九日目(木) 俺の過去が杞憂だった件

「へ? それだけって……蕾先輩、星華の話を聞いてなかったんでぃすかっ?」

「ううん。ちゃんと聞いてたよ。確かに悪いことばっかりだったけど、想像してた程じゃなかったから少し拍子抜けっていうか、何だか安心しちゃって」

「安心?」

「米倉君が私に知られたくないことが、もしも犯罪だったらどうしようって不安だったから……実は前科一犯で少年院にいたり、万引きとかしてた訳じゃないんだよね?」

「せ、星華の知る限りではそうでぃすけど……隠れてやってた可能性はあります!」

「水無ちゃんはそういう話、聞いたことある?」

「流石にその手の悪評は聞いていないけれど、本人に確認してみたらどうだい?」

「だって。どうなの? 米倉君?」

「え? いや、やってないけど……俺が証言して信じてもらえるのか?」

「だって米倉君、わかりやすいから。ね? 水無ちゃん」

「仮に何かしらやっていたら、きっと目を背けていただろうね」

「ミナちゃん先輩がそう言うなら、犯罪には手を染めてないと認めます。それでも根暗先輩の本性が、極悪非道な人間であることには変わりありません!」

「うん。あー、良かったー」

「全然良くないでぃすよっ?」

「あ、ごめんね」


 夢野は大きく息を吸うと、ゆっくりと吐きつつ胸を撫で下ろす。

 色々と予想外だった反応に驚かされて呆然とする中、心の底から安心した様子の少女はチラリと俺と目が合うなり、今までと変わらない笑顔を見せてくれた。


「早乙女さんが怒る気持ちもわかるけど、それが米倉君の全てだって決め付けるのは少し違うと思うよ? 何て言うか、本性っていうよりは悪い一面って言うべきかなって」

「それは蕾先輩が騙されているだけでぃす! 現に根暗先輩はミナちゃん先輩をストーキングして、屋代に入学するだけじゃなく陶芸部にまで付いてきてるのが何よりの証拠でぃす!」

「あれ? 早乙女さん、知らないの? 米倉君は自分から進んで陶芸部に入ったんじゃなくて、他でもない水無ちゃんに誘われて入部したんだよ?」

「ミナちゃん先輩がっ? 何ででぃすかっ?」


 知っているのかと思いきや、意外にも阿久津から聞いていなかったらしい。

 今日一番の衝撃と言わんばかりに大声を出して驚いた早乙女は、鳩が豆鉄砲を食らったかの如く目をパチクリさせると、確認を取るべく阿久津の方へ慌てて振り返る。


「ボクと音穏の二人だけじゃ、荷物運びも大掃除も大変になりそうだったからね」

「二人って、蕾先輩も天海先輩もいるじゃないでぃすか!」

「天海君が入部したのは十月に入ってからだし、蕾君が入部したのは三月だよ。この辺りの話は前にしたことがなかったかい?」

「そ、そういえば聞いたような……でもそれは言い換えれば、蕾先輩や天海先輩が最初からいたなら根暗先輩が呼ばれるなんて絶対にあり得なかったということでぃす!」

「私はそんなことないと思うよ? それにもしも米倉君がいなかったら、きっとミズキも私も陶芸部には入部しなかったかもしれないし」

「えっ? どうしてでぃすかっ?」

「じゃあ早乙女さんに問題。ミズキが見学に行った時、水無ちゃん達が何してたと思う?」

「何って、陶芸じゃないんでぃすか?」

「ぶぶー。答えは卓球でしたー」


 そういえばそうだったっけな。

 一般人に聞いたら間違いなく正答率0%になりそうな問題を出した夢野は、当時のことを思い出したのかクスリと笑う。


「あの時は本当にビックリしたけど、物凄く楽しそうで羨ましかったな。ああいう遊びって水無ちゃんと雪ちゃんの二人だけだったら、絶対にやらなかったでしょ?」

「間違いなくやっていないだろうね」

「だよね。今でこそミズキとかクロガネ君が中心になって色々とやってるけど、陶芸部がそういう雰囲気になったのは米倉君がいたからだと思うんだ」


 放任主義の緩い顧問とか、卓球用具なりゲーム機なり遊び道具の数々を残していった先輩とか、俺以上に根本的な原因となっている要素は他にも色々とある気がする。

 しかしながら冬雪にも似たようなことは言われているし、俺が来る前の二人だけだった陶芸部を想像してみれば、夢野の主張も一理あるため否定はしない。


「それに早乙女さんが私の見たこともないような悪い米倉君を知ってたみたいに、私も早乙女さんがビックリするくらい優しい米倉君を知ってる…………ううん。私だけじゃなくて、水無ちゃんも知ってたからこそ誘ったんじゃないかな?」


