六日目(火) 渡辺無双とアキト夢想だった件
「じゃあ最初は『第一印象と違う男子&女子』からな。火水木と川村。渡辺と菅原。火水木と田中……と、これくらいの速さで言って大丈夫か?」
「……大丈夫」
「うし、続けるぞ。渡辺と川村。火水木と中川」
「太田黒と川村!」
「但馬と川村!」
「おいそこ! ややこしくなるから不正投票すんな!」
テスト勉強のために数人の生徒が残っている放課後の教室。俺が回収したアンケート用紙の名前を読み上げつつ集計し、冬雪も確認に正の字でカウントしていく。
そしてアキトはノートパソコンを弄り下準備を始め、如月がページの下書きを作成中。ちなみに今回作ったランキング項目は全部で九種類だ。
・第一印象と違う男子&女子
・ミスターC―3&ミスC―3(早く結婚しそうな人。未来の夫、嫁候補)
・C―3家族(父、母、兄弟、姉妹、ペットにするなら)
・彼女にしたい男子&彼氏にしたい女子
・夢を実現させそうな男子&女子
・謎が多い男子&女子
・笑顔が素敵な男子&女子
・世界に飛び立ちそうな男子&女子
・面白い男子&女子
各項目に相応しい男女をそれぞれ一人ずつ。家族は父と兄弟に男子、母と姉妹に女子、ペットは男女問わずで、基本的には一枚に計21人の名前が書かれている。
項目が多くて面倒という意見もあったが、やはりこの手の企画は楽しみなクラスメイトが多い模様。何だかんだでアンケートの最中は盛り上がっていた。
「――――火水木と川村…………と、これで全部だ。どんな感じになった?」
「……こんな感じ」
「ん……特にズレもなさそうだな。アキト、お前が一位だぞ」
「粉バナナ! 米倉氏が拙者を陥れるために仕組んだバナナ!」
カチャカチャカチャッターンした後で、新世界の神を真似るアキト。変な言葉で喋るオタクと思わせてからの、実は頭脳明晰と二度驚く存在だもんな。
順位は男女それぞれ一位から三位まで載せていく。休む間もなく次の項目に書かれている名前を読み上げていき、十数分ほど経過したところで全ての集計が終わった。
「……………………」
「これこそまさに神降臨ですな」
第一印象と違う男子ランキング第二位の男、渡辺。
ミスターC―3ランキング第一位の男、渡辺。
C―3家族において父親部門ランキング第一位の男、渡辺。
彼女にしたい男子ランキング第三位の男、渡辺。
夢を実現させそうな男子ランキング第一位の男、渡辺。
謎が多い男子ランキング第一位の男、渡辺。
笑顔が素敵な男子ランキング第三位の男、渡辺。
「いくら何でもこれは酷過ぎるだろ……何冠だ?」
「一位だけで四冠な件」
「除名しろっ! オタノートに名前を書けっ! 削除削除削除ぉっ!」
「駄目だこいつ……早く何とかしないと…………草不可避」
「…………ちょっと待て。お前ちゃっかり五つもランクインしてないか?」
「フヒヒ、サーセン」
「馬鹿野郎ーっ! ガラオタァ! 何を打ってる? ふざけるなーっ!」
ちなみにアキトは『第一印象と違う』の一位以外に、『世界に飛び立ちそう』と『謎が多い』の二位、『夢を実現させそう』と『面白い』の三位に輝いている。
そして葵も『C―3家族兄妹部門』の一位と『彼女にしたい男子』でダントツ一位、そして『笑顔が素敵』の二位にランクインしていた。
「……ルーも一位、おめでとう」
「(ブンブン)」
「嫌なら俺の名前を女子の一位に誤植してもいいぞ?」
「米倉氏、プライドプライド」
「そんなくだらないプライドは……捨てる」
「所有権放棄じゃなく職務放棄ですね、わかります」
これでも色々考えて作ったんだけどな……ランキングってのは入れば面白いけど、入らなければウンコだと思う。俺とか、俺とか、俺みたいにさ。
首を横に振る如月は『謎が多い』の一位と『C―3家族姉妹部門』の二位。冬雪も『謎が多い』の二位と『夢を実現させそう』の三位だ。
「走って良し、守って良し、打って良しの三拍子揃ってる相生氏は納得だお。しかしパシって良し、ハブって良し、逝って良しの拙者とか、コレガワカラナイ」
「それ言いたかっただけだろ? 別にお前でも納得だっての」
「オタクに対する世間の風当たりも、そんな風に変わる日が来れば嬉しいお」
「どうだかな……さて、修正すっか」
「既に準備おkであります」
そんな訳で、修正作業という名の情報操作が始まった。
票数が上手い具合にバラけてくれれば良かったが、世の中そんなに上手くいかない。そのため複数ランクインしてる男、渡辺みたいな奴には補正を入れる。
全員の名前を上手い具合に載せるような調整は中々に難しそうだが、今回はアキトが表計算ソフトを使った結果すんなりと振り分けが行われた。
「捏造し過ぎなマスゴミ化を避けるとなると、この程度が無難かと思われ」
「どれどれ」
補正を掛けても一位三つに二位一つの男、渡辺。
対する俺はと言えば『C―3家族ペット部門』の三位のお情けランクイン。こんなことなら『桜が似合いそうな男子&女子』とか作るべきだったかな。
「全員入ってるしオッケーだ。その画面残したまま、女子の方できるか?」
「お安いご用だお」
男子の最終結果を紙に書き写しつつ、チラリと如月の方を見る。
どうやら下書きは順調に進んでいるらしい。美術部だけあって絵も上手く、ふわふわした枠とファンシーなキャラのいる女の子らしいページができあがっていた。
「へー。良い感じだな」
「っ」
褒めた途端に隠されるとか、どう接すればいいんだよ。
「……ヨネ、覗いちゃ駄目」
「いやそれ、どうせ後で何千人って生徒が見るんだぞ?」
「っ?」
「……そうやってプレッシャー掛けるのも良くない」
「何でだっ? プレッシャーかこれっ?」
別にたかが生徒会誌の一つや二つ、適当で良いと思うんだけどな。
まあ如月のことは冬雪に任せて、俺は自分のやるべきことをやろう。
「米倉氏。確認よろ」
「ん……大丈夫そうだな」
女子の結果は男子と違い、割と票がバラけていたため修正箇所も少ない。まあウチのクラスにはアイドル的存在どころか、群を抜いて可愛い女子もいないしな。
仮にC―3に阿久津がいたら『彼氏にしたい女子』の一位、夢野なら『笑顔が素敵』の一位、火水木は『夢を実現させそう』の一位をそれぞれ取った気がする。
「じゃあ如月さん、これで頼む」
名前を呼ばれビクっと驚く少女に、最終結果をまとめた紙を手渡す。如月は首を小さく縦に振った後で、また黙々と絵の続きを描き始めた。
これにて俺の仕事は終了。後は完成を待つのみだ。
「うし、アキト。俺の割り勘で飲みに行くか」
「ではお言葉に……ってそれ、ただの割り勘では?」
「冗談だよ。ちゃんと一本奢るっての」
「トンクス」
如月の作業を眺めると萎縮させるし、だからと言って先に帰るのは流石に薄情過ぎる。俺達は一旦席を立つと、昇降口横にある自販機へ向かった。
「何にする?」
「ココアでオナシャス」
自分用に桜桃ジュースを買った後で、今日は素直にココアを購入。他の教室にも生徒は残っており、どこからともなく笑い声が聞こえてくる。
「斎藤とか田中もいるのに、まさかここまで渡辺に偏るとはな」
「寡黙なイケメンが最強でQ.E.D.」
「成績優秀で不思議の多い面白オタクってのも追加で」
考えてみれば、コイツに票が入る要素は色々とあるんだよな。
それに比べて俺はイケメンじゃなければ、これといって際立った特技も技術もない。こんな魅力の一つもない奴に、そりゃ票なんて集まる筈もないか。
「思えばこのキャラも、すっかり板についてしまいましたな」
「ん? 元からじゃないのか?」
「いくら何でもこんな喋り方、誰も好きで始めないでござる」
