九日目(木) 中学時代が黒歴史だった件
『別に俺、みなのことなんて好きじゃねーし! あんな男っぽい女!』
始まりは小学四年生の時に口にした、照れ隠しの些細な一言。とはいってもそれが全ての原因という訳でもなく、様々な変化が積み重なった結果でもあった。
少女の心を傷つけた一言を機に、俺と阿久津は一緒に遊ぶことが少なくなる。それまでは毎日のように遊んでいたのが、普通の友人程度になったとでも言うべきか。
そして五年生になると近場にアパートが建った影響で低学年の児童が増え、今までは同じ通学班だった俺達は別々の通学班で班長をさせられることになった。
今までは当然の如く一緒に過ごしていた時間が、次から次へと減っていく。
何よりも一番影響が大きかったのは、四年連続で同じだったクラスが離れ離れになったことだろう。
こんな経験はないだろうか。
物凄く仲良しだった奴がいたのに、クラスが変わっただけで不思議と話さなくなった。
俺にとって阿久津というのはそういう存在だった。
向こうは向こうで新たな友人を作り、こっちはこっちで新たな友人を作る。
喧嘩をした訳でもないのに、阿久津との関係は疎遠になっていた。
アイツがアルカスを飼い始めたのも確かその頃だったが、見に行ったのは片手で数える程度。俺の興味はゲームしかなく、新しくできた友人の家へ遊びに行ってばかりだ。
それは六年生になっても変わらない。
阿久津は近所の子と遊ぶ、面倒見の良いお姉さんになる。
対する俺は六年生になっても家でゲーム。たまに梅に呼ばれて阿久津達と遊ぶこともあったが、この頃には二人だけで遊ぶなんてことは一切なくなっていた。
そして中学生活が始まる。
阿久津とはまたもや別のクラスだったが、俺は特に気にせず平和に過ごしていた。
異変が起き始めたのは数ヶ月が過ぎた夏のこと。
中一の頃は成長期のピークであり、色々な身体的変化が生じる。
身長の増加は勿論のこと、体格も大きくなるし声変わりやニキビなんてのもそうだ。
『何か臭くね?』
その変化の一つに、体臭がある。
ただし俺の場合は元々が風呂嫌い、歯磨き嫌いだったため自業自得だった。
軽い茶化しから始まったものの、周囲の反応は当然ながら徐々に悪化。原因が原因ということもあり最終的には解決したものの、一度ついた悪印象は中々取れない。
性格の悪い連中が続ける嘲笑を、俺はことごとく無視する。
『よぉ、根暗。テストどうだったよ?』
そして気がつけば、そんなあだ名が付けられていた。
それでも体臭の時に比べればマシだったし、名前の一部ということもあり気に留める程でもない。寧ろ「どうせ根暗だよ悪かったな」と開き直る時もあったくらいだ。
楽しかったのは入学してから一、二ヶ月くらいまでか。
幼馴染がバスケ部で頑張っている一方で、俺は退屈な毎日に飽き飽きしていた。
そして中二になり、久々に阿久津と同じクラスになる。
「じゃあ遠慮なく言わせてもらいます。そもそもこの男はサボり魔だったんでぃすよ」
早乙女の言う通り、丁度その頃から俺は時々授業をサボるようになっていた。
休むのは美術や技術、家庭科のような主要五科目と違って影響の少ない科目ばかり。最初は気分が悪いと保健室へ行く程度だったが、それも次第にエスカレートしていく。
アニメやドラマならサボりの定番は屋上だが、当然のように施錠されており出られず。その鍵を何とか開けようと画策して、屋上前で50分を過ごすこともあった。
「根暗先輩が根暗と呼ばれ始めた理由がそれかは知りませんが、星華が見た限り雰囲気からして根暗って感じでぃしたね。先輩は口ばっかりの陰キャとも言ってました」
辛辣な言葉だが、全くもってその通りだろう。
好き放題やっていたのは親や教師にバレない範囲。それ故に不登校になるようなことこそなかったものの、中途半端にイキっている反抗期真っ盛りなクソ野郎だった。
ついでに言えば思春期真っ盛りに突入し、当時の脳内はテツ並にピンク一色。特に女子の胸に色々と妄想を膨らませ、姉貴のブラジャーですら一喜一憂したくらいだ。
そんな俺が再び阿久津を意識し始めたのは夏になった頃。知らない間に優等生となっていた幼馴染が、バスケ部の部長になったことを耳にしてからだろうか。
