十九日目(土) 展示品が天目色絵大皿だった件
生徒総数は約2500人。一学年800人以上のマンモス校、屋代学園。
その文化祭は人数が多いだけあって高校の中では非常に大規模であり、校長先生の話によれば昨年の一般の来場者数は二日間で20000人近くまで上ったらしい。
校門にある無駄に恰好良いカウントダウンのパネルが『00日』となった今日は文化祭一日目。体育館で行われた開会式では、全校生徒一人一人が作った折り紙を組み合わせて完成した巨大な一枚のモザイクアートが公開された。
開会を告げる大きなくす玉も見事に割れ、盛り上がる進行役と沸き上がる生徒達。ある者は叫び、ある者は肩車をして、最終的にはステージ上で校長が踊り出す。そんな興奮に包まれた異様な光景の開会式が終われば、いよいよ祭りの始まりだ。
「いいかぁっ! お客様は神様だぁっ!」
「「「応!」」」
「おもてなしの心を忘れるなぁっ!」
「「「応!」」」
「いらっしゃいませぇー」(野太い声)
「「「いらっしゃいませぇー」」」(野太い声)
…………そして俺達のクラス、3―Cは
フリフリの服を身に纏いウィッグを付けた屈強なる男達……いや、化け物共のリミッターは外れ、まだ一般公開まで時間はあるにも拘わらずテンションは最高潮だ。
「相生! 渡辺! 気合いが入ってねえぞぉっ!」
「もっと腹から声出せや!」
「さん、はい!」
「「「いらっしゃいませぇー」」」(野太い声)
「い、いらっしゃいませ……」
「…………お前ら、元気良すぎだろ……」
しかしやはり安定しているのが葵であり、最早オカマというよりは単なる女装。客からすれば「どうして普通の女子がいるの?」と思われること間違いなしだろう。
「……ヨネ。待たせた」
「おう。行くか」
そんな野郎共と関わり合いにならないよう遠目から眺めていると、何やら用事があるということで如月と一緒にどこかへ行っていた冬雪が一人で戻ってくる。
文化祭の手作りうちわをパタパタと扇ぎながら暑さを凌いでいる少女と共に階段を上がりCハウスを出ると、二階の渡り廊下であるモールを通って芸術棟へ向かった。
「相方はどうしたんだ?」
「……美術部の準備」
「そうか。美術部って何するんだ?」
「……ブラックライトアート」
「成程わからん。何となく綺麗そうな響きだな」
慌ただしく行き交っている生徒達を眺めながら、安直な感想を述べる。この広い渡り廊下でさえも、一般開放された後は人ごみでごった返しになるのだから驚きだ。
普段は昇降口から外に出て中庭を抜けるところだが、この廊下の途中にある空き教室こそが陶芸部の販売場所。パンフレットでの名前は『陶器市』となっている。
「……ヨネ」
「ん?」
「……後で大事な話がある」
「何だよ改まって。大事な話って、陶芸市の当番についてか?」
「……違う。後でいい」
もしも夢野みたいに「……一緒に回りたい」なんてお誘いだったなら俺にもモテ期到来のお知らせな訳だが、陶芸王者フユキングに限ってそんなことはないだろう。
女子が口にする『大事な話』は男にとって重みのある意味深ワード。そんな風に言われると逆に物凄く気になって仕方がなくなる中、隣が入試相談コーナーという何とも微妙な場所に用意された『陶器市』の暖簾が掛かっている部屋へと足を踏み入れた。
「やっと来た。ネックもユッキーも遅いわよ」
中で待っていたのは、クラスTシャツ&スカート姿の火水木。隣にいる冬雪もそうだが、この恰好をしている女子は何となく普段の制服姿より可愛く見えてくる。
火水木が着ているTシャツは、前に担任のイメージ像と思わしきブルドッグのイラスト。そして後ろにはクラスメイト全員の名前が書いてあるというオーソドックスなものだ。
薄い生地のせいで一段と膨らんで見える大きな胸により、ブルドッグは3D機能を搭載しているかの如く立体的。思わず目が釘付けになりかけるが、少女に悟られないよう視線を上げつつ挨拶を交わす。
「よう。早いな」
「……マミ、おはよ」
「おはよ。ネックはともかく、ユッキーがそのTシャツ着てると面白いわね」
「……去年の方が良かった」
俺と冬雪の背中に書かれた『HEY! HEY! お姉ちゃんお茶しない?』の文字を見るなり、ごもっともな感想を言う火水木。仮に冬雪が言わなそうな台詞ランキングとかを作ったら、間違いなくトップ10に入りそうなパワーワードだろう。
遅いと言われたものの、既に陶器市は昨日と一昨日でほぼ準備済み。黒板前には受付用として長机が置かれ、部屋の中央には回の字の形に机が並べられている。外側の机に置かれているのがメインとなる販売品で、内側の机に置かれているのは展示品だ。
「あれ? こんな名前付いてたか?」
「そうそう! アタシも見てビックリしたんだけど、これってイトセンが付けたの?」
「……(コクリ)」
