一日目(火) はよざっすが流行らない挨拶だった件
「はよざ~っす! お兄ちゃ~ん、朝だよ~っ!」
妙な挨拶の後でギシッという音がしたかと思うと、腹の辺りに重みが加わった。目を開けずとも、妹である
「う~む……死後二日ってところか……うわっ、白目キモッ!」
どこぞの探偵みたいに強引に瞼を開けられた挙句、勝手にドン引きされた。
しかしちょっと待て妹よ。死後二日とか適当に言ったんだろうけど、昨日お前のためにシャンプーを買ってきたのはリビングデッドか? リビングにいたお兄ちゃんだろ。
ちなみにリンスは残量たっぷりな上に買い置きまであったため、親に請求することもできず引き出しに収納。ああ、これでまた財布事情が厳しくなりそうだ。
「お兄ちゃん! いつ起きるのっ?」
「ん……あと五日……」
「長っ! 五日後は日曜……ってそうじゃなくて、もう一回! いつ起きるのっ?」
「じゃあ五年」
「何で増やすのっ? 五年も過ぎたら……多分世界がヤバイ感じになっちゃうよっ?」
マジかよ、寿命短すぎだろ世界。
薄ら瞳を開けて見えたのは、半年前まで通っていた中学校のセーラー服。女子高生の短いスカートを見慣れてしまったせいか、中学生らしい丈の長さが幼く感じられる。
パッチリした瞳に肩へかかる程度のショートカット。中二の癖に成長するところはしっかりと成長した、声だけで明るい雰囲気が伝わる妹は身体を揺さぶってきた。
「起きてよお兄ちゃ~ん! 起きないと松コースから竹コースになるよ~?」
「竹になるとどうなるんだ?」
「戦じゃ~っ! 元軍が鉄砲で襲ってきたのじゃ~っ!」
「元寇なら鉄砲じゃなくて毒矢だろ。後で種子島に来るポルトガル人が困るぞ?」
「そういうお兄ちゃんトリビアとかいいから!」
「いやこれ無駄知識じゃなくてテスト出るやつ。お前も中二なら習ってるだろ?」
「……………………起~き~て~よ~っ!」
どうやら知らなかったらしい。俺も人のことは言えないが、大丈夫かよマイシスター。
体力にステータス全振りの梅は、シーツを剥ぐという発想に至らない様子。起きろと言いつつ寝かす気なのか、電車の振動と同じで微妙な揺れが余計に眠気を誘う。
「む~。竹でも起きないなら、もう梅を食べて貰うしかないよ~?」
「そういう表現は誤解を招くから止めなさい」
「あ、起きた」
ベッドから上半身を起こすと、机の上には梅干しの容器と箸が一膳。妹がつまらなそうに口を尖らせているのを見る限り、最初からこれを試したかったようだ。
「お前の朝練に合わせて俺を起こすなよ」
「だって
言い方がアバウト過ぎるせいで、物凄く複雑な家庭に聞こえる。まあスキンヘッドの御方へボールをぶつけた際に『頭大丈夫ですか?』なんて失言をぶっ放す妹だしな。
「別に一人でもいいだろ」
「お兄ちゃん、そんなこと言ってると孤独死するよ?」
「嫁からATM扱いされる結婚死よりはマシだな」
「出た~。お兄ちゃんのそういう捻くれた意見聞かされると、梅引くわ~。根暗なんてあだ名付けられても仕方ないって、悲しくなっちゃうわ~」
「お兄ちゃんは慣れない相手にちょっぴりシャイなだけで、そんなあだ名を付けられた過去は忘れました。そしてお前は今、全国約5000世帯の米倉さんを敵に回しました」
「梅や桃姉みたく元気だったら、ちゃんとヨネとかネックって呼ばれるから大丈夫だよ! じゃあ早く来てね。音速ダァッシュ!」
音速と比べれば2%くらいしかない速さで、妹はドタバタと階段を駆け下りていった。
時計を見れば設定しておいたアラームが鳴る三十分前。しかし目が覚めてしまった以上は仕方なく、ひとまず着替えてから学校へ行く身支度を始める。
別に両親が海外旅行中なんてことはなく、父は教師で母は看護師と双方サービス業なだけ。梅が中学生になった頃から、少しずつ朝や夜にいない日も多くなってきた感じだ。
「…………梅干し置いていくなよ」
ちなみに梅が直接部屋まで俺を起こしにきたのは、親しき仲にも礼儀ありという父親の信条によるもの。過去に一度だけ面倒臭くて、二階で寝てる姉貴の携帯にリビングからモーニングコールを掛けた時には滅茶苦茶怒られた。
そんな高一の俺と三つ離れた大学一年の姉も、キャンパスが遠いという理由により先月から一人暮らしを始めた次第。よって今は梅と二人きりである。
「「いただきます」」
妹の手料理……なんてことはなく、親が事前に用意していた朝食を前に両手を重ねた。
そして次々と目の前から消えていくおかず達。結局一人でご飯状態じゃねーか。
「ほうほう、ひ~てホニ~ハン」
「中国拳法とか使いそうだなホニーハン。とりあえず口に物を入れながら喋るな」
「ごっくん。聞いてよお兄ちゃん! 今週末、梅達の時代で初の練習時代だよ!」
「練習試合だろ? そんな辛そうな時代を俺は生きていけん」
「そいでねそいでね、梅の初めてをお兄ちゃんに見て欲しい訳ですよ」
「そういう表現は誤解を招くから止めなさい」
「はえ? 何が?」
「いや、何でもない。週末っていうと土曜か?」
「うん! ミナちゃんと一緒に、デートのついでで良いからさ~」
「悪いが無理だな。今の言葉を聞いて、尚更無理になった」
というか100%無理。デートという単語を口にした時点で絶対に一蹴される。
新生バスケ部キャプテンは俺の答えを聞くなり、ハムスターのように頬を膨らませた。
「まあ少し落ち着いて聞け梅。お前の兄は近々、大きな壁を乗り越えなくてはならないんだ。その壁を乗り越えるためには数多くの苦難と犠牲を――――」
「あ~、そういえばテスト近いんだっけ?」
「…………まあ、そうとも言う」
「そっか。お兄ちゃんのシンガポール行きはマズイよね」
「誰が赤道直下だ。普段から赤点取ってるみたいな言い方をするな」
「じゃあオーストラリアくらい?」
「赤道超えちゃった!」
「とりあえずミナちゃんだけでも誘っておいてね! ごちそうさまでした!」
早々と食べ終わるなり自分の食器を洗った梅は、慌ただしく洗面所へと向かった。
コイツを見てると、それこそ食パンとか咥えて登校してそうだと思う。まあもしそんな展開があったとしたら、俺はマーガリンとジャム持って全力でぶつかりに行くけど。
「ほんじゃ、行ってきます! 梅梅~」
「行ってら」
はよざっすはともかく、うめうめは流行らないし流行らせない……絶対にだ。
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