小四の頃は男と見間違えるくらいにベリーショートだった髪の毛も、気付けば肩にかかるほどにまで伸びており、阿久津は傍から見ても可愛くなっていた。
「そんな問題児の根暗先輩が成績優秀で文武両道だったミナちゃん先輩に対して、誰がどう見ても明らかに不釣り合いなのに慣れ慣れしく話しかけてくるんでぃす」
虎の威を借る狐……いや、それとはまた少し違うかもしれない。
少女が積み重ねていた努力など一切知らない俺は、一緒に遊んでいた幼馴染の頃のイメージしかなく、未だに自分と対等の存在だと思っていた。
阿久津に声を掛ける頻度は、少しずつ増えていく。
単に話す機会がなくなっただけで、言葉を交わせばあの頃と何一つ変わらない。
そう思い、当たり前のように話しかけていた。
「何より許せなかったのは、根暗先輩のかけてくるちょっかいでぃす。ミナちゃん先輩は優しいから許容してましたが、本心で迷惑がっているのは明白でぃした」
受け入れてもらえたからこそ、俺は余計調子に乗る。
反動形成。
好きな子を虐めたくなるアレだ。
阿久津が本気で俺を嫌っていると気付かされたのは、かなり後になってからのこと。
夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬を迎えようとしたある日の授業中だった。
「またお前、授業サボる気かよ?」
「しー。大声で言うなって」
普段なら体育は受けているが、陸上練習という延々と走らされるだけの授業は退屈でしかない。呆れる友人をよそに、その日は保健室で過ごすことにした。
気持ち悪そうな雰囲気を装えば、保健の先生は簡単にベッドでの仮眠を提案してくる。ただし再び保健室に向かうと早退を奨められるので、これができるのは一日一回だ。
「――――zzz」
大して眠くもない筈なのに、布団に入れば不思議と熟睡してしまう。
起きたのは授業が終わる十五分くらい前。普段ならチャイムが鳴った後で保健の先生に声を掛けられるが、その日の目覚ましはノックされたドアの開く音だった。
「失礼します」
「…………?」
聞こえてきた声は、幼い頃から聞き慣れた幼馴染のもの。
驚いた俺はゆっくり身体を起こすと、カーテンの隙間から様子を窺う。そこにいたのは思っていた通り阿久津だったが、体操着姿の少女は膝から血を流していた。
「どうしたんだ?」
カーテンを開けて阿久津に歩み寄る。今日の気温での半袖&クォーターパンツは見ているだけで寒そうだが、運動中は脱げという体育の謎ルールは本当に何なんだろう。
「…………先生がどこに行ったか知っているかい?」
「さあ? そのうち戻ってくると思うぞ」
「そうかい」
「で、どうしたんだよ?」
「走っている途中で転んだだけさ」
「どうせ景色か何かに見惚れてたんだろ? お前って昔っからそうだもんな」
「………………」
椅子に腰を下ろした阿久津は、返事もせずに窓の外を眺める。
そんな幼馴染を見ながら、俺は数時間前に友人とした会話を思い出していた。
『ぶっちゃけ米倉って、阿久津のこと好きだろ?』
『はあっ? 何でそうなるんだよっ?』
『見りゃわかるって。だってお前、廊下で見掛ける度に声掛けに行くじゃん』
『だからそれは幼馴染だからだっての』
『そうか? 向こうも満更じゃないと思ったんだけどなー』
『満更でもないって、どこがだよ?』
『昨日お前みたく頭をポンポンってしたら、物凄く自然に手を叩かれてさ。口では言われなかったけど、触るなってオーラ満々で超怖かったんだぜ?』
『へー。そんな風にされたことないけどな』
『それ絶対、米倉のこと好きだって』
…………本当にそうなんだろうか。
目の前にいる少女の肢体をジーっと眺める。
できることなら撫で回し、谷間へと指を入れたくなるような瑞々しい太股。
掌フィットの小振りなサイズだが、揉んでみたいという欲求を沸き上がらせる胸。
触れ合ったらどんな感触なのか気になる、柔らかそうな唇。
「…………」
仮に付き合ったら、エッチなお願いを聞いてくれるかもしれない。
そんな脳内妄想が捗り、興奮して身体が熱くなる。
完全に浮かれていた。
だからこそドキドキしながら、俺は後先を考えずに少女へと尋ねる。
「な、なあ阿久津。聞いてもいいか?」
「何だい?」
