二十日目(日) 後夜祭が夏の終わりだった件
文化祭の公開時間が終了した後は、全校生徒が体育館に集まっての閉会式。去年もそうだったが、これがまた式とは思えないくらい異常なまでに盛り上がりを見せる。
まずは各ハウスにおいて優秀なクラスの出し物を決めるHR審査が発表されていくが、その度に呼ばれた教室のメンバーは感激のあまり立ち上がっての大歓声。ハイタッチを交わす生徒や雄叫びをあげる生徒、そして女子に至っては涙を流している生徒も多い。
「Cハウスの優秀賞は…………」
『オォォォォォォォォォォォォォォォォォオッ?』
「C―4の――――」
『キャアアアアアアアアアアアアアアア!』
こんな感じの発表をA~Fハウスまで計六回した後で、ハウスの装飾審査とクラスTシャツコンテストの表彰も行われる。ちなみに俺達陶芸部のメンバーの中では評判通り、テツ達のクラスがBハウスのHR審査において優秀賞をゲットしていた。
表彰が終わっても盛り上がりの勢いは止まらず、テンションの上がりきった生徒達はスポーツを観戦している客のようにウェーブを始める。
『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォオッ!』
『返せ返せ!』
『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォオッ!』
Aハウスの生徒達が両手を上げジャンプするとBハウス、Cハウスと伝わり、Fハウスまで到達。さらにその後で再び波が返ってくるというのは、最早毎年の恒例だ。
そんな往復を三回も四回も繰り返した後でようやくの校歌斉唱だが、普段は口パクに近い校歌でさえもこの日に限っては誰もが肩を組んでの大合唱になる。
最後には大きなくす玉も無事に割れ、二日間に渡る盛大な祭りはようやく終わりを迎えた…………というところまでは、去年の文化祭と大して変わりない。
「おーい明釷ー、櫻ー、早く行こうぜー?」
「ちょま! 渡辺氏、本当に行かないので?」
「閉会式で疲れたし俺はいい……後でどんな感じだったか教えてくれ……」
「おk把握」
そして始まる、エンディングセレモニー的な後夜祭……ここからは未知の領域だ。
昨年は家に帰ってしまったが、今年は女装コンテストで栄光の二連覇を果たした我らがC―3希望の星である葵のパフォーマンスを見に行くため、俺とアキトは我慢できずに教室を飛び出した男子連中の後を追ってメインステージである中庭へと向かう。
「…………」
移動しながらポケットから携帯を取り出し最後の確認をするが、夢野からの連絡はない。
それもその筈。こちらから誘っていないのだから、そもそも来る筈がなかった。
多分、今はまだこれでいいんだと思う。
夢野は気にしていないとは言っていたが、だからと言って易々と誘うのもどうかという話だし、俺も少し時間を置いて頭を冷やした方が良い気がした。
もしかしたらまた向こうから誘ってきてくれるかもしれないなんて、無意識に心の中で描いていた都合の良い期待を捨てて昇降口を抜ける。
キャンプファイヤーの周りでフォークダンスを踊るなんてベタなイベントこそないものの、既に中庭には優に百人は超えていそうな数多くの生徒達が集まっていた。
「ん?」
そんな賑わいの元へ向かおうとした途中、ふと芸術棟の方を見ればどういう訳か陶芸室の電気が点いているように見える……伊東先生が残業でもしているんだろうか。
「おーい! 明釷ーっ! 櫻ーっ! こっちこっちーっ!」
「米倉氏、どうかしたので?」
「ああ、何か部室に誰かいるみたいでさ。ちょっと寄ってくるから、先に行っててくれ」
「さいですか」
一旦アキトと別れ芸術棟へ向かうが、やはり見間違いではないらしい。陶芸室の電気が点いているくらい大した問題じゃない筈なのに、俺の足は自然と速くなる。
冬雪か。
阿久津か。
火水木か。
それとも夢野なのか。
人気のない校内へ足を踏み入れると、ゆっくりとドアを開けた。
