十九日目(土) 俺がお義兄さんだった件

「梅ちゃん。いらっしゃい」

「そんな大声出すなっての」

「お、お邪魔します」


 来るとは聞いていたものの、運良く俺と夢野が店番をしているタイミングで梅と望ちゃんがやってきた。

 お兄ちゃんという発言を聞くなり、陶器市から出ていこうとした火水木が一時停止。そのまま数歩戻った後で、首を伸ばし梅の顔を覗き込む。


「ひょっとして、この子がネックの妹さん?」

「ああ」

「へー。兄貴の言ってた通り、滅茶苦茶可愛いじゃない」

「外見だけはな」


 顔面偏差値がそこそこ高いことは認めるが、中身の方は……ああ、でもこの夏でリアル偏差値の方もかなり上がったんだっけ。

 それでも騒々しいし、デリカシーはないし、姉貴と一緒でアホなことばっかりすることには変わりない。望ちゃんと話をしてから、大人しい妹が一層羨ましくなったくらいだ。


「初めまして。アタシは火水木天海。前に幼稚園のボランティアに行った火水木明釷っていうオタクがオタク被ったようなメガネの双子の妹なんだけど、覚えてたりする?」

「あっ! ひょっとしてバレンタインでお兄ちゃんに手作りチョコをプレゼントしてくれた火水木さんっ?」

「そうそう! よく知ってるわね」

「その節はウチの冴えないお兄ちゃんに、手作りチョコをありがとうございました」


 仮にも敬愛すべき兄のことをオタクがオタクを被ったようなメガネだの、冴えないお兄ちゃんだのと平然と言う辛辣な妹達。どうして妹ってのはこうなんだろうな。


「どう致しまして。ノゾミンも、会うのは物凄く久し振りだけど覚えてる?」

「はい。お久し振りです、火水木先輩。いつも姉が御世話になっております」

「相変わらず礼儀正しいわねー。あーもう、ネックもユメノンも呼ぶなら呼ぶって言いなさいよ! せっかくの話すチャンスを逃す羽目になったじゃない」

「いや別に言う程のことでもないからな」

「またいつでも話せるから。それよりミズキ、時間は大丈夫なの?」

「やばっ! アタシは用事があるから行くけど、二人とものんびりしていって頂戴」

「ありがとうございます」

「お兄ちゃんとかミナちゃんとか蕾さんのこと、宜しくお願いしま~す!」


 どうやら火水木と望ちゃんは顔見知りだった様子。そして俺だけならまだしも、阿久津や夢野のことまで宜しく頼む我が妹は一体何様のつもりだよ。

 望ちゃんが深々と頭を下げ、梅がバイバイと手を振る中、軽く挨拶を交わした火水木は手提げを片手に早足で陶器市から出て行った。


「ね~ね~お兄ちゃん。ミナちゃんとかセーカ先輩は?」

「阿久津は知らんが、早乙女ならちょっと前までいたぞ。会わなかったか?」

「うん。ここで待ってたら来たりする?」

「今日の店番は俺達がラストだから、会いたいなら連絡取って探すしかないな」

「え~? じゃあいいや」


 相手の都合を考えてか、はたまた単に面倒臭いだけか。まあこの人の多さだと屋代の構造を把握している俺達ならまだしも、梅達じゃ待ち合わせをするのも一苦労だろう。


「う~む、流石は冬雪ちゃん。このヤクシロセンプ壺は中々に良い仕事をしてますな~」

「どこの鑑定士だお前は。ちなみにそれ、読み方は藁白染付(ワラジロソメツケ)壺だからな。一文字しか合ってないし、藁を薬は明らかに違うだろ」

「む~。ちょっと見間違えただけだもん。あ! お兄ちゃんの作品って、この豚の蹄が描かれてるやつでしょ? ここに売れ残ってるの、梅が何個か買ってあげよっか?」

「豚の蹄じゃなくて桜のマークだって言っただろうが! そんな心配しなくても余ったら持って帰るし、そのうち売れるかもしれないから別にいいっての。つーかお前、そうやって作品を手に取って見るのは良いけど、うっかり割ったりするなよ?」

