五日目(月) 夢野がにゃーにゃーにゃーだった件

「へー。こんな所があったんだ」


 完成した作品を窯場へ運ぶと、初めて足を踏み入れた夢野が辺りを見渡す。


「まあ来ることなんてないもんな」

「作品を焼く窯っていうのは?」

「あれが電気窯で、こっちの奥にあるのがガス窯」

「へー。何が違うの?」

「えっと……確か作品を沢山焼く時はガス窯で、少し焼く時は電気窯……だったかな。ガス窯の方は焼くのに時間が掛かるから、学校に泊まるんだよ」


 違いについては先日冬雪から聞いたばかりだが、いまいち覚えておらず適当に説明。記憶に残っているガス窯についての話を掘り下げる。


「米倉君も泊まったことあるの?」

「ああ。ほら、火水木が見学に来た日があったろ? 丁度あの日だな」

「水無月さんと雪ちゃんと一緒に?」

「そうだけど…………?」


 言いかけたところで、夢野がジトーっとした目で俺を見ていることに気付く。何やらあらぬ誤解を受けていそうなので、慌てて訂正すべく早口で言い直した。


「いや、泊まりって言ってもあれだぞ? 地獄の勉強会だったり、カップ焼きそばからカップ麺を錬成したり、遊んだのは卓球を少ししたくらいだって!」

「ふーん。私が待ってる間、そんなに楽しいことしてたんだー」

「だからそうじゃなくて……ん? 待ってるって?」

「米倉君がコンビニに来るの、あの日ずっと待ってたんだけどなー」

「え? 何でだ?」


 不思議に思い尋ねると、夢野は人差し指でそっと俺の唇を抑える。

 もう何度目になるかわからないが、これだけは耐性が付かずドキッとしてしまう。指の腹の柔らかさを感じている中で、少女は悪戯めいた笑顔を浮かべた。


「さて、何ででしょうか?」


 質問に質問で返した夢野は、くるりと180度方向転換する。

 別に会う約束なんてした覚えはない……筈だが、何しろ半年近く前の話。いまいち記憶が曖昧な俺は、モヤっとしたまま少女に続いて外へ出ようとした。


「ニャー」

「えっ?」

「何だ、またお前か」


 雨宿りか、それとも風避けに来たのか。以前にも見たことのある茶色の野良猫が窯場の中へ入るなり、ごろりと入口前でふてぶてしく横になる。


「よく来るの?」

「まあ何度かな」

「へー。名前とかあるの?」

「いや、特には付けてない……と思う」


 伊東先生辺りは、影でこっそり付けていそうな気がしないでもない。ひょっとしたらコイツが顔を出すのも、あの人が餌付けしてるからじゃないだろうか。


「米倉君は猫と犬、どっちが好き?」

「どちらかと言えば犬の方が好きだな」

「そっか。ふふ、そうなんだ」

「何だよ?」

「秘密♪」


 何か前にもこんなことがあった気がするな。

 デジャヴかと思ったが、少し考えてから思い出す。確かランキングの項目を考えて、夢野がペットを飼っているか聞いた時だったっけ。


「この子、どうしよっか?」

「流石に中に入れるのはマズイから、外で雨宿りしてもらうしかないな」

「だって。ゴメンね猫ちゃん」

「…………」

「嫌みたいだよ?」

「ほれ、行くぞ」


 やや気取りつつ、ついてこいとばかりに外へ出る……が、こういう恰好つけた時に限って猫はついてこない。全く、気まぐれな生き物だよな本当。

 猫じゃらしでもあればいいが、そんな物は生えていない。どうしたものかと悩んでいると、ハンカチを取り出した夢野が猫の前で屈みユラユラと揺らす。


「にゃーにゃーにゃー?」


 そして猫語を話す少女…………うん、可愛過ぎて正直萌えた。

 目の前でハンカチをチラつかせられた猫は、ムクッと起き上がると外へ出る。機敏に反応する訳でもなく「仕方ねーな」といった感じに見えたのは気のせいか。


「それじゃ、戻ろっか」

「あ、ああ。サンキュー」

「…………? どうかしたの?」

「いや、何でもない」


 窯場の戸を閉めた後で、再び寝転んだ猫に別れを告げ陶芸室へ戻る。

