八日目(水) 怪談が快談だった件

「ねえ雪ちゃん。こういうのって、私達も作れるの?」

「……ビー玉とかと一緒に焼成すればできる」


 真面目にショーケースの作品の魅力を語り合う姿は、まさしく陶芸部員といったところか。

 最初に俺達が回ったのは、地元の高校生や愛好家達による作品の置かれた県民ギャラリー。特に知識のある先生や冬雪へ質問しながら、のんびりと展示品を眺めていく。


「いやー。鈴木さん、良い仕事してるッスね」

「さも友達みたいに語るなよ」


 テツの奴がふざけて作品の名前や値段をクイズにしてきたりもしたが、この手の美術館に来ることなんて滅多にないため割と真面目に見ていった。




・陶芸家の代表作品をテーマ別に紹介している展示コーナー。

・ゲーム感覚で陶芸を理解できるパソコンコーナー。

・各種芸術に関する書籍やミニ陶器、アクセサリーなどの雑貨が売られるショップ。




 広い館内を一通り見回っていると、あっという間に時間が過ぎていく。

 しおりに書かれていた予定では11時に到着してから16時までの5時間が見学と、そんなにも長い時間を飽きずにいられるか不安だったが、実際には丁度良い時間だったかもしれない。

 明日から陶芸を行う工房も確認してから美術館を後にすると、今回の合宿は朝食しか用意されていないため近場のコンビニで各自夕食を購入する。

 そして再びバスに乗ること約二十分で、本日泊まる宿舎へと到着。近くには林があるくらいで、住宅街からは少し離れた静かな施設だった。


「ここからは各自自由ですが、くれぐれも悪いことはだけしないでください」


 先生からそんな指示を受けた俺達は、宿舎を見て回りつつ部屋を満喫。一通りのんびり過ごしてから夕食を済ませたところで、突然火水木から招集が掛けられる。

 肝試し前に一体何だと、俺達が集合したのは火水木と夢野の部屋。ちなみに他の部屋割は俺とテツ、そして阿久津と冬雪と早乙女といった形だ。


「全員集まったわね。じゃあ始めようかしら」

「……何を?」

「トランプでもやるんでぃすか?」

「Yes we can」

「それはオバマだろ。しかも似てんのはこのチョリチョリの頭だけだし」

「あ、1チョリ100円ッス」

「金かかるのかよっ?」

「ネック先輩以外なら無料でオッケーッスよ」


 俺以外って、要するに女子限定ってことじゃねーか。

 いつの間にか有料になっていた後輩の後頭部を全力でチョリチョリしてやると、こほんと咳払いをした火水木が部屋の電気を消してスマホのライトを点けた。


「ふっふっふ。今からやるのは肝試しの下準備、怪談大会よ!」

「えっ?」

「……おやすみ」

「はいはい、寝ないのユッキー」

「大丈夫ッスよユッキー先輩。怖くなったら俺が付いてるッス」

「鉄が付いてる方がよっぽど不安でぃす」


 確かにそれには同意。今だって暗闇に乗じてセクハラとかしないか不安でしかない。


「……肝試しなんて聞いてない」

「そりゃそうよ。ネックとトールとイトセンにしか言ってないもの」

「ねえミズキ。肝試しって、どこでやるの?」

「表の林道ね。さっき下調べしてきたから、コースもバッチリよ!」

「いきなり部屋に呼んで何を始めるのかと思いきや、そんなことまで計画していたとはね。ボクは別に構わないけれど、その怪談は一体誰が話すんだい?」

「勿論アタシだけど? ちゃんとネットでいい感じのサイト見つけておいたから」

「ふむ。そういうことなら、一つ提案してもいいかい?」

「提案って?」

「天海君が用意した怪談を話すということは、一人だけ怖い思いをしないことになる。それは不平等だから、一人ずつ順番に話していくのはどうかと思ってね」

「別にいいでぃすけど、星華は怪談なんて知りませんよ?」

「怪談に限らず、自分が体験した怖い話でも何でもいいよ。特に思いつかないならパスでも構わないし、天海君が用意したっていうサイトを参考にするのも有りかな」

「オッケー。それでいくわよ! さあ全員座って座って」


 火水木が用意した座布団へ輪になって座る。話す順番は火水木から順に時計回りということでテツ、早乙女、阿久津、冬雪、俺、夢野という形になった。


「それじゃ、早速始めるわよ?」




 まず最初に、これは実際にあった出来事なんだけど……。

 ある真冬の日、男達が登山に出掛けたの。でも歩いてる間に雪が降り出して、夕方には猛吹雪……前にすら歩けないような悪天候になったんだって。

 そんな時、男達は運良く山小屋を見つけたの。

 勿論避難することにしたんだけど、小屋の中は無人で明かりも無い。眠ったら凍え死んでしまうくらいの寒さだったそうよ。

 そこで男の一人が提案したの。


「四人が部屋の隅に座って、一人目が壁に手を当てつつ二人目の場所まで移動してから肩を叩いて待機する。叩かれた二人目は一人目同様に移動して三人目の元へ……三人目も同じように繰り返し、順番に移動しながら肩を叩いて起こしあおう」


