十八日目(木) 王様ゲームが健全だった件

「レディース・アーンド・ジェントルメーン! こんな感じッスよね?」

「うんうん。いいじゃない」


 火水木の時と違って、ボリューム調節の必要もないテツの司会進行によって始まる歓迎会。こうして八名の部員全員が揃うのは、何だかんだで初めてだったりする。

 一応今日が部活動体験期間の最終日だったりするが、少し待ってみたものの新入生が来る気配はなし。まあ四月末となれば、大抵の生徒は既に部活を決めてしまっているだろう。

 結局今年の新入部員は望ちゃんだけということになり、早乙女の隣が定位置となりつつある少女は改めて全員に自己紹介。その後で伊東先生のポケットマネーで買ってきた飲み物やお菓子を摘んでいると、いよいよメインイベントの時がやってきた。


「オレがやりたかったことは、ズバリこれッス!」


 そう言うなりテツが意気揚々と俺達に見せてきたのは、封の開けられていない四膳の割り箸。どうやら先程コンビニへ買い物に行った際、ちゃっかり貰ってきたようだ。

 それを見ただけで何をしようとしているのか、火水木は完全に把握した様子。夢野と阿久津も何となく察したような雰囲気だが、冬雪や早乙女、望ちゃん辺りはこの手の知識に疎いらしく、未だに何をするかピンと来ていないように見える。


「……割り箸鉄砲?」

「違うッスよ! 王様ゲームッス!」


 王様ゲーム。

 それは高校生が仲間内で遊ぶゲームというよりは、大学生が合コンでやるイメージの強い、ちょっとムフフな体験ができるかもしれないゲームだ。

 似たような物としてツイスターゲームが挙げられるが、あちらは定価にして二千円前後掛かる道具の準備が必要な上に、異性と遊ぶとなると少々ハードルが高すぎるせいで最早都市伝説になりつつある。

 それに対してこの王様ゲームというのは、人数分の割り箸とペンさえあればできてしまうお手軽さ。そして命令次第では至って健全かつ男女共に欲を満たせるゲームであるが故に、リア充の間では頻繁に行われるとか、行われていないとか……。


「何て言うか、また際どいところを攻めてきたわね。まあ王様ゲームなら盛り上がるだろうし、アタシもこのメンバーでやってみたかったからいいわよ」

「おっしゃ! ミズキ先輩の許可ゲットしたッス!」

「その割り箸、こっそり細工とかしてあるんじゃないのか?」

「してないッスよ! そう言われると思ったから、この場で新品を開けたんじゃないっスか! しかも疑ってきたのがネック先輩とか、オレ地味にショックッスよ?」

「悪い悪い。軽い冗談だっての」

「一応言っておくけど、命令の内容は自重しなさいよね?」

「うッス! わかってるッス!」

「ミナちゃん先輩。王様ゲームって、何でぃすか?」

「げっ? まさかメッチ、知らねーのっ?」

「……私も知らない」

「ユッキー先輩なら知らなくても仕方ないッスね。じゃあルール説明するッス。王様ゲームっていうのは――――」


 早乙女が広いデコに皺を寄せてテツを睨みつける中、王様ゲームの許可が下りて舞い上がっている後輩は割りばしの袋を開けると、綺麗に半分に割っていく。

 そして油性ペンを用意するなり、ルールを説明しながら割り箸の持ち手側に1から7までの数字を記入。残った一本には王の一文字と、王様を意味する王冠マークを描いた。


「――――って感じッスけど、試しに練習で一回やってみます?」

「……(コクリ)」


 テツが番号を見えないようにして持った割り箸を、俺達はそれぞれ一本ずつ引く。

 これで王様を引き当てた人は、番号を指定した後で自由に命令をすることができるというのが王様ゲームのルール。当然ながら誰が何番を持っているかは本人以外に知る由もなく、例えどんな無理難題だろうと王様の命令は絶対である。


