十二日目(金) 運動する時は悩んでる時だった件
「……負けた」
「あと少しだったんだけどな」
勝負は夜空コンビ優勢で進んでいたが、ラスト30秒で機械から謎のコール。何かと思えば一回で3点という驚きのサービスタイムに突入した合図だった。
そこからは全力で追い上げたものの、あと2点……つまり1ゴール届かず。勝った二人はハイタッチを交わし、満足そうな表情を浮かべている。
「……次」
「はい? 何でぃすか?」
「……リベンジマッチ」
「受けて立とうじゃないか」
「……こっち」
冬雪の後に続いて移動すると、少女が立ち止まったのはレースゲーム。定番である亀の甲羅やバナナを投げる方じゃなく、シンプルなタイプのゲームだった。
四つある運転席に各々が乗りこむと、各自マシンを選択する。全員で同じコースに合わせ、レースが始まる直前になってから困ったことに気付いた。
「冬雪。どっちがアクセルでどっちがブレーキだ?」
「……知らない」
「なあ、阿久津――――っ!」
いつもの癖で、つい呼んでしまう。
思わず言葉を止めた。
無意識に取ったその行動に、自分自身が驚く。
何でだ?
どうして呼ぶのを躊躇う必要がある。
春休みの一件があったため、確かに話しかけ辛くはあった。
でも別に阿久津のことを避けていたつもりはない。
いつも通り話そうと思えば、普通に話せる筈だ。
(…………)
いや、違う。
俺は阿久津に話しかけるのが怖かった。
以前のように言葉を返してくれないのではないかと、不安でしかなかった。
何にせよ、もう遅い。
右隣の運転席に座った少女は、俺の方を振り向く。
久し振りだった。
少女の整った顔を、この距離で真正面から向き合うのは。
「利き足がアクセルだよ」
阿久津は淡々と答えた。
いつも通り、不敵な笑みを浮かべながら。
その表情が普段より少し嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「お、おう! サンキュー!」
シグナルが赤から青へと変わる。
その瞬間、俺は左足を力強く踏んだ。
『ブーン』(走り出していく三台の車)
「あれっ? えっ?」
「ああ、そういえばキミは利き手は右だけれど、利き足は左だったのを忘れていたよ」
「阿久津お前っ! わかってて教えやがったなっ?」
「さあ、どうだかね。まあ4割はボクが悪かったかな」
「半分以上俺のせいかよっ?」
「それより音穏の車がコースアウトしているよ」
「冬雪ぃっ?」
「……難しい」
俺は右足を強く踏み込む。イニシャルSの力、見せてやろうじゃねーか!
――五分後――
「まさかあそこから逆転するとは驚いたよ。ゲームの腕は相変わらずだね」
「屈辱でぃす」
「これで一勝一敗だな」
「……最後はこれ」
冬雪が選んだのは、普通のゲームセンターでは見慣れない大型のゲーム。目の前に大画面があり、手元には山ほどのボールが用意されていた。
「どうやって遊ぶんだ?」
「……知らない」
「いいじゃないか。やってみよう」
そう言うなり、阿久津が手元にあったボールの一つを画面に投げる。するとゲームが始まり『ストーリーモード』と『ボスチャレンジモード』が表示された。
「どっちにするんだい?」
「星華、ストーリーが見たいでぃす!」
「良いんじゃないか?」
「……(コクリ)」
選択肢にボールをぶつけると物語が始まる。どうやらブロックデビルなる悪者を倒せということらしく、基本的に手元のボールを敵にぶつければ良いらしい。
「これ、対戦じゃなくて協力っぽくな――――」
そう言いかけた矢先、いきなりゲームが始まった。
唐突に目の前へ現れる大量の敵。あまりにも突然の出来事に、俺達は慌てつつボールを掴むと手当たり次第に投げて投げて投げまくる。
「やばばっ? 量が多過ぎでぃす!」
「画面右側はボク達が引き受ける。左は任せたよ」
「わかった! 行くぞ冬雪!」
「……頑張る」
もうこの際、勝負なんてどうでもいい……というかそれどころじゃない。
アーケードゲーム特有の難易度なのか、溢れ出てくる敵の量がヤバいのなんの。暫くすると画面上にあったゲージがMAXになり、ボタンを押せという指示が出た。
「「!」」
慌てて真ん中に置かれていた砲台のボタンを俺と阿久津が押す。やや俺の方が早く押したため、阿久津の手が上から重なる……というより叩かれる形となった。
「っ! すまない。大丈夫かい?」
「問題ない! それより次が来たぞ!」
今度の敵は耐久が上がっており硬いのなんの。マジで設定おかしいだろこれ。
ただのゲームだというのに気付けばすっかり熱くなっており、徐々にHPを削られゲームオーバーになったものの全員一致で迷わずコンテニューを選択する。
時には外に転がってしまったボールを慌てて拾いに行き、時には下手な鉄砲数打てば当たるとばかりに両腕でボールを大量に抱えて一気に投げつけた。
「……疲れた」
「う、腕が痛いでぃす」
プレイヤーへのダメージも大きく、額から垂れてきた汗を腕で拭う。
しかし俺達は死闘の末、ついにここまでやってきた。
大画面に現れしは、全ての元凶ブロックデビル。それを見るなり、疲れ果てていた早乙女と冬雪も最後の力を振り絞ってボールを手に取る。
「うおおおおおおおっ!」
俺達は投げた。
投げて、投げて、投げ続けた。
ボールは投げても、ゲームは投げなかった。
『ボタンを押せっ!』
「「!」」
俺と阿久津の手が再び重なる。
叩きつけるようにボタンを押すと、ブロックデビルは砲弾を浴びて倒れた。
「やった! これで終わりでぃすか?」
やってないフラグになりそうな発言を早乙女がするが、第二形態はないらしい。
平和が戻ったブロック王国のエピローグを眺めつつ、俺達は大きく息を吐いた。
「恐ろしい奴だったぜ、ブロックデビル」
「……勝った」
「何と言うか、予想以上に疲れるゲームだったかな」
阿久津の言う通り、あまりにも疲れ過ぎて次のゲームをやる元気はない。チームヨネオンVS夜空コンビの三本勝負は、どうやら引き分けに終わったようだ。
「喉が渇いたね……ボクは飲み物を買いに行くよ」
「星華も行きます」
「……(コクリ)」
阿久津はそう言うと、早乙女を連れて去っていく。
その後ろ姿を眺めつつ、冬雪は小さな声で呟いた。
「……ミナ、前に言ってた。悩んだ時は身体を動かすに限るって」
「ん?」
「……ミナが運動する時は、悩んでる時」
「いや、常にそうとは言い切れないだろ」
「……少なくとも、今回はそう」
「?」
「……とにかくヨネは、前みたいに接してほしい」
「お、おう」
「……………………音穏」
俺達の会話は聞こえていなかったと思うが、阿久津が立ち止まり振り返った。
早乙女は先に行かせたらしく、一人になった少女は淡々と尋ねる。
「少しいいかい?」
阿久津に呼ばれた冬雪が、チラリと俺を見た。
その意図はわからない。
ただ何となく、特にこれといった理由はないが俺は少女に礼を告げるのだった。
「サンキュー冬雪」
「……(コクリ)」
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