五日目(月) 何だかんだで良い先輩だった件
「あ、どうも……」
「随分とボコボコにしてくれたじゃねぇか」
トイレで用を足していると、橘先輩がやってくるなり二つ隣の便器に立つ。
結論から言うと、勝負の結果は俺の圧勝だった。
「すいません」
「謝んじゃねぇよ。所詮ゲームだろ」
そのゲームでムキになって何度も挑んできたのは、他でもない先輩である。
初戦は他二人がいなくなった時点で、俺と橘先輩はお互いに二ストックずつ。一度目は投げ飛ばした後で必殺のカッターをダイレクトにぶち当てて仕留め、二度目は復帰しようとしたところをドリルキックで容赦なく蹴落とした。
リベンジに燃える二回戦では集中的に狙われたが逆に返り討ち。四人の中で真っ先に橘先輩がステージから姿を消すことになる。
『アイテム無しのサシでやらせろ』
そう要求されての三回戦はタイマン勝負。俺もピンクの悪魔から先輩と同キャラである超能力少年にして挑んだ結果、力の差を見せつける形で完全勝利を収めた。
負けっぱなしの橘先輩は次から次へとソフトを変えるが、どれも大乱闘に比べると腕は普通。レースゲームで火水木に負け、シューティングゲームでは阿久津に負け、爆弾男的なアクションゲームにおいては冬雪に負ける始末だ。
「新入部員。確か櫻っつったよな?」
「はい」
「水無月の奴と同中か?」
「そうです」
「何で陶芸部なんかに入ったんだ? 時期的にも、俺達が引退した後だろ?」
「えっと、阿久津に誘われまして……」
「成程な」
俺が手を洗っている中で、橘先輩は隣に立つと静かに呟く。
「お前、水無月のことをどう思ってんだ?」
「え……?」
「…………いぃや、何でもねぇよ」
思わず聞き返してしまったが、別に聞き取れなかった訳じゃない。
先輩は苦笑いを浮かべると、一足先にトイレを出ていく。恐らくあの人は、阿久津の言っていた片想いの相手が俺だと勘違いしているんだろう。
(…………否定しても何にもならないか)
米倉櫻という人間を知る幼馴染だからこそ、それはあり得ない話だ。
自慢するように語られたことには驚いたが、褒められたのはテレビゲームの腕前。正直言ってあれを称賛ということ自体が間違っているのかもしれない。
「ナイスだよ音穏」
「……任せて」
陶芸室に戻ると、四人はテニスゲームを楽しんでいた。
「先生、本気出しちゃいます。蝶のように舞い、蝶の如く刺しますよ」
「それただの蝶じゃないっ! っていうか何で刺すつもりよっ?」
どうやら青春コンビは劣勢の模様。そりゃ二人ともパワータイプのゴリラを選べば、左右なり前後に振られて球に追いつけないのも当然である。
対する阿久津はトリッキーに打球へスライスを掛けて翻弄。時折ネットプレイにも出つつ、拾えない球は冬雪がカバーする上手い戦術だ。
「………………仕方ねぇなぁ」
「?」
楽しむ四人を後ろから眺めていた橘先輩は、小さく呟いた後で陶芸室を出ると窯場へ向かう。また新たなゲーム機でも用意する気かと思っていると、程なくして先輩が持ってきたのは置きっぱなしにしていた作品だった。
そしてそれを緩衝材で包み荷造りしていく。陶器の量はそんなになかったが、元々入れていた漫画やテーブルゲーム類もあり鞄は限界近い状態にまで膨らんだ。
「聞け後輩共。俺は帰るが、そいつは置いてってやる。先輩から最後の土産だ」
「えっ? マジっ? ……じゃなかった、いいんですか?」
「見ての通り鞄がいっぱいだし、また来るのも面倒だからよ」
「……いらない」
「テメェも楽しんでんだろうがチビ助っ!」
冬雪の頭をわしゃわしゃと撫でた後で、橘先輩は小さく笑う。
そして阿久津の方へ視線を向けるが、何も言わないまま鞄を担ぐと背を向けた。
「ん、じゃあな」
「待って下さい橘クン」
「何だよセンセイ? 寄せ書きなり花束でも用意してくれたってか?」
「いえ。他の先生に見られては困るので、ドアを開ける時はそっとお願いします」
振り返った先輩がポカーンとした表情を浮かべる。
その後で噴き出すと、大きな声で高らかに笑った。
「了解了解。センセイが顧問で本当に良かったぜ」
「こちらこそ、色々と盛り上げてくれて嬉しかったです」
「…………色々と迷惑も掛けたけど、今までありがとうござぃやしたっ! これからも楽しくて自由な陶芸部で宜しくっす!」
「はい。橘クンも橘クンらしく、大学でも青春を楽しんでください」
橘先輩は深々と頭を下げた後で、伊東先生とガッチリ握手を交わす。再び背を向けると振り返ることもないまま、陶芸部に道楽を導入した先輩は部室を去っていった。
「何だかんだで良い先輩だったじゃない」
「……良くない」
「三日も過ごせば、面倒な先輩だとわかるよ」
「あれで面倒なら、二人がパソコン部に行ったら一日もたないわね」
「「…………」」
たった一言で二人を黙らせるとか、流石に世紀末の経験者は格が違うな。
四人がゲームを再開すると、不意にドアがノックされる。あれだけ恰好良く出て行った後で戻って来るのはダサい……と思いきや、どうやら違ったようだ。
「失礼しま…………?」
「あっ! 来た来た。お疲れユメノン!」
ゆっくりとドアが開き、顔を覗かせたのは橘先輩ではなく体験に来た夢野。テレビ画面を見て呆然とする少女だが、そりゃまあ驚くのも仕方ないよな。
「おはようござい……あ、ドアを閉めていただけると助かります」
「え…………? あっ! はい、すいません」
「……いらっしゃい」
「今の状況については、削りの手本と合わせて櫻が説明するよ」
部長と副部長と顧問と親友を差し置いて、さらりと指導役にされた。まあ削りの最中だったし無難な選択……ってか、今日真面目に陶芸やってるの俺だけじゃん。
「宜しくお願いします。米倉先輩」
今日も夢野は後輩モード。どうにも調子が狂うんだよなこれ。
以前に話していた妹モードじゃないだけマシだが、阿久津に冷ややかな目で見られた気がする。無実を訴えようとするも、少女はぷいっとテレビへと向き直る。
「行ったわよユッキー」
「……大丈夫」
「阿久津クンは上手いですねえ」
「昔、よく遊んでましたから」
夢野にここまでの経緯と削りについて説明しながら手本を見せる中、背後ではテニスで盛り上がる四人。別に悪いことなんてしてないのに、一体何の罰ゲームだよ?