「じゃあいくッスよ? せーのっ!」




『王様だーれだ?』




「ボクだね」

「ツッキーの場合だと、何か本当に女王様って感じがするわね」

「ふふ。確かに、ちょっとわかるかも」

「ツッキー先輩、命令をどうぞ!」

「そうだね。とりあえず五番にスクワットを三十回してもらおうかな」

「…………」


 周囲の面々が自分の割り箸を見て、ホッとした表情を浮かべる。

 運悪く一発目に当たったのは、他でもない俺だった。


「阿久津水無月! きさま! 見ているなッ!」

「単にキミがのんびりと引いていたから、番号が目に入っただけさ」

「マジで見えてたのかよっ? 卑怯だろそれっ!」

「ツッキーにしては酷な命令だと思ったけど、そういうことだった訳ね」

「根暗先輩。さっさとスクワットしてください」

「いやいや待て待て。これは練習で、次が本番だろ?」

「駄目ッスよネック先輩。例え練習だろうと、王様の命令は絶対ッス!」

「そうだね。足が痛むようなら、腕立て伏せでも構わないよ」


 優しい気遣いに見せかけて、さらりとやる方向へ持っていく阿久津女王。仮に冬雪や望ちゃんに当たったら、練習だからと言って免除するつもりだったに違いない。

 ここで駄々をこねても男が廃るだけなので、俺は溜息を吐いた後で立ち上がる。


「いくぞ! 一、二、三――――」


 メンバーの視線が集まる中、両手を後頭部に当ててスクワットを開始。俺が筋トレする姿なんて見たところで一体何が面白いのか問いたい。小一時間問い詰めたい。


「――――十九、二十…………ふー」

「まだ十回残ってるのに、もうバテたんでぃすか?」

「やかましいっ! ちょっと休憩しただけだ! 二十一、二十二――――」


 その後も二十五回で一旦止まったものの、三十回のスクワットは無事に終了。阿久津女王様の命令をこなした俺は、息を切らしながら椅子に腰を下ろした。


「……ヨネ、お疲れ」

「米倉先輩、足は大丈夫ですか?」

「足の裏よりも……太股の方がしんどいな……」

「とまあ、基本の流れは大体こんな感じッス」

「いいでぃすね。面白そうでぃす」

「ユッキー先輩も、本番始めて大丈夫ッスか?」

「……(コクリ)」

「ルール追加だ。人の番号を盗み見るのは禁止だからな」


 最初の命令が俺の苦痛だったためか、先程までルールすら知らなかった早乙女が俄然乗り気になっている様子。王様ゲームの真の恐ろしさも知らずに愚かな奴だ。

 いつまで楽しい空気でいられるか若干不安になりつつも、俺達陶芸部メンバーによる健全な全年齢版王様ゲームは威勢の良い掛け声と共に始まりを告げた。


「せーのっ!」




『王様だーれだ?』




「あ、私でした」

「ノゾミちゃん女王様。どうぞご命令を!」

「どうしよう……えっと……じゃあ、三番の人が三回回ってワン! とかで」


 自分以外が全員年上ということもあってか、遠慮気味な望ちゃんの命令はスクワットに比べれば随分と平和的。しかしそんな簡単すぎる命令では大して盛り上がることないまま、あっという間に終わってしまうだろう。

