十八日目(木) 懺悔がいい話だった件

 王様を引き当てたのは、女王と言うよりは魔王と呼ぶに相応しい幼馴染。練習の時以来となる魔王阿久津の爆誕に対して、俺は当然のように自分の番号が見られていないか念入りに警戒する。


「ふむ。何かしら面白い話が聞けるかもしれないし、ボクに対する懺悔をしてもらおうかな。番号は…………そうだね。一番の人にお願いするよ」


 俺の番号は六番であるため無事に回避。どうやら今回はちゃんと正々堂々、ランダムに数字を言ったらしい。

 それなら一番を引いたのは誰なのかと言うと、先程に続いて二連続となる冬雪だった。


「雪ちゃんが水無ちゃんにする懺悔って、ちょっと興味あるかも」

「確かにそうだな」

「さっきも一発ギャグで、未だかつてない面白いものが見れたッスからね」

「陶芸部三年目の付き合いにして、意外な真実とか明らかになったりするんじゃない?」

「……ミナに懺悔したいことは色々ある」

「そうなのかい?」

「……最初は、陶芸部に入部したばっかりの時」

「おっ? 最初はってことは複数懺悔する感じッスか? これは尚更期待ッスね」

「いいから大人しく聞いてやがれでぃす」

「……ミナは私に気を遣って、いつも話しかけてくれた」


 冬雪は静かに語り始める。

 まるで思い出の糸を辿るように。

 懺悔ではなく、感謝をするように。


「……ミナがいてくれたから、先輩とも仲良くなれた」

「…………」

「……夜遅くまで大皿を作ってた時は、一緒になって残ってくれた」

「………………」

「……部員が欲しい私の愚痴を聞いてくれて、ヨネに声を掛けてくれた」

「……………………」

「……いつだって嫌な顔一つしないで、私の我儘に沢山付き合ってくれた」

「…………………………」

「……ミナに迷惑を掛けてばっかりだったことが私の懺悔。本当にごめんなさい」

「何かと言うかと思えば、そんなのを気にしたことなんて一度もないよ。ボクだって音穏には色々と迷惑を掛けているから、お互い様じゃないか」


 黙って話を聞いていた阿久津が、冬雪に向けて手を差し伸べた。


「寧ろボクの方こそ音穏に懺悔したいくらいさ。副部長らしい仕事なんて、何一つしていないからね。音穏がいなかったら、ボク達の陶芸部は始まらなかった。こうして楽しく毎日を過ごせる環境があるのは、音穏が部長として頑張ってくれたからだよ」

