4章:俺の彼女が305円だった件

初日(金) 俺がリアル大貧民だった件

 もしも時間が戻ったら……そんなことを誰もが一度は考えると思う。

 未来の自分へ手紙を書くなんて企画は割とある話だが、過去の自分へ手紙を送ることはできない。普通は+があれば-もある筈なのに、時間という概念は不可逆の一方通行だ。

 未来人が会いに来ないのも、タイムマシンの実現は不可能という証明。戻った時点で別の世界線が生まれるなんて理論もあるが、それでは顧客が本当に必要だった物とは違う。

 しかし仮に未来から今の自分へ、今から過去の自分へメッセージを届けられるなら、一体何を伝えるだろうか。


『ぐぅ~ぎゅるるる~』


 とりあえず俺は一週間前の米倉櫻よねくらさくらに、メールを控えろと言うだろう。

 学期末の午前授業を終えた昼過ぎ、いつも通りの陶芸部にて雑談をしながらの大富豪中。あまりにも大きな腹の虫の鳴き声は、馴染みの面々にも聞こえてしまったらしい。


「……凄い音」


 眠そうな眼をこちらに向け、芯の無い声で正論を呟いたボブカットの少女は冬雪音穏ふゆきねおん。陶芸部の部長にして、無表情系少女である。


「昼食を抜いていれば、当然だろうね」


 呆れた様子で長い黒髪をかき上げ、税込30円の棒付き飴を咥えつつ正論を述べる凛とした少女は阿久津水無月あくつみなづき。陶芸部の副部長にして、幼馴染である。


「買うのが嫌なら、無理して残らないで帰ったら? 家で食べればいいじゃない」


 指で眼鏡を押さえながら、不思議そうな顔をして正論を尋ねた二つ結びの少女は火水木天海ひみずきあまみ。陶芸部の企画担当にして、腐女子である。


「こんな速い時間に帰ったら、支給された昼飯代が没収されるだろ」

「何でそんなに金欠なのよ?」

「いいか火水木? 米倉家の携帯料金は自腹で、小遣いからやりくりする必要がある。そして先週のテスト前にアキトへ質問しまくった結果、今月の請求がリミットブレイク!」

「あー、そういえば兄貴がボヤいてたわね。今時画像付きメールとかプギャーって」

「要するに自業自得じゃないか」

「それを言われたらぐうの音も出ないな」


『ぐぅ~』


「……出てる」

「スマン。ちょっとはみ出たわ」

「いくら何でも鳴りすぎじゃない? どんだけよそれ」

「んー、カバオ君を食べるレベル?」

「何でそっちっ? パンを食べなさいよっ!」

「元が0なら元気百倍でも0だけれどね。ん……これで先にあがらせてもらうよ」

「あ」


 くだらない会話をしていたら、富豪だった阿久津に一抜けされてしまった。空腹じゃなければ負けはしないのに、俺の脳が働いたら負けだとニート化し始めている。


「あっ! アタシもあがりっと!」

「なぬっ?」


 更には貧民だった火水木が続く。しかし俺の残りカードはハートのエース一枚のみ。いくら何でも大貧民だった冬雪にまで負けはしないだろう。


「……(パシッ)」 ←9の二枚出し

「パス」

「……(パシッ)」 ←6の二枚出し

「パスゥ」

「……(パシッ)」 ←5の二枚出し

「パズゥゥーッ!」

「……あがり」

「シィタァーッ!」

「大貧民おめでとう。今の君にピッタリな役職じゃないか」

「ちくしょーちくしょーっ! お年玉……お年玉さえ手に入ればーっ!」

「どこの人造人間よアンタは」


 ルールに従いトランプをシャッフル&配り直す雑務を行う。米倉家ルールなら大貧民は正座しなければならないが、陶芸部ではそんなペナルティもなく平和な世界だ。


「そうそう。そういえばクリスマスと大晦日って集まれそう?」

「……クリスマスは大丈夫。大晦日は駄目」

「ボクも受験を控えている後輩と、初詣に行く約束があるね」

「俺は――」

「やっぱ年末は無理よねー」

「俺はっ?」


 まあ尋ねられたところで二人と同じ。大晦日は大掃除をした後に家でダラダラとテレビを見てから、年越しに合わせて近場の神社へ家族で初詣に行くのが恒例である。


「とりあえずクリスマスパーティーができればそれでいっか。じゃあ各自プレゼントと具材を一つずつ用意しておいてね。プレゼントは1000円までってことで!」

「ちょっと待て」

「何よリアル大貧民」

「その呼び方に対する文句は置いておくとして、具材って何の具材だよ?」

「冬のパーティーでやることって言ったら、闇鍋に決まってるでしょ! アタシ、一度でいいからやってみたかったのよね」


 火水木の答えを聞くなり、阿久津がやれやれと溜息を吐いた。冬雪はといえば鍋と聞いて器の方に創作意欲が湧いたのか、何やら形作るようなジェスチャーを取る。


「あ、この中でアレルギーとかある人?」

「……ない」

「ないよ」

「ないな……って、誰がリアル大貧民だ!」

「置いてたの拾ってきたっ? とりあえず具材のルールは生きてないもの、溶けないもの、生で食べても大丈夫なもの…………うん、そんな感じで! ユッキー、カード頂戴」

「……どうぞ」


 トランプを配り終え、富豪と貧民が一枚のカード交換。そして俺の手札はといえば、こんな時に限ってジョーカーと2の最強タッグが舞い降りていた。


「無事に終わるといいけれどね。櫻、カードを貰おうか」

「ほらよ大富豪様」

「その態度、大貧民の癖に生意気ね」

「……もっとひれ伏すべき」

「いや冬雪さん、貧民ですからねっ? 俺と大差ないよっ?」

「中々に良い物をくれたじゃないか。お返しはこれでいいかい?」


 大人しく最強タッグを差し出すと、阿久津から不要カードが渡される。

 最初は大貧民からスタートだが、受け取った二枚のトランプを見た俺は不敵に笑った。


「ふっふっふ」

「その笑い……まさかネックっ?」

「そう、革命じゃーっ!」 ←5の四枚出し

「返すよ」 ←ジョーカー&4の四枚出し

「ムスカァーッ!」


 断末魔と共に、第二次空腹大戦の開戦を告げる音が腹から鳴り響く。プレゼントに具材と更なる出費がかさみそうだが、そういう企画への投資なら悪くないかもな。

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