十七日目(水) リア充勉強しろだった件

「――――ということがあったんだが」

「とりあえずこれだけは言っておきたいお。リア充乙」

「流石に否定はできないな」


 夢野とまさかの家デートもとい勉強会をすることが決まった翌日の放課後。普段なら駐輪場で話すところだが、今週は俺が電車通学だったため駅に向かいつつアキトに事情を伝える。


「とりあえず課題をやるにしても、そんなに長い時間はもたないだろ? こういうときってどういうことをするのか、愛の伝道師に是非ご教授を願いたいんだが」

「拙者が愛の伝道師とか、クソワロリーヌもいいところですな。電動歯ブラシの間違いでは?」

「逆にお前と電動歯ブラシの共通点ってなんだよ?」

「…………」

「ノリで言っただけかーい!」


 仮に勉強会の相手が阿久津だったら、それこそ文字通り耐久レースの如く何時間も勉強だけやらされること間違いなし。しかしながら夢野が相手となれば、勉強以外にも何かしら息抜きをする時間があるだろう。

 アキトみたいな男友達なら時間潰しの方法も色々あるが、異性と二人きりとなるとこれが難しい。普段からしている雑談は流石にネタ切れになりそうだし……本当、何すりゃいいんだ?


「思いついたお。拙者も電動歯ブラシも、どちらも取り扱いが難しいでござる」

「少なくともお前はそんな気難しい奴じゃないだろ。いまいちだな。2点」

「では、どちらも子供には刺激が強いでござる」

「割と合ってるかもな。7点……って、自分から聞いておいてあれだけどそうじゃなくて、何かしらアイデアを分けてくれ」

「アイデア以前に、家に呼ぶとなると心に固く誓って気を付けておくべきことがあるお」

「ん? 何だよ?」

「前にも言ったことがありますが、焦りは禁物ということでござる。単刀直入に言うなら、欲情厳禁ですな。これは米倉氏の童貞卒業を嫉妬して防ごうとしてるとかではなく、割と真面目な話だお」

「!」

「自分の部屋となると住み慣れた閉鎖空間ですしおすし、拙者達みたいな思春期真っ盛りの男子高校生ともなればその手の行動をしてしまう可能性が高くなるお。実際は単なる独りよがりで、大抵の場合は相手を傷つけるだけでござる」


 文化祭で夢野に魅了されて、危うく暴走しかけた話はアキトにはしていない。

 それにも拘らず心の中を見透かされたような注意を受けて、俺は思わず息を呑んだ。


「ましてやリリスは恋人でもないので尚更ですな。まあ小心者の米倉氏なら問題ないかと思われますが、以前に大丈夫だと思ってた店長が盛大にやらかしたのを聞いているので一応でござる。二度とあの悲劇を繰り返してはいけないお」

「その…………聞いていいのか分からんが、何があったんだ……?」

「三年生のー店長さん。おっぱい揉んでーパンツ見て。ビンタされ、罵られ、破局した」

「言い方ぁっ!」

「フヒヒ、サーセン」


 今となっては笑い話で済むエピソードなのか、アキトはどこかで聞いたことのある童謡の替え歌風にして説明する。前科一犯……いや、阿久津の件も合わせたら同じような失敗をしてる俺も、充分肝に銘じておかないとな。


