四日目(金) 橘先輩が嵐だった件

「男が女を落とすにはぁ!」

「「男が女を落とすには!」」


「服装や頭髪をしっかり整ぇ!」

「「服装や頭髪をしっかり整え!」」


「常にエンターテイナーとして振る舞ぃ!」

「「常にエンターテイナーとして振る舞い!」」


「食事は当然のよぉに奢る器の大きさを見せぇ!」

「「食事は当然のように奢る器の大きさを見せ!」」


「時には気持ちの籠ったプレゼントを贈りぃ!」

「「時には気持ちの籠ったプレゼントを贈り!」」


「他の女には見向きもせずぅ!」

「「他の女には見向きもせず!」」


「女の話をしっかりと聞きぃ!」

「「女の話をしっかりと聞き!」」


「女の些細な変化にも気付きぃ!」

「「女の些細な変化にも気付き!」」


「運命や共感を感じさせぇ!」

「「運命や共感を感じさせ!」」


「決して諦めることなくアタックを続けるぅ!」

「「決して諦めることなくアタックを続ける!」」




「以上だっ!」

「…………面倒臭過ぎないッスか?」

「女に好きになって欲しかったら、これくらぃのことはしねぇと話になんねぇな。女のYESは、YESにもNOにもなりやがる。好きに決めていぃなんて言われりゃ答えは一つで、不服な顔をしながらそれでいぃっつーのが女って生き物なんだぜ?」

「うわ……マジッスか……」

「今度は逆バージョンだ。しっかり付ぃてきやがれ!」




「女が男を落とすにはぁ!」

「「女が男を落とすには!」」


「脱ぐっ!」

「「脱ぐっ!」」




「以上だっ!」

「「少なっ?」」

「これが男と女の違ぃってもんだ。YESはYESで、NOならNO。嫌なら嫌と主張して、女と一緒とあれば大体エロぃことしか考えてねぇだろぅが」

「そうッスね」


 いやいや確かにそうかもしれないし、俺みたいに恋愛経験がないタイプの男なんかは脱ぐどころか優しくされるだけで簡単に落ちるのは否定できない。

 ただイケメンを落とすとなると、女子だって色々と努力していることはあると思う。橘先輩も顔は割とイケメンの部類なのに……やっぱり外見だけじゃなく中身もある程度は必要か。


「だが目の前に女がぃるなら、そんな気配は微塵にも見せねぇのがモテる男だ。本当は女の柔らかぃ胸に顔を埋めて甘えてぇところを、グッと我慢して自分の胸に女を抱き寄せる」

「おおっ!」

「勿論世の中にゃエロぃ女もぃるだろぅが、女としては頼りになる男の方が惹かれるに決まってんだ。男が甘ぇてぇ以上に、女は甘ぇてぇと思ってることを忘れんな」

「成程納得ッス!」

「わぁったら、今はエロに焦るんじゃねぇ。その欲求は別の物で発散しろ。生の女を前にグッと堪ぇて、堪ぇて、堪ぇ続けて、初めて道ができんだ。ちったぁ理解できたか?」

「おッス!」


 何だかんだ言っても二個上の先輩。人生経験は俺達より豊富な橘先輩の話を聞いて、恋愛に関する見識が深まったような気がした俺は小さく頷いた。

 性欲ダダ漏れなテツも、これを機に少しはまともになってくれるかもしれない。そんな希望の兆しを垣間見ながら、俺は確認のため一旦窯場へと向かう。

 温度の方は依然として問題なく、陶芸室に戻ろうとすると橘先輩が外に出ていた。


「どうしたんですか?」

「クロガネがウンコっつーから、ちょっと夜風に当たりにきただけだ。こんだけ絶好のロケーションだってのに男だけで窯番なんてよ、大人ってのは本当に器が小せぇよな。ま、ウチのセンセイはまだこれでも理解ぁる方だけどな」