「またまた。オギャーと生まれずに、オタァーって生まれたんだろ?」
「コポォ」
「あとガラガラの代わりにサイリウム振って」
「ドプフォ」
「痛車の三輪車でドリフト決めてるのかと思ってたけどな」
「フォカヌポウ」
そういや最年少のオタクって一体何歳くらいなんだろう。従兄弟のチビッ子が小学校の高学年だけど、もう既にアニメ見てラノベ読んでるって言ってたな。
「まあ話すと色々長くなるお」
「じゃあいいです」
「テラヒドスッ!」
その話はまた今度にするとして、今は別件で聞いておきたいことがある。
「…………なあアキト。リリスの件について、お前の見解を聞かせてほしい」
「見解と言いますと?」
「お前から見て、葵の勝率はどんなもんなんだ?」
「現状だと二、三割程度の見込みだお。ただあくまでも話を聞いている限りであって、拙者の知らない相生氏の部活事情を考えると何とも言えませんな」
葵も夢野からバレンタインを貰ったとは言っていた。
ただそれが俺と同じ、手作りかつハートの形をしていたのかは聞いていない。
「じゃあもしアキトが俺の立場だったなら、一体どんな行動を取る?」
「そう言われましても、拙者は米倉氏の立場を完全に把握はしていないかと」
「今お前が見たままで考えてくれればいい」
ココアを飲み干したアキトは、容器をゴミ箱に捨てる。
そして何も言わずに腕を組み考え込んだ後で、ゆっくりと口を開いた。
「先に言っておくと、これから話すことは拙者の場合の話。米倉氏は米倉氏の思うがまま、好きなように行動すべきだと言うことを忘れないでほしいお」
「わかってる」
「…………米倉氏は自尊理論という言葉は?」
「いや、知らないな」
「簡単に言うと、人は弱ってると恋に陥りやすくなるお」
自尊心が低い時……つまり傷ついた時、人は自分を肯定してくれる他者を求める。
すると当然、求めている相手だからこそ魅力を感じる。そして魅力は恋愛感情へと発展し、気付けば相談に乗ってくれた相手を好きになるという訳だ。
「………………」
そこまで語った後で、アキトは躊躇うように口を閉ざす。
入学当初は後悔したけど、コイツが友人で本当に良かったかもしれない。そう思いつつ、俺は代弁するように答えた。
「要するに、俺がリリスを傷つける悪役になればいいってことか」
そして弱ったところを葵が支える。
至ってシンプルな答えが出る中で、問題はそれをやる勇気と覚悟だった。
「人から嫌われるのは、人から好かれるのと同じくらい難しいお」
アキトの言う通り、できる筈もない。
好き好んで嫌われ役を演じ、とことん自分を卑下してヒールに徹する。そんな真似をする物語の主人公を見たことがあるが、現実は誰だって嫌われるのは辛い。
…………ましてや、相手は夢野である。
仮にそんな真似をすれば火水木からも、冬雪からも、そして阿久津からも嫌われるだろう。とてもじゃないが、そんな真似をすることはできなかった。
「拙者の考えた方法は三つあるお」
「?」
頭の中で色々と考えを巡らせていた俺に、アキトが三本の指を立てる。
「一つ目は自ら嫌われるように振舞うこと。ただしそんな自己犠牲は特別な相手のためでもない限り非現実的な上、どう考えてもバッドエンドだお」
「二つ目は?」
「リリスが告白するのを待つケース。ただこれは相生氏が納得しないと思うお」
まあ、いつになるかわからないような話だもんな。
それに告白された相手が夢野を振るという確証があるならまだしも、仮に受け入れられでもしたら葵からすれば目も当てられない。
一つ目も二つ目も欠陥があるなら、最後の策しかないだろ。
そう考えていた俺は、アキトの話を聞いて驚愕した。
「三つ目は――――――」
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