十月(上) ムチムチの喜
「あの相生って子、ユメノンにホの字だったりするんじゃない? 本当はきっと「僕と一緒に行かない?」って渡すつもりだったかもしれないわね」
「ミズキってば、すぐそういう方向に考えるんだから。それより音楽部どうだった?」
「あー、ちょっと堅苦しくて無理っぽいわ。もっと緩い部活じゃないと」
「緩い部活……一つ知ってるけど、行ってみる?」
「どこどこ?」
「陶芸部」
芸術棟の四階から一階へ階段を下りるアタシ達。ここって工芸とか選択してないと、図書室に用事でもない限り足を踏み入れる機会は滅多にない場所よね。
「ユメノン、よく陶芸部なんて知ってたわね」
「前にしたボランティアの話、覚えてる?」
「ああ、ウチの兄貴も一緒に行ったっていう幼稚園のやつ?」
「そうそう。その時に一緒だった地元の友達が陶芸部だって聞いて、どんな場所か気になったから一回見学したの。あ、部室はそこだから」
「ふーん」
こう言っちゃなんだけど、何だかジメジメしてそうな場所ね。
そんでもって中からカツンカツン聞こえるんだけど、陶芸ってこんな音するの?
「中々やるね」
「なんの、まだまだっ!」
「…………」
えっと……陶芸ってあれよね? 湯呑とか皿とか作るやつよね?
開きっ放しだったドアから覗いた結果、中でやってるのはどこからどう見ても卓球。紹介したユメノンも目を丸くした後で、何か物凄く複雑そうな表情してるし……。
「!」
あ、ジャージ着てる女の子がこっちに気付いた……ってかあの子、髪の毛を縛ってるから一瞬わからなかったけど、Fハウスで何度か見たことあるわね。
物凄く髪が長いから印象に残ってたのもあるけど、何より普通に美少女で綺麗だし。イメージ的に運動部かと思ったら、まさか陶芸部(仮)だったなんてね。
審判をしてるボブカットの子は初めて見るけど、この子も中々に偏差値高いかも。ただ綺麗っていうよりは可愛いって感じで、マスコットとかそっち寄りかな。
「もらったぁっ!」
豪快にスマッシュを決めた後で、男子がこちらを振り返る。うーん……何か普通に冴えない平平凡凡。女の子二人に対して釣り合ってない感が半端ないわ。
「こんにちは」
「やあ。これはまた、恥ずかしいところを見られたね」
(ちょっとユメノン、本当にここ大丈夫なの?)
(大丈夫大丈夫)
(馬ヘッドかぶってナックル付けた男とか、出てこなきゃいいんだけど……)
文化祭とか新入部員勧誘でやるならまだしも、あそこは毎日がコミケ状態のお祭り騒ぎ。TPOを弁えてるのはノブセンくらいで、他の連中の大半が残念なのよね。
「陶芸部って、卓球もできるんだね」
「時間があるなら、ゆ……二人も遊んでいけば?」
妙にたどたどしくて、ぎこちない喋り方をする男子。ユメノンのことを呼びかけて言葉を選んだっていうか、どう対応していいのか困ってるように見えるわね。
「ゴメン。私、この後アルバイトなんだ」
「えっ? ユメノン時間平気なのっ?」
「うん。まだ大丈夫」
「えっと……そっちの人は、音楽部の友達?」
「ううん、クラスメイトだよ。色々あって部活を探してるの。さっき音楽部も体験して貰ったんだけど、ちょっと合わなかったみたいで……ミズキ、良い声してるのに」
「あんな真面目な練習とか無理無理。アタシ、緩くないと駄目なタイプだし」
当たり前だけど音楽は協調性が大切。パソコン部みたく好きな時に来て好きな時に休むってこともできないし、途中からの入部って時点でアウェーなのよね。
それにアタシが求めてる部活って音楽部みたいにスポ根的な青春じゃなくて、もっとこうダラーっとする感じ? 例えるなら奉仕部とか、隣人部とか、GJ部とか、ラノベ部とか、ごらく部とか、帰宅しない部とか、合唱ときどきバドミントン部とか、木工ボンド部とか、ちくわ部とか、囲碁サッカー部とか、さばげ部とか、SOS団とかね。
「……体験する?」
「体験って、まさか卓球の?」
「卓球が嫌なら、バドミントンかビリヤードでも――」
「……ヨネ」
「ごめんなさい冗談です」
冗談半分で聞いたつもりだったんだけど、ちょっと待って。バドミントンはともかく、ビリヤードって何? ここって本当は陶芸ときどきゲーム部なの?