「そんなことしないもん!」


 やろうと思ってやる奴はいないから言ってるんだが、わかってるんだろうかコイツは。

 無暗に商品に触ろうとせず、眺めるだけに留めている望ちゃんみたいなしっかり者の妹なら安心して見ていられるのにと思っていると、隣に座っていた夢野がクスリと笑う。


「どうしたんだ?」

「ううん。米倉君と梅ちゃん、相変わらず仲良しさんだなーって思って」

「どこがだよ? 何かしら問題を起こさないか、見てて不安になるだけだっての。そこに置いとくから、欲しけりゃくれてやるぞ?」

「お兄ちゃんお兄ちゃん」

「何だ?」

「滅茶苦茶可愛い妹!」

「やかましいわっ! 火水木の社交辞令を鵜呑みにすんなっ! ポーズ付けてドヤ顔しながら自分で可愛いとか言ってる時点で可愛くないっ!」

「ぶ~ぶ~。例えそうだったとしても、もっと言い方をビブラートに包むべきだ~」

「それを言うならオブラートだってのぉおぉおぉおぉおぉ~」


 俺としたことがアホみたいなネタに付き合ってしまった。まあ夢野にも望ちゃんにもウケてるみたいから良しとしよう。


「蕾さん蕾さん。部活の掛け持ちって大変?」

「うーん。掛け持ちする部活の種類にもよるかな」

「このノートって、私達が書いても良いんでしょうか?」

「ああ。寧ろ書いてくれるとありがたいくらいだよ」

「…………欲しいッス…………」

「ん?」


 他の客が来る気配もないため二人と他愛ない雑談を交わしていると、先程から妙に静かだと思っていたテツが小さい声で何やらポツリと呟いた。

 一体何が欲しいのかと背後に座っていた後輩を見れば、タコのように顔が真っ赤になっている。そして梅達には聞こえないような小声で、早口になりながらも囁いてきた。


「ネック先輩の妹さん、滅茶苦茶可愛いじゃないッスか」

「…………夢野、目薬持ってないか?」

「もしも持ってたら、米倉君にさしてあげたかな」

「そうか。やっぱりスタンガンとかの方が良いか」

「いやいや冗談とか抜きで、ガチのマジでオレのドストライクッス!」

「そりゃそうだろ。確かお前のストライクゾーンって下が小4、上は50・80も喜べる、熊のプニキもビックリなダイナミック悪球打ちだもんな」

「いやそういうギャグとかじゃなくて、リアルにど真ん中ストライクなんッスよ!」


 いつになくギラギラしている目を見れば、テツが真剣なのは充分に伝わってくる。

 これが梅に向かって「結婚を前提にお付き合いください」とかいきなり言い出すとかならまだ笑えるレベルだが、本人に聞こえないよう小声なのが逆に怖いくらいだ。


「ネック先輩……いえ、義兄様と呼ばせてください」

「誰が義兄様だ。お前にウチの娘はやらん」

「米倉君。娘じゃなくて妹だよ?」


 貰い手があるのは結構だが、流石にこんなエロいことしか考えていない後輩が彼氏とか勘弁願いたい。つーかテツが義理の弟とか、考えただけで嫌過ぎる。


「ね~ね~お兄ちゃん。さっきから何コソコソ話してどったの?」

「ああ。お前の先輩になるかもしれないし、一応コイツを紹介しておこうと思ってな」

「ネック先輩……いえ、ネック神!」

「初対面で人の顔を見るなり、岩手県に似てるとか言い出した失礼かつ変態な後輩だ」

「ちょっ? 何で今そういうこと言うんスかっ?」

「事実だろ?」

「確かに事実ッスけど、でも長崎県とかよりはマシじゃないッスか!」

「長崎に似てるってどんな顔だよっ? 千切れてるじゃねーかっ!」

「とにかく、今はそんなことはどうでもいいッス!」


 義兄様とか呼んでおきながらどうでもいいとか、ちょっと酷くないですかね。

 鼻息を荒くしながら勢いよく立ちあがったテツはズイっと前に出るなり、柄にもなく深々と頭を下げた後で礼儀正しく自己紹介をした。


「屋代学園一年B―7組所属、鉄透ッス! 気軽に透と名前で呼んでください!」

「初めまして。お兄ちゃんの妹の梅です」

「ど、どうも。夢野望です。いつもお姉ちゃんがお世話になってます」

「こちらこそ……ん……? 夢野って、ひょっとしてユメノン先輩の妹さんっ?」

「は、はい。夢野蕾の妹ですが……」

「マジッスかっ? でもそうなると、二人は一体どういう関係で――――」


 さっき話に出ていたにも拘わらず、どうやら本当に梅のことばかり気になっていたのか何一つとして聞いていなかったらしい。戻ってきた火水木の番号を確認し忘れたことなんて、最早すっかり記憶から消えてるみたいだしな。