「…………?」
部屋の中に部員の姿は誰も見当たらない。
ただし長机の上には鞄が二つ置かれており、部員のいた形跡が残っている。そしてそれが誰なのかも、鞄の置かれていた席から何となく察しが付いた。
「――――」
俺も自分の定位置へ鞄を置くと、外から聞き慣れた声がした気がする。
窓から外を覗いてみれば、阿久津と冬雪が陶芸室の椅子を外に持ち出して座っているのを発見。ガラス戸を開けると、二人の少女がこちらを振り向いた。
「……ヨネ?」
「やあ。キミも来たのかい?」
「よう。二人して、何してるんだ?」
「……ここは特等席」
「後夜祭で上がる打ち上げ花火が、ここからだとよく見えるんだよ」
「へー。そうだったのか」
イメージ的に今回の売上やノートに書かれた内容の確認だとか、誰の作品がどれだけ売れ残っているかを調査して今後の陶芸部の行く末について話し合っているのかと思ったが、決してそんなことはなく二人でまったりしていたらしい。
まあ阿久津も冬雪も騒ぐタイプじゃないし、恐らく後夜祭は花火だけ見ることができれば満足なんだろう。普通の生徒はこんなところまで来ないし、ここなら人混みも気にならずのんびりと見られること間違いなし。まさに打ってつけの場所って訳か。
「それを知らなかったキミは、どうしてここに来たんだい?」
「電気が点いてたから誰がいるのかと思ってさ」
『ガサガサ』
「お? お前もいたのか」
「……アメ、おいで」
「ニャーン」
ガサガサと茂みの中から現れたのは、相変わらずこの辺りに居座っているらしい野良猫。冬雪はアメと呼んでいるが、その由来は毛色である茶色の釉薬『飴釉』からだそうだ。
しかしながら名前を付けたところで所詮は野良猫。気まぐれに現れただけのアメはこちらへ寄ってくることもなく、毅然とした態度で駐車場の方へと歩き去っていく。
その後ろ姿を三人でボーっと眺めていると、背後で唐突にガラス戸の開く音がした。
「もしかしたらと思ったけど、やっぱりアタシの思い通りだったみたいね」
「火水木? それに……夢野も……?」
「二人とも、どうしたんだい?」
「ここなら花火がよく見えるんじゃないかってミズキが言い出して、明かりが点いてるのが見えたから来てみたんだけど……もしかして皆もそんな感じで集まったの?」
「……(コクリ)」
「大正解だね。てっきり天海君は見に行っているのかと思っていたよ」
「後夜祭なら去年行ったし、今年はユメノンとのんびりしようかなーって。それにしても打ち合わせもなしに自然と集まるとか、以心伝心してるって感じでテンション上がるわね! ところで、何でネックは一人ボーっと突っ立ってんのよ?」
「あ、いや……俺は…………」
鞄を置いた火水木と夢野もまた、陶芸室の椅子を外に運んだ後で腰を下ろす。
陶芸室にいたのは阿久津と冬雪の二人だったと分かったし、頃合いを見計らってアキト達の元に引き返すつもりだったが、そんな風に言われると戻りにくい。
「櫻は空気椅子で問題ないらしいよ」
「へー。やるじゃない」
「そんな訳あるかっての! ったく……」
俺も二人と同じように椅子を外に運ぶと腰を下ろす。そしてポケットから携帯を取り出しアキトにメールを送ると、十秒も経たないうちに『おk把握』という返事が来た。
確かに火水木の言う通り、こうして顔を見合わせれば何だかんだで陶芸部二年の五人全員が揃っている。電気が点いていたからという理由こそあれど、それでもこうして集まるのは凄いと思うし、誰もが陶芸部の居心地が良いと感じているんだろう。
遠くからは後夜祭の盛り上がっている音なり声が聞こえてくるが、それを遠くから聞いている儚さがまた祭りの終わりという雰囲気を一層感じさせる。
「今年の文化祭もこれで終わりなのよねー。何かあっという間って感じがするわ」
「……そういえばマミ、バンドで物凄い演奏したって聞いた」
「情報が早いわねユッキー。もう最高に楽しかったわよ!」
「……私も見に行きたかった」
