二日目(火) 俺の周囲が静かだった件

「あ! 櫻君。明日って、何か持って行く物とかあるかな?」

「明日? 何がだ?」

「えっ?」


 六限が終わった後の清掃時間。Cハウス三階である社会棟の一室にて箒と塵取りでゴミを回収しながら聞き返すと、男の娘……じゃなくて男の子は目を丸くする。

 驚いた顔もまた女々しい相生葵あいおいあおいだが、明日と言われても普通の平常授業だし体育祭までこれといった行事はない筈。もしや俺が先生の話を聞き逃したのか?


「えっと……明日パーティーするんだよね?」

「待て葵! それ以上言うなっ! これ駄目なやつだ……誘われてると思った俺が実はハブられてるのを知らず、うっかり話題に出しちゃって不穏な空気になるパターンだ……」

「えぇっ?」

「だって俺、パーティーの話とか一切聞いてないぜ……? ギルティーなら聞いたけど」

「な、何で有罪っ? 寧ろギルティーをどこで聞いたのっ?」


 やはり文化祭の打ち上げを欠席したのはマズかったか。

 しかしまさか俺が仲間外れにされていたとはな……うちのクラスって割と虐めとかもないし平和だと思ったのに、上げてから落としてくるなんて酷過ぎる。ギルティーだ。


「で、でも櫻君――」

「もう止めろっ! 俺のライフはとっくにマイナスだっ! これ以上話を聞いたら、小さい秋見つけたを熱唱した後で爆発して死ぬことになるっ!」

「ええぇっ?」

「今北産業」

「あ! 丁度良かった! アキト君も明日のパーティーの話って聞いてるよね?」

「モチのロン」

「だ~れかさんが~だ~れかさんが~だ~れかさんが~みぃつけたあああああぁっ!」


 眼鏡をクイッと上げた火水木明釷ひみずきあきとの返事を聞くなり、手にしていた箒をギター代わりにして激しく掻き鳴らしながらシャウトした。

 ガラオタにさえ話が通っているというのに、俺には知らされていない事実。どうせガラケーが悪いんだろ……うっかり連絡し忘れてたとか、そうやって誤魔化すつもりだろ。


「お、落ち着いて櫻君!」

「小さいあ~き~小さいあ~き~小さい」

『ガラッ』(アキトが黙ってドアを開ける)

「あきぃ…………」

「で、どしたん米倉氏?」

「そ、それが櫻君、パーティーのこと知らないって言ってて……」

「そんな訳がアルマジロ。天海氏は陶芸部の許可は得たって言ってたお」

「…………天海?」

「腐ってる妹ですが何か」

「ひょっとしてパーティーって、陶芸部のハロウィンの話?」

「う、うん。あれ? 僕、言ってなかった?」


 黙って首を縦に振る。葵がパーティーって言うんだから、普通はクラスだと思うだろ。

 手にしていた箒の根元を持つと、少女もとい少年の頭を柄で軽く小突いておいた。


「しかし妙だな。火水木の奴、明日がパーティーって言ってたのか?」

「う、うん。そう聞いたけど……どうかしたの?」

「葵はコスプレの話とかって、何か聞いてたりするか?」

「えっ? コスプレ? ううん、知らないよ」


 あれだけ執着していたのに、流石に100個は無理だと気付いて切り替えたのか。

 しかし陶芸部は毎日がパーティーみたいな部活だし、それなら普段と大して変わらない。ゲストとして葵&アキトを呼んだというのも、少しばかり違和感がある。


「…………なあアキト、火水木のコスプレ歴は?」

「とりあえず拙者も火水木であることを突っ込んだら負けだと思ってる」

「わかった訂正しよう。賞味期限切れなお前の妹はコスプレイヤーなのか?」

「天海氏は別にレイヤーじゃないお。フレと何度かした程度で、ソロプレイの経験はないですしおすし。どちらかと言うと、他人に着せたいが故に一緒にやる的な?」

「そ、そういうコスプレする人の衣装とかって、お店で売られてたりするの?」

「もち! でも微妙なのも多いから、自分で作る人もいるお」

「へぇー」

「火水木の奴はどうしてるんだ?」

「米倉氏は知ってると思うけど、大半は店長に頼んでる希ガス」


 アキトだけじゃなくて、アイツもノブ……店長の存在を知ってるのか。つーかコスプレ衣装まで持ってるとか品揃え良すぎだろ。ノブオ店長……一体何者なんだ?


