末日(月) 俺の彼女が300円だった件
人の記憶というものは底が知れない。
しかし例え容量が一ペタバイトあろうと古い記憶は新しい記憶に埋められていき、奥に眠っているものを引っ張り出すのは一苦労である。
先日幼稚園に赴くことで蘇った思い出さえ、発掘できた自分に驚くくらいだ。
「………………マジかよ?」
そんな愚かな生物である米倉櫻は今、雨が上がり紅に染まる雲の下を歩きながら、掌に収まる小さな機械の差し込み口を必死に弄っていた。
右耳は音楽。
左耳は無音。
どうやら、イヤホンの線が切れてしまったらしい。
帰宅後に自転車で買いに行ってもいいが、駅からなら少し遠回りするだけで済む。
「いらっしゃいませ」
コンビニの中へ入ると、見知った女性店員が明るく出迎えた。
軽く目で応えた後で吊るされたイヤホンの一つを選ぶと、客のいないレジに脚を運ぶ。
「あ、袋いらないんで」
「かしこまりました」
財布から紙幣を取り出している間に、バーコードが読み取られていく。
「?」
商品にシールを貼り付けた後で、少女は自分のネームプレートにも何かを貼った。
気付けば貼られていた今までとは違い、わざと俺に見せつけるように。
『夢野蕾 ¥300』
「…………」
「1000円からお預かりします」
何度か瞬きした後で、再び少女のネームプレートを確認する。
見間違いではない。
貼られている金額が、いつの間にか値上げされていた。
百分率で言えば250%増し。今買った980円のイヤホンなら、何と2450円にもなってしまう『へぁっ?』って感じの超絶インフレである。
えっと……つまりどういうことなんだこれは?
「20円のお釣りと、レシートになります」
動揺を隠せずにいる中で手を出せば、少女の柔らかい掌が重ねられる。
まるで困っている俺を見て楽しむように、彼女はこれ以上ない笑顔で応えた。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
コンビニから出て来たのは、勇気を出しても迷走している男の姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます