一日目(木) ガチャは自分で引くべきだった件
「ん? アキト、何で飯食うんだ?」
「それは『何故人は飯を食べるのか?』的な質問?」
「別にそんな哲学的な質問をした訳じゃないっての。俺はこの後陶芸部に寄るし、相生も音楽部がある。でもお前は帰るだけだろ」
コンビニ弁当を開けながらスマホを弄るオタクが、キラリと眼鏡を光らせる。
「別に、ここで飯を食べてしまっても構わんのだろう?」
「何のフラグだよ?」
「脂肪フラグ的な」
「誰が上手いこと言えと。飯だけに美味いってか?」
「ブッフォ。米倉氏も中々やりますな」
学年で有数の成績優秀者から褒められたのに、嬉しくないのは何でだろう。
ガラパゴスオタクらしく笑う
「あ、あれ? アキト君ってパソコン部じゃなかったっけ?」
「葵、コイツが部活に行った回数を知ってるか?」
「えっ?」
「二回から先は覚えてないお」
「そりゃ行ってないんだからな。春に一回で夏に一回……もう幽霊部員を通り越して、季節部員とか新しい名前付けた方が良いんじゃねーの?」
「あるあ……ねーよ」
「で、でもそれなら、何で入部したの?」
「何と言いますか、オタサーの姫が入ってから世紀末ヒャッハー状態になりますた」
「そ、そうなんだ」
「お前はホイホイされないんだな」
「拙者は君らとは違うんです。ヨンヨン、マジ天使」
どう見てもただのロリコンです。本当にありがとうございました。
何だか最近アキトのガラオタ語が伝染しつつある中、意識高い系ならぬ知識高い系オタクは俺にスマホを差し出してくる。
「今日はその姫関係のせいで、面倒だけど顔出さなきゃいけない件。米倉氏、引いてみそ」
「ん? 別にいいけど、期待すんなよ?」
熱を持ったスマホを受け取れば、十連ガチャと表示されている画面。デフォルメされた美少女に誘導され、これみよがしに用意されたボタンを押した。
「お! Rって出たけど、これレアじゃないのか?」
「レアガチャだから、Rは普通に出るお」
「あ、マジだわ」
一枚一枚カードがスライドしていくが、どれもこれもRばかり。アキトの目当てが何かは知らないが、最後にSRのカードが出た後で十枚全てが表示される。
「ほれ。ラストで何か引いたぞ」
「なんですとっ? …………おうふ。レアばっかな上に、このスーレアは持ってる件」
「期待すんなって言っただろ」
そもそも人に引かせてゲンを担ごうとする時点で間違いだし。そんなことをしても今みたいに微妙な空気になるか、自己中心的な責任転嫁をされるのがオチだ。
「ド、ドンマイだよ、アキト君」
「相生氏……いえ相生神、どうか御頼み申し上げます候」
「えぇっ? ぼ、僕っ?」
「気にするな葵。裁判になったら俺が弁護してやる」
スマホを渡された
「レア、レア、レア「ミディアム」レア、レア……? あっ! えっ? えっと……」
「おい何だ今の」
「フヒヒ、サーセン。で、どしたん相生氏?」
「えっと……SRが二枚出てきたけど、駄目かな?」
「どれどれ? おお、これは次イベの特攻! 流石相生氏、そこに痺れる憧れるぅ!」
「あ、あはは……どう致しまして」
「よくわからんが、お目当てのブツは引けたのか?」
「例えるならタイを釣るためのエビを手に入れた的な? イベントでランキング圏内に入れば、レアガチャどころかSR確定チケが手に入りますしおすし」
「チケットねえ……あ、それで思い出した。お前ら『彼女の名は』ってもう見たか?」
「うん! 勿論見たよ! 僕、感動して三回も見ちゃった!」
「相生氏、それは流石に見過ぎなのでは?」
「そ、そんなことないよ! 四回目を見に行こうか悩んでるくらいだし」
「その努力、入場特典フィルムのある映画での手伝いキボンヌ」
「んで、アキトは見たのか?」
「妹の付き添いで一回」
「えっ?」
「勘違いするな葵。何てったってコイツは、ゲーム機片手にライブデートして、トイレに彼女を置き忘れる男。二次元の彼女にまで逃げられた、伝説のオタクだからな」
「恋愛ゲームをやってたら、寝取られゲーになっていた件」
残された彼女はきっと今頃、別の男に撫でられて頬を染めてるに違いない。まあ当初は絶望していた本人も、今やヨンヨンに夢中なんだからお互い様か。
「ちなみに二次元妹じゃなくて、実在する妹なんですがそれは」
「VRゲームのやり過ぎで、とうとう空想と現実の区別がつかなくなったか。ロリコンのお前に妹なんていたら、間違いなくシスコンになって携帯の待ち受けとかにしてるだろ」
「今日のお前が言うなスレはここですか?」
失礼な。俺の待ち受けは家族の写真であって、断じて梅一人の写真とかじゃないし。
「さ、櫻君、少しは信じてあげなよ」
「え? マジの本当にリアルでいるの?」
「うん、とりあえず突っ込んだら負けかなと思ってる」
このロリコンの場合、その台詞が別の意味に聞こえなくもないから恐ろしい。
しかしアキトに妹がいたとは中々の衝撃的事実。サ○エさんのエンディングの歌詞が実は一番じゃなくて、二番と三番だったってくらいにビックリだ。
「拙者の妹話よりも米倉氏、映画がどうかしたん?」
「ああ、それなんだけど――」
制服の胸ポケットを漁った後で、例の割引券を二枚取り出す。入手したカード整理に夢中なアキトに一枚、首を傾げた相生に一枚をそれぞれ手渡した。
「何でも梅の後輩のお父さんが株主で、多めに貰ったから良ければどうぞだと」
「えっ? この割引券、僕達にくれるのっ?」
「幼稚園の件で世話になったしな」
「拙者パスで」
「ん? 要らないのか?」
「あんなイケメンに限る物語、一度見ただけでお腹いっぱ…………キターーッ!」
「わっ?」
「驚かすなよ! 何だいきなりっ?」
「激レアの浴衣ヨンヨン、ゲットしますた! クールぶっておきながら天然なヨンヨンの魅力が、溢れんばかりに引き出てるお! ヌハーっ!」
花より団子ならぬ、映画よりヨンヨンってか。
興奮するガラオタを放置し、返却された割引券を音楽部の青年へ渡す。
「じゃあ葵、これ――――」
「ひょっとして、貰ってもいいのっ?」
「え……?」
玩具を与えられた子供みたいに、キラキラと輝いた瞳が見つめていた。屋代の生徒多しといえども、この眼差しを前に堂々と断れる男子なんて俺くらいなものである。
「あ、ああ。見たいんだろ?」
「やった! ありがとう櫻君!」
…………断れるとは言ったが、今断るとは一言も口にしていない。
間違っても女みたいな容姿の葵が可愛いと思ったなんて理由じゃなく、アキトから返して貰ったところで俺が二度行く筈もなく使い道に困るだけだろう。
夢野さんに渡しておいて貰えないか……なんて都合の良いことを今更になって言える訳もなく、口にしかけた言葉は黙って桜桃ジュースと共に喉の奥へと飲み込んだ。
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