「今、店長と連絡って取れるか?」

「多分いけるけど、何故に?」

「火水木の奴がハロウィンのコスプレ用に、服の注文をしてるか確認したい」

「おk把握」


 大して掃除していないアキトから箒を受け取ると、一緒に片付けておく。

 スマホを耳に当てていたガラオタは、少ししてからいつも通りの挨拶を口にした。


「ああ、私だ。予想以上に早くアポカリプスが近付いている」

「さ、櫻君、アポカリプスって何?」

「知らん。アホガラオタなら目の前にいるけどな」

「おいっす店長、お疲れっす。天海氏から注文について、ちょいと質問だお…………あ、やっぱあるのね…………ん、リスト確認でよろ。守秘義務? 何それ美味しいの?」


 通話していたアキトが、メモの準備をしろというジェスチャーをする。

 俺は慌てて携帯を取り出し新規メール作成画面を開くと、言われた衣装を入力した。




・ウィッチ(帽子・ミニスカ)

・ドラキュラ(マント・シルクハット)

・キョンシー(帽子・着物)

・悪魔(女物)

・メイド(ミニスカ・ゴスロリ)

・ナース(ミニスカ)

・巫女さん(ミニスカ)




「以上七着と。さいですか。ほいほい」

「…………」

「………………」

「どう見てもコスプレするつもり満々です、本当にありがとうございました」

「いや、突っ込むところそこじゃないけどな?」


 前半四つはまだ納得できる。しかし後半三つは何だこれ、完全にハロウィン関係ないじゃん。しかもミニスカ・ミニスカ・ミニスカってアイツ、ミニスカートの神様かよ。


「拙者的には、用意された衣装が七着というのも気になるんですがそれは」

「俺に葵にW火水木、それに冬雪と阿久津と……確かに、六人だな」

「えっと……櫻君、夢野さんが抜けてるよ?」

「ああ、やっぱり夢野も呼ばれてるのか」

「え…………う、うん…………」

「個人的には、冬雪氏のヨンヨンコスが見たいですな」

「コスプレを一番嫌がってたのが冬雪だから、絶対に着ないと思うぞ?」

「おうふ」


 しかしこうなると、尚更わからない。

 衣装の用意さえしてしまえば、ゴリ押しで何とかなるという算段だろうか。


「ね、ねえ二人とも。僕も気になることがあるんだけど……」

「ん?」

「どしたん相生氏」

「そ、その……七着ってことは、ボク達もコスプレするの?」

「天海氏の性格を考えれば恐らく」

「陶芸室でも、全員って言ってた気がするな」

「で、でもこれ、男物二着しかないよ?」

「……………………?」

「…………………………?」


 俺とアキトは、不思議そうに目を見合わせる。

 そんなの最初からわかりきっていたことなのに、今更何を言っているのやら。


「「頼んだっ!」」

「えええぇっ?」


 文化祭の女装コンテストへ無理矢理参加させられた挙句、優勝を勝ち取ってきた青年に満面の笑顔で応えた。きっと火水木もそう考えていたに違いない……頑張れよ葵。




 ★★★




 掃除が終わった後、今日は七限にホームルームがある。

 そしてその内容は一部の学生にとって嬉しい、小さなイベントだった。


「それじゃあ元気でね米倉ちゃん。ちゃんとお昼は好き嫌いせずに食べるのよ? それから授業も居眠りしないで受けるのよ?」

「田舎のお母さんかお前は。どうせ昼飯は集合するだろ」

「忘れ物は無いか? タンスの中も調べ……ぬわーーっっ!!」

「何で薬草入れたタンス調べて断末魔なんだよっ!」


 アホみたいなやり取りをアキトとしている理由は、今日でこの席も最後だからだ。

 入学してから半年と少々。最初の頃は席替えが恋しかったガラオタの後ろというポジションだが、すっかり慣れた今になってから替えられるのは少し淋……しくもないな。