 月の見える夜空を見上げつつ、橘先輩が一人楽しそうに笑う。以前に阿久津達と窯番をした時にも思っだが、静かな夜の学校というのは確かに良いシチュエーションだ。


「テメェ、ぁの夢野ってポニテが好きなのか?」

「わかりません」

「誤魔化すんじゃねぇ」

「逆に先輩に聞きたいくらいですよ」

「ぁん?」

「好きって何ですか?」

「何だその乙女チックな質問はよぉ。テメェの好きはどこからだ? 喉からか? 鼻からか?」

「…………」


 こちらの質問に対し、橘先輩はどこぞの総合感冒薬のCMみたいに冗談交じりで答える。

 しかし俺の表情を見るなり真面目であることを察したのか、少し黙りこんだ後で深々と溜息を吐くと頭をポリポリと掻きつつ答えた。


「好きってのはな、相手を知りてぇと思ぅことだ。趣味、好き嫌ぃ、普段の生活……どんどん興味が沸ぃて、気付けばふとした時にソイツのことばっか考ぇるよぅになる」

「!」

「自分のことも知ってもらって徐々に距離が縮まると、毎日が楽しくて堪らなくなる。一緒にいてぇってなる。辛ぇ時も、楽しぃ時もな。少なくとも、俺ぁそんな感じだったぜ」


 …………それは阿久津に対してだろうか。

 そんなことを考えながらも、橘先輩の話を黙って聞く。


「好きが何かわからねぇってのは、恋愛経験が少ねぇからだ。他人に興味がねぇか、過去に傷つぃたからもぅ恋愛をしたくねぇとでも思ってんだろ」


 そうなんだろうか。


「ただなぁ、色々分析したところで好きって気持ちは理屈じゃねぇんだ。小難しぃことを考ぇるよりも所詮は感覚、心にビビッとくるもんなんだっつーの」


 そうかもしれない。


「テメェの頭ん中には誰がぃやがる? テメェが楽しぃのは、誰と一緒にぃる時だ?」

「…………そうですよね。ありがとうございます」

「けっ。大学で狙ってる女が似たよぉな寝言を抜かしてやがったが、まさかテメェにこんな話をする羽目になるとはなぁ。くだらねぇことしちまったぜ」

「オレの腹、大復活っ! 二人して外で何してるんスかっ?」


 話に区切りがついたところで、タイミング良くテツが帰還。陶芸室の中から出てきた後輩を見るなり、橘先輩は大きく欠伸をしてからさらりと答えた。


「俺ぁ眠ぃから帰るって話だ」

「えっ?」

「いやいや早過ぎッスよ! まだまだ夜はこれからじゃないッスか!」

「元はと言ぇば、窯番の男がコイツ一人じゃ役不足だと思って来ただけだからな。クロガネがぃるなら俺ぁ必要ねぇだろ。そもそも俺ぁ卒業生、下手したら不審者だぜ」

「そんなことないッスよ! それにもっと色々聞かせてほしいッス!」

「また気が向いたら、そのぅち来てやっからよ。後はテメェらで頑張れや」


 あまりにも突然の発言で驚く中、橘先輩は本当に帰るつもりらしく支度を始める。てっきり伊東先生が戻ってくるまで残るのかと思いきや、どういう風の吹き回しなのか。


「あぁ、そぉだ。テメェら、連絡先だけ教ぇろや」

「いいッスよ! じゃあオレが読み取るんで!」

「おぅ……ぁん? だぁーっはっは。テメェ、今時ガラケーかよ?」


 テツがスマホを出す一方で、俺のガラケーを見て笑う橘先輩。これがクラスメイトや後輩だったら、ガラケーの方が電池は長持ちだぞと張り合うところなんだけどな。


「よく言われます。スマホにしたいんですけど、毎月の料金が払えないんですよ」

「そりゃよく調べてねぇからだろぉが。世の中にゃ格安のもぁんだぜ」

「えっ? そうなんですか?」

「仕方ねぇ。クロガネの奴に連絡先送っとくから、後でこっちに送ってこぃや」

「わかりました」

「そんじゃ、達者でな」

「お疲れッス! 今日は色々とあざっしたっ!」

「ありがとうございました」


 こうして嵐のように現れた橘先輩は、荒らし……じゃなくて嵐のように去っていった。いざこうして終わってみれば、相変わらず良い人か悪い人かよくわからない先輩だ。


「ネック先輩、送りましたよ」

「サンキュー…………ん?」

「どうしたんスか?」

「いや……文字通り嵐みたいな人だったなって思ってさ」


 テツから送られてきたメールに表示されていた電話番号とメールアドレス。そして最後に書かれていた橘嵐という名前を見て、俺は笑いつつ答えるのだった。

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