「その、お前ってさ…………もしかして俺のこと、好きだったりする……?」
改めて思い出すと、本当に呆れて物も言えないレベルだ。
阿久津の表情が変わる。
溜まりに溜まっていたものが爆発し、堪忍袋の緒が切れたんだろう。
幼馴染の少女は目を瞑りゆっくりと息を吐き出した後で、照れ隠しだなんて勘違いさせる余地もないくらいに冷酷な視線を向けつつ、はっきりと断言した。
「何を言い出すのかと思えば、冗談も大概にしてくれないかい?」
「え……?」
「昔からの付き合いだからこそ目を瞑ってきたけれど、流石に我慢の限界だから言わせてもらうよ。キミは一体何様のつもりなんだい? いい加減にしてほしいね」
「な、何そんなに怒ってるんだよ?」
「キミが一人で好き勝手するのは自由だけれど、そこに人を巻き込まないでほしいと言っているのがわからないのかい? こっちはキミのやる事なす事、全てが迷惑なんだ。授業中に話しかけてくるのも、一々からかってくるのも、気安く頭を叩いてくるのも」
「っ」
「授業をサボっていることに関しても、キミは恰好良いとでも思っているのかい? 当たり前のことすらできない人間に対して、ボクがどこを好きになるというんだい?」
別に恰好つけているつもりはなかった。
単に面倒くさいからサボっていただけだが、そんなのは単なる屁理屈だ。
当然のことすらできていない。
そんな現実を突きつけられて、何一つ言い返せる筈がない。
「周囲の友達はキミを受け入れているのかもしれない…………それでも――――」
少女は呆れ果てた様子で俺を見る。
そして嫌悪感を剥き出しにして、最初の問いかけに答えた。
「…………少なくともボクは、今のキミが大嫌いだよ」
忘れもしない少女の言葉。
その時の光景は、俺の中で今でも残り続けている。
記憶が脳に焼きついているのか、時には夢に出てくることすらあった。
心の中にポッカリと空いた穴。
かつてそこにいた筈の少女へ、手が届かなくなっていたことにようやく気付く。
ショックだった。
俺は何をやっているんだろう。
自分の愚かさに呆れ、何もかもを後悔した。
やがて俺はサボらなくなり、真面目に授業を受けるようになる。
それでも阿久津と言葉を交わす機会はないままだった。
少女と同じ屋代学園に入学して、陶芸部に誘われるまでは…………。
★★★
「これが根暗先輩の本性でぃす。ああ、思い出すだけでもムカムカします」
悪口を全て言い切ったと思いきや、そんなことはないらしく早乙女が不満そうに呟く。
もっともコイツは阿久津に告白をした保健室の一件までは流石に知らない。そのため語られた主な内容は、俺がしてきた悪行の数々だった。
窓を割るような真似こそしなかったものの、ドライバーを使って窓枠のネジを外したり、無意味に天井を外したりといった屋上へ出るための問題行動。
そして一番の問題である阿久津へのちょっかい。特にボディタッチの際にはドサクサに紛れて胸を触っていたことまで見抜かれていたらしく、罵詈雑言の嵐を浴びせられる。
その他にも何から何まで、俺の黒歴史は洗いざらいバラされた。
「今だって猫をかぶってるだけで、どうせ心の中ではよからぬことを考えているに違いないでぃす。そのうちボロが出て、またミナちゃん先輩に迷惑をかけるに決まってます」
「…………」
「ミナちゃん先輩は優しすぎるんでぃす。例え謝ろうと、星華は絶対に許しません」
こんな話を聞かされたら、間違いなく夢野も失望するだろう。
そう考えると、とても目を合わせることなんてできない。
あの微笑みが見られなくなる。
覚悟はしていた筈だが、胸が苦しかった。
でも、これでいい。
いつかは話さなくちゃいけないことだったんだから。
もっと早く話していれば、葵の奴だって振られずに済んだかもしれない。
俺に勇気が無かったばっかりに、アイツには悪いことをしたな。
「…………ねえ早乙女さん。もう一つだけ聞いてもいい?」
「何でぃすか?」
黙って話を聞いていた夢野が口を開く。
しかし少女が最初に口にした言葉は、意外なものだった。
「早乙女さんが冷たかった理由とか、米倉君がした悪いことって、それだけ?」
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