「……体験は粘土練ったり、ろくろ挽いたり」
「あー、えっと、今日は遅いし見学って感じでお願いできれば」
「……じゃあヨネと一緒に見せる」
「へいへい」
黒髪ロングの子とは随分楽しそうに卓球してたし、こっちの子にもこの反応。別に女子慣れしてないって感じでもないし……やっぱりさっきのは何か違和感あるわね。
「ボクとの勝負は後回しになりそうだね」
ちょっと待って、今ボクって言ったっ?
てっきりただの美少女と思ったけど、これでボクっ娘とか点数高いじゃない。
「ん? 0―1で俺の勝ちだろ?」
「音穏。悪いけれど、櫻を少し借りてもいいかい?」
「……駄目」
「ふっ、モテる男は辛いな」
「えっと、アンタら三人ってそういう関係なの?」
「「……違う」ね」
否定されると余計に怪しく見えるんだけど、コイツってそんないい男かな? エプロン姿も似合ってないし、これならさっきの相生……オイオイの方が良いと思うけど。
(ユメノン、三人とも知ってるの?)
(うん。米倉櫻君に、阿久津水無月さん。それに冬雪……音穏さん)
(ふーん)
一人だけうろ覚えだったみたいだけど、個人的にはあの子が一番覚えやすいわね。無口キャラってリアルだと貴重だし、兄貴が好きなヨンヨンに少し似てるかも。
とりあえずあだ名はネックにツッキー、ユッキーって感じで。
「……まず荒練り」
「あいよ」
「…………」
「……じゃあ菊練り」
「はいよ」
危ない危ない、菊って言葉に反応するところだったわ。でも菊練りがあるなら薔薇練りとか百合練りも……って、そんな話を振る相手は流石にいないか。
ユッキーみたいな子が隠れ腐女子ってパターンは多いけど、鞄を見る限りそれらしいグッズは見当たらないし、それに無口だけど根暗って感じじゃないのよね。
「…………」
当たり前だけどハーレムなんてこともなし……と。
真面目に陶芸を教えてるユッキーに、男には全く興味なしで推理小説を読んでるツッキー。寧ろアイツを食い入るように見てるのはユメノンの方ね。
てっきり地元の知り合いってツッキーかと思ったけど、何かそんな様子でもないし……でもそうなると、ネックの方が知り合いってこと?
「それじゃあ、私そろそろ帰るね」
陶芸部の面々へ別れを告げるユメノンだけど、ポケットへ手を伸ばしかけていたのをアタシは見逃さない。その中に入ってるのが、さっき貰ったチケットだってことも。
結局その後は普通に見学したけど、顧問が緩いとか最高。陶芸も面白そうだし入ろうかなと思ってたら、夜にユメノンからSNSが届いて思わずニヤリよ。
『陶芸部どうだった?』
『うん、中々に良い感じ!』
『良かった。ミズキって日曜空いてる?』
『空いてるけど?』
『それなら映画行かない? 彼女の名は』
『行く行く! でもいいの?』
『何が?』
『その割引券、本当はネックに渡そうとしたんじゃない?』
『ミズキってば、すぐそういう方向に考えるんだから』
本人は隠してるつもりかもしれないけど、傍から見てると結構バレバレなのよね。
まあアタシの勘違いかもしれないし……なーんて思ってたら、映画館でネックとエンカウント。まさか一緒に映画見て、喫茶店まで行くとは予想外だったわ。
それで米倉兄妹と別れた後は、ユメノンと一緒にショッピング。洋服とかアクセとか見た後で、フードコートで休憩中にネックとの関係を色々教えてもらったの。
「――――――――私、米倉君に嫌われてるのかな?」
「何でそう思うのよ?」
「私に対する米倉君の接し方、何かぎこちない気がして……」
「いやいやいや、気のせいでしょ。ユメノン考え過ぎだってば」
一応フォローしてみたものの、それアタシも気になってたのよね。
聞いた話から察するに、ユメノンはツッキーに引け目を感じてる。だからチケットも渡せなかったし、ネックの反応の件も相俟って自信を失ってるみたい。
アイツが何を考えてるのかはわからないけど、陶芸部に入ることだし直接聞いてみるのが手っ取り早そう……一応兄貴も何か知らないか聞いてみようかな。
「うーん、でもネックかー」
「どうかしたの?」
「いやいや、こっちの話。アイツって別に恰好よくないし、映画見て泣くし、こう言っちゃなんだけど………………何かパッとしなくない?」
本当は「姉と一緒に映画見るとか、シスコン入ってない?」って言おうとしたけど、よくよく考えたらアタシもこの映画は兄貴と一緒に見たんだっけ。
「そんなことないよ」
好きな相手をイマイチ呼ばわりされたからか、少し不満そうなユメノン。こんな可愛い子から一途に思われてるなんて、アイツなんかには勿体ないわね。
「じゃあユメノンの知ってる、ネックのいいところって何?」
「米倉君のいいところはね――――――――」
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