 先程まで冬雪は硬くなった粘土の再生、阿久津は読書、火水木は合宿の計画を練っていたが、今は伊東先生から貰ったホワイトデーを堪能中だった。


「お疲れユメノン! 窯場どうだった?」

「何かよくわからない物でいっぱいだったのと、猫さんが遊びに来てたよ」

「本当かい?」


 すかさず阿久津が立ち上がり窯場へ。冬雪も興味があるのかその後に続くが、火水木は陶芸室に残り夢野と語り合う。

 二人の座っている位置は、丁度俺の席の左右。流石にその間へ割って入るのは気が引けるため、外に出て行った部長と副部長コンビの様子を見る。

 しかし阿久津と冬雪は窯場の前でキョロキョロした後、すぐに戻ってきた。


「ん? いなかったか?」

「……(コクリ)」

「風も強くなってきたから、落ち着ける場所に行ったんだろう。ボク達もそろそろ帰ろうか」


 やや残念そうな幼馴染がそう言うと、俺達は帰り支度を始める。女子が一人増えただけなのに三人と四人では大分違い、何だか居場所を失ったような気がした。


「米倉君、自転車?」

「いや、今日は電車だな」

「そっか」

「……ユメは自転車?」

「うん」

「雨だけならまだしも、こんな風の中で大丈夫なのかい?」

「これくらいなら大丈夫かな」


 問題なしと答えつつ雨合羽を着る夢野だが、阿久津は不安そうな表情を浮かべる。陶芸室を後にして外へ出ると、差した傘が引っ張られるくらい風が強くなっていた。


「本当に大丈夫かい?」

「うん。それじゃ、またね」

「……気を付けて」


 自転車を取りに行っている間、強風の中で俺達を待たせるのも悪いと思ったのか、芸術棟を出るなり別れを告げる夢野。去っていく後ろ姿を眺めながら、引き止めるべきか悩む阿久津を見て火水木がそっと答える。


「ユメノン、ああいうところ頑固だから」

「そうなのかい? 意外だね」

「何にせよ、これからまた一段と楽しくなりそうね」

「……楽しみ」


 俺も葵かアキトを呼んで……この女子陣に対抗するのは無理そうだな。

 駅へ向かって歩き出すものの、隊列は三人と一人。フロントガラスに大量に花びらをつけながら走る車を眺めつつ、俺は女子三人の後ろを歩く。


「そういえば見たわよネック。ペット部門の三位とかアンタらしいわね」

「そういうお前もスピーカーにピッタリだけどな」

「へー。ちゃんとF―2のページも確認済みって訳?」


 編集委員で作成した屋代学園の生徒会誌が、今日になりようやく全校生徒へと配布。火水木と夢野のクラスは『電化製品に例えると?』という企画だった。

 スピーカーという、声のでかい少女にピッタリな家電を見て思わず納得する俺とアキト。色々な楽器が弾けるという意味かもしれないが……いや、ないな。


「電化製品に例えるならツッキーは冷凍庫で、ユッキーは炬燵っぽいわね」

「……何で?」

「そりゃツッキーって言ったらクールなイメージだし、ユッキーは癒しじゃない」


 炬燵って癒しより、誘惑とか魅了のイメージだけどな。

 ちなみに火水木と同じクラスである夢野は空気清浄機。きっと教室内の空気をクリーンにして、皆に笑顔を振りまいているんだろう。


「ネックを例えるなら……あれね。ほら、あの自転車に乗るロボット」

「家電じゃないだろそれっ?」

「櫻を例えるなら掃除機のイメージかな。ロボット掃除機だね」

「ほほう。つまり便利で愛嬌があるってことか」

「目を離すと行方不明になるし、掃除するかと思えばゴミ箱をひっくり返す。手の掛かるおっちょこちょいで、よくアルカスの下に敷かれているよ」


 どうやら阿久津家にいるル○バ的な存在は中々のドジッ子らしい。別におっちょこちょいじゃないし、迷子になったのも昔の話だろ。

 何か言い返してやろうとするも、コイツのクラスの企画は『十年後の自分へ一言』と至って平凡。阿久津のメッセージも『少しは成長したかい?』だったっけな。

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