十九日目(土) 俺の居場所が陶器市だった件

『栄えある優勝は…………エントリーナンバー一番、相生葵さんです!』

「キタコレ!」

「二連覇とかマジでか」


 中庭にあるステージ上で、マイクを持った司会の女子生徒が名前を呼ぶ。

 横にずらりと並んでいた女装男子達(※ただし半分近くがネタ枠)が一斉に右を向いて一番端にいる男の娘を見る中、俺はアキトとハイタッチを交わした。


『葵さん、優勝おめでとうございます! 昨年と合わせて二連覇ですが何か一言どうぞ』

「え、えっと……3―Cでオカマ喫茶をやってるので、良かったら来てください」

『はい! ありがとうございました! 後夜祭でのパフォーマンスも楽しみにしてます!』


 優勝したと言うこともあって、まるで葵以外にも可愛い娘がいるように聞こえなくもない宣伝。しかし実際は行ったが最後、待っているのは死あるのみだけである。

 開き直っている他の女装連中と違い、未だに葵はモジモジとしており恥ずかしさが残っている様子。ただその羞恥心もまた、二連覇へと導いた要因の一つに違いない。


「「相生くーん!」」

「「「葵~っ!」」」


 どうやら音楽部の仲間も見に来ていたらしく、葵の名を呼んだり口笛を吹く男子や女子の集団がちらほら。メイクの協力をしたウチのクラスの女子陣を含め、より一段と女子力を上げた友人の雄姿を一緒に見届けつつ拍手で見送った。


「なあアキト。葵の後夜祭でのパフォーマンスって、去年は何したんだ?」

「それは勿論、相生氏自慢の歌だお」

「成程な」


 あの歌声なら、さぞ魅了される奴が出てくること間違いなしだろう。

 女装コンテストが終われば次は男装コンテスト。こちらにはこれといって知り合いの出場者もおらず興味もないため、俺はアキトと共に中庭を離れた。


「さてと……今年はどこで暇潰しするよ?」

「申し訳ないのですが、拙者はそろそろ相生氏と一緒にオカマタイムですな」

「あー、マジか。行ってら」

「逝ってくるお」


 死地へ向かう友人を見送りつつ、どうしたものかと時計を見る。腹ごしらえはアキトと済ませたし、店番の交代時間にはまだ少し早い。

 普通なら楽しい文化祭だが、俺は人混みが苦手だし一人では回る気にならず。友人二人がオカマタイムとなると、これといって暇を潰す方法がなかった。


「…………」


 確か今の時間、阿久津は店番に入ってなかったよな。

 ふとそんなことを考えるが、仮にアイツに一緒に回らないかなんて声を掛けたところで「何を言うかと思えば、ボクはキミと違って忙しいよ」とか一蹴されるだけだろう。

 校舎が広すぎるせいで迷子放送まで流れる中、行き場所のない俺は結局陶器市へと戻る。また火水木が声を出しているかと思いきや、少女の姿は廊下には見当たらなかった。


「よう」

「ネックじゃない。どうしたのよ?」

「人手不足で困ってないかと思ってきたけど、忙しい時間帯は終わった後みたいだな」


 今の時間の店番は冬雪と火水木と早乙女だが、三人は受付でのんびり過ごしている。

 しかしながらずっと平和だったという訳でもないらしく、陶器市の中を見渡してみれば既に一日目用に準備した商品の8割近くが売れているようだった。

 最初はどうなるかと思ったが、まだ一般公開終了までは一時間半ほど残っていることを考えると、冬雪の言っていた通り今年も全部売れてしまいそうな勢いかもしれない。


「本当、最初に見た時はビックリしたわよ。アタシのいない間に何があったのって感じだけど、聞いた話じゃネックは残ってホッシーと一緒に頑張ったんでしょ?」

「まあ忙しい時間帯だったといえばそうだけど、それでもまだ結構残ってたぞ? これだけ売れたとなると、あれ以上にヤバい時もあったんじゃないか?」

「……お昼の後はいつも大変」


 チラリと分担表を確認してみれば、13時~14時を担当したのは冬雪と阿久津とテツの三人。明日の同じ時間帯にも冬雪は入っているし、最初から忙しくなるのを見越していたのかもしれない。


「やっぱり冬雪のヒヨコは売れちゃったか。欲しかったんだけどな」

「……ヨネが展示用の大皿を作ったら、また新しく作ってあげてもいい」

「お、言ったな?」


 何だかんだでお客さんもしっかりと商品を見定めているらしく、現時点で売れ残っている作品はまだ技術の甘いテツや夢野、次いで早乙女や俺の陶器が多めだった。

 もっとも釉薬が上手く掛かっていないお皿だったり、手に取ってみると削りが甘く重い湯呑だったりと、売れ残るのも納得できる商品ばかりではあるが……50円でも駄目か。


「ノートの方も結構書かれてるわよ」

「マジか」

「……マジ」


 新たな客がやってくる中、火水木の言葉が気になりノートを確認しに行くと、既に二ページ目となっていたためペラリと捲り前のページから見ていく。


『頑張れ少年少女しょくん! つかめ青春! レッツ陶芸!』

『今年は去年以上の個数を作っていたようで驚きました。来年も頑張ってください』

『皆が元気そうで何より。これからも陶芸部を宜しくね♪』


 所々平仮名になっている勢いのある字に、とめ、はね、はらいのしっかりとした字。そして女子らしい丸文字で書かれたメッセージは、三人の先輩が書いてくれたものだろう。

 他に書かれている内容は『来年もまた来ます』だの『生徒さんが作ってるなんてビックリ』だの『もっと早く来れば良かった』といった嬉しいものが多いが、中には『もう少し大きめのお皿が欲しかった』なんて要望も。この辺りは来年に向けての改善点か。


