十二日目(金) メールのやり取りが日常だった件

「「「手術っ!?」」」


 いつも通り放課後の陶芸室。阿久津が来ているのに早乙女が休みという少し珍しい状況の中、部室に来ていた火水木とテツ、そして望ちゃんの三人が驚き声を上げた。

 驚いていないのは阿久津と冬雪の二人。恐らく冬雪は教室でアキト達に説明していたのを聞いていたんだろう。阿久津はまあ、平常運転といったところか。

 ひとまず昨日医者から言われたことを、俺は仲間達に説明する。


「ああ。粉瘤ふんりゅうって言うらしいんだけど、足の裏に腫瘍があるから手術して取るんだと」

「腫瘍って、それヤバいんじゃないの?」

「良性って言ってたし、多分問題ないと思う。実際大して痛くもないしな」

「手術ってことは、手術台とか乗せられて麻酔とかするんスかっ? 入院とかして白衣の天使に囲まれながら、色々とお世話とかされちゃうんスかっ?」

「入院はしないっての。そもそも看護師さんは白衣の天使なんて呼べる余裕がないくらい忙しそうだったし、どっちかっていうと白衣の戦士って感じだったぞ」

「あ、あの、米倉先輩……本当に大丈夫なんですか?」

「別にそんなに痛む訳じゃないし、全然問題ないよ。心配してくれてありがとうな」


 俺も手術なんて初めての経験であるため、唐突に医者から言われた時は思わず呆然としたものの、一晩経った今は割と落ち着いていたりする。

 日曜日に夢野へメールで伝えた時もそうだったが、大して痛くもないのに手術と言うだけで心配してもらえるのは悪くない気分だ。


「手術日とかって、もう決まってたりするんでしょうか?」

「ああ。明後日だよ」

「それならゴールデンウィークは問題ないッスね」

「粉瘤だか何だか知らないけど、ヤバくなったらちゃんと言いなさいよ?」

「……無理しないで、休んでもいい」

「サンキュー」


 仲間達からの優しい言葉を受け取りつつ、今日は体験に備えて待機する。

 斜め前には普段通り阿久津が座っていたが、黙って話を聞いていた幼馴染はフーっと大きく息を吐くと、静かに一言だけ尋ねてきた。


「本当に大丈夫なのかい?」

「ん? ああ」

「そうかい」


 ……………………心配したよ。

 視線を逸らした直後にボソッとそんな言葉が呟かれ、慌てて阿久津の方へ振り返る。

 しかしながら少女は既に問題集へ視線を下ろし、声を掛け辛い態勢に入っていた。


「来ないわねー」


 今日も普段通り……というよりは、正しい陶芸部としての部活動が始まって数十分。電動ろくろの前に座り削り作業をしていた火水木が大きな声でぼやく。

 今週も見学や体験には片手で数えるほどの生徒が来たものの、再びドアを叩いてくる者は未だに望ちゃん以外は0だった。


「まあ陶芸部なんて、ぶっちゃけ地味ッスからね」

「……そんなことない」


 テツの言葉を聞いて冬雪がムスっと不貞腐れる。何かしらフォローしてやりたいところだが、青春真っ只中の高校生であることを考えると地味なのは否めない。

 結局その後も最後まで新入部員がやってくることもなく、本日の部活動は何事もないまま終了。俺達六人は共に陶芸室を出ると、電車組と自転車組に分かれる。


「米倉先輩、今日も自転車で来たんですか?」

「ああ。漕いでも問題なさそうだったからさ」


 今までは帰るタイミングが異なっていたが、今日は一緒に部室を出た望ちゃんも夢野同様に自転車通学。しかもハウスは同じCハウスであるため、駐輪場も同じ場所だ。


「米倉先輩って、普段はお姉ちゃんと一緒に帰ってるんですよね?」

「ああ。夢野が部活に来てる日は大体そうだな」

「それじゃあ今日は僭越ながら、私がお供させていただきます。心配ですし」

「僭越ながらって、日常会話で初めて聞いたぞ?」


 そんな改まって言われなくても帰る方向は同じな訳だし、望ちゃんさえ嫌じゃないなら俺が断る理由は何一つなかったりする。

 夢野がいる場合は三人で帰ることになるんだろうか……なんて考えながら、俺は自転車に乗ると望ちゃんと共に縦に並んで走り出す。


「陶芸部はどう?」

「はい。とっても賑やかで楽しいです」

「まあ、それだけが取り柄みたいな部活だからな。無理に合わせなくても、ゴールデンウィークの歓迎会とかだって嫌だったら断ってもいいからな?」

「そんなことありませんよ。お姉ちゃんからハロウィンとかクリスマスにやってたパーティーの話は聞いてましたし、嫌どころか物凄く待ち遠しくてワクワクしてます!」

「それなら良いんだけどさ。まあ困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ。テツからセクハラをされたとか、火水木からコスプレを強要されたとか、冬雪が厳し過ぎるとか」