 誰もが間違いなく、そう考えていたに違いない。

 …………三番の割り箸を持った阿久津が、ゆっくりと腰を上げるまでは。


「三番はボクだね」

『!?』


 立ち上がった少女を見て、全員の視線が釘付けになる。

 俺も思わず、ゴクリと息を呑んだ。


「一……二……三……ワン! これでいいかい?」


 阿久津が。

 あの阿久津水無月が。

 三回回って、ワンと鳴いた。

 もう一度言おう。

 あのクールで品行方正で物真似なんて絶対にしないであろう幼馴染が、スカートを翻しながら華麗に回転した後で、やや力の入った犬の真似をしたのである。


「ノノ!」

「は、はいっ?」


 いきなり望ちゃんのあだ名を呼んだ早乙女が、その手をガシッと握り締める。

 そして神でも崇めるかの如く、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます! 最高でぃした!」

「へ? え、えっと……ど、どう致しまして?」

「ノゾミン、ナーイス!」

「いやー、いいもん見れたッスねー」

「…………ボクが三回回ってワンと鳴くのは、そんなに珍しいことなのかい?」

「ふふ。滅多に見られないと思うよ?」

「……(コクリ)」


 少なくともここにいるメンバーの中では、一番やらなそうだもんな。

 不思議そうに首を傾げる阿久津とは裏腹に、周囲は大盛り上がり。一部のメンバーが更なるやる気を出したところで、割り箸が回収されるなり第二回戦が行われた。


「いくッスよー? せーのっ!!」




『王様だーれだ?』




「じゃーん! 私だよ♪」


 姉より優れた妹なぞ存在しねぇとばかりに、望ちゃんに続く形で今度は夢野が王様を引き当てる。自慢げに割り箸を見せてくる少女だが、その一挙手一投足が微笑ましい。


「それじゃあ命令はねー、一番が七番に懺悔!」

「お? 一番は俺だけど、七番は誰だ?」

「アタシよ」

「うーん、火水木に懺悔って言われても、これと言って思い浮かばないな」

「根暗先輩なら、とっておきのがあるじゃないでぃすか?」

「とっておき?」

「生まれてきてすいませんでぃした、でぃすよ」

「何でそこまで卑屈にならなくちゃいけないんだよっ?」


 相変わらず容赦のない早乙女だが、その言い方は以前と異なり冗談めかした雰囲気がある。どちらかと言うと本格的な悪意は、俺よりテツに向けられていることが多いくらいだ。

 ネタとしては有りかもしれないが、こうして先に言われてしまった以上はもう使えない。まあ仮に言ったとしても、阿久津辺りから「それだけかい?」と追撃が来そうだしな。

 王様の命令もそうだが、あまり長く考えすぎるとグダるし何かしら適当で謝っておくべきか……と、そんなことを思っていたところで冬雪がポツリと口を開いた。


「……ヨネの懺悔なら、あれがある」

「あれ?」

「……アイス」

「ふむ。そういえば、そんなこともあったね」

「あー、そうだな。火水木よ、俺はお前に謝らないといけないことがある」

「アイスって、何のことよ?」

「いやな、もう随分と前のことだし時効なんだけど、伊東先生が大福的なアイスを買ってきてくれたことがあってな。二個入りのが二つで、計四個あった訳だ」

「…………それで?」

「その日はお前が休んでて、部活に来てたのは俺と阿久津と冬雪の三人でさ。まあ当然ながら一個余る計算になるだろ? それで仕方ないから俺が……ぐえっ!」

「何で食べたのよっ? あれアタシの大好物なのよっ? そこに冷凍庫だってあるじゃない!」

「いや、初めて食ったんだけど、あまりにも美味しくてつい……」

「ボクと音穏は残しておくように言ったけれどね」

「ネーッークー?」

「ずびばぜんでじだ……ぐるじい……」

「最低でぃすね」

「まあまあ。ミズキ、落ち着いて」


 食べ物の恨みは恐ろしいというが、まさかここまで怒られるとは思わなかった。

 夢野女王の制止を受けて、火水木は俺を絞め上げていた手を放す。


「はあ……まあいいわ。懺悔した訳だし、許してあげる。次行くわよ、次!」

「せーのっ!!!」




『王様だーれだ?』




「お? 俺だ」


 掛け声に合わせて自分の割り箸を見ると、何とそこには王冠マーク。名乗りを上げるや否や、テツが「わかってるッスよね?」と熱い視線をぶつけてきた。知らんがな。


「そうだな……じゃあ六番は王様ゲームが終わるまで、語尾にニャンを付けるってことで」

「ネック先輩ーっ!」

「何だよ? 六番だったのか?」

「違うッスよっ! 何ひよってんスかっ? 本当はもっとしてもらいたいことが――――」

「はいはい。で、六番は誰だ?」

「私です……ニャン」


 小さく手を挙げた望ちゃんが、俺の命令に従い猫語になる。以前クリスマスパーティーのプレゼント交換で火水木が冬雪にプレゼントした猫グッズが欲しくなるな。


「王様ゲームが終わるまでって、割と酷な命令よね」

「米倉君がこういうのが好きだったなんて、ちょっと意外だったかも」

「ボクも初耳だね」

「悪趣味でぃす」

「……ノノは今日の主役」

「…………」


 個人的にはそこそこ無難かつ、盛り上がりそうな命令を選んだつもりなのにこの言われようである。王様ゲームって、王様になった人が罵られるゲームだったっけ?

