二十日目(日) 阿久津と一緒のお化け屋敷だった件

「散歩って……何だよいきなり?」

「B―7の行列も、今の時間帯なら少しはマシになっているんじゃないかと思ってね」

「はあ? B―7っていうと、さっき言ってたテツのクラスのお化け屋敷か?」

「そうだけれど、忙しかったかい?」

「いや別に予定とかはないし時間も空いてるっちゃ空いてるけど、行きたいなら一人で行けばいいだろ?」

「一人で行ってどうするんだい? ボクは別にお化け屋敷マニアじゃないからね。驚かそうとしてくるお化けの存在よりも、一人で寂しく並んでいる方が怖いよ」


 文化祭が一人だと面白くないのは、誰よりも俺が一番よく知っている。ましてやお化け屋敷ともなれば尚更だろう。

 そんなことは分かりきっていた筈なのに、動揺したあまりつい反射的に言葉が口から出てしまった。


「だからって何でわざわざ俺を誘うんだよ?」

「理由がいるのかい?」


 無駄に恰好いい台詞を返された気がする。早乙女が聞いたら大喜びしそうだな。


「音穏は怖いのが嫌いだから来てくれないだろうし、星華君も店番に入っているからね。一緒に行ってくれそうな友人も、今はクラスの方の当番をしているんだよ」

「じゃあ夢野とか火水木は?」

「確か蕾君は今の時間、音楽部の方の仕事中じゃなかったかい? 天海君は既に一度行っていたようだから、二度目をボクに付き合わせるのもどうかと思ってね」


 それならテツはと思ったが、アイツは自分のクラスだし種も仕掛けも知ってる訳か。

 しかしまさか阿久津から誘ってくるなんて予想外でしかない。驚き呆然とする俺をよそに、いつもと変わらない様子の少女は淡々と言葉を続けた。


「そんな難しい顔をして色々と考えなくても、これは別にデートでも何でもないよ。キミが蕾君と回った時みたいに、ボクをエスコートする必要はないさ」

「エスコートなんて一切してないし、どっちかって言うと俺がされてた方だっての」

「まあ櫻がお化け屋敷は嫌だと言うなら、無理にとは言わないかな。何せ男子ですら悲鳴を上げるほどに怖いらしいし、キミもボクの前で恥ずかしい姿は見せたくないだろう?」

「む……誰が行かないなんて言った?」

「何かと理由を付けて断ろうとしているように見えたけれど、違うのかい?」

「文化祭のお化け屋敷なんて怖くも何ともないっての」

「それなら決まりだね」


 どうやら俺は阿久津に相当舐められているらしい。これでも男としてのプライドはあるし、逃げたと思われるのは癪なので挑発とわかっていながらも誘いに乗ることにする。

 それにコイツは夢野と違って特に深い意味なんて一切なく、言葉通りお化け屋敷に興味があるだけ。そうとわかりきっているからこそ、俺も妙な気を起こすようなことはない。

 サーカス風のBハウスへと入ると、階段を下りてB―7へ。夢野と来た時に比べれば多少なり空いてはいるが、それでも列はできている相変わらずの人気っぷりだ。


「らっしゃーせー、どうぞー。らっしゃーせー、どうぞー」


 丁度テツが受付を担当しているタイミングだったらしく、並んでいる客に何やら謎の紙を配っている後輩の姿を眺めながら俺と阿久津は最後尾へ。少しして向こうもこちらに気付くなり、妙に含みある笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。


「らっしゃーせーっ! 先輩方、ひょっとしてデートッスかっ?」

「「違う」よ」

「息ピッタリじゃないッスか」

「評判を聞いて、どんなものか見てみたくなってね」

「俺はただの付き添いだ」

「それならそうと言ってくれればオレがエスコートしたのに、ネック先輩ずるいッス!」

「ずるいって言われてもな……ってか開催側のお前がエスコートしちゃ駄目だろ」

「しかしいつ見ても列ができているし、本当に大繁盛しているね」

「あざッス! 十分くらい掛かると思うんで、これでも読んで待っててください!」


 そう言うなり後輩が差し出してきた紙を見ると、そこに書かれていたのは注意書き。それに加えて、雰囲気作りのためと思われる都市伝説が書いてあった。

 どうやらこのお化け屋敷はその怪談に紐付けたものらしく、俺は阿久津が受け取った紙を横から覗き込み、若干背筋がヒヤッとするような話を読んでいく。


「ふむ。待ち時間を考慮してこんな物まで用意しているなんて、勉強になるよ」

「そういえば阿久津のクラスもお化け屋敷なんだっけか」

「ボク達のクラスは、これといってストーリー性なんて皆無だけれどね。ボクだって髪が長いからなんて理由だけで、テレビを突きぬけて這い出てくるお化けの役さ」

「あー。そりゃまた大変そうだな」


 てっきり容姿が良い阿久津は受付とかを担当しているのかと思っていたが、まあ髪の長さを考えればこれ以上ない適役かもしれない。こんなことなら実際に行って、一度この目で見ておくべきだったな。


「いっそキミのクラスの化け物屋敷も、こういう怪談を採用してみたらどうだい?」

「化け物屋敷って……あれ一応オカマ喫茶だからな? ってか、行ったのか?」

「ボクは行っていないけれど、相生君目当てで足を踏み入れた友人が「あそこはウチのお化け屋敷よりも別の意味で物凄く怖い」と言っていたよ」

「まあ、否定はできないな」


 前後に並んでいる女子は都市伝説の書かれた紙を読んで怖がっていたり並ぶのを止めようと話したりしているが、阿久津は一切そんな様子を見せず至って普通だ。

 時折教室の中から聞こえてくる悲鳴と叫び声とバックミュージックにしつつ、出口から飛び出してくる客を何度か眺めていると、ようやく俺達の順番が回ってくる。


「行ってらっしゃいませ」


 入口にいた生徒に見送られ、ライトも持たされないまま暗い教室の中へと足を踏み入れる。ドアを閉めれば得体の知れない不気味な音楽が微かに聞こえてきた。

 夢野と行った暗闇迷路と違って道も広いため二人並んで歩いていると、俺側の壁の窪みが突然パッと光り出し、ライトアップされた傷だらけの生首を見て思わずビクッと反応してしまう。