「鉄先輩は面白いですし、火水木先輩は色々と教えてくれますし、冬雪先輩は優しいですよ?」

「それはアレだな。部活動体験期間による初回キャンペーン中だからだ」

「そうなんですか?」

「俺の予想だと、歓迎会はカオスになるぞ」


 実はゴールデンウィークに行われる今回の歓迎会は、火水木じゃなくテツが企画する。

 最初は思わず他の面々と顔を見合わせたくらい不安ではあったが、俺達が引退した後は引き継ぐということを考えて、一度試しにやらせてみることになった。


「でも、お姉ちゃんは楽しみにしてましたよ?」

「うーん……まともな企画だと良いんだけどな……」


 気まずい沈黙が続いたらどうしようなんて考えもしたが、そんな心配は無用だったらしい。望ちゃんとの会話が弾む中、気が付けばあっという間にいつものコンビニ前にある横断歩道へ到着していた。


「米倉先輩、今日はありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね」

「ああ。望ちゃんもな」


 相変わらず丁寧に頭を下げる少女と分かれた後で家に帰宅。夕飯を食べて風呂に入り今日のノルマである英文法を記憶していると、不意に携帯が鳴り出した。


『望は元気そうだったって言ってたけど、本当に大丈夫? 実は不安だったりしない?』


 受信ボックスを確認してみると、表示されたのは夢野からのメール。手術と聞いて懸念している少女の気持ちをありがたく受け取り、俺は小さく笑いつつ返事を送る。


『夕飯をおかわりするくらい元気一杯だから大丈夫だ! 心配してくれてサンキューな』


 二年の時は日本史が一緒だったが、三年は同じ授業もなく部活以外で夢野と顔を合わせる機会は中々ないものの、こうしたメールのやり取りは春休み頃から頻繁にしている。

 基本的にどちらかが寝落ちするまで語り合うため、翌日には前日なり深夜にしていた話題の続きから開始。そんな調子で俺達は毎日のように画面越しに話し合っていた。


『私の中学校の先生が前に言ってたんだけど、大丈夫って聞かれて大丈夫って答える人は大丈夫じゃないかもしれないんだって!』

『何だその哲学めいた文章は? 大丈夫がゲシュタルト崩壊してるぞ?』

『元気な人は大丈夫か聞かれたら「何が?」って反応になるでしょ? 逆に元気がない人は大丈夫か聞かれた時に、周囲に迷惑とか心配を掛けないように大丈夫って答える人が多いんだって。だから大丈夫じゃないって答えるのは、物凄く勇気がいることなんだよ』

『成程。確かにダイジョーブ博士は大丈夫じゃないけど大丈夫って言うし、どこぞの天界に住んでる元農民も「大丈夫だ、問題ない」って言った後でボコボコにされてたもんな』

『ゴメン。どっちも元ネタわからないかも(笑)』

『気にするな。まあ痛みとかは全くないし、本当に大丈夫だから心配すんなって』

『本当にー? 米倉君、駄目な時でも大丈夫って言ってるから心配だなー』

『ちょっと待て。俺がいつそんなことをした? 心当たりがないぞ?』

『陶芸で削り過ぎちゃって高台を作る余裕が無くなった時とか』

『すいませんでしたっ!』


 こんな調子で夢野とメールで話しながら、宿題なり課題をこなすのが日課になりつつある今日この頃。それ故に夢野の近況も大体把握していたりする。

 そして最後のコンクールは音楽部の一員として全力を注ぎたいという話を聞いたからこそ、俺も何かをやり遂げたいという気持ちになり評議委員へ立候補した訳だ。


『もしも不安になったら、今度は私が元気づけてあげるね♪』


 幼い頃に手術を経験した少女からのメールを見て、思わず笑みを浮かべる。

 その日も俺と夢野の雑談は、夜遅くまで続くのだった。

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