四日目(金) 昨日の敵は今日の友だった件
米倉櫻。
ゲームという枠の中に限り、その適応能力はズバ抜けて高い。
かつて友人と交代でゲームを進めた際には、最初は交互にクリアしていたものの後半になるにつれて『友人が敗北→その敵を倒す』という負の連鎖が生じたという。
そしてまた時にはクラスでアプリゲームが流行り、クラスメイトが2000だの2010だのとスコアを刻んで競う中、一人2400という大幅な記録更新を達成してしまい仲間達は呆然。そのままブームを廃らせた経験は一度だけでなく何度かあった。
それ故に、人は俺のことをこう呼ぶらしい。
『ゲーマーの櫻』……と。
「またこのミニゲームでぃすか」
「確か先に5周したら勝ちだったよな?」
「そうッス。これオレ苦手なんで、また橘先輩に持って行かれちゃいそうッスね」
「今度は二周差をつけて勝ってやるぜ」
『START』
「ああもう、何でそう曲がるんでぃすかっ!」
「インッス! インを突いて…………やっべ、引っ掛かった!」
「…………」
「ちぃっ! 中々付ぃてきやがるじゃねぇかっ!」
「凄いッスあのムワアアアアアアア! 何者ッスかっ?」
「………………」
「ブレーキングドリフト完璧ッス! ガードレールギリギリっ?」
「仕掛けるポイントは……この先のカーブ!」
「オーバースピードッス! ブレーキイかれたんスかっ?」
「抜かせてたま……何だとぉっ?」
「抜いたぁっ!」
「…………どこのチョメチョメDだい?」
橘先輩。
シリーズ全ての経験者と語ったこの人は、とにかく勝ちに飢えている。
それ故に勝負に勝つためには手段を選ばず、配置を覚えてアイテムを並べる記憶ゲームが始まれば、どこぞの中忍試験の如く全力で他人の並べ方をカンニングしていた。
また自分は他人に真似されないようギリギリまで違う物にカーソルを合わせていたり、先に脱落した際にはどうでもいい話や野次を飛ばす妨害行為も欠かさない。
だからこそ、俺はこの人のことをこう呼ぼうと思う。
『執念の橘』……と。
「三対一……俺が一人か。やってやろぉじゃねぇか」
「あ! この綱引きは一人側が不利なゲームなんでオレ達の勝ちッスよ!」
「操作はスティックを回すだけか」
『START』
「おっしゃ!」
「うぉりゃーっ!」
「これ、手が痛いでぃす!」
「ぅがぁああああああああああああああああああああああああっ!」
『ピロピロン』
「おぃ誰だ止めた奴っ? ……ふんがぁあああああああああああああっ!」
『ふぃにーっしゅ!』
「はぁ……はぁ…………どぉだオラァッ?」
「マ、マジッスか……三人側が負けるとか……初めて見たッス……」
「はぁ……はぁ……手の皮……剥けたけどな……超痛ぇ……」
「うわっ? どんだけ勝ちたいんですかっ?」
鉄透。
普段からそこそこゲームの話もする後輩は、中学時代に野球部の仲間達とこのゲームでよく遊んでいたらしいが、その光景は何となく想像できる。
得意と言っていただけあって、ミニゲームの名前が表示されるなりルールは把握済み。理解しているが故の動きと立ち回りによって、高頻度で上位を取っていた。
ただその真価が発揮されるのは、普段卑猥な動きをさせている指を痙攣させた時である。
よって今日から、俺はコイツのことをこう呼ぶことにした。
『連打のテツ』……と。
「オレとバナ先輩のチームッスね。おっしゃ! ピザきたっ!」
「ああ、これは覚えてるな。確かひたすら連打するやつだろ? 最後まで綺麗に食べないと駄目で、カス一つ残っててもアウトだったから気を付けろよ早乙女」
「とにかく、Aを連打すれば良いんでぃすね?」
『START』
「…………」
「………………」
――――カチャカチャカチャカチャカチャカチャ――――
「……………………」
「…………………………」
『ピロピロン』
「だから誰だゴルァッ?」
「オレじゃないッスよ」
「星華でもないでぃす」
「俺でもないですけど?」
「…………俺だったぜ。悪ぃな」
――――カチャカチャカチャカチャカチャカチャ――――