「ちわッス! あれ? ネック先輩、早いッスね」

「暇だったからな…………って、お前のクラスTシャツ何だそれ? 凄いな」

「これッスか? 他のクラスからも注目の的になってる自信作ッスよ」


 のんびり陶器やノートを眺めていると、気付けば交代時間の五分前になっていたらしい。

 声を掛けられ振り返ると、どこかで見覚えのあるジュースのキャラっぽい『おっちゃん』と書かれたクラスTシャツを着ているテツが部屋に入ってくる。

 特にこだわりを感じるのはラベル風になっている背中側。名称はB―7というクラス名、原材料名にはクラスメイト&先生の名前、内容量は40人で製造元は屋代学園との表記。更には元気80%、勉強50%、団結力100%という成分表示やバーコードにまでネタが盛り込まれており、誰もが思わず目を留めてしまいそうな完成度だった。


「しかもこの案を産み出したの、実はオレなんスよね」

「へー。ひょっとしたらクラスTシャツ賞とか取れるんじゃないか?」

「そうしたら鼻高々ッスね。こっちは一段落ついてきた感じッスか?」

「……(コクリ)」

「それを聞いて一安心ッス。あのラッシュはマジでヤバかったッスから」

「そんなに凄かったんでぃすか?」

「凄いも何も、ユッキー先輩とツッキー先輩がいなかったら終わってたって!」


 誇張表現なのか、はたまた本当の話なのか。オーバーリアクションで語るテツの話を聞いていると、やや遅れて夢野も到着したため俺達は店番を交代した。

 既にピークは過ぎた上に一般公開終了まで残り一時間となり、陶器市に限らず文化祭全体の来場者が減っているためか、最初並に平和な店番タイムが訪れる。


「あっ! やべっ!」

「どうしたんだ?」

「あまりにも忙しかったんで、ユッキー先輩とツッキー先輩と一緒に店番した時にフィーリングカップルの番号聞き忘れてたッス。ユメノン先輩、何番だったッスか?」

「私? じゃーん! 120番!」

「あー、惜しいッスね。オレは69番ッス」

「それのどこが惜しいんだよ? 51番違いとか最早無関係だろ」

「そういうネック先輩は何番なんスか?」

「俺? 何番だったかな…………っと」


 ポケットの中を探り、文化祭前に配られた一枚の紙を取り出した。半分になったハートみたいな形をしている紙には紐が通してあり、首から下げられるようになっている。

 これはフィーリングカップルなる企画のための物であり、各生徒は配られたカードの中から自分と同じ色&番号のカードを持つ異性を探すとのことだ。

 出会いを求めている生徒は一応それなりに多いようで、大半はテツのように首から下げて見えるようにしているが、中にはSNSを使い躍起になって探す生徒も少なくないらしい。まあ男はともかく、女子ってこういう運命的な出会いとか好きそうだもんな。


「77番だな」

「うわっ! 羨ましいッス! メッチャ幸運そうな数字じゃないッスか!」

「そうか? 別に参加するつもりもないし、欲しいならお前にやるぞ?」

「マジッスか? そういうことならありがたく貰うッス!」

「米倉君は相手の人を探したりしないの?」

「どうせ見つからないだろうし、仮に見つかったとしても初めて会う相手だろ? 俺の場合だと会話とか続かなくて、出会い以前に気まずい空気になりそうだからさ」

「私はそんなことないと思うけど?」

「いやいや、あるって。コイツくらいトーク力があったら考えたかもな」

「よっしゃ! これでオレの運命力が二倍になったッスよ!」


 こんな感じで、ズルい奴は十枚近いカードを隠し持っているなんてケースもあるとか。まあそうでもないと遭遇確率は僅か数%だろうし、仮に自分と同じ番号の相手を見つけたとしてもアキトみたいなオタク的外見だった場合は声すら掛けられないだろう。


「ユメノン先輩、ミズキ先輩の番号とかって覚えてないッスか?」

「うーん、流石に覚えては…………あれ? ミズキ? どうかしたの」

「ちょっと忘れ物しちゃって。ああ、それよそれ」


 噂をすれば影が差す。出会いを求めるテツが番号について尋ねた直後、数分前に出ていった筈の火水木がどういう訳か陶器市へと戻ってきた。

 キョロキョロと周囲を見渡した少女は、隅に置いてあった手提げ袋を無事に発見。先っぽだけ見えている二本の棒が何なのか気になっていると、新たな人影が二つ陶器市へとやってくる。

 そしてそのうちの一人は俺を見るなり、無礼にも指を差しつつ声を上げた。


「あ~っ! お兄ちゃんいた~っ! それに蕾さんもっ!」

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