスのアイドルポジションから転落しちゃうもんね」


「……それは別に構わないんだけど」


 2人が密約を交わす。先程までの険悪ムードが嘘のように。


「え? 良いの?」


「そういうのあんまり気にしてないから」


「ふ~ん、クラスの皆には勘違いされても雅人にだけは嫌われたくないって事か」


「うぅ…」


「でも肝心のコイツにはもう知られちゃってるじゃない。隠そうとする意味なくない?」


「だって私がこんな性格だって知られたら雅人にも迷惑かかっちゃうし…」


「あぁ、そういう事か。健気だねぇ」


「……ん」


 もし今の発言が本当なら嬉しい。それだけ強く想ってくれているという証なのだから。


「家だと呼び捨てなの?」


「そうだよ。呼び捨てアンドため口」


「いろいろ大変ね。アタシなら面倒くさくて隠せそうにないや」


「裏表ないもんね、智沙は。いつでも素だもん」


「いやぁ、照れるわね」


「別に誉めてはないよ」


「それで本題に戻るけど、アンタ達これからどうすんの? 皆に打ち明けるの?」


 友人が話題を切り替えるような一言を放出。その言葉でふざけあっていた空気が再び固苦しいものへと逆戻りした。


「やっぱりそうするしかないのかなぁ…」


「コソコソ隠してるのが嫌なんでしょ? ならとっとと言ってしまいなさいよ」


「いや、そうやって簡単に言うけどさ。いざ白状するとなるとなかなか難しいよ? 怒られる可能性だってあるし」


「打ち明ける前から弱気になってどうすんの! 男なんだから強気でぶつかっていきなさいよ、強気で」


「ぶつかって…」


「そう。そして当たって砕けてしまいなさい」


「……やだよ」


 励ましてくれたと思ったらすぐにジョークを投下。その口からはふざけといるとしか思えない台詞が飛び出した。


「長く引っ張れば引っ張るほど言い出しにくくなるわよ。こういうのは早い方が良いって」


「そうだよね、そうなんだよね。理屈ではそう理解してるんだけど…」


「ん?」


「はぁぁぁぁ…」


 ベンチに座って頭を抱える。何度目になるか分からない溜め息をつきながら。


「かおちゃんにも言ってないの?」


「もちろん」


「先にあの子に言ってみると良いかも。予行演習として」


「えぇ……恥ずかしいなぁ。絶対からかってくる」


「だから良いんじゃないの。おじさん達に言うよりかおちゃんに打ち明ける方がまだ楽でしょ?」


「そりゃあ、まぁ…」


「まずはあの子に打ち明けて味方に引き込んで、それからおじさん達を攻め落とせば良いのよ」


「……なるほど」


 まるで国盗りゲームのような戦略。考えていない方法だった。


「華恋」


「……なに?」


「今夜、皆に打ち明けてみるよ。華恋の事が好きだって」


「え!?」


 立ち上がって相方の名前を呼ぶ。そのまま固めた決意を言葉にした。


「父さん達には何て言われるか分からない。正直、上手く伝えられる自信もない」


「うん…」


「でもこのまま隠しててバレるぐらいなら先に打ち明けた方が印象は良い気がする」


「……私もそう思う」


「失敗したら怒られるだけじゃ済まないかも。最悪の場合、どちらかが家を追い出されるかもしれない」


「それは嫌…」


 彼女の声が震えている。不安な心境を表すように。


「でももし上手くいったら…」


「いったら?」


「今度はちゃんと付き合おう。恋人として」


 口にしたのは数日前までずっと拒絶していた単語。その台詞は目の前にいる人物の表情を明るい物に変えてしまった。


「うん!」


「うわっ、ちょ…」


「雅人っ!」


「こういうのやめようって。まだ成功すると決まったわけじゃないんだから」


 バランスを崩して倒れそうになる。全力の抱擁を喰らった影響で。


「うわぁ……アタシの見てる前でよく堂々とそんな真似出来るわね」


「み、見ないでぇーーっ!」


「よし、写真と動画撮っておく」


「ぎゃあぁあぁぁぁ!?」


 友人がその光景をケータイで撮影してきた。いやらしい笑みを浮かべながら。


「大丈夫かな、これ…」


 まだこれから正念場を迎えなくてはならないというのに。早くも先行きが不安になってきてしまった。

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