「どうか後ろが引けますように……っと」


 男子17名、女子19名。合計36名が座る6×6の座席。

 次々とくじが引かれ黒板に描かれたマスに名前が埋まる中、ついに俺の番が訪れる。袋に入っている折り畳まれた紙の中から一枚を選ぶと、祈るように中を開いた。


「お帰りんこ。おお、大当たりキタコレ」

「日頃の行いが良いからな」


 評議委員が黒板に俺の名前を書いた位置、6番のくじをアキトに見せる。出入り口に最も近い最後尾であり、当然授業中に内職もできる最高の席。唯一の欠点と言えば日が当たらないため、休み時間に光合成という名の昼寝ができないことくらいか。


「明釷、行きまーす」


 たまに授業中スマホを弄っているガラオタ(ただし成績優秀者)は意気揚々と出発するも、パッとくじを引いて確認するなり重い足取りで帰ってきた。


「あるあ……ねーよ」

「おめでとう。逝ってらっしゃい」

「ぬわーーっっ!!」


 見せられた番号は7番。俺と番号は一つ違いだが席位置は教師の目の前であり、地獄が埋まったのを見た他の男子達もホっとしていた。そう、アキトは犠牲になったのだ。

 口から阿弥陀像を出す空也上人の如く魂が抜けているガラオタをよそに、残る席の行く末を眺める。いくら天国とはいえ端の席、前の男子と隣の女子は割と重要だ。




 ―― 十分後 ――




(…………どうしてこうなった)


 全員の新しい席が決まり、各々の移動が終了する。

 最後尾を引いた時にはウキウキな俺だったが、今は何とも言えない気分だった。


(前が見えねえ)


 出席番号17番。C―3最後の男、渡辺わたなべ

 以前は俺の後ろの席であり、入学当初はアキトの呪縛を逃れようと話しかけた男、渡辺。

 イケメンの癖にクールで寡黙な男、渡辺。

 本当は難しい漢字な男、渡邊。

 別に苦手な訳じゃないが、無駄に身長が高いから黒板が見えにくい。ただそれよりも大きな問題なのは、クラスにいる男子で一番静かな人間が前の席という点にあった。


「…………」


 チラリと左を見る。

 隣にいるのは女子の中で一番小柄な少女。目を隠すような前髪と編み込んだ後ろ髪が特徴的な如月閏きさらぎうるうは、冬雪の友人である。

 テレパシーでも使っているのかと疑問に感じるくらい、いつも静かに昼食を食べている二人。地味と言っては失礼だが、如月は目立たないし喋らない。冬雪を無口と言うのなら、彼女は無音と表現するレベルだ。

 か細い声を聞けるのは授業中くらいで、基本的に首を振るだけ。男子が苦手なのか、声を掛けられるだけでビクつく。ここまでくると小動物を通り越して微生物である。


「……ルーと一緒で良かった」


 そんな友人の前の席になり嬉しそうな冬雪。俺の周囲にいる三人の中では、彼女が一番話せる相手なのかもしれない。

 まあ前の前には葵もいるし、そこまで嘆くことはないだろう。もっともその姿は全国苗字ランキング第六位、渡辺という名の防壁によってほとんど見えないんだけどさ。


「距離が近いから先生のホクロ毛が気になって集中できません。後ろの席をキボンヌ!」


 視力の関係で黒板が見えない人が問われる中、堂々と言い放ったアキトにチョップの制裁が与えられた。周囲のクラスメイトも割とウケてるし、結構楽しそうだなアイツ。

 まあ席替えなんてものは好きな異性がいてこそ盛り上がるもの。必死に阿久津の隣になろうとした昔を思い出していると、ホームルーム終了のチャイムが鳴り響いた。

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