四日目(金) 茶髪と金髪の意気投合だった件

「だぁーっはっはっは!」

「…………」


 目を覚ますなり最初に聞こえたのは笑い声。寧ろその躊躇のない豪快な笑いによって目が覚めたと言うべきだろうか。

 ただダンボールハウスでの仮眠はいまいちで、正直あまり寝つけず。目を閉じ眠ろうとする中で「櫻は?」「……あの中」みたいなやり取りが何回か聞こえた気がする。

 ポケットから携帯を取り出し、僅かに開いた目で時刻を確認すれば寝ていたのは大体二時間ほど。本来ならこの倍の時間は眠る予定だったが、これだけギャーギャー騒がれれば眠れるものも眠れないため諦めて起きることにした。


「……おはよ」

「おう」

「……少しは眠れた?」

「まあ、程々にはな」


 狭い箱から外へ出るなり、作業していた冬雪が首を傾げつつ尋ねてくる。

 少女の前にある大きな壺にはマスキングテープが雷の如くジグザグに貼られており、今はテープの上からスプレーを噴きかけている最中だが、寝る前に見た状態からの進展はいまひとつのようだ。

 陶芸室にいるのは冬雪以外に、阿久津と早乙女と橘先輩。そして丁度テツが窯場から戻ってきたようだが、他にこれといって変わった様子は――――。



「あ、どうしたんスかネック先輩」←返り血を浴びた体操着姿



「お前がどうしたんだそれっ?」

「いやー、イトセン先生の作品の釉薬掛けやってたら、盛大にやらかしました。でかい花器をドポンと落としちゃいまして、ガチの「何じゃこりゃああ!」だったッス」


 橘先輩が腹を抱えて笑っている理由は、どうやらコイツだったらしい。液体の色が白や灰色の釉薬ならまだしも、赤茶色なだけあって実に返り血っぽく見える。


「クロガネっつったか? お前マジ最高だなおぃ!」

「いやー、照れるッス。釉薬も滴るいい男って感じッスか?」

「そのまま焼ぃたら、もっといぃ男になるんじゃねぇか?」

「それただの火葬じゃないッスか!」

「いやぃや、ぃけっだろ! 日焼けみてぇなもんじゃねぇか」

「1200度ッスよねっ? それじゃあ日焼けは日焼けでも火の方の火焼けッスよ!」


 どうやら俺が寝ている間にすっかり意気投合したらしく、ノリだけの会話で盛り上がる二人。そんな様子を眺めている阿久津と早乙女は、呆れた様子で溜息を吐いている。

 火水木と夢野は姿が見当たらないが、テツ同様に先生の手伝いでもしているのだろうか。

 そう思いつつ窯入れの状況確認がてら二人を探しに窯場へと向かうが、業務用冷蔵庫みたいな大きい鉄の箱もといガス窯の前にいるのは、伊東先生一人だけだった。


「おや? 米倉クン。おはようございます」

「おはようございます。何か手伝うこととかありますか?」

「先程まで阿久津クンと早乙女クンに手伝ってもらいましたし、窯入れは大体終了したので大丈夫です。先生の作品の釉薬掛けも、鉄クンが終わらせてくれました」

「あれ? 夢野と火水木は……?」

「先生は窯場で作業していましたが、こちらでは見掛けていませんねえ」

「そうですか。ありがとうございます」

「もう少ししたら焼き始めますが、前回同様に温度が落ち着き次第先生は一旦帰らせていただきます。また午前三時頃には戻りますので、後のことは米倉クンにお任せしました。くれぐれも問題だけは起こさないよう、宜しくお願いしますねえ」