「オレ左行くッス」
「おぅ! 右は任せろぃ!」
『ふぃにーっしゅ!』
「鉄、食べるの速すぎでぃす!」
「自慢ですけどオレ、長谷川以外に負けたことないッスから!」
「誰だよ長谷川っ?」
早乙女星華。
経験こそないものの開始早々に星を取りビギナーズラックを見せた後輩は、その後も豪運が発揮して運ゲー全般を持っていく…………なんてことは一切なかった。
冬雪ほどではないがあまりゲーム慣れしていないらしく、ミニゲームの説明を見てもルールの理解は遅い。最初は背後にいたブレイン阿久津が説明したが、流石に毎回の如く質問する姿を見兼ねて今では俺やテツが教えるくらいだ。
そしていざミニゲームが始まっても操作は中の下……いや、下の上程度であり、大抵の場合は早乙女が最初に脱落するのが定番になってきている。
ということで、誰もが彼女に対し心の中でこう思い始めていた。
『どん尻のメッチ』……と。
「あれ? 今オレと誰がペアでした?」
「俺が橘先輩とだから、テツは早乙女だな」
「あっ……」
「何でぃすかその顔は!」
「いやー、実質一対三だなーって」
「どういうことでぃすかっ?」
「どうどう。とにかく落ち着いてよく聞けメッチ。この薪割りはAかBかZのボタンを表示されたら押すだけだからな? 物凄ーく簡単だからな?」
「それくらいちゃんと理解済みでぃす!」
『START』
「あっ? あれっ?」
「終わった……」
「星華はちゃんとボタンを押してますっ! ちぃがぁいぃまぁすぅ!」
以上の四人で
伊東先生は予定通り一旦帰り、早乙女に基本的なルールを説明し終えた阿久津は冬雪の手伝いをしながら、時々こちらの様子を遠目からチラリと見る程度になっていた。
「バナ先輩っ! 後は任せましたっ!」
「おぅ!」
「バナ先輩いけるッス!」
「ふんっ! くっ! つぁっ?」
「えー? バナ先輩、何やってんスかー」
「テメェが速攻で死んだからだろぉが!」
熱い手のひら返しをするテツの頭を、橘先輩がチョリチョリというかグリグリする。
そんなこんなで残りは5ターンとなり、スターの数はテツと橘先輩が3枚、俺が1枚で早乙女が0枚という状況。ちなみに早乙女が最初に手に入れたスターが無くなっているのは、橘先輩が幽霊を使って容赦なく奪い取ったからだ。
「どいつもこいつも星華を狙い過ぎでぃす……クソゲーでぃす……」
「コインを沢山持ってる奴の方が多く取れるだけで、別に狙ってはねぇぜ」
「そこにメッチがいたから取っただけッスよね」
互いのコインを奪い合うゲームで一人だけ-30という、ある意味驚異的な数字を叩き出した早乙女は事ある毎にクソゲーと呟き不貞腐れ気味。もっとも執拗に橘先輩のことを狙った結果、単に返り討ちに遭っていただけな気がしないでもない。
全員がコインを稼げる釣りゲームでは一人だけ0枚だったし、鼻や口や眉を弄って指定された顔に近づけるゲームでも普通にやれば90点は取れる筈が、妙なアヘ顔を作り撃沈。最初の威勢はどこへ行ったのかといった感じだ。
「うっしゃ! オレ、スター取っちゃっていいッスかね?」
「取れるもんなら取ってみやがれ」
「7以上、7以上……ふんっ! おっしゃ! 7っ! あざッス! いただきまーす!」
「そこ左だぜ」
「いやいや、下ッスよね? 3、2、1…………あれっ? あ、あれっ?」
「だぁーっはっはっはっは! マスの数、数え間違ぇてんじゃねぇか!」
平気で人を間違えた方向に誘導しようとしていた橘先輩が、一マス届かなかったテツを盛大に笑う。一位を争うこの二人は、無駄にテンションが高い。
続く俺がサイコロを止めると、小さな大魔王が舞い降りてくる。
『ジャジャーン! アイテムチャーンス!! 次の質問に答えろよな。勉強は好きか?』
→いいえ。
『正直なヤツだなー。気に入った!!! 持てるだけのアイテムをあげちゃおう!』
「うわー、ベルとかマジッスか? ネック先輩、次のターン絶対使うじゃないッスかー」
「まあ、コインはあるからな」