 こうして四人は朝までお互いの肩を叩き合って、無事生還する事ができたんだって。

 だけど下山した後に、男の一人がふと呟いたの。


「おかしくないか……?」って……。


 そう、この方法はできない……できる筈がなかったのよ。

 だって四人目が移動した先に、一人目はいないんだから……。

 じゃあ四人目が肩を叩いてた相手は………………?




「……~~~~っ!」

「おっと、大丈夫かい音穏?」

「……駄目」


 阿久津に抱きついた冬雪の声は、既に半泣きになっているようにも聞こえた。

 それを見た火水木とテツが、薄暗い中で怪しい笑みを浮かべる。隣にいる夢野も怖がっているように見えるが、ネズミースカイのゴーストアパートは大丈夫でもこういう怪談は苦手なんだろうか。


「しかしまさか乙女っちまでビビりだったなんてなー」

「だ、誰もビビってなんてないでぃすよ!」

「まーまー、そう強がるなって。いよっ! 流石は乙女っち! マジ乙女っ!」

「乙女呼ばわりしないでほしいでぃす!」

「うんうん。良い感じのスタートだけど、ネックとツッキーは反応がいまいちね」

「今の話、前にどこかで聞いたことあるんだよな」

「ボクもだよ」

「なーんだ。知ってたの?」

「確かスクエアって名前が付いていたと思うし、都市伝説では割と有名じゃないかな。それにこの話については、ボクなりに考えたこともあるから印象に残っていてね」

「考えたって、何をッスか?」

「何てことない話さ。男達の見つけた山小屋は四角形じゃなく、三角形だったんだよ」

「…………」

「………………」

「ほら。三角形なら、こんな風に四人で問題なくできるじゃないか」


 一度電気を付けた阿久津が、両手の指を使って実演する。最初だけ一箇所に二人が固まることにはなるが、確かに三角形なら問題なく肩を叩き合うことができていた。


「すごーい! 水無月さん、よく思いついたね」

「流石はミナちゃん先輩でぃす!」


 恐怖の空気から一転、絡まっていた糸が解けたようなスッキリ感。顔を上げて様子を見ていた冬雪も少し安心したのか、パチパチと手を叩き阿久津を称賛する。

 対して怖がらせたい派であるテツと火水木の二人は、実に不満そうな顔を浮かべていた。


「駄目ッスよツッキー先輩! 怪談中に電気を付けるのは禁止ッス!」

「話の腰を折って済まなかったね。続けるとしようか」

「次行くわよ次! 聞かせてやりなさいトール!」

「ウッス! とっておきの怖い話を思い出したッスよ!」


 鼻息を荒げつつ気合充分のテツは、声のトーンを変えて語り始める。




 これは友達が――とかじゃなくて、オレが実際に経験したことッス。

 その日は暇潰しに、パソコンでネットサーフィンしてたんッスよ。

 ブログとか動画サイトとか色々見て回って、もう寝ようかなって思った時ッス。

 最後の最後で、面白そうなサイト見つけたんッスよね。

 でも見ようと思って入口をクリックしたら、何か変なページに飛ばされたんッス。

 戻ろうと思っても、何か操作できなくなって……。

 でもページはどんどん、勝手に切り変わっていくんスよ。

 電源を切ろうとしても、画面は消えないままで……。

 オレ、怖くなってコンセントを抜いたッス。

 そしたらプツって画面が真っ黒になって、うんともすんとも言わなくなって……。

 安心したオレは、忘れることにしてそのまま眠ったんスよ。

 でも翌朝、血の気の引くような事件が起きたッス。

 オレがパソコンを付けたら、その画面には……………。




『ご登録ありがとうございます! 32800円、登録完了!』




「以上が、オレの体験した怖びぃっ!」

「単にウィルスと架空請求に引っ掛かっただけじゃないの!」

「いやでもマジでビビったんスよっ? 友達に金を借りようとしたり痛い痛い! 痛いッスよミズキ先輩! そんなこと言われても、怖い話なんてすぐには思いつかないッス!」

「全くもう、せっかくアタシが作った怖い雰囲気が台無しよ!」


 まあ火水木の話も、阿久津の一言で割と台無しだった感はあるけどな。

