一日目(月) 火水木の湯呑が300円だった件

『……コスプレ?』

『一応尋ねるけれど、一体誰がするんだい?』

『そりゃ勿論、全員でしょ』

『……嫌』

『えぇっ? 何でよユッキー』

『できればボクもお断りしたいところだね』

『ツッキーまでっ? 二人とも、やってみたら絶対に面白いって!』

『……やらない』

『やろうよーっ! お願いっ! この通ぉーりっ! 何でもしますからっ!』

『……じゃあ陶芸して』

『それくらい、お安いご用よっ! 作品作ったらやってくれるのっ?』

『……もしハロウィンまでに100個作れたら、コスプレしてもいい』

『ひゃっ……?』

『お安くないご用だね。その条件なら、ボクも考えても良いかな』

『ふ……ふふふ…………この火水木天海、やったろうじゃないのっ!』




 ――――以上、回想終了。

 まあ冬雪や阿久津がコスプレをしたくない気持ちはわかる。俺だってやりたくない。

 しかし火水木のコスプレをさせたいという気持ちもわかる。俺だって見たい。正直見たい。滅茶苦茶見たい。心の底から見たい。まあそんな欲望、絶対見せられないけど。


「なあ冬雪。いくら何でも100個は多すぎないか? まだ火水木は初心者で経験も浅いし、今まで作った個数から考えても絶対に無理だろ」

「……コスプレも同じくらい無理」


 それとなく譲歩を求めようとしたが、残念ながら条件は変わらなそうだ。

 しかし俺達の会話を聞いている火水木は、まだ諦めていないのか熱心に削り続ける。


「期間はたった一週間。経験に関係なく、ボクや音穏でも厳しいだろうね」

「大体一回の成形に一時間だよな。阿久津でも一度に作れるのは十個くらいか?」

「更にそれを乾かした後の削り作業で、生き残るのは大体七、八個かな」

「先週の金曜と今日、それに火・水・木を加えても、一日に三時間以上は陶芸しないと無理な計算かよ……一時間やっただけでお腹いっぱいだっての」

「しかし理由はどうあれ、櫻もあの姿勢を少しは見習ってみたらどうだい?」

「そのうちな」


 思い返してみれば冬雪は、来年までに一人150個が目標と言っていた。その3分の2を一週間で作れというのは、結婚を申し出た貴族に対するかぐや姫の難題に近しいものさえ感じられる。