「ただのマネキンじゃないか。何をいきなりビビっているんだい?」

「別にビビってないっての!」


 今度は阿久津側の窪みが光り出し、血だらけの生首が照らし出された。

 隣にいる幼馴染の少女は驚く様子も見せずに「ふふん」と得意気な様子。窪みがある時点で予想は付いてたし、俺だって二度目だったなら驚かなかったっての。


「しかしマネキンの首なんてどっから用意したんだろうな」

「クラスの中に親が美容院で働いている子とかがいるんじゃないのかい?」

「成程」


 確か入る前に渡された都市伝説だと、四つの生首が何だかんだと書いてあったっけか。

 その怪談に合わせているらしく窪みは丁度左右二箇所ずつの計四箇所あり、再び俺側の窪みから三つ目のマネキンが登場。傷や血の量が増えている生首は実にリアルで、夜の学校でこんなのが並んでいたら騒ぎが起きてもおかしくないだろう。


「ふむ。恐らくこれが先生や警備員さんを驚かせたのかもしれないね」

「かもな」

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「っ!」

「うぉあっ?」


 阿久津側から現れた最後の生首が、唐突に動いて叫び出す。

 あまりにも見るに堪えない生傷だらけで注視もしていなかったため、どうせまたマネキンだろうと思っていた俺は完全に不意を突かれ思わず声を出してしまった。


「少しばかり驚き過ぎじゃないかい?」

「いや、今のはお前だってビクってしてただろ?」

「それでもボクはキミみたいに情けない声を上げたりはしていないよ」

「ぐっ……そ、それにしても傷メイクって言うのか? 本物みたいに良くできてるな」

「ボク達のクラスでもやっているし、割と簡単にできるみた――――」


『ドンドンドンドンドンドンドン!』


「ぴっ?」

「うひゃあっ? 何だっ?」


 唐突に聞こえてきた、何かを激しく叩くような物音。言うまでもなく俺はまたもや驚いてしまった訳だが、喋っていた阿久津も小さな悲鳴を上げていた……ような気がする。

 警戒しながら先へ進むと、教室の隅で動きますよと言わんばかりに剣道の防具を着ている人が座っているのを発見。先程の怪談を思い出した俺達は揃って足を止めた。


「…………絶対に動くよなアレ」

「まず間違いなく、確実に動くだろうね」

「何でお前も止まるんだよ?」

「キミが足を止めたからに決まっているじゃないか」

「それならお先にどうぞ」

「普通は男子が先に行かないかい?」

「いやいや、レディーファーストって言うだろ?」

「使い方が間違っているよ」


 呆れるようにやれやれと溜息を吐いた阿久津は、慎重に歩を進めていく。

 横を通り抜けようとした瞬間。予想していた通り剣道防具を身に付けた相手の右手が動き出し俺達は反射的に身を強張らせた…………が、何か様子がおかしい。

 落ち着いてよく見れば、動いている右手の先には糸。防具は単に引っ張られて動いているだけであり、面の中身も人間ではなくマネキンだった。


「何だよ……ビックリさせやがって…………」

「完全に掌の上で踊らされているね」


 確かに阿久津の言う通りかもしれない。このお化け屋敷の仕掛けを考えた奴は、中々に頭が良さそうだ。

 ホッと安堵の息を吐いてから、俺達は先へと進んでいく。先程のように激しい物音などが鳴り出す様子もなく、不気味な静けさの中で怪しい音楽だけが聞こえていた。


「あの物語だと、次に来るのは何だったかな」

「確か…………?」


 ふと後ろに気配を感じた気がして、何も考えずに振り返る。

 いつからいたのか。

 俺達の背後ギリギリのところに、剣道防具を着た男が付いてきていた。


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAっ!」

「「あああああああああああああああああああああああああっ!?」」


 流石のこれには二人揃っての大絶叫。特に背後の存在を確認すらしていなかった阿久津は俺以上の不意打ちを喰らう形となり、俺達はその場から逃げるように全力疾走する。


「ヴヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「ぎゃあああああああああああああああああっ!」

「ぴぃぃぃぃぃぃっ?」


 その後も不気味な風を浴びたり、掃除用具入れの中から化け物が飛び出してきたり、最早何が何だかわからないような魑魅魍魎共に追い回されたりと、気が付けば足を止める余裕なんてものはなく阿鼻叫喚になっていた。

 俺は事あるごとにギャーギャーと騒ぎ、普段は冷静沈着な阿久津も超音波みたいな悲鳴を上げながら、二人してドタバタと出口まで逃げ回りドアから脱出する。


「お帰りなさいませ。お疲れ様でしたー」

「あっ! 先輩方、どうでした? 楽しんでもらえたッスか?」

「はぁ……はぁ…………ヤバ過ぎだろここ……」

「油断した隙を突くのが上手いね……してやられたよ……」

「あざッス! 今なら空いてるんで、もう一回入っても良いッスよ?」

「「断る」よ」

「やっぱ息ピッタリじゃないッスか」


 前評判通り賞を取ってもおかしくない完成度ではあったが、二度と来ることはないだろう。俺は阿久津と声を重ねた後で、B―7の教室を後にするのだった。

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