「とまあそれはさておき、時間潰しとなると定番は卒アルだお」

「ソツアル? ナニイッテルカ、ワカリーマセーン」

「確かアメリカの場合はイヤーブックですな。卒アルと違って在校生も含めた、一年間の記録が毎年作られるでござる」

「マジかよ。毎年って、黒歴史が何倍にもなるじゃねーか」

「そうでもないかと。お固い日本と違って自由の国ですし、掲載されてる写真とか加工されまくりでもオーケーな感じだったと記憶してるお」

「逆に凄いなそれ。そんでもってよくそんなことまで知ってるな」

「前に写真の下に載っている面白メッセージのまとめを見て爆笑した希ガス。ちょいまち」


 信号で立ち止まるなり、素早くスマホを操作するアキト。お目当てのまとめサイトはすぐに見つかったらしく、俺は見せられた画面を覗き込んだ。


『ある日朝起きて、自分がチキン・ナゲットだったらどうする?』

『風呂に入る時、時々電気を消して子宮の中にいるフリをするんだ』

『私が笑ってるからあんたも笑ってるけど、私が笑ってるのは屁をこいたからだよ』


「ぶふっ!」

「日本もこれくらいのユーモアがあってほしいでござる」

「確かに。卒アルに載せる作文とか、基本的に堅っ苦しいもんな」


 ただしその作文で五・七・五・七・七の短歌を書いた奴が一人だけいるとか何とか。我ながらユーモアに満ち溢れていた自分の才能が恐ろし過ぎるぜ。


「何とかして卒アルは回避する方向で頼む」

「他の案としては、DVDを借りてきて一緒に見るなんてのも定番かと思われ」

「DVDは色々と厳しいな。お前の部屋にはパソコンがあるからいいけど、俺の部屋にはテレビもパソコンもないからさ」

「ノーパはないので?」

「家にあるのはデスクトップのパソコン一台だけ。それもリビングだ」


 自分の部屋にテレビがある奴とか、正直言って羨ましい。俺の部屋なんて未だにクーラーすらなかったりする……梅の部屋は元々姉貴の部屋だから付いてるんだよな。

 それこそ我が家の両親が夫婦で仲良く旅行にでも行ってくれればリビングを占拠できる訳だが、そんな都合のいい話がないのだから困っている。


「後は一緒にゲームというのも……いや、米倉氏の場合は一方的にボコボコにしてしまうので却下ですな。仮にやるとしても運要素が大きいものくらいだお」

「いやいや、別にそんなことないっての。ゲームは有りだと思うけど、他に何かないか?」

「スマホのアプリで遊ぶのも結構な時間潰しになるかと…………あっ」

「察したか? 悪かったな。どうせ俺はガラケーだよ」

「いやいや、リリスのを借りればワンチャンあるかと」

「ちなみにもしもお前だったら、具体的にどういうアプリを使うんだ?」

「写真アプリ一つでも遊びの要素は様々ですし、それこそゲームだってあるお。アプリに限らず動画を見ることもできますし、性格診断とかするのもありですな」

「成程。時間潰しにもってこいだよな本当」


 久々に電車登校をして感じたことは、本当に誰もがスマホを見てばかり。椅子一列に座ってる人の全員が見てるなんて当たり前の世界で、タブレットの人も結構多かった。それこそあの中でガラケーなんて取り出した日には、笑われるんじゃないかと思ったくらいだ。


「まあ本来なら男がリードするものではありますが、誘ってきたのがリリスということなら向こうも向こうで何かしら考えているかと思われ。というよりぶっちゃけそんな心配をしなくても、二人で喋るだけでも時間が過ぎてたなんてオチな気がするお」

「だと良いんだけどな」

「それにしてもこの男、家デートまで誘われるとは幸せ者である。拙者としては付き合ってないことが逆に不思議なくらいですな。やはり阿久津氏が気になるので?」

「気になるっていうか何ていうか……何なんだろうな。一昨日から今日までアイツと一緒に登校してるんだけど、やっぱ話してて落ち着くっていうか気が楽っていうか……」

「ちょいまち。それは初耳だお」

「ん? 言ってなかったか? 俺の足が不安だからって、朝になると待ってるんだよ」

「幼馴染が起こしに来るとか、それなんてエロゲ?」

「いや起こしには来てないっての」

「フヒヒ、サーセン」


 一時代を築いた定番のシチュエーションではあるが、よくよく考えてみれば単なる不法侵入でしかない。仮に親公認だとしても、どんだけ親同士が仲良しなんだよって話だ。


「いやしかしそれは家デートと同レベルに衝撃ですな。仮に米倉氏から誘っていたのであれば、思わずこの虫野郎と叫ぶところだったお」

「俺からアイツを誘うことは絶対にないっての。まあ向こうは単に心配してるだけだろうから、変に期待したら駄目なんだけどさ」

「しかしそれでも一緒に登校というのは、相当ハードルが高いかと。クール系美少女幼馴染と一緒に登校とか……どう見てもリア充です、本当にありがとうございました」


 確かに早乙女の奴と一緒に登校していないのか聞いたところ、以前は待ち合わせをしていた時もあったが、毎回の授業で英単語の小テストが行われるようになってからは電車の中でも勉強したいため断ったと言っていた。

 その時は納得して終わったが、それなら俺と登校してるのは小テスト勉強以上には重要であるということになる。まあ一緒といっても一週間程度だし、問題ないんだろうか。


「結局のところ、予備校はどうするか決まったので?」

「とりあえず保留したよ。姉貴は通わずに頑張ってたし、俺もできる限り頑張ってみようとは思うけどな。金銭面を考えても、妹はアホだから大学は私立だろうしさ。ゴールデンウィーク明けからはサテラーにも本格的に行って、マジで頑張ろうと思うわ」

「そうですな。リア充勉強しろ」


 高校受験は上手くいったが、大学受験はそう簡単にはいかない。

 あの時にもっと勉強しておけば……なんて後悔しないためにも、今のうちからしっかり頑張っていかないとな。

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