とりあえず皿に椀に湯呑と三つほど削ると、完成する度に夢野が感嘆の声を上げる。底が抜けたり高台が無くなることもなく、ミス一つないまま作業を終えた。
「まあ、こんな感じだな。やってみるか?」
「はい!」
席を譲ると、少女が前に作った湯呑を固定する。
「えっと、持ち方はこうですか?」
「そうそう。そっと当てるように……あ、もう少し回転は速くした方がいいな」
「えっと、これくらい……ですか?」
「ああ…………ん?」
ふと顔を上げると、テニスで戯れていた筈の四人がこちらを見ている。
どうやら丁度一試合終わったタイミングだったようで、俺の説明を聞いていたらしい。持ち方も削り方も間違ってはいないと思うが、何か変だっただろうか。
「あれってネックよね?」(ひそひそ)
「……的確」(ぼそ)
「道理で今日はこんな天気になる訳だよ」
「聞こえてんぞ……ってか約一名、声を隠す気すらないだろ!」
「いやはや、米倉クンも上達していたようで一安心ですねえ……おや? もうこんな時間とは、すっかり遊んでしまいました。先生、そろそろ仕事に戻ります」
昼過ぎから始めたから、少なくとも三時間以上は遊んでいただろう。最後に阿久津と組んで勝った伊東先生は、鼻歌まじりに陶芸室を出て行った。
「うし、じゃあ俺が――――」
「……今日は終わり」
「え」
「そもそもネックはユメノンのヘルプでしょ?」
「いや、そうだけど……」
「初心者を放置してゲームしようだなんて、どういう神経をしているんだい?」
「お前ら今までやってたよなっ?」
「キミが付いていたからね。四人掛かりで指導されても、夢野君が困るじゃないか」
言っていることは正論かもしれないが、悪者扱いされるのは腑に落ちない。こういう時に味方がいればいいんだが……来年の新入部員は男子が欲しいな。
冬雪と火水木がコントローラー類を窯場へ運びつつ(火水木は収納場所を確認しに行ったと思われる)阿久津は夢野の様子を……じゃなく俺が削った作品を手に取った。
「ふむ。キミがここまで成長しているなんて驚いたよ」
「まだまだお前とか冬雪には負けるけどな」
「そんなことはないさ。半年でここまで成長したことを誇るべきだ」
何だろう……今日の阿久津は妙に褒めてくるぞ?
俺の作品を戻した少女は、ゲームの本体やソフトを片付ける。そんな幼馴染を眺めながら夢野の削りを見ていると、無事に一つ目の作品が完成した。
「どうかな……じゃなかった。どうですか?」
「わざわざ言い直さなくていいっての」
相変わらず笑顔の可愛い少女が仕上げた湯呑を手に取る。
見た目は悪くないし、高台もしっかりできている……が、少し重い。底を抜かないよう警戒した結果、角の部分の削りが甘くなり厚さが目立っていた。
「うん、いいんじゃないか?」
「本当っ?」
しかしそれを指摘はしない。初めて俺が作った時はこれより酷かった気がするし、下手に削って失敗するよりも最初のうちは成功体験の方が重要だ。
「何々? できたの?」
タイミング良く窯場から戻ってきた火水木と冬雪へ、夢野の湯呑を見せた。
「いいじゃない!」
「……ユメ、上手」
二人に褒められた少女は「よーし」と気合を入れる。そして次に削るための皿を手に取った後で、ふと思い出したように声を上げた。
「あっ! そうだ、まだ言ってなかったっけ」
「ん? 何がだ?」
「今日から陶芸部に入る夢野蕾です。どうぞ宜しくお願いします」
「へ?」
唐突な挨拶に、思わず声が出る。
傍にいた冬雪も驚いた表情を浮かべ、お馴染みの推理小説を読んでいた阿久津が顔を上げた。火水木だけは知っていたらしく黙って頷く。
「……ユメ、入ってくれるの?」
「前から入ろうか悩んでたんだ。色々と教えてね雪ちゃん」
「……嬉しい。任せて」
「ボクからも礼を言うよ。ありがとう夢野君」
「ううん。どう致しまして。音楽部と掛け持ちだし、アルバイトもあるから来れる日は少ないと思うけど、改めてこれからも宜しくね」
「これでアタシも次の企画を……ふぇっくしっ!」
「ふふ。ミズキも色々とありがと」
一人ひとりに挨拶をした夢野は、最後に俺の方を見る。
「米倉先輩より、米倉師匠の方がいいかな?」
「どっちも却下だ!」
思わず突っ込む俺に、悪戯少女はペロっと舌を出す。一体どういう経緯か知らないが、これを葵の奴が聞いたらまた前みたいなことになりそうだな。
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