六月(中) 火水木兄さんとオタ

「店長が我が家に来るとか、随分久し振りな希ガス」

「相変わらず変わらない部屋だ」

「一体何をどう変えろと?」

「とりあえず壁一面と天井をポスターで埋め尽くした後に、フィギュア棚を設置だ。後は抱き枕と痛クッション、それにPCのモニターも四つは必要だ」

「いやいや、それだと完全に店長の部屋ですしおすし」

「兎にも角にも、明釷あきとの部屋にはごちゃごちゃ感が足りないんだ」


 拙者のベッドの遠慮なく寝転がる店長。そこに痺れる憧れる。


「何にせよ今のお前がやるべきことは、俺とひと狩り行くことだ」

「しかしまた、随分と懐かしいですな。闘う相手は?」

「銀レウス」

「そっちの武器は?」

「ハンマー」

「おk把握。じゃあ拙者はガンスでがんす」

「尻尾は頼んだ」


『クエストを開始します』


「ん……ミステイクだ」

「どしたん店長?」

「回復薬忘れだ。まあ些細なこと……この程度の雑魚、応急薬で充分だ」

「さいですか。あ、いたお」

「何番だ?」

「三番ですな。ところで店長、今日は何しに来たん?」

「少しは部活に顔を出せ……だ」

「いや天海氏いると行きにくいですしおすし」

「その妹だが、パソコン部が居辛そうに見える…………だっ?」


『ゆうた希少種は力尽きました』


「ちょまっ! 店長、マジで何しに来たんっ?」

「勘が鈍っていただけだ。話を戻すが、最近の妹の様子はどうなんだ?」

「心配せずともクラスで仲良くやってるみたいだお」

「なら良いんだ。ついでに質問だが、お前の方はどうなんだ?」

「中間テストが終わって、拙者を見る目がようやく変わってきた感じですな」

「そんな喋り方だからだ」

「いや店長に言われましても――」


『ゆうた希少種は力尽きました』


「店長ぉぉっ?」

「入った瞬間のハメだ。大丈夫だ」

「問題しかない」

「質問だが、何故高校に入ってもそのキャラを続けたんだ?」

「身に着いた習慣ですな」

「馬鹿正直で糞真面目だった後輩も、随分変わったもんだ」

「フヒヒ、サーセン」


 目の前にいる師匠が大学に入って口調を改めたら、拙者も元に戻ることを考える必要がありそうですな。

 そう。店長の言う通り、少し前までの拙者はオタですらなかったのである。




 ―― 二年前 ――




「店長、相談があります」

「そーだんだ」

「いや待って。くだらないギャグ言ってないで真面目に聞いてくださいよ」


 火水木明釷、中学二年。

 趣味や特技はこれといってなく、帰宅後にやることは勉強と店の手伝いくらい。特に就きたい職業もなく、将来も家業の文具屋を継ぐだけの普通の学生だった。


「三行で説明しろ……だ」

「いきなり三行って言われても」

「一行終了だ」

「マジですかっ?」

「二行終了だ」

「ちょ……えっと、天海の件で真面目な相談なんですけど……」

「三百行で説明しろ……だ」

「多っ!」


 店長は近所の頼れる兄貴分である。

 そして今日をもって科学部を引退する一つ上の先輩であり、近々引っ越しするため離れ離れとなってしまう大切な親友でもあった。


「アイツが最近オタク趣味にハマり出したのって知ってます?」

「喜ばしいことだ」

「いや問題なのはその後なんですけど……あ、別にオタクを否定する訳じゃないですよ? 店長みたいに一見痛々しくても人間のできてるオタクはいますし」

「一言余計だ」


 ノブオ先輩から店長へ呼び方が変わったのは一年前。中二かつ厨二に目覚めた男の部屋に招かれ、並べられたグッズの多さに敬意を払い付けたあだ名である。

 ちなみに収集を始めたきっかけを聞いたら『外見のせいでオタに見られるから、いっそオタクになってみた』とのこと。外見の方を変えようとは思わないんですかね?