「はい。充分気を付けます」


 どうやら釉掛けは大体終わったようだし、もう片付けても大丈夫だろう。

 釉薬の入った重いバケツを移動させ、ごちゃごちゃしていた窯場を整理整頓しておく。少しは歩きやすくしておかないと、そのうち通れなくなりそうだ。


「ありがとうございます。橘クンといい、そうした些細な心遣いは嬉しいですねえ」

「橘先輩が? 単に遊びに来ただけって言ってましたけど……」

「それは建前であって、本当は窯番をする男手がいなくて困っているんじゃないかと思っての来訪でしょう。そうでなければ先生に本焼きの日を尋ねたりしませんからねえ」


 つまり伊東先生は橘先輩が来る可能性があることを前々から知っていたらしい。それならそうと事前に教えて欲しかったと感じるのは、きっと俺だけじゃないだろう。

 最初はてっきり阿久津に会いに来たのかと思い困惑したが、陶芸室の中に入っても冬雪に茶々を入れるだけで阿久津と絡む気配はなし。早乙女の様子を見る限り、俺が寝ていた間に何かしら事件が起きたということもなさそうだった。


「卒業生が応援に来てくれるのはありがたいことです。米倉クンも卒業して大学生になっても、陶芸部のことを忘れないでいてくれたら嬉しいですねえ」

「忘れようにも忘れられませんし、窯番が必要ならいつでも来ますよ」

「それは何よりです。先生も廃部にならないよう頑張ってチョコを配りますので」


 確かに今年入った新入部員は二人だけだし、来年は勧誘を頑張る必要があるかもしれない。ただ問題なのは陶芸部という響きに、普通の高校生は魅力を感じないことか。

 いかにして陶芸の面白さを伝えるかという、冬雪が普段から悩んでそうなことを考えながら、ざっと窯場を片付け終えると再び陶芸室へ戻る。


「おぅ、戻ってきやがったな」

「ネック先輩! パーティーやるッスよ、パーティー」


 釉薬まみれの体操着から制服に着替えた後輩が何を言っているのかと思いきや、ほんの数分いなかった間に随分と状況が変化していた。

 セッティングされたゲーム機とテレビ画面を前に、コントローラーを握っているのは橘先輩とテツ。これも陶芸部の魅力の一つにカウントしていいのだろうか。


「言っとくがテメェに拒否権はねぇ。強制参加だ」

「ああ言っているけれど、無視しても構わないよ。夜に備えて寝直さなくて大丈夫かい?」

「眠れそうにないし、充分寝たから大丈夫だ」


 橘先輩に聞こえないよう、小声で尋ねてきた阿久津に小声で返す。そんな俺達のやり取りを見てか、先輩は不満そうに舌打ちをした。


「ちっ。分かってんだろうが、この勝負が終わったらリベンジだからな」

「リベンジって、また大乱闘ですか?」

「当たり前だろぉが! 俺が何のために大学行ったと思ってやがる?」

「そんな理由でっ?」

「単位を犠牲にして磨きに磨ぃた俺のフレーム回避を見せる前に、まずは積もり積もった積年の恨みをパーティーで晴らしてやるぜ」


 一体この人は大学に行って何を学んだのか。そもそもあれから半年しか経ってないし、橘先輩と会ったのも片手で数えられる程度で積もるような回数でもない。

 ちなみに刺さっているソフトは、超有名なシリーズであるパーティーゲーム。プレイは四人まで可能であり、俺の分を抜いてもコントローラーは残り一つ空いている。


「おぃ水無月。テメェもさっさと用意しろ」

「音穏の手伝いをするから遠慮します。星華君、どうだい?」

「やったことないでぃすし、星華もミナちゃん先輩と一緒に音穏先輩の手伝いをします」

「そこまで人手は要らないし、ゲームの方は必要ならボクがサポートするよ」

「メッチはチキンだし、やったところで負けるだけっしょ。コンピュータの方がマシッスよ」

「ちょっとあの生意気な坊主頭をボコボコにしてきます」

「おっ? やるかっ?」


 足早に画面の前へ向かうと、コントローラーを手に取る早乙女。やる気満々というより、殺る気満々なオーラが伝わってくるんだが…………大丈夫だろうか。