 もし火水木がそのノルマを知っていたら、必死になって陶芸をすることもなかっただろう。部長の口車にまんまと乗せられるとは、哀れだなちょろインよ。


「…………ん? 待てよ? そもそもハロウィンって金曜だよな?」

「……体育祭当日」

「当日にパーティーができないなら、前日にするまでよっ! ハロウィンイブ!」


 その発言が期限を一日減らしているという事実に、コイツは気付いているのだろうか。

 フラグ回避には成功したらしく、無事に削り終えた湯呑を火水木が棚板の上に置く。傍から様子を見ていた冬雪は、完成した作品を手に取ると少し考えてから口を開いた。


「……200円」

「何だとっ?」

「な、何? どうしたのよ?」


 聞き捨てならない値段を耳にして、思わず席を立ち上がる。今日はのんびり読書に耽るつもりだったのか、本を用意していた阿久津も興味を示すと腰を上げた。


「なあ冬雪。俺の聞き間違いだと思うんだが、今いくらって言ったんだ?」

「……200円」

「はっはっは。桁を一つ間違えてるぞ」

「……2000円は高過ぎ」

「違う、そうじゃない。そういえば冬雪のスカウターは旧型だったもんな。そのうちボンって爆発するぞ? 阿久津の新型スカウターで見て貰えって」

「凄いじゃないか。釉薬の掛かり方次第だけれど、ボクは300円でも良いと思うよ」

「……じゃあ300円」

「本当っ?」

「何だとっ! この星の奴らは、値段を自在に操れるのかっ?」

「アンタどこの星出身よっ?」


 惑星サクーラ……何だかチェリーボーイだけが集まりそうな星だ。

 阿久津から湯呑を受け取ると、重くない上にちゃんと高台もある代物。店頭に売られていてもおかしくない、かつて俺が作った駄作とは違う傑作だった。


「馬鹿な、俺の六倍の陶芸力……まさかコイツ、あの伝説のスーパー湯呑人なのか?」

「陶芸力……たったの50円か。ゴミめ」

「……私は?」

「「53万!」」


 お決まりの数値を火水木とハモる。こういうネタを共有できる相手がいるのは嬉しいな。


「しかしもうこんなに上達してるなんて驚きだよ」

「ツッキーに褒められるとか、滅茶苦茶嬉しいんだけどっ!」

「……ヨネを超えたかも」

「む?」

「確かに、櫻より上手いかもしれないね」

「ちょっと待て二人とも。俺だってこう見えて日々成長してるんだぞ?」

「身長の話かい?」

「それは今朝、俺が梅に返したボケだ。どうやら少しばかり、この米倉櫻の本気を見せる時が来たみたいだな」


 恰好つけつつ学生服を脱いでから、Yシャツの袖のボタンを外し腕まくりする。

 そして鞄の中から、愛用のMP3プレーヤーを取り出した。


「ネックって音楽聴きながらやるの?」

「……見たことない」

「米倉櫻という生き物は周囲からの刺激に敏感でな。本来の力を発揮するためには、何者にも邪魔されない隔離された空間、マイワールドが必須なんだよ」

「……赤ちゃんみたい」

「ごぐふっ! はい傷ついたっ! 今ので深く傷ついたっ! 癒しが必要ですっ!」

「赤ちゃんより性質が悪いね」

「…………」


 癒しどころか追撃が来たので、大人しく引き籠ることにする。

 コードが邪魔にならないよう服の中へ通しつつ、イヤホンを装着すれば準備完了。一度陶芸を始めたら手が汚れて操作できないから、音量と曲選択は慎重にしないとな。


「耳栓じゃあるまいし、そんなんで本当に大丈夫なの?」

「安心しろ。何も聞こえない」

「聞こえてんじゃん!」

「まだ曲を再生してないからだよっ! じゃあマイワールドに入るから、何か用事があるときは肩を叩くなりしてからイヤホンを外してくれ」


 そう言い残した後で、俺は外界から音をシャットアウトした。


「ちょろいね」

「……ちょろい」


 曲が再生するまでの間に、そんな声が聞こえてきたのは気のせいだろう……うん。




 ★★★




「ただいま」

「んふ~ふ~」

「お帰りの一言は嬉しいが、口に物を入れながら喋るな。どこのキノコだお前は」


 リビングにて妹の横を通り抜けつつ、洗面所で手を洗う。

 陶芸の方はと言えば本気で挑んだ結果、失敗をすることもなく十一個の作品を生成。三人から受けていた過小評価をひっくり返すことには成功した。

 しかしその一方で削りに失敗するかもと言われる始末。よって明日もまた本気を出すことになったが、何だかまんまと罠に嵌められている気がしないでもない。


「ふう……」


 起動させておいたパソコンの前に腰を下ろす。

 その理由は300円という値段を聞いて、ちょっとした宿題を思い出したからだ。

 バナナというヒントを貰ってから、色々と考えてみたものの答えは出ず。ひょっとして遠足という発想が間違っているのではと、今日はグーグル先生に聞いてみることにした。




『家に帰るまでが遠足です』

 そんな言葉を聞き流していたら、なんと我が家が消えていた。

 裏で手を引いていた担任の陰謀。

 突如訪れた親友の死。

 おやつは300円までに秘められた暗号とは? そしてバナナはおやつに入るのか?

 劇場版『ENSOKU』 COMMING SOON!

『………………俺達の遠足はまだ終わってない』




(どんな映画だよっ?)


 思わず突っ込みを入れそうになってしまった。梅は二階に上って行ったが、キッチンでは母親が夕飯の支度中。画面に話しかける危ない息子と思われては堪らない。

 しかし『バナナ 300円』と調べても出てくるのは遠足関係のみ。となると考えられるのは、やはり単純に俺が彼女へと繋がる何かを忘れているということか。


「…………」

夢野蕾ゆめのつぼみ


 冗談半分で名前を検索してみたら、アーティストのアルバムがヒットした。

 あの抱きつかれた日以来、彼女とは会っていない。

 交換した連絡先へ何度かメールを作成したものの、中身のない本文を見直して送信せずに削除ばかり。答えがわからない以上は合わせる顔もなく、コンビニにも寄らずにいた。


(まあ、結果としては正解か)


 向こうからのコンタクトも一切ない辺り、俺は少しばかり思い上がっていたようだ。

 彼女が自分のことを好きなんじゃないかとか、そういう思春期特有の勘違いをして自爆してきた奴らは中学時代に山ほど見ている。危うくその一人になるところだった。

 全く、自惚れも甚だしい。

 彼女はただ単に、俺へ恩返しがしたいだけなんだろう。

 自分が過去に一体何をしたのか、グーグル先生でヒットすればいいのにな。


『名前占い。米倉櫻』


 ふざけ半分で自分の名前を検索してみたが、表示されたのは見知らぬ社長だとかフェイスブックくらい。暇潰しがてらに、パッと目についた占いのリンクをクリックしてみる。

 しかしページを開かれると、どういう訳か名前と全然関係ないエロサイトが現れた。


「お兄ちゃ~ん、ストレッチ手伝っ……テ……?」

「あ」


 タイミング悪く、階段を駆け下りてきた妹が登場。

 画面を見るなり固まる梅。口を半開きにして、完全に凍りついていた。


「お、落ち着け梅。勘違いするな」

「アー、ソーダヨネー」

「何を納得したっ?」

「オニーチャン、オトコダモンネー。ウメ、ヒカナイヨー」

「いや引いてるからっ! ドン引きされてるからっ!」

「ネーネー、オカーサーン!」

「違ぁぁぁあう!」


 勿論ちゃんと誤解を解いたのは言うまでもない。まさか自分の名前がこんなに卑猥だったとは、チェリーボーイの名は伊達じゃないな。

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