貰ったのは相手からコインやスターを奪う幽霊を呼べるベル。これで逆転の目が見えてきた訳だが、心なしか質問の返答が気に食わなかったらしい阿久津の視線が痛い。
そんな中で橘先輩のターン。止まったサイコロが10の目を出すと、マスの上を進んでいく配管工がテツのゴリラを追い抜き――――。
「おっ? 届ぃたぜ」
「オレのスタァーっ?」
目前だったスターは取られ、橘先輩が4枚目でトップに。新たな場所へと移動したスターが行き着いた先は、早乙女が操作するスーパードラゴンの近くだった。
「今更一つ取ったところで、何の意味もないでぃす……」
ボソリと早乙女が呟く中、ターン終了時のミニゲームは2VS2GAME。チーム分けはテツと橘先輩チームVS俺と早乙女チームという形になり、内容はムカデリレーだ。
「操作はスティックだけで、こう右、左、右、左って感じだな」
「了解でぃす」
「テンポは今のくらいでいいか? 右、左、右、左」
「「右、左、右、左」」
「よし。最初はせーので右からな」
「分かりました」
相手は相手で打ち合わせを行い、お互いの声が混じり合う中で双方の作戦会議が終了。ゲーム開始のボタンが押されると、スタートの合図に合わせて声を出した。
「せーの!」
「「みぎっ! ひだりっ! みぎっ! ひだりっ! ひぎっ!」」
二人ずつ声が重なる中、ヒートアップしてくると自然とスピードが上がっていく。打ち合わせも無いまま徐々にテンポが上がっていき、やがて向こうのムカデが転倒した。
「ちぃっ! 行くぞぉらっ?」
「いっせーの、右。左…………あれっ?」
「だぁっ? 何やってんだクロガネェ!」
「一旦落ち着いて立て直すッス!」
「「みぎっひだりっみぎっひだりっ!」」
起き上がった後で再び歩み出すも、相手の足並みは乱れてバラバラ。その間も俺と早乙女は声を揃えて左右を押しながら、一度も転ぶことなく無事にゴールした。
「よし! 完璧だったな」
「これは良いゲームでぃした」
現金な後輩に苦笑を浮かべながら残りは4ターン。早乙女がサイコロを振るとピッタリ銀行マスに止まり、溜まっていたコインを入手する。
「2か3、2か3、2か3! くぅー、8ッスかー」
「2の3乗だったな」
狙ったマスに止まれないままテツのターンも終わり、俺のターンが回ってくる。
うっかりアイテムを使い忘れるなんてイージーミスをすることもなく、俺は先程手に入れたベルを迷うことなく使用。幽霊にコイン50枚を払いスターを奪うよう指示した。
「取る相手は勿論トップのバナ先輩ッスよね?」
「まぁ待てや。確かにトップは俺だが、コインを考えたらクロガネだろ?」
「何でコインを考えるんスかっ?」
「分ぁった分ぁった。それなら、ぉ任せってのはどぅだ?」
巧みな誘導もとい醜い争いが行われるものの、誰を選ぶかは既に決まっている。
カーソルを配管工に合わせるなり、橘先輩が「止めろ」だの「良心はねぇのか」だの喚き始めたが、早乙女からスターを奪った人からそんなことを言われても説得力はない。
「テメェ、後で覚えてろよ」
「数的にもトップですし、橘先輩だってベル持ってるじゃないですか。それにちゃっかり、ハプニングスターも狙ってますよね?」
「ちっ。気付ぃてやがったか」
分岐で止まるマスを選べる場合、ハプニングマスの方ばかり選んでいるのは見え見え。ちなみに他のボーナススターであるゲームスターとコインスターは、誰になるか見当もつかない。
何にせよこれでスターの数はテツ3、橘先輩3、俺2、早乙女0。橘先輩のターンが終わると、ドラムを叩いた順番を覚えて最後に自分が一個追加する記憶ゲームが始まる。
「BABA……A」
「BABAA……Zっと」
「もうZ入れてくるんスか? BABAAZ……Aッス!」
「ババァーズァ……Bだな」
「BABAAZ……B…………あれっ? 何ででぃすかっ?」
結局いつも通り最初に早乙女が脱落。その後で暫くしてから橘先輩が脱落し、AだとBだとBAKAだのと妨害されながらも何とか俺が勝利した。
いよいよ残りは3ターン。早乙女がサイコロを止めるが、スターには少し届かない。