 一応似たような経験をしたことがある身としては、テツの話の怖さは充分にわかる。あの誰にも相談できない絶望感は、マジでどうすればいいのか困るやつだ。


「次はホッシーの番よ」

「うーん……特に思いつかないので、ミナちゃん先輩にパスでぃす」

「ボクもこれといって……ああ、一応こんな話があったかな」

「何々?」




 ボクの中学にいた社会の先生が、割と出張の多い先生でね。

 自習になることが多くて、授業が遅れ気味だったんだ。

 その先生がテスト前のある日、こんなことを言ったんだよ。




『最近ちょっと進みが遅れてるから、今日は鎌倉幕府を30分で滅亡させるぞ!』




「…………今思い出してみると、あれは中々に怖い発言じゃないかな」

「笑い話じゃないのそれっ!」


 真顔で語る阿久津に一同大爆笑。その先生を知っている俺と早乙女はともかく、意外にも夢野のツボに入ったようで、お腹を抱えてまで笑う姿は初めて見たかもしれない。


「次はユッキーだけど、怪談が思いつかないならアタシの用意した――――」

「……そういう話でいいならある」

「絶対に怖い話じゃないでしょそれっ?」

「……前にミナの家に遊びに行った時のこと」

「ボクの……? ああ、あれかい?」

「……そう」




 ……途中、お手洗いを借りた。

 ……そしたら、勝手に電気が消えた。

 ……怖かった。




「……おしまい」

「補足しておくと、ボクの家のお手洗いは自動消灯でね。本来なら人がいる時は僅かな動きでも検知する筈なんだけれど、少し反応が悪くて困っているんだ」

「あーもう、ユッキーってば何でそんなに可愛いのよっ?」

「怒るんだか笑うんだか、どっちかにしろよ」

「でも残念だけど楽しい怪談はここまでよ! ネック、アンタの力見せてやりなさいっ!」

「パス」

「ちょっ?」


 いやそんな顔されても全然思いつかないし、怖かった体験談もこれといってない。火水木の用意した怪談を話すという手もあるが、そんなことをしたら阿久津から睨まれそうな気がする。


「それじゃあ私の番だね」

「ユメノン、あるのっ?」

「私自身じゃなくて、実際に怖い体験をした人を見た時の話でもいい?」

「勿論!」

「それじゃあ、話すね」




 私が幼稚園で見掛けた、男の子の話なんだけど。

 その男の子はすっごく素直でね。

 幼稚園の先生から「ちゃんと手は綺麗にしましょう」って言われた通り、石鹸を泡立てて指の間に手の甲、爪のところまで時間を掛けて丁寧に洗ってて……。

 ずっと、ずーっと手を擦って、隅から隅まで綺麗にしてたの。

 そしたら手の水分が飛んじゃって、段々と泡が消えていってね。

 水で流してもないのに、全部泡が無くなっちゃって。

 そのまま「綺麗になったー」って、園舎に戻って行っちゃったの。

 でもその日は、午後に水遊びがあってね。

 それで何も知らない男の子が、プールの中に手を入れたからもう大変!

 手からどんどん泡が出てきて、もうパニックでパニックで…………ふふっ。




「だから笑い話じゃないのっ!」


 語っている途中で笑い出す夢野。それを皮切りに他の面々も釣られて笑い始める中、同じように笑みがこぼれている火水木が盛大に突っ込みを入れた。


「ごめんごめん。その男の子が物凄いビックリした顔が忘れなくて」

「とんでもない子でぃすね」

「確かにその男の子にとっては、紛れもなく怖い話だっただろうね」


 怖い話というよりは、不思議だった話という方が合っている気がする。

 実際あの時は何が起こったのか理解できず、魔法使い気分だったから間違いない。


「…………」


 チラリと夢野を見ると、目が合った少女は俺を見てニコッと微笑んだ。

 彼女の話を聞いた冬雪や火水木、そして阿久津は、登場人物である男の子がボランティアで出会った男の子だろうと思っているんだろう。


(…………本当、そんなことまでよく覚えてたな)


 同じ幼稚園に通っていた少女の思い出話を聞いて、手から泡を生み出した経験のある俺は思わず苦笑いを浮かべるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る