「……ミナ…………ありがとう」

「こちらこそありがとう。これからも宜しくお願いできるかい?」

「……うん」

『パチパチパチパチパチパチ』


 冬雪の話を聞いて感動したのは、俺だけじゃなかったらしい。

 固い握手を交わす二人に対して、部員全員から盛大な拍手が巻き起こった。


「俺も冬雪のお陰で自分の湯呑とか食器とか作れたし、陶芸の面白さもわかったからな。最初の頃とか菊練りが苦手だった時に一生懸命教えてくれたし、本当に感謝してるよ」

「うんうん。イイハナシダワー」

「私達も二人のお陰で今が凄く楽しいよ。雪ちゃん、水無ちゃん、ありがとうね」

「音穏先輩の気持ち、星華もわかります! ミナちゃん先輩は、いつだって最高でぃす!」

「ユッキー先輩が引退した後は、オレが立派に引き継いでみせるッスよ!」

「私も冬雪先輩を見習って、これから頑張っていこうと思います! あっ! ニャン!」

「……ヨネ、マミ、ユメ、トメ、クロ、ノノ……みんな、ありがとう」


 本当に、最高の部活だと思う。

 だからこそ、ついつい足を運んじゃうんだよな。


「懺悔ではなかった気もするけれど、これはこれで良かったかな。大団円みたいな雰囲気になったことだし、王様ゲームはこの辺りで終わりにしておこうか」


 思わず聞き入ってしまっていた結果、これが王様ゲームの最中だったことをすっかり忘れていた。確かに阿久津の言う通り、終わるにはベストな空気だろう。


「そうね…………と言いたいところだけど、納得してないのが一人いるわよ?」

「ん? ああ、そういえば、結局一度も王様になってないんだな」

「………………」


 終わりという言葉を聞くなり、悲壮感に満ちた表情を浮かべている後輩が一人。俺はそんな落胆しているテツの元に歩み寄ると、優しくポンと肩を叩いた。


「まあ元気出せよテツ。また今度やればいいだろ?」

「ネック先輩、知ってます……? せーのって、イタリア語でおっぱいって意味なんスよ……いっせーのって掛け声は、いいおっぱいって意味になるんスよ……」

「おーい、テツー? もしもーし? あのー、聞こえてますかー?」

「はい……あのーはイタリア語でケツの穴って意味ッスね……あのーすいませんって、ケツの穴ちょっといいですかって意味になるんスよ……」

「駄目だこりゃ……ん?」


 テツは完全に放心状態であり、その口からはボソボソと下ネタが漏れてくるだけ。どうしたものかと思っていると、ふと俺のポケットの中で携帯が震えだした。

 何かと思って画面を確認してみればメールではなく電話……それも相手は梅からだった。


「ちょっと悪い…………もしもし?」

『もし~ん? お兄ちゃん、まだ学校いる~?』

「いるけど、どうした? まさか買い物って訳じゃないだろ?」

『家の鍵忘れちゃったから貸して~っ! 陶芸室でいいんだよね?』

「ああ……って、お前『ブツッ』ここに…………はあ……」


 今月の携帯料金が厳しい状況なのか、用件を伝えるなり即座に電話を切る妹。できることならアイツにはここに来てほしくないし、そういう理由なら俺が行ったんだけどな。


「梅君かい?」

「ああ。ちょっと俺に用事があるから、ここに来ると思う」

「マジッスかっ?」

「うおっ?」


 数秒前まで魂がどこかへ飛んでいた筈なのに、一瞬で息を吹き返すテツ。梅の奴をコイツに引き合わせるのはどうにも気が引けるが、まあ今回は仕方ないし良しとするか。


「じゃあ王様ゲームはこれでおしまいってことでいいな?」

「続きはまた合宿の時ッスね! その時こそはオレの野望を叶えてみせるッス!」

「鉄の野望が何なのか、不安で仕方ないでぃす」

「えっと、もう普通に喋っても大丈夫ですか?」

「あ……その、本当にゴメンな」

「と、とんでもないです! 米倉先輩は悪くありませんし、楽しかったです!」


 こういう気遣ってくれる望ちゃんの優しさを、少しでいいからアイツにも分けてあげてほしい。兄を慕う気持ちがあってこそ、理想的な妹なんだよな。

 それに対して我が家の愚妹はと思っていると、ガラっとドアの開く音がする。もう梅が来たのかと思いきや、中に入ってきたのは伊東先生だった。

 俺達は揃って挨拶をする中、明日からゴールデンウィークということもあって普段よりも元気がある先生は、机に転がっていた数字の書かれた割り箸を手に取る。


「王様ゲームが盛り上がっていたようで何よりですねえ。先生のところまで皆さんの楽しそうな声が聞こえてましたよ」

「あっ! ねえねえイトセン、写真撮ってくれない?」

「構いませんよ」

「それじゃあ全員、適当に割り箸持ってー。あ、トールは王様でいいわよ」

「やべえっ! 全然嬉しくねえっ!」


 火水木が渡したスマホを伊東先生が構えると、俺達は揃って割り箸を見せつつピースサイン。少ししてパシャッという音が鳴った後で、撮られた写真を確認する。


「オッケー。じゃあ今度はイトセンも一緒ね!」

「いえいえ。先生は結構ですよ」

「駄目ッスよ! イトセン先生あってこその陶芸部じゃないッスか! 王様の命令ッス!」

「お? テツにしてはナイスな命令だな」

「……(コクリ)」

「皆さんのような心優しい生徒が部員で、先生は幸せ者ですねえ」


 それを言うなら、伊東先生みたいな理解ある顧問を持った俺達の方が幸せなくらいだ。

 割り箸の代わりに輪カンナを手にしたノリのいい先生と共に、陶芸部メンバーの誰もが満面の笑みを浮かべつつ再びピースをするのだった。

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