『ラッキー! ハッピー! アイテムチャンスです! 質問に答えてください。アイテムを貰えるとしたら、どのアイテムが欲しいですか?』
「こんなの、スターの所へ行ける魔法のランプ一択じゃないでぃすか」
『…………貴方は欲張りですね。差し上げるアイテムはありません……さようなら』
「人に欲しいアイテムを聞いてきた癖に、何でぃすかこのクソキノコはっ!」
正直早乙女の気持ちはわからなくもない。確か駄目なアイテムを選ぶと『貴方は正直ですね』とか、意味のわからないこと言ってアイテムをくれるんだよなあのキノコ。
このまま何事も無く終わると思ったその時、サイコロを止めたゴリラが行き着いたのは『!』の描かれたマス。それを見るなり操作していたテツが拳を握り締め、橘先輩が声を上げた。
「よっしゃ! きたッスよー」
「ぁんだとっ?」
『CHANCE TIME』
「うぉおおお、緊張してきたッス!」
このマスはチャンスミニゲームのマス。三つのスロットを止めることで『誰が』『誰に』『何を』渡すかを決める訳だが、渡す物の選択肢にはコインだけでなくスターもある。
「はい…………はい…………はい…………ここっ! 2枚かー。まあ上々ッスね」
今回最初に動いたのは『何を』のスロット。一つ目は目押しが可能な速度であるため、落ち着いてタイミングを計ったテツはスター2枚で止めてみせた。
次に動いたのは『誰が』のスロット。当然狙うのは同率トップの橘先輩だが、一つ目のスロットよりも速度は若干上がっており狙って止めるのは難しい。
「はい……はい……はい……ここっ!」
「あっ」
「あっ」
スロットが止められる。
選ばれたのは橘先輩の配管工……ではなく、テツの操作キャラであるゴリラだった。
「だぁーっはっはっはっは! クロガネ、お前良い奴だなぁ」
「マジッスか……」
腹を抱えて爆笑する橘先輩とは対照的に、誰か星を二つ献上することが確定してしまい呆然とするテツ。これで渡す相手が橘先輩だったら優勝は確定だろう。
とても目押しなんてできそうにない最後のスロットをテツがヤケクソ気味に止めると、選ばれたのは自称スーパードラゴン。それを見るなり退屈そうだった早乙女が、突然パァッと明るくなった。
「星華でぃすかっ?」
「だな」
「オレのスタァー」
早乙女にも勝ち目が出てきたところで、俺と橘先輩のターンが終わりミニゲーム。今回は3対1で、現役陶芸部員の三人VS橘先輩という構図になった。
ゲームの内容は三人側が歯車の上に乗り、その歯車を橘先輩がレバーで左右に回して落とそうとするもの。制限時間終了までに一人でも生き残れば俺達の勝ちだ。
『START』
「ぉらぁっ!」
「やべっ? あちゃー」
「何やってるんでぃすか鉄!」
開始早々に珍しくテツが落下。まだ先程のショックが残っていたのかもしれない。
時間が半分ほどになったところで早乙女も落下し、残るは俺一人だけとなる。
「落ちろぉゴルァッ!」
「ネック先輩、あと10秒ッス!」
「根暗先輩、死んでも生き残ってください!」
「どっちだよそれ……おっと!」
「あと5秒ッス!」
「そっちは危ないでぃす!」
「ちぃっ!」
「3!」
「2!」
「「1!」」
『ふぃにーっしゅ!』
「ふう……」
「ナイスでぃす!」
「イエーイ!」
何とか生き残り安堵の息を吐くと、俺に向けて掌を見せたテツとハイタッチを交わす。するとテンション上がっていたのか、驚いたことに早乙女も手を挙げてきた。
俺は思わず笑みを浮かべつつ、少女に応えてパチンと掌を重ねる。
「「イエーイ!」」
不満そうな橘先輩をよそに、最後は後輩同士でハイタッチ。昨日の敵は今日の友と言うが、またチーム分けが変わった途端に今日の友が明日の敵になるに違いない。
結束において共通の敵は必要不可欠……ウキウキでコントローラーを握り締める早乙女を眺めつつ、俺は一時的にだが後輩と和解できたことに安心するのだった。
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