Hide & Chase Online

@tantakatakatan

第1話 目指すは頂点

「さあ美波、覚悟はできた?」


 得意げな表情と共に、我が弟の夕凪はこちらを見ており、どうにも興奮を抑えきれないようであった。どうしてこんな事になったのか、私は頭を抱えながら『それ』を見た。今や世界中で多くの者が標準的に持っている筐体、21世紀前半のテレビゲームの普及率と同程度には世界中に広まっている次世代の“電脳体験型遊戯筐体”。簡単に言ってしまうとただゲーム機の進化した姿である。ヒト一人を収納できる大きさの、白銀色で円筒形の機械は、まるでさなぎのようだということでコクーンと名付けられていた。

 電脳体験型遊戯筐体、世界で初めてその技術を獲得したのはレインボウ・ユートピアという日本の会社だった。数十年も前から人々がSFの世界で憧れてならなかった、自分の意識を電脳世界にダイブさせて仮想現実を楽しむゲーム。夢を見ているときの人間の脳波について研究していたとある研究者の発案が、ゲーム会社の開発と結びついた結果生まれた、奇跡の産物というインターネット上にまとめられた記事を以前私も目にした。リリースからもう五年ほど経っており、夕凪はリリース当初からずっとこのゲーム機のことを気に入っていた。

 恋愛シミュレーションをすればまるで本当の女の子と接しているようであり、スポーツゲームならまるで自分が選手のように思え、ファンタジーRPGなら魔法使いになったような気分になれる。人々がそんなゲームに夢を持つのは当然のことで、ゲーマーの中では空前の大ブームを巻き起こした。

 私は何となくこれまで避けてきていたが、一年くらい前からずっと夕凪から、一緒に遊ぼうと誘いを受けていた。高校生にもなって今更ゲームを始めるのもなと言い訳をしていた。が、夕凪の勧誘は手ごわいもので「そんな古い概念捨てちゃおうよ。ゲームが生まれてからもう百年近くたってて、ゲームをしたことのない世代なんてもうほとんど世の中残っていないんだよ? むしろ今は高年齢層の人もゲームを楽しんでいる時代なんだから、美波も一緒にやろうよ」とめげずに誘ってきた。

 それでも何となく勉強が手につかなくなったりしたら嫌だと思っていたので結局ずっとしていないままだった。夕凪いわく「このゲームは夢の研究から生まれただけあって、睡眠時間中にゲームができるし、その間ちゃんと体は回復する。勉強時間なんて削られない。飽きたらログアウトして普通に寝たらいいだけなんだから別にいいじゃん」とのことだった。しかし、小学校までは私と同じ成績だった夕凪の成績は、我が家にコクーンが訪れてから下がってしまったのを見た身としては微妙だった。「下がったと言っても美波に次いで学年二位だからいいじゃん」とむくれていたが。

 そしてそんな中ついに夕凪が意を決したのだった。それがつい先日の話。今回の学校のテストで勝負して、自分が勝てばゲームをしても成績は下がらないんだから一緒にやろうとのことだった。夕凪が負けたらもう二度と鬱陶しく誘わない、という条件も夕凪は自分から付け足していた。

 いつも通りに勉強していたらもう二度と誘われない。そう慢心して油断していた私は、夕凪の猛勉強に全く気が付いていなかった。学校から帰ったら夕凪がもう部屋にこもっているというのはいつものことで、また音楽でも聴いているのだろうと普段のペースで勉強していた。

 が、いざテストが返ってくると、自分の点数はいつも通り九割五分程度、夕凪はというとケアレスミスで数点落としただけでほぼ満点に近いものだった。

 賭けは私の負け、そういう訳で、約束を守って私は今日から一緒にゲームをすることになったのである。


「それにしても、嫌がる私を無理やりに、って……。ほんと手のかかる弟ね」

「大丈夫、美波も絶対好きになるから!」

「根拠は?」

「僕が好きだからだよ。趣味、何だって昔からずっと一緒じゃん」


 確かにその言葉に偽りはなかった。双子として生まれてきた私たちは、食べ物も、音楽も、漫画もアニメもドラマも趣味がまるきり同じだった。思春期になった頃からお互いに男らしい、女らしい趣味を持ったりするようになったが、それでも根本的な好みは何一つ変わっておらず、気の合う仲の良い双子として周囲に認知されたままだ。


「確かに……それは信頼できるわね」

「でしょ、じゃあ始めようか。もう寝る時間だしね」


 確かに時計は角ばった数字で23時と映し出していた。予習復習はもう終わらせたため、夕凪に付き合ってゲームをする、つまりは就寝時間としても差し支えない。


「分かったわ。……ところで何のタイトルをプレイするのかとかまだ聞いてないんだけど? これ一応ゲーム機だからいくつかソフトみたいなのは出てるんでしょ?」

「んー、“Hide and Chase Online”っていうタイトル」

「聞いたことあるわね。最近リリースして、流行っているタイトルだってニュースで見たわ」

「元々eスポーツ入りさせるために開発されてたからね。相当力が入れられててね、今たぶん最も流行してる、アクティブプレイヤーが多いゲームだよ」


 eスポーツ、数十年ほど前に作られた言葉で、電子上のゲームを、スポーツのような一つの競技として捉えようとする際の名称である。数十年ほど前にはもう、ゲームの世界大会などの賞金で生計を立てられるようなプロゲーマーも存在しており、三十年ほど前のオリンピックからは数種目のeスポーツが競技として取り入れられるようになったほど、今の世の中はあげ有無に寛容、さらには相応の敬意が払われている。

 ゲームの種類も大会も今の世の中では増えており、プロゲーマーを真剣に目指すような若者は少なくないし、皆真剣だ。そしてそれは、私の弟もであった。


「細かいことは一旦向こうの世界についてから教えるよ」


 そう言って夕凪は自分の筐体のある自室へと戻っていった。待たせてしまうと後でどやされるかもなと、私もさっさと準備をすることにした。ひんやりとした銀色の筐体に触れると、静かに入り口が開いた。車に乗り込むような形で私は中に入る。ベルトのようなもので体を固定すると、再び静かに扉は動き、今度は閉まった。LEDの弱いひかりだけが照らす筐体内は薄暗い。けれども、居心地は快適で、ふわふわのソファに寝転がっているような心地だった。それだけで何だか眠たくなってくる。枕のようなところに頭を収めると、脳波を測定し、感知、さらには電気信号で脳に直接情報を送るためのヘッドセットが下りてきた。頭に被せられ、固定化される。これより、ヴァーチャルリアリティの世界にログインしますと、機械的な女性の声でアナウンスが為された。

 そこで、ピコンと小さな音がした。何だろうかと思うとメールが届いたらしい。なぜ始めたばかりの私にメッセージを送れる者がいるのだと、訝しみながら開いてみると、差出人は夕凪だった。それなら当然かと、一応先にメッセージの方に目を通す。


『ゲーム始まったらチュートリアル聞くかどうか質問されるけど、いいえで答えて! 僕が全部教えるから。あと……』


 続いていた言葉に私は絶句する。我が弟ながら夕凪は、いったい何を私に求めているというのだろうか。というか、これがずぶの素人にかけるような言葉なのか。私はそう疑わざるを得ない。

 けれど、本人も本人なりに何か望みがあるのだろう。


「『目指すは頂点だから!』か。……まあ、上を目指すのは悪いことじゃないしね」


 やってやろうじゃないの。アナウンスに従って、私は目を閉じる。そして今、私の精神は夢の国の中へとアクセスしていくのである。

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