十八日目(木) 俺の口説き文句が完璧だった件

「…………げっ?」

「その反応っ! さてはネックが二番ねっ?」

「はあ……ああ、そうだよ」


 まるで垂らしていた釣り竿に魚でも掛かったかの如く嬉しそうに目を輝かせる火水木へ、うっかり引き当ててしまった不幸の割り箸を渋々見せた。

 ここで大きな問題となってくるのは、口説く対象である七番が誰かということ。俺としては下手に女子を相手にさせられて気まずい雰囲気になるよりも、こういう場合こそ男子に当たってくれた方がネタにもなるし色々と気が楽だったりする。


「…………」


 そう思いチラリとテツへ視線を向けるが、相変わらず運のない後輩は今回も外れたらしい。そうなると必然的に、火水木を除く女子五人の中から相手が選ばれる訳だ。

 一体誰なのか。

 緊張の一瞬の中で、一人の少女が名乗りを上げた。


「……七番」


 先程見事なソー○ンスの物真似を披露したとは思えないほど芯の無い声で、手にしていた割り箸をこちらに見せてきたのは、他でもない我らが陶芸部部長だった。


「冬雪か。宜しくな」

「……(コクリ)」

「ふっふーん。これはこれで面白いことになりそうね」


 何やら含みありそうな台詞を言いつつニヤニヤしている火水木だが、今回の命令なら俺としては五人の女子の中では一番のベストパートナーだと思う。

 少なくとも阿久津や夢野を相手にさせられるよりは間違いなくやりやすいし、早乙女を相手にした場合は先程のテツのように後が怖すぎる。望ちゃんはまだ馴れ合って日が浅いし、下手したらトラウマを抱えて退部してしまうかもしれない。


「しかし口説くって言われても、具体的にどうすりゃいいんだ?」

「そりゃ勿論プロポーズッスよ! プロポーズ! オレの味噌汁を作ってくれ的なあれッスね!」

「ちょっと違う気もするけど、まあそれでいいわよ。ほら二人とも、立って立って」


 言われるがままに立ち上がると、俺は冬雪の元に歩み寄りお互いに向かい合った。

 眠そうな半目の少女が、身長差により上目遣いっぽくジーっとこちらを見つめてくる。ほんの数秒まではリラックスしていたのに、俺の言葉を待っているような少女の視線を前にすると、何だか妙に緊張してきた。


「じゃあいくわよー?」

「ちょ、ちょっとタイム! まだ何も考えてないっての!」

「仕方ないわね。その代わり、ちゃんとビシッとした口説き文句を決めなさいよ?」


 そんなことを言われても、告白らしい告白なんて今まで一度もしたことがない。臆病風に吹かれた告白もどきなら二回ほど経験があるが、あんなのは口説き文句として絶対に言っては駄目なやつだろう。

 慌てるな……落ち着いてイメージするんだ。アキトが遊んでいるゲームのように、冬雪ルートを攻略するためにはどうすればいいか思い描けばいい。

 俺は何度かに渡り深呼吸をしながら、脳内で妄想を膨らませる。舞台は……そう、修学旅行で泊まったあのホテルのウッドデッキ。大学生になって付き合い始めた俺達は、二人で旅行に出かけたんだ。




『よっと。おお、流石に夜は少し冷えてくるな。カーディガンいるか?』

『……大丈夫』

『冬雪は暑いのは駄目だけど、寒いのは平気だもんな』

『……(コクリ)』

『何してたんだ?』

『……星が綺麗だから見てた』

『あー。こうやって沖縄に来るのも数年振りだけど、本当に綺麗だよな』

『……ヨネ、ありがとう』

『ん? 何だよいきなり』

『……今回の旅行も、凄く楽しかった』

『満足してもらえたみたいで何よりだ』

『……ヨネと一緒だと、いつも幸せ』

『俺も冬雪が傍にいてくれると幸せだよ』

『……退屈してない?』

『全然』

『……良かった』




「――――――なあ冬雪。大事な話があるんだけど、聞いてくれないか?」

「……何?」

「お前に、俺の茶碗を作ってほしいんだ」

「ぶふっ!」


 頭の中で充分にムードを盛り上げ、向かい合っている少女の目をじっと見据えながら、脳裏に浮かんだ冬雪にピッタリの言葉を贈った瞬間、唐突に火水木が噴き出した。


「ぷっ……くく……ぶぁーっはっはっは!」


 更には火水木に続いて、テツまで何かに耐え切れなかった様子で笑い始める。俺が冬雪に話しかけている最中に、思わぬハプニングでもあったのだろうか。

 そう思い他のメンバーへ視線を向けると、残る四人は何とも言えない複雑な表情やら呆れ顔、苦笑いといった微妙なものばかりで、今一つ事情が呑み込めない。


「何だよ? 二人とも、いきなりどうしたんだ?」

「いやー、ネック先輩。確かに味噌汁を作ってくれ的なあれとは言いましたけど、いくらなんでも茶碗を作ってくれはないッスよ」

「カーット! カットよカット! やり直しよ!」


 一体何事かと思いきや、どうやら原因は俺の口説き文句だったらしい。こちらは真面目も真面目、大真面目にやっていたというのに、どこが問題だと言うのか。


「何でだよ? どこが駄目だったんだ?」

「駄目に決まってんでしょうが! アンタ、他の子にもそれ言うつもりなの?」

「言う訳ないだろ? 冬雪のためだけに考えた言葉なんだぞ?」

「っ」


 俺の反論に対して火水木が口を閉ざす。

 我ながら今の発言はちょっと臭かった気がしたが、映画監督のように振る舞っていた少女には会心の一撃だったらしく、どこかばつが悪そうな顔を浮かべていた。


「ユッキーのためだけに……ね。ユッキー的には今の口説き文句、どうだったの?」

「……良かった」

「マジッスかっ?」

「……凄く真剣で、ちゃんとヨネの気持ちが伝わってきた」

「はあ……それなら仕方ないわね。オッケーってことにするわ」


 迫真の演技の甲斐あって、冬雪には満足して貰えた様子。意図していたような結果にならなかったらしい火水木は深々と溜息を吐いているが、何はともあれこれにて一件落着だ。


「全く、トールが変なこと言うから、ただのギャグになっちゃったじゃないの!」

「オレのせいッスかっ?」


 火水木がテツに不満をぶつける中、俺は自分の席へ戻る。心なしか隣に座っている夢野と斜め前に座っている阿久津からジーっと見られているような気がするが、茶碗を作ってくれってプロポーズはそんなにも駄目だったんだろうか。


「しゅぇぇぇぇぇぬぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!!」




『王様だーれだ?』




「ボクだね」

「!」

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