「それで、どうしたんだ?」

「何か好きなアニメだかゲームを友達に話したら、ドン引きされたみたいで……それがきっかけで、今ちょっと良くない感じになってるって言うか……」

「要は虐めって訳だ?」

「…………まあ、そんな雰囲気になり始めてます。ほら、アイツ太ってるじゃないですか? 最近になって、そのことも輪をかけて言われ始めたみたいで……」

「成程だ」


 火水木天海ひみずきあまみ、中学二年。

 ぽっちゃりどころか横綱みたいに肥えており、図体だけでなく態度もでかい生意気な妹ではあるが、双子の兄としては一応心配だったりする。


「ジャンルは何だ?」

「え?」

「妹が友達に話した内容だ」

「詳しくは知らないんですけど……あ、イケメンが沢山出る奴です」

「調査不足だ……潜入作戦の必要有りだ」

「はい?」




 ―― 一時間後 ――




「パターン青、使徒だ」

「いやそういうネタわからないんで」

「重要なのは方向性だ。女の場合まずは、腐っているかどうかだ」


 天海が帰っていないのを確認し、妹の部屋に足を踏み入れた店長は溜息を吐く。

 腐女子という単語は帰り道で聞いたばかりだが、裸のイケメンが抱き合うグッズを見せられたら友達も困るということだけは理解できた。


「アウトかセーフで言ったら?」

「馬鹿だ」

「バッサリですね」

「こういう趣味は、万人には受け入れられないもんだ」


 受け入れる人がいること自体、正直驚きです……いや、否定はしませんけど。

 話を聞けばこの作品も元々は健全なスポーツアニメだったらしいが、何でもこうしたカップリングで有名になり今では腐女子御用達らしい。

 店長が推測するに恐らく友人がこのアニメを知っており、裏事情も知っていると勘違いした天海が自爆した可能性が高いとのこと。全く何をしているんだか……。


「俺にも似た経験は有りだ」

「流石店長!」

「そこに痺れる憧れる……だ」

「?」

「はあ……しかし事態は深刻だ」

「えっと、とりあえず解決策はあるんですよね?」

「俺の考えた方法は三つだ」


 店長が三本の指を立てる。


「一つ目は、時間経過による解決法だ。手間が掛からないで済むが、噂が収まらない場合は卒業まで一年半の長期間を耐える必要があるのが難点だ」


 何だか見ているこちらが居た堪れない気分になりそうだ……却下。


「二つ目は、相手も同族に染め上げるんだ。俺は基本的にこの手法だが、流石に腐らせるのは難解だし女相手は面倒だ」


 既に相手は天海もといBLに対して嫌悪感を抱いているだろうし、知識ゼロの自分がマイナススタートからプラスにまで持っていくのは難しい……却下。


「三つ目は、お前がオタクになることだ」

「…………はい?」

「それも常軌を逸した、変なオタクだ」


 流石に今回ばかりは店長もお手上げか。

 そう思っていた矢先、突拍子もないアイデアを言われて耳を疑い聞き返す。


「まあ落ち着いて聞け……お前が異常なオタクになれば、周囲の視線は妹からお前に集中だ。そして兄妹揃ってキモいだのオタクだの蔑まれること確定だ」

「悪化してんじゃないですかっ!」

「ここで問題だ。何故オタクは蔑まれるんだ?」

「…………オタクの事件が報道されて、犯罪者予備軍と思われてるから?」

「それもあるが、一番の原因はコミュニケーションだ。という訳でオタク三銃士を連れてきたよ……だ」

「オタク三銃士?」


・挙動不審で、知らない人とはまず会話が出来ない奴。

・オタク以外にも平気でマニアックな話題を振る奴。

・三次元の女性にも興味が有り、相手に合わせた話題を持ち掛ける奴。


「オタクにも色々いるが、蔑まれるのは自分の趣味を優先する奴だ」

「成程」


 さしずめ店長は三番目の奴だろう。

 彼女はいないが友人は多く、周りから慕われており頼れる存在だ。


「まあこれを直接妹に伝えたところで、兄貴面するなと言われるだけだ。だからこそお前が身を持って実践することで、解決方法を妹へ見せるべきだ」


 昔からの付き合いだけあって、双子というものを良く分かっている。

 オタクになるなんて考えたこともなかったが、試す価値はあるかもしれない。目の前にいる手本のような先輩を見ると、馬鹿らしい提案もまともに聞こえてきた。


「この手の虐めをエスカレートさせず止めるには、反応せず無視し続けて相手を飽きさせること……そしてオタクだろうと、第三者が尊敬できるような力を持つことだ」

「店長……」

「という訳で布教活動開始だ。俺が今から持ってくるDVDを明日までに全部見るんだ。一クール五時間で見るとして二作品は見れる計算だ」

「明日までに十時間っ?」

「それから土日を使って、俺みたいなキャラ付けのための口調変更だ。それにソシャゲーもやってもらう……安心しろ、無課金で楽しめるやつだ。確か明釷は視力も下がり気味だったな……この際に眼鏡も購入だ」


 こうして火水木明釷もとい、ガラオタが爆誕する。

 最初はクラスメイトに笑われたが、徐々に冗談でないと理解するや否やドン引き。わかってはいたが天海の怒りも買い、挙句の果てに呆れられる始末だった。


「暫くの間は辛いだろうが、人間って奴は簡単に掌を返す生き物だ。お前は頭も良いから、蔑む奴らを見返すまでそんなにかからない筈だ」

「わかったお」

「結果が見れないのは残念だが、グッドラックだ」


 拙者を充分に調教……じゃなく仕立て上げた後で、店長は家を引っ越した。

 まあ引っ越しと言っても、家は屋代学園の目の前。そして一年半後、屋代に入学した拙者は店長のいるパソコン部へと入部する訳で。




 ★★★




『ゆうた希少種は力尽きました』


「三乙です」

「ドンマイだ。次が本番だ」

「明日から本気出す的な?」

「あー、声聞こえると思ったらやっぱノブセンいたの?」


 という回想からの我らが天海氏、ここで登場でござる。

 色々と苦労はしたものの、腐女子騒動は無事に解決。相撲取り呼ばわりを見返すため痩せた結果、良い感じに胸だけ脂肪が残りムチッとした妹が上手にできました。


「パイを付けろパイを……ノブ先輩だ」

「いやいや店長、既に充分付いてますしおすし」

「言っておくけど、兄妹でもセクハラよそれ?」

「フヒヒ、サーセン」

「はあ……衣替えしてから、パソコン部の連中も妙にチラチラ見てくるのよね。ああいうのって普通に視線でわかるんだけど、あれ何とかならないのノブオ?」

「俺に言われてもな……そしてノブ先輩だ」

「あーあー。何か他の部活でも探そっかなー」


 それなら何故パソコン部に入ったのか、コレガワカラナイ。

 まあ例の一件を経て、天海氏も少しは拙者を兄として尊敬するようになったと。


「紅一点がいなくなるのは残念だが、それも有りだ」


 不敵に笑いつつ応える店長……懸念事項は杞憂に終わったみたいですな。


「あ、そうそうノブセン。今年の冬にコスプレするから、また衣装お願いね」

「了解だ」


 相変わらず腐っている妹ですが、この一言をもって結びさせていただく。


『拙者の妹は、こんなにゾンビですが何か?』

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