和風の布が敷かれている机の上に添えられていた綺麗な造花を眺めていると、展示品である壺や大皿の前にネームプレートが置かれていることに気付く。
そこには制作者である冬雪や阿久津の名前と共に『藁白染付壺』だの『天目色絵大皿』という、厨二病患者の好きそうな仰々しい名前が付けられていた。
「藁白とか天目っていうのが釉薬だって分かるけど、染付だの色絵だのはさっぱりね」
「……それは模様のこと」
「釉薬の名前が作品に付けられるなら、仮にあの『きれいな青』を使った場合どんな感じの名前になってたんだ? 例えば阿久津の大皿とかさ」
「……きれいな青色絵大皿になる」
「ダサッ!」
ここまで恰好いい名前が並んでいるのに、台無し感が半端ない。勝手に『物凄い灰色』とかに書き換えてたけど、釉薬の名前って割と大事だったんだな。
展示品として並んでいるのは冬雪の作品が三つに阿久津の作品が二つ。後は伊東先生の作品が一つの計六つと思いきや、見知らぬ大皿がもう一つ置かれている。運んだ時には気付かなかったが、一体誰が――――。
『織部大皿 作:火水木天海』
「火水木っ? お前、作ってたのかっ?」
「ネックってば気付くの遅すぎよ。ユッキーもツッキーも一年生の時には作ってたみたいだし、アタシも一つくらいは作らないとね。それに展示品が二人とイトセンだけなんて寂しいでしょ?」
そう言うなり、俺に向けてVサインを見せる火水木。織部の色が酸化焼成の緑色であることから察するに、どうやら冬雪の壺と一緒に電気窯で焼いたのだろう。
その出来は阿久津が一年の頃に作ったと思われる大皿以上で、入部した順番が先である俺としてはここまで上手くなっていたのかと若干嫉妬してしまうくらいだった。
「それにアタシ、この夏は色々忙しくて陶芸部に顔出せなかったじゃない? ユッキーにも寂しい想いさせちゃったみたいだから、これはその罪滅ぼし」
「……マミ、ありがとう」
「どう致しまして。ギリギリになっちゃったけど、何とか間に合って良かったわ」
「驚いたな……また前みたいに、冬雪のコスプレを引き合いに出したのか?」
「してないわよっ! アタシだってやる時はやるんだから!」
来年は俺もここに展示する作品を作れるように頑張ろうと思いつつ、150円~300円程度の値段が付けられた商品を眺めた後で、中央からは隔離されている窓際ゾーンへと視線を向けた。
ここに置かれているのは50円~100円の安物コーナー。主に小物や出来の悪い作品、その他に冬雪が戯れに作った小物類が並べられているが、100円ショップの食器と比較すると形や重さが悪くても見栄えは良いのでお得感はある。
ちなみに陶器の値段を付けたのは基本的に制作者であり、同じ100円の商品でも冬雪と俺の匙加減は当然ながら違うため、中には安くて質の良い掘り出し物も多い。
「冬雪のこのヒヨコの置物とか普通に欲しいんだけど、先に買っちゃ駄目か?」
「……駄目。売れ残ったならいい」
「いや絶対に売れ残らないだろ」
「……欲しいなら自分で作る」
それができたら苦労しないんだよなと苦笑を浮かべつつ出入り口を見る。
そこには『ご意見、ご要望等がありましたら、お気軽にどうぞ』と、一冊のノートを用意。これは来年に向けた改善のため毎年置いているそうだが、今の要望を書いたら流石に怒られるだろうか。
「それより店番だけど、片方はユッキーが入るとしてネックは先がいい? 後がいい?」
「んじゃ、後で頼むわ」
「オッケー」
陶器市の店番は二人で足りるとのことだが、経験者が阿久津と冬雪しかいないということもあり、一日目は仕事を覚える意味も込めて三人での当番制となった。
今日は何時に入っていたかと、長机の上に置かれている紙を改めて確認する。
●一日目(11時~16時)
・11時~12時→冬雪、米倉、火水木
・12時~13時→阿久津、夢野、早乙女
・13時~14時→冬雪、阿久津、鉄
・14時~15時→冬雪、火水木、早乙女
・15時~16時→米倉、夢野、鉄
●二日目(9時~15時30分)
・9時~10時→阿久津、早乙女
・10時~11時→米倉、夢野
・11時~12時→冬雪、阿久津
・12時~13時→早乙女、鉄
・13時~14時→冬雪、鉄
・14時~15時→阿久津、米倉
・15時~15時30分→冬雪、火水木
各々クラスの当番や用事、夢野の場合は音楽部の仕事もあるため、都合の悪い時間帯を考慮して割り振った結果、店番に入っている頻度は大体均等の形になった。
主な仕事は一人が金銭関係を担当し、もう一人が買われた商品を新聞紙で梱包する係。二人の背後で待機している俺は、ひとまず冬雪の梱包を見て覚えることになる。
「さー、ガンガン売るわよーっ!」
時刻は午前十一時。いよいよ文化祭の一般公開が始まった。
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