 二人の馴れ初めや屋代を目指しているという話を聞くなり、テツのテンションが一段と上がっていく。とりあえず夢野と共に接客をしながら様子を見ていたが、これは思わぬ悩みの種になりそうだ。


「お兄ちゃんも蕾さんも、梅梅~」

「うん。梅梅♪」

「望ちゃん。申し訳ないけど、隣にいる騒がしい奴が問題を起こさないように宜しく頼むな」

「は、はい。お邪魔しました」


 やがて充分に陶器市を堪能した梅と望ちゃんは、ノートに記入した後で去っていく。アイツのことだし変なことを書いていないかと、俺は早々に確認をしに行った。


『絶対に合格するぞ~!』

『素敵な陶器市でした。入部できるように、私も頑張りたいと思います』


「…………ん? 望ちゃん、陶芸部に入ってくれるのか?」

「うん。合格できたらの話だけどね。滅多にない部活動だし、興味あるみたい」

「そりゃ嬉しい話だな。冬雪の奴も喜ぶぞ」


 俺達の代が抜けた後はテツと早乙女の二人しか残らないため不安だったが、これで来年の新入部員候補は一人確保。後は望ちゃん(とついでに梅)の合格を祈るばかりだ。


「はあ…………」


 その一方で溜息ばかり吐いている後輩が一人。まあ時間が時間だけに客も帰り始めたため接客に問題はないが、流石にこのままでは今後に支障をきたす。


「テツ、一つ良いことを教えてやろう」

「何ッスか?」

「梅はエロい奴は嫌いだぞ」

「うッス。もう二度と下ネタなんて口にしないッス」

「…………後はドルオタも嫌いだったな」

「今日限りで引退するッス」

「………………そんでもって、鉄透って名前の男も嫌いだそうだ」

「どういう好き嫌いッスかそれ! 絶対適当なこと言ってるッスよねっ?」


 流石にこれは少々露骨過ぎたらしい。作戦失敗か。

 ぶっちゃけ梅の奴は、その手の類を気にするようなタイプじゃないと思う。あまりにも気にしな過ぎて、家に帰ったら鉄透という名前すら忘れてそうなくらいだ。

 そもそもあのアホな妹が合格できる保証はないため、あまり期待せずにフィーリングカップルを探せと諦める方向に言い包めて一段落。やがて一般公開終了の放送が聞こえると、俺達は陶器市を簡単に片付けてから各々のクラスへと戻った。


「おう! 遅いぞ櫻!」

「ん? 遅いって、何かやるのか…………ぬおっ?」

「容疑者確保! これより裁判を始める!」

「はあ?」


 てっきり葵の二連覇の祝賀会でも開くのかと思いきや、教室に戻るなりオカマ姿の気持ち悪い但馬に手首を拘束される。その隣には太田黒や、その他のオカマ連中も一緒だ。


「被告人米倉! お前はオカマ役を放棄し、美少女と一緒にいたという証言がある!」

「美少女?」

「俺は見たぞ! お前の隣にいたあのポニーテールの可愛い子、一体誰なんだよ?」


 ポニーテールというと、恐らくは夢野のことだろう。

 どうやら但馬の奴が偶然にも陶器市前を通りがかった際に目撃したらしい。こうして第三者から可愛い子だなんて言われると、ぶっちゃけ照れるしテンションも上がる。


「誰って言われても、陶芸部の部員だけど」

「何だと? それなら俺も陶芸部に入るぞ!」

「俺もだ!」

「来んなっ! つーかお前ら、テニス部と卓球部だろうがっ!」

「畜生! 女テニはバイオハザードなのに、どうして陶芸部なんかに可愛い子がいるんだ! テニサー男子はモテるんじゃないのか?」

「判決! 被告人米倉はオカマの刑に処す!」

「「「異議なし!」」」

「うぉいっ? 馬鹿野郎っ! 止めろってっ! ヘルプだアキトっ! 葵っ!」

「助けたら負けだと思ってる」

「せっかくのオカマ喫茶なんだし、櫻君も一回くらいは女装してみても良いんじゃないかな?」

「裏切るのかお前らっ? ちぃっ……陶芸パワー全開っ!」

「ぐあ!」

「罪人が逃げたぞ! 追え!」


 明日はその美少女と一緒に文化祭を回るなんて言ったら、間違いなく死刑確定だろう。

 まるでどこぞの異端審問会のような理不尽な裁きが下される中、俺はオカマ軍団を強引に振り解くとクラスを飛び出し必死になって逃げ出すのだった。


「……そんなところで陶芸パワーを使わないでほしい」

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