二日目(金) 初体験と義理の妹だった件
「まあ、こんな感じかな」
手本として湯呑を作ってみせると、夢野からパチパチと拍手が送られる。
菊練りは多少適当でも何とかなるため不慣れなままだったが、成形はできないと何一つ作れない。幸いにもそこそこ上達した腕は落ちていなかった。
「そんじゃ、やってみるか?」
「はい!」
土殺し等の面倒な工程を済ませた状態で夢野に椅子を譲る。未だに後輩ごっこは続いており、敬語口調に違和感を覚えるが悪い気はしない。
「えっと、手に水を付けて……こうですか?」
「そうそう」
「何ていうか……不思議ですね」
微笑みながら応える夢野だが、その感覚は物凄くわかる。
俺が後輩を育成している中、我らが部長はといえば珍しい来客の相手をしていた。
「雪ちゃん、変わらないねー」
アホっぽい女の先輩が、冬雪の頬を優しく引っ張る。
「ここに来るのは……半年振りですか……?」
幸薄そうな女の先輩は、懐かしそうに陶芸室を眺めていた。
「冬雪さん、部長の仕事は大丈夫? 大変じゃない?」
これといった特徴もない、真面目そうな女の先輩が尋ねる。
「……ふぁいひょふれふ」
「「「可愛い」ねー」」
伊東先生が準備室へと戻ってから少しした後で、ノックも無しに開けられたドア。てっきり阿久津が来たのかと思いきや、姿を見せたのは元陶芸部の先輩達だった。
家庭研修期間の終わった三年生だが、どうやら今日は卒業式の予行があったらしい。屋代は生徒数が多すぎるため、式に参加する在校生は生徒会や吹奏楽部のみ。そのため一般生徒である俺達にとっては、全く縁のない行事だったりする。
「あっ!」
「ん? ああ、あるある」
受験を乗り越えた先輩の話を聞いていたら、夢野が小さく声を上げた。
振り向いてみると、少女が作っていた皿の縁がうねうねと波打っている。俺も前に同じミスをして花皿だなんて言ったことがあるが、あれは作り方が違うらしい。
「これはちょっと直しようがないな」
上目遣いで見つめられるが、こうしたミスを繰り返して成長するもの。俺は粘土に手を添えると、ろくろを回して失敗部分を取り除いた。
「いきなり力を入れると今みたいに歪むから、ゆっくりと少しずつな」
「ゆっくり少しずつ……わかりました!」
羊毛フェルトとかやってたし器用かと思ったが、陶芸は勝手が違うのか苦戦中の夢野。火水木はすんなりだったから、俺としては仲間ができたみたいで嬉しい。
慎重に力を加え真剣な表情を浮かべる少女を見守りつつ、安定してきたところで手を洗いに流しへ向かうと、アホっぽい先輩が俺の元にやってきた。
「やーやー。君が新入部員かー。これからの陶芸部を宜しく頼むよー」
「え? あ、は、はい」
何となく火水木を彷彿とさせる遠慮のなさだな。
ニカッと笑い八重歯を見せた先輩は、いきなり声を小さくして囁く。
(ところであの可愛い子だけどー、ひょっとして彼女ー?)
(ち、違いますよ)
(なーんだー。でも雪ちゃんも水無ちゃんも上玉だからねー。青春しなよー)
どうやら伊東先生の青春病は、こんなところにまで感染していたらしい。最早ここまでくると病気より、青春教という宗教扱いした方が良さそうだ。
「そういえば阿久津さんは?」
「……今日は休み」
「そっか。会いたかったんだけどね。伊東先生はいる?」
「……準備室」
「そんじゃー先生の所に行こっかー」
「お邪魔しました……頑張ってください……」
去っていく先輩達に、冬雪がペコリと頭を下げる。当たり前といえば当たり前なんだが、何て言うか三人とも割と普通の人だったな。
「なあ冬雪。三年の先輩って何人いたんだっけ?」
「……五人」
「じゃあもう一人いるのか?」
「……いるけど、美術部と掛け持ちだったからほとんど来てない」
そうなると三年の男子は実質、橘先輩一人だった訳か。
更に上の代に男の先輩がいた可能性はあるが、さっきの三人と一緒に来なかった辺り女子との仲はそれほどでもなかったのかもしれない。
…………いや、俺も人のことは言えないな。
今でこそ冬雪と一緒に来るのが習慣になっているが、阿久津との関係が中学の頃みたいになったら部活に顔を出さなく……いや、出せなくなるだろう。
『キミは暇だろう?』
あの夏の日、どうして声を掛けられたのか。
阿久津のお陰で退屈だった学生生活は充実したが、今思えば本当に突然だった。
「先輩! 米倉先輩!」
「ん?」
「ヘルプです!」
腕を組んで目を瞑りながら考えていると、不意に助けを呼ぶ声が聞こえる。
皿を完成させたものの切断に困り、シッピキを手にしたまま待機している夢野。可愛い後輩を演じる少女に、俺は微笑みつつやれやれと溜息を吐くのだった。
★★★
「いたいた。何してんだ?」
「……作品の数、どれくらいか見てた」
伊東先生に挨拶をした先輩達は、残したままだった作品を回収するため冬雪と共に窯場へ向かった。以前に俺達が釉薬掛けした、あの作品達である。
先輩達が帰った後で、夢野の体験も無事終了。一区切りついた少女が休んでいる間に、窯場から戻って来ない冬雪の様子を見に行くと残った作品の整理をしていた。
「……背の高い作品だけ焼くかも」
「焼くってことは、また泊まりか?」
「……ガス窯じゃなくて電気窯だから、泊まらなくて大丈夫」
「電気窯?」
「……あれ」