 中学時代の悪行が全てではないと知っていたから。

 幼い頃を覚えていたから。

 だからこそ、阿久津は俺を陶芸部へと呼んだ。


「学校に残って徹夜で窯の番をした時は一番眠らずに頑張ってたって雪ちゃんが言ってたし、大掃除の時には重いろくろを必死に運んだってミズキも言ってたよ? 米倉君にも、良い所は沢山あるでしょ?」

「そ、そんなことないでぃす! ミナちゃん先輩は単に猫の手も借りたかっただけで、仕方なく根暗先輩を呼んだに過ぎません! 本当は迷惑な筈でぃす!」

「仮にそうだとしたら、梅ちゃんの練習試合へ一緒に応援しに行くと思う? ハロウィンのコスプレは米倉君のズボンを借りてたし、ネズミーのパレードも二人で見てたよ?」

「…………そうなんでぃすか?」

「まあ、間違ってはいないかな」

「………………」

「ねえ早乙女さん。昔じゃなくて、今の米倉君はどういう風に見える? この三ヶ月間、早乙女さんが見てきた米倉君はどんな感じだった?」

「それは……高校デビューしたつもりなのか知りませんけど、まあ確かに昔よりは……少しだけ、まともになってるように見えます……でも、ほんのちょっとだけでぃすよ?」

「うん。それなら水無ちゃんと同じように、今は見守ってあげてほしいな。誰よりも一番昔のことを後悔してて、一生懸命に変わろうとしてる今の米倉君を…………ね?」


 早乙女がチラリと阿久津を見る。

 幼馴染は何も語ることなく、黙って首を縦に振った。


「し、仕方ないでぃすね……根暗先輩、ちょっと立ってください」

「ん?」

「せいっ!」

「へぼっ?」


 てっきり仲直りの握手でもするのかと思いきや、不意打ちのビンタが炸裂した。

 バチンと乾いた音が盛大に夜空へと響き渡り、頬が滅茶苦茶ヒリヒリする。完全に油断していたこともあり、先程喰らったボディーブローより数段痛い。


「言っておきますけど、星華は認めてないでぃすよ? ミナちゃん先輩や蕾先輩が許しても、根暗先輩にはまだまだ反省が必要でぃす!」

「痛てて…………ああ、ちゃんとわかってるよ。早乙女、ありがとうな」

「な、何でぃすかいきなりっ? 気持ち悪いでぃす! ぶっ飛ばしますよっ?」

「それは勘弁してくれ」

「ふふ。早乙女さん、ありがと。蛍も充分に見れたし、そろそろ戻ろっか」


 歩き始める少女達の後に続くが、何だか不思議な気分だった。

 どことなくふわふわした感覚で、いまいち地に足を着けている実感がない。

 そんな俺の方へ振り返った夢野が、歩くペースを緩めて隣に並ぶ。


「米倉君、私に嫌われると思った?」

「え? あ、ああ……そりゃまあ……正直、軽蔑されるかなって……」

「うん。ちょっとショックだった」

「…………だよな」

「水無ちゃんの身体には興味津々だったのに、私ってそんなに魅力ないのかなーって」

「へ?」

「ふふ。冗談だよ。米倉君も男の子だし女子の身体が気になるのは仕方ないけど、そういうエッチなことはちゃんと相手の了承を得ないと駄目だからね?」

「は、はい……」


 …………確かにその通りではあるが、夢野特有の幼稚園児に向けたお説教みたいな言い方のせいで随分と軽く聞こえる。


「米倉君は深く考え過ぎかな」

「え?」

「そういうヤンチャな子なら、ウチの学校には米倉君以上の子がいたよ? 教育実習の先生相手にマウントポジション取って、泣かせちゃったりしたんだけど」

「マジかよ……そりゃまた随分と凄い話だな」

「でしょ? だからそれくらいじゃ私は嫌いにならないし、水無ちゃんだって本当は米倉君と早乙女さんが考えてるほど怒ってなかったんじゃない?」

「いや、流石にそれはないだろ」

「そう? でも米倉君がずっと自分を責め続けてた間、ずっと水無ちゃんは待ってたと思うよ? 昔みたいに戻るのを……ううん。それ以上に恰好良くなるのを」


 仮にそうだとしたら?

 もしも保健室で怒られた時に俺が素直に謝り、即座に自分の姿勢を改めようとしていたら、二年間にも渡る仲違いをすることはなかったのかもしれない。


「………………だって、今だってきっとそうだから」

「え……?」

「ううん。何でもない。それより早乙女さんに猫かぶってるって思われないように、もっともっと頑張らないといけないね」

「あ、ああ。そうだな」


 そんな話をしているうちに俺達は宿舎へと到着する。

 しかし最後の最後で事件は起きた。


「ミナちゃん先輩、部屋に戻ったら……? あれ……?」

「どうしたんだい?」

「あ、開かないでぃす……」

「「「え?」」」

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