十九日目(土) 陶器市がガラガラの大繁盛だった件

 一般公開開始から約三十分。窓から外を見下ろしてみると、日差しが強いにも拘わらず校門からは中学生と思わしき少年少女や家族連れが次から次へと吸い込まれるようにやってくる。

 去年は何一つ面白味のない文化祭だったため大して記憶に残っていなかったが、こうして改めて来場者を見ると普通の高校三つ分の規模だけあって本当に多い。


「ねえユッキー。去年もこんな感じだったの?」

「……そんなことない」

「こんなペースじゃ、せっかくの作品が売れ残っちゃうじゃない」

「……でも去年はほぼ全部売れた」


 それに対して我らが陶器市はと言えば、閑古鳥が鳴くような静けさに包まれていた。

 来た客と言えば、おばさんとオバサンとOBASANくらい。先程去っていた老夫婦を加えたところで合計人数はまだ十人にも達しておらず、こうした販売において究極系ともいえる聖戦の激しさを知っている火水木は特に退屈そうだ。


「まあ場所が場所だしな。こっちまで来るのって、Aハウスに行く人くらいだろ?」

「そうよねー。そこの角でパソコン部も何かやってるみたいだけど、そこに用事があるようなオタク層は誰がどう考えても絶対ここには来ないだろうし……」


 B~Dハウス辺りは体育館へ続く廊下にも近いため人通りが多いものの、広い校舎の端に位置しているこの辺りは人目につきにくい。

 陶器市の更に奥である、芸術棟へ向かう階段の横。普段から光が当たりにくく薄暗い廊下には写真部やパソコン部、美術部などがいるが、向こうも繁盛はしてなさそうだ。


「やっぱりここはユッキーが猫耳コスプレの売り子になって、陶芸の魅力を宣伝していくしかないわね」

「……しない」


 仮にそれをやったら集客力はアップするだろうが、客層は間違いなくオタクへと変わるだろう。下手したらパソコン部の連中まで雪崩れ込んできそうだな。

 しかしこのままのペースでは火水木の言う通り大量に売れ残るのは確実。やや不安そうな様子の部長を見て、俺は少し考えた後で尋ねる。


「なあ冬雪。去年はやってたけど今年はやってないこととか、何かしらやり忘れてるようなことってないのか?」

「……そう言えば、去年は先輩が外で呼び込みしてた」

「何でそれを早く言わないのよっ? ネック! 交代!」

「ん? おお」


 冬雪の話を聞くなり立ち上がった火水木は、意気揚々と廊下へ出る。そして持ち前の声の大きさを生かし、歩いていく人々に向けて宣伝を始めた。


「陶器市でーす! 安くて良い品物が沢山売られてまーす! お一つ如何ですかーっ? あ! そちらのお父様お母様! いい陶器ありますよ?」


 文房具屋の娘としての血が騒ぐのか、無駄に営業トーク力を発揮する火水木。早速声を掛けられた中年夫婦が陶器市へと入ってきたため、俺達も「いらっしゃいませ」と挨拶をする。

 仮に冬雪をマスコットとするなら、火水木はキャンペンガールのようなもの。明るい雰囲気は勿論のこと、膨らむ双丘に魅入られて来る男性客が増えるかもしれない。


「ありがとうございましたー」


 中年夫婦が去った後には、入れ替わる形で中学生を連れた別の夫婦が入ってくる。恐らくは隣にある入試相談コーナーに立ち寄った帰りなんだろう。

 その後も火水木の呼び込み効果か、はたまた単純に他ハウスを見終わった客がこちらへと来る時間帯になったためか、少しずつ陶器市に寄っていく客も増えていった。

 これには冬雪も喜んでいるだろうと、流れが一旦途絶えたところで隣を見る。


「……」

「難しそうな顔して、どうしたんだ?」


 増えてきた客に喜ぶ様子も見せず、まるで何かに悩んでいるかのように俯き気味の冬雪を見て、受け取った硬貨を整理しながら尋ねる。

 すると眠そうな半目の少女は、いつにも増してジトーっとした目で俺の方を見た。


「……ヨネ、大事な話がある」

「ん? ああ、さっき言ってたやつか」

「……ルーの話」

「如月の?」

「……ルーの方言のこと、誰かに言った?」


 どうやら友人である冬雪は、如月が博多弁を喋ることを知っていたらしい。

 思えばあの日以来、如月からは避けられている気がしないでもない。しかしながらこれといって誰にも喋っていない俺は、真っ直ぐに見つめてくる少女へ正直に答えた。


「いや、別に話してないぞ」

「……本当に?」

「ちょ、冬雪さん、顔が近いんですが……」

「……本当の本当に誰にも言ってない?」

「ほ、本当だって!」

「……アキにもアオにも?」

「言ってないっての!」

「……なら良かった」


 いつになく圧のある雰囲気で迫っていた少女が身を引き、ホッと胸を撫で下ろす。

 廊下から火水木の大きな声が聞こえる中、客のいない部屋で冬雪は静かに呟いた。


「……内緒にしてほしい」

「内緒って、方言のことか?」

「……(コクリ)」

「元々言いふらすつもりなんてなかったし、そんなに心配しなくても誰にも話さないから大丈夫だって。如月にもそう伝えておいてくれるか?」


 もしもアキトなら「黙ってて欲しかったらスカートたくし上げですな」とかふざけたボケをかましていただろうが、俺はそういうキャラじゃないので真面目に答えておく。

 方言なんてそんなに気にするようなことでもないし、博多弁で喋る方が今の無口状態よりも断然良いと思うが、まああまり深くは聞かないでおくべきだろう。


「……伝えておく。ありがとう」

「どう致しまして。ってか、別にお礼を言われるようなことじゃないと思うけどな」

「……そんなことない。ヨネは優しい」

「そうか? 別に普通だろ……っと、いらっしゃいませー」

「……いらっしゃいませ」


 悩みの種だった大事な話も終わったことで、浮かない表情だった冬雪も元通りに。傍から見れば無表情でも俺から見れば僅かに嬉しそうであり、喜んでいる気配もひしひしと伝わってきた。

 陶器市の方も波に乗って来たのか、徐々に人が集まり始める。部屋の中に三人、四人がいるような場面もあり、ついには最初となるノート執筆者も現れた。


「ありがとうございましたー」


 客のいなくなった合間を見計らって立ち上がると、先程の婦人が何を書いたのかノートを確認しに行く。

 開かれているページには、綺麗な字で短い文が書いてあった。


『良い作品ばかりで驚きました。また来年も来ようと思います』


「…………火水木! 火水木!」

「何よネック?」

「これ見てみろって!」


 嬉しさのあまり、廊下にいた火水木を思わず呼び寄せる。

 俺の隣でノートを覗きこんだ少女は、短い一文を目にした後で嬉しそうに声を上げた。


「滅茶苦茶テンション上がるわね!」

「な!」

「こうなったら、もっともっと呼んでいくわよ!」

「言ってくれれば、俺もいつでも代わるからな!」

「……ヨネもマミも、ありがとう」


 はりきって廊下に戻っていった火水木が、再び呼び込みを始める。

 やってくる客の年齢層はウチの母親くらいの年代が多いが、大半の人は入試相談コーナーに用事があった様子。そう考えると、この配置は意外に悪くないのかもしれない。

 たまに大学生くらいに見える若い人が来ることもあるが、同年代である高校生や親子連れ以外の中学生のみが来ることは皆無。やがて交代時間の十分ほど前になったところで、二人の高校生が陶器市へとやってきた。

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