冬雪の指さした先にあるのは、高さ1mくらいの銀の箱。ガス窯を業務用の巨大冷蔵庫とするなら、電気窯は一般家庭にある冷蔵庫だろうか。
「どう違うんだ?」
「……ガス窯で焼く時に邪魔になる、高さのある作品はこっちで焼く」
「へー、成程な」
「……あと電気窯は基本的に酸化焼成」
「酸化焼成?」
「……焼き方には酸化焼成と還元焼成がある」
「…………悪い、その説明はまた今度焼く時に頼むわ」
何か理科っぽい用語が出てきたので、俺は理解するのを諦めた。一応進路は理系だが、数学以外はあんまり得意でもないんだよな。
しかし焼く=泊まりかと思っていただけに、ちょっと残念ではある。まあ前と違って火水木もいるし、あの時みたいなことが早々ある筈もないんだけどさ。
「でも夏休み前に焼いた時は、あっちのガス窯だったんだろ?」
「……そう」
「じゃあ窯の番は誰がやったんだ?」
「……バナ先輩と、ダネ先輩の二人」
「ダネ先輩?」
「美術部と掛け持ちの先輩」
「ん? ああ、その掛け持ちの人って男だったのか」
しかしバナ先輩にダネ先輩って、どっちもフシギが付きそうな呼び方だな。
すっかり空になった棚には、まだいくつか残っている作品がある。その中の一つを手に取り裏を見ると、対角線の引かれた正八角形が掘られていた。
「これ、橘先輩の作品か?」
「……(コクリ)」
「妙に凝ったマークだけど、何なんだこれ?」
「……ミカンの輪切り」
俺が桜の花びらをマークにしてるのと同じようなもんか。
菊練りが上手かっただけあって、やはり作品の完成度も高い。適度に軽く持ちやすい湯呑や皿に限らず、とっくりや花瓶、壺など色々と作ってある。
「上手かったんだな」
「……でもヨネ以上に不真面目。遊んでばっかり」
冬雪の言う通り、棚の片隅には某天空の城のロボット兵(頭部のみ)や忍者が使うクナイなど、どう考えても趣味で作ったとしか思えない嗜好品も置いてあった。
例え不真面目だとしても、こういう技術力があるのは羨ましい。冬雪も前にブタさんの蚊取り線香入れを作っていたし、俺ももっと器用だったら色々できたのにな。
「……それに私もミナも、よくちょっかい出された」
好きな子に意地悪する小学生かよ。
棚に入っていたゲームは二人で遊ぶ物が多かったし、もしかしたら後輩である二人は色々と付き合わされたのかもしれない。
「……ミナは一昨日も絡まれてたっぽい」
「えっ…………? それ、阿久津が言ってたのか?」
「……ルーが言ってた」
「如月が?」
「……ヨネとFハウスに行く途中で見たって。気付かなかった?」
「あ、ああ。知らないな」
何故かはわからないが、咄嗟に嘘を吐いていた。
「……ヨネがいなくなったせいで、大変だったって言ってた」
「わ、悪い悪い。猛烈に腹が痛くなって、トイレに駆け込んだんだよ」
話の内容から察するに、俺が見ていたことは気付かれていないらしい。それに絡まれていたという表現を聞く限り、会話の内容も知らないみたいだな。
ということは如月が現場を目撃したのは、俺が離れたすぐ後のことか。
「ん……? でも何で如月が阿久津と橘先輩を知ってるんだ?」
「……ミナは体育祭で教えた。バナ先輩は美術部でも邪魔してる」
美術部と掛け持ちの先輩がいると言っていたし、恐らくはその繋がりだろう。
阿久津に関しては体育祭でCハウスの応援席へ来ていた。あの頃は髪が腰まで届く程に長かったし、如月の印象に残っていてもおかしくない。
「こんな凄い作品作る先輩なのにな」
「……陶芸の腕以外は見習ったら駄目」
「へいへい」
逆に言えば不真面目だけど、陶芸に関して一目置いてはいるんだな。
冬雪と共に陶芸室へ戻ると、休憩していた筈の夢野が使った道具類を洗っていた。
「あ、米倉先輩。これってどこに戻せばいいですか?」
「いや後片付けは俺がやるからいいって」
「洗うだけなら私もできます。粘土が沢山ついた道具は、どうすればいいですか?」
ああ……出来過ぎた後輩を持つと、逆に何か大変なんだな。
結局一緒に後片付けをした後で本日の部活動は終了。いつも通り校門で冬雪と別れてから、俺は夢野と向かい風の中を自転車で走り出した。
「――――ぜ――ぃ――ね」
「えぇっ? 何だってっ?」
流石にこれでは声も聞こえない。
ペダルを漕ぎつつ後ろを振り返ると、夢野のスカートが風に煽られている……と、露わになっている太股の奥に潜む黒が一瞬見えた気がした。やっぱ履いてるよな。
「風! 強いですね!」
「ああっ!」
強風に吹かれながらの運転では後ろを見続ける余裕もなく、大人しく前に向き直る。その後は大して会話もないまま、別れの場所であるコンビニ前へ到着した。
「今日はありがとうございました。凄く楽しかったです」
「いつまで後輩なんだ?」
「ふふ。米倉君はこういうの嫌い?」
「いや、別に嫌いじゃないけど……何か慣れなくてな」
「それなら慣れてるお兄ちゃん呼びにしよっか?」
「ぶっ」
思わず噴いてしまった。これこそ俺の妹がこんなに可愛いわけがないってか。
そんな俺を見て、夢野がくすくすと笑う。
「じゃあ、またな」
「うん、またね。米倉お兄ちゃん♪」
小悪魔めいた笑顔を見せた後で、悪戯っ娘な義理の妹は去っていった。米倉お兄ちゃん…………録音しておけば良かったな。
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