 理不尽にもスクワットをさせられ、懺悔したのに首を絞められ、挙句の果てには国民から反逆されて心が折れそうになる中、第四回戦の抽選が行われた。


「せーのっ!!!!」




『王様だーれだ?』




「あ、また私でした…………あ! ニャン」

「マジッスかっ? ユメノン先輩の一族は運が強いッスね」

「えっと、それじゃあ四番の人は一発ギャグをお願いしますニャン」

「……私」

「冬雪がっ?」

「ユッキーがっ?」

「雪ちゃんがっ?」

「「「一発ギャグっ?」」」

「これはどんなネタが出るのか、ボクも興味があるね」

「……じゃあ、猫の真似…………ふにゃ~お」

『……………………』


 疑惑の判定に、メンバー一同が視線を合わせた。

 確かに可愛いし完成度は高いが、これは少しズルい気がする。


「駄目ね」

「駄目ッス」

「駄目かどうか決めるのは王様じゃないのかい?」

「えっと……じゃあ、もう一つお願いします」

「……それなら、ソー○ンスの真似」

「ん?」

「えっ?」

「はいっ?」

「……だから、ソー○ンスの真似ならいい?」

「だ、大丈夫ですニャン」

「ユッキーのソー○ンスの物真似までー、三、二、一、キューっ!」

「……ンスォォォォォォォォナンスゥッ!」


 ――――その瞬間、宇宙は誕生した。

 それはまさにビッグバンと呼ぶに相応しい、フユキニウムの指数関数的急膨張。

 真顔の冬雪から発せられた強烈なインパクトのある物真似は、陶芸室内は一瞬にして笑いの渦に包みこむと共に、次から次へと大爆笑の連鎖を引き起こす。

 テツは机をバンバン叩き、阿久津は腹を抱え、夢野は涙を流す。火水木に至ってはツボに入ったのか「ヒーッ、ヒーッ」とラマーズ法の呼吸みたいになっていた。


「~~~~」


 かくいう俺も呼吸困難になりかけるレベルで爆笑中。まさかこんなにも普段とギャップのあるキャラをチョイスし、しかも超絶に上手いとは予想できる筈がない。


「ちょっ……ユッキ……動画……動画撮りたいから……もう一回……」

「……もうやらない」


 やった本人は恥ずかしくなってきたのか、ぷいっとそっぽを向く。恐らく今後において何かしら罰ゲームをやる際、冬雪には間違いなくこれがリクエストされるだろうな。

 思い出し笑いというビッグバンの余波が残り、暫くの間は迂闊に飲み物を口に含むことすらできなかったものの、少しして落ち着いてからゲームは再開された。


「せーのっ!!!!!」




『王様だーれだ?』




「ふっふっふ……星華が王様でぃす! この時が来るのを待ってました!」


 望ちゃん、夢野、俺と比較的平和な国王が続いていたものの、ここにきて暴君が誕生する。心なしか暴君と星華って、字面的にもちょっと似てる気がするな。

 怪しげな笑みを浮かべた早乙女は、まるで阿久津の番号が分かっているかの如く自信満々に命令を言い放った。


「バスケで鍛えた星華の動体視力は伊達じゃありません! 命令はズバリ、二番が王様の目の前で萌え萌えキュンを披露することでぃす! さあ! ミナちゃん先輩!」

「ボクは三番だよ」

「へ? じゃあ二番は誰でぃすか?」




『ガタッ』←立ち上がるテツ




『ダッ』←逃げようとする早乙女




『ガシッ』←その手首を捕まえる阿久津




「やっ! ちょっ? ミナちゃん先輩っ?」

「王様の命令は絶対だからね」

「自業自得だな」

「あんまやりたくないけど、命令なら仕方ないッスね――――」

「――――にぎゃああああああああああああああああああっ!」


 ハロウィンのコスプレで見せられた悪夢再びといったところか。聞きたくもない俺は黙って耳を塞ぎ目を瞑ったが、早乙女の悲鳴だけはしっかりと耳に入ってきた。

 数秒した後に目を開いてみれば、そこには真っ白に燃え尽きた少女の姿が。口からは生気のようなものが抜け出しており、自慢の動体視力を誇った目には光が宿っていない。


「そもそもバスケットで動体視力って鍛えられるもんなのかしら?」

「少なくともボクは聞いたことがないね」

「私もちょっと……あ、あの、早乙女先輩、大丈夫なんですかニャン?」

「王様ゲームを甘く見た結果だな。そのうち復活するだろうから気にしなくていいぞ」

「さあさあ、次いくッスよっ! 次っ! せーのっ!!!!!!」




『王様だーれだ?』




 未だに一度も王様になれていないテツの掛け声が、徐々に気合いの増したものになっている気がする。しかしながら残念なことに今回も引けなかったようで、欲望の塊である後輩は肩を落とした。

 こうして平和な世界が再び訪れた……かと思いきやそんなこともなく、新たな暴君が誕生することになる。それも今回は早乙女とは比較にならないほどに厄介な暴君だった。


「イエーイ! アタシが王様ーっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る