「そういえば、夢野と火水木はどうしたんだ?」

「……二人とも、それぞれ用事があるって」

「そうか」


 スプレーを噴き終えた大きな壺から、淡々とマスキングテープを剥がしつつ答える冬雪。来年は制作するよう言われたが、こんな大作を作れる気がしない。

 俺は早乙女の隣に椅子を用意して座ると、最後のコントローラーを握り締めた。


「ずっと昔に一回やって以来だな……じゃあプレイヤー一人とCOM三人で」

「おぃ待てやコラ」

「冗談ですよ冗談。早乙女はやったことないって言ってたけど、テツは経験者なのか?」

「こう言っちゃなんですけど、オレ結構得意ッスよ! 橘先輩はどうなんスか?」

「初代から最新作までコンプしてるぜ」


『イヤッフー』

『でっていう』


 道理で自信満々な訳だと思いつつ、それぞれがキャラクターを決める。橘先輩が主人公の配管工で、テツはゴリラ。早乙女は自称スーパードラゴンで、俺は偽主人公を選択した。


「マップは好きに決めていぃぜ」

「やっぱ一番難しい此処しかないッスよ」

「初心者なんだし、早乙女が選んだらどうだ?」

「ミナちゃん先輩、オススメはどこでぃすか?」

「それぞれギミックが違うだけで、難しさは大して変わらないよ。好きに選んで問題ないかな」

「じゃあそこでいいでぃす。鉄のホームでこてんぱんにしてやります」

「オレの実家新潟だから、このステージじゃ負けないッスよ」

「いや新潟関係ないよなっ?」

「ターン数はどうするんスか? 無難に20くらいッスかね?」

「短けぇな。100ターンで行くぞ」

「「多っ!」」


 橘先輩ならやりかねないが、実際に設定できるのは最高でも50ターンだったりする。

 結局は二人の意見の間を取って30ターンに決定。俺の記憶だと大体二時間~三時間は掛かった覚えがあるが、まあ丁度良いくらいだろうか。

 最後の最後で大逆転の可能性が生まれるボーナスも有りに設定し、順番を決めるためのサイコロブロックを順番にジャンプして叩き止めていく。



「まぁ見てろって。プロってのは順番決めでも持ってるもんだからよ」←1

「おっしゃ! これはオレが一番ッスね」←9

「止めるのはAボタンでぃすか?」←10



 …………何かもう、どんな目を出しても大体の順番が決まってるだろこれ。


「ネック先輩、11とか出すんスよね?」

「無茶言うなよ」


 結局5という可もなく不可もない数字を出したところで、早乙女→テツ→俺→橘先輩という順番に決定。各プレイヤーには10枚のコインが支給される。

 そして四人のキャラクターは、戦場である双六のようなマップへと移動した。


「どういうゲームなんでぃすか?」

「ギミックやミニゲームでコインを集めて、20枚持っている状態であのマスを通過すればスターと交換できるんだ。最終的にスターの一番多いプレイヤーが勝ちだね」

「了解でぃす」


 一番手である初心者の早乙女がサイコロを止めると、出目はまたもや10。無駄な豪運を見せつけながら、操作キャラである自称スーパードラゴンは先へと進んだ。


「ここを通過する度に5コイン取られるんでぃすか?」

「その代わりピッタリ止まれば、今までに貯まった分のコインを一気に貰えるよ」


 銀行マスを通り過ぎながら、相手のコインやスターを奪えるマスやアイテムもあるとレクチャーされる一方で、手番を迎えた経験者のテツがサイコロを止める。

 そのまま俺、橘先輩と順番が回った後で1ターン目が終了。毎ターンの終わりにはコインを獲得できるミニゲームがあり、今回は『4PLAYER GAME』と全員が敵だ。


「あぁ、これか。余裕だぜ」

「余裕ッスね」

「ちょっ、待った待った。操作説明くらいは見せてくださいって」

「あぁん? 仕方ねぇなぁ」


 当然の如く説明を飛ばそうとする橘先輩を止める。本当にマイペースだなこの人は。