「ボクも聞きたかったよ。それならそうと教えてくれれば良かったじゃないか」
「いやー……ほら、アタシ陶芸部でバンド組みたいってしつこかったじゃない? あれだけ言っておきながら他のメンバーと組んだのを見に来てほしいなんて、ちょっと自分勝手すぎかなーって思って言い出しにくかったのよねー」
「……そんなことない」
冬雪の言葉を聞いてホッとしたのか、大きな胸を撫で下ろす火水木。そんな友人を見た夢野は、優しい眼差しで見つめながらクスッと笑った。
「オッケー。また来年もやるから、その時は良かったら見に来て頂戴!」
「来年は忙しくなっていると思うけれど、大丈夫なのかい?」
「バンドの練習ばっかりして今年より作品数が減ったら、冬雪が激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームになるらしいぞ」
「ふふ。ミズキの場合、雪ちゃんが怒るところの方が見てみたいって言いそう」
「……怒るよりも、今年は寂しかった」
「ユッキーってば、そんな不安にならなくてもアタシは陶芸部を辞めたりしないわよ。それに言われなくても、来年は質も量も今年以上に作るから安心しなさいって!」
「……じゃあマミの来年のノルマは倍」
「ちょっ?」
「……ノートに作品の数が少ないって要望が書いてあった」
やはり既にノートはチェック済みだったらしい。余計なことを言ってしまい後悔しているのか肩を落とす火水木を見て、俺と夢野は思わずクスクスと笑ってしまった。
「他人事のように笑っているけれど、櫻と蕾君には展示用の作品作りが待っているかな」
「う……」
「はい……」
「いつまでもショーケースの中がボクと音穏の作品だけじゃ物足りないし、今はスペースも随分と余っているからね。そろそろ二人にも頑張ってもらうよ」
芸術棟へ向かう際、広い廊下の片隅に置かれているショーケース。以前まではその中に先輩達の作品が収められていたが、今では阿久津と冬雪のものしかない。
しゅんとする俺と夢野を見て、今度は火水木がニヤリと笑みを浮かべる。そんな俺達を見て阿久津と冬雪が小さく笑い、それに釣られて俺達もまた笑い合った。
「あーあ。こんなことなら最初から陶芸部に入っておけば良かったわ」
「うん。私も」
「俺もだ」
「……嬉しい」
「そう思ってもらえて何よりかな。確かに高校生活も今で丁度折り返しくらいだけれど、逆に言えばまだ半分も残っているよ」
「でも三年生になったら、きっとあっという間だよね」
「こうなったら、二年生の残り半年間を全力で楽しむ必要があるわね! また今年もハロウィンパーティーでコスプレしたり、クリスマスパーティーで闇鍋したりするわよ!」
「……コスプレは嫌」
「そんなことをしなくても、冬には修学旅行だってあるじゃないか」
「それはそれ! これはこれよ!」
「もう、ミズキってば」
「そういや、Fハウスの修学旅行って行き先はどこなんだ?」
「キミ達と同じ沖縄だよ」
「へー。そうなのか」
屋代では修学旅行の行き先もハウス毎によって違う。場所は年によって変わるが、行き先が同じ沖縄となると向こうで会うこともあるかもしれないな。
そんなことを考えていると、不意に空が光り輝き大きな音が響き渡った。
「あ!」
「……始まった」
「たーまやーってね」
空に咲いた大きな花に、遠くからも歓声が上がる。
方向からすると、グラウンドの方で上げているのだろうか。スポンサーがいない割に規模の大きい打ち上げ花火は、次から次へと夜空を照らしていった。
「なんかこうしてると、アタシ達青春してるーって感じするわね」
「そうかい?」
「ふふ。何となくわかるかも」
「……綺麗」
横に並ぶ四人の華と共に花火を眺めながら、俺は黙って青春を謳歌する。
長いようで短かった夏が今、静かに終わりを迎えようとしていた。
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