 今回は玉に乗ったキャラを体当たりで浮島から落とすミニゲーム。慣れている二人がスティックでキャラをあらぶらせる中、俺と早乙女はルールと操作方法を確認する。


「大丈夫でぃす」

「じゃあ、行くぞ?」


『START』


 発音の良いスタートボイスを合図に、四方にいたキャラが中央で衝突……しなかった。


『ムワアアアアアアア!』


「ちょっ? ネック先輩、何速攻で自爆してるんスかっ?」

「あ……落ちたの俺か。違うキャラ見てたわ」

「ぎゃははははっ! 自分のキャラ間違ぇてんじゃねぇよ!」


 残った三人がぶつかり合い、弾き弾かれながら落とそうとする。

 やがて橘先輩がテツにぶつかると、弾かれたテツにぶつかって早乙女が島から落ちた。


「あっ! 何するんでぃすかっ!」

「見たかっ? 後はテメェだけだぜ、クロガネェッ!」

「負けないッスよぉっ!」

「落ちろ蚊トンボがぁっ!」

「ふんぬらばっ!」

「ぜぁああああああああああああああああああっ!」

「きぇええええええええええええええええええっ!」


『ふぃにーっしゅ!』


 白熱した戦いが繰り広げられるものの、結果はつかないまま時間切れ。勝負は引き分けになったため、全員のコインは変わらないままとなり俺としては結果オーライだ。


「中々やるじゃねぇか」

「これ、両方が上手いと時間内に決着つかないんスよね」


 固い握手を交わす二人だが、この友情ごっこがいつまで続くか見物である。

 一周目が終わり、再び早乙女の番。流石に三連続はないものの、7という高目の数字を出した少女は先へ先へと移動した後で普通のコインマスへと止まった。



『なんと!! 隠しブロックを見つけました!』



「何でぃすかこれ?」

「中々に運が良いね。コインとかスターが追加で手に入るんだよ」

「いやぃや」

「またまた」



『隠しブロックの中にはスターが入ってました!!』



「「ふざけんなぁーっ!」」

「何がでぃすかっ?」

「ぃきなりスターだとっ? せいぜぃコインだろぉがっ!」

「まだ2ターン目っしょっ? お前メッチ何だお前っ?」

「気にする必要はないよ。単なる嫉妬だからね」

「了解でぃす」


 チートだのコンピュータだの、完全に理不尽な物言いをする二人。まさかこうも早々にスターを獲得するなんて、ビギナーズラックって本当にあるんだな。


「根暗先輩は文句を言わないんでぃすか?」

「文句って、単に早乙女の運が良いだけだろ? それにまだ2ターン目だしな」

「あぁ? 聞き捨てならねぇな。強者の余裕か?」

「そんなんじゃないですって」

「そもそもゲーム一つでそんなに熱くなる方がどうかと思うけれどね」

「やかましぃっ! 水無月は黙ってろぃ!」

「…………」


 橘先輩の一喝を聞くなり、早乙女が露骨に不機嫌そうな顔をする。そういやさっき阿久津の名前が軽々しく呼ばれた時も、敵視するように先輩を睨んでたっけ。

 もっとも阿久津リスペクトな早乙女が橘先輩と敵対するのは充分予想できていた話。誰とでも仲良くなれそうなテツと違って、コイツは好き嫌いが極端だからな。


「勝つっ! 絶対に勝ってやるぜっ!」

「負けないでぃす! 負けられないでぃす!」

「おっ? バトルミニゲーム! 行くしかないッスね!」

「賭け金は10か。悪ぃがコインは俺がありがたくぃただくぜ」

「これは反射神経勝負ッスね……って、あれっ? 誰かボタン押しました?」

「俺じゃぁねぇぞ?」

「まだ説明を読んでないでぃす!」

「操作方法はっ?」


『START』


「真ん中の花の絵と同じだったら、速攻でAを押すだけッス!」


 平和だった空気が一変し徐々に雲行きが怪しくなると、いよいよパーティーが始まった気がする。ここから先は一位の潰し合いという、醜く浅ましい争いの始まりだ。

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