第63話イケメンメイドにオトコのロマン
セアラ「エノ! 息を切らしてどうした?」
アランと共に空中から降り立ったセアラは、ぜぇぜぇと息を乱しているメイドに駆け寄る。上司に事の始終を説明し終わると宙で黙々と読書をしている少年がじーっと見ていることに気が付いたメイドは居心地が悪そうに乱れた息を整える。
エノ「……あの、なにか?」
ねこねこ「うーん……B級かなー」
エノ「はい?」
額に血管を浮かび上がらせたメイドにねこねこは続ける。
ねこねこ「ああ、勘違いしないでね? おねえさんの顔のことじゃないよ」
ふわふわと浮遊しているねこねこは『こうりゃくぼん』を抱えながらセアラの一歩前に着地した。
セアラ「なんだねこ……? 今はお前の戯れに付き合っている場合では――」
アラン「あら……? 待って、セアラ」
メガネを中指でくいっとかけ直すアランは訝しい目をメイドに送っている。その様子に近衛戦士は言葉を引っ込めた。
ねこねこ「おねえさんさぁ、ぼくのこと覚えてる? さっき会ったよね?」
エノ「そうでしたね」
ねこねこ「ぼくはね、一度見た女の人を見間違えたりしないんだぁ」
エノ「……」
微動だにしない顔にねこねこは高らかに指を指す。
ねこねこ「おねえさん、さっきよりちょっとおっぱいがおっきくなってるよ!」
セアラ「指をさして得意気にいうことか!」
背中に回し蹴りを繰り出してねこねこを蹴飛ばした。ねこねこの「わー」という間の抜けた声と共に本棚が崩れて整頓されていた本が地べたに山を作る。
舞い上がっていた埃が止むと本の瓦礫から力なく伸びている両足。
一連のやり取りを口を開けて眺めていたアランが唸る戦士を宥める。
アラン「あらあら……セアラ落ち着いて。彼女から少し嫌な気配を感じるの」
セアラ「なに? エノはうちの使用人だ。そんなわけが――」
あり得ないと思い、当の本人に確認すべくセアラがメイドを視野に入れる。
ここまで、とばかりに口元を裂けるように歪めてメイドはどこからか短剣を取り出し、伸びている賢者を仕留めるべく疾駆。
エノ「ふふふっ……キエェェェ‼」
セアラ「っ! ねこっ!」
その間に割り込み、瞬時に抜いた剣で短剣を受け止める。
ねこねこ「流石セアラ! ナーイスディフェンス!」
いつの間にアランの隣まで、とセアラはメイドだった者と競り合いながら思うも、すぐに瞬間移動と答えにたどり着く。
長杖を右肩に担いで明るげに褒めるねこねこの隣で深刻な面持ちの魔導士は危機感を言葉にする。
アラン「まさかこんなところまでモンスターが紛れ込んでるなんてね……」
セアラ「貴様の目的はなんだ? 一人でこんなところに来たわけではあるまい」
エノ「アッは」
剣を滑らせて斬撃を首元へ繰り出すがエノは頭を引いて回避し、短剣を投擲して牽制。身体を捻らせて鼻先紙一重で避けるセアラの反応速度を見てねこねこは感嘆した。
ねこねこ「おおー、バトル漫画みたいな避け方」
アラン「セアラならそっちでもいけるでしょうね、ふふっ」
アランのからかうような微笑みにねこねこは同調する。
一方で、セアラの出方を探りながら、殺意の乗った目で賢者を凝視するエノは嗤われる。
ねこねこ「セアラとアランおねえさんは街の方に行ってよ。このおねえさんはぼくと遊びたいみたいだからさ」
不敵な笑みを浮かべながら杖を敵に向ける賢者。しかしそれを制して疾走を始めるセアラは機嫌が悪そうに。
セアラ「ふん。バカを言うな――」
剣で斬りかろうと見せかけた攻撃は防御のため腕を頭上に持ってくるエノの腹部を晒させる。隙だらけの腹部へ膝蹴り。
助走の効果もあって威力が増した攻撃はエノを床に叩きつけるだけでなく、後転しザザっと床を滑っていった。
セアラ「客に粗相をした部下に躾けをするのは上司の務めだ」
こみ上げる胃液を吐き散らし、体勢を立て直そうとする部下をセアラは容赦なく攻め立てる。剣と打撃を組み合わせた連続攻撃で確実に丸腰の敵を追い込んでいく戦士にアランは注意すべく大声を出した。
アラン「セアラー! ここ図書館だから、あんまり散らかさないでよー!」
ねこねこ「程々にねー」
距離を取って次の攻撃の機会を探るセアラをお茶でも飲みそうなほどお気楽な調子で魔法使い二人は観戦していた。ショタ賢者は読書を始め、メガネ司書はメガネ拭きを取り出す。
セアラの優勢に安心しきっていた矢先、追い込まれていたはずのメイドの形をした悍ましい気配が二人の耳を貫く。
エノ「ふふっ……あはっ……きゃっはっははっはは!」
奇怪な声を上げるそれは人の姿を脱ぎ、額の左側から骨肉の角が生えた
ねこねこ「やっぱりB級っぽいね――っ! セアラッ‼」
奇声を上げている姿に目を奪われているセアラの左胸目がけて転がった短剣が独りでに宙を切り裂く。
ねこねこの呼び声で察し、回避しようとするが間に合う距離ではなくなっていた。
アランが魔法で撃ち落とそうと魔法陣を展開しているが意味をなさないだろう。
セアラ「ね……ねこ?」
セアラと刃の些細な隙間にテレポートしたねこねこがいたのだから。
短剣を少年の胸に刺した元凶は止めを刺そうとするが魔法を連発する魔導士に阻止され標的を変えた。
夜叉と魔導士の攻防を他所にして、領主の近衛は白い賢者に手を伸ばす。
セアラ「おい、しっかりしろ……ねこ! くっ……アラン、回復魔法を‼」
口の端から血反吐を流し仰向けに倒れる少年を抱きとめると少女のような顔が痛みを堪えながら得意気に微笑む。
ねこねこ「いいよ……初めてだけど……映画で見たよ……当たり所が悪いみたい」
セアラ「なにを弱気なことを! お前らしくないぞ……!」
ねこねこ「はは……かもね……でも女の子を庇って……死ぬって男のロマンだよ」
セアラ「……私を女とも思っていない素振りばかりしていたではないか!」
ねこねこ「…………あー……」
セアラ「何か言え!」
おふざけを混ぜてはいるがねこねこの意識は徐々に薄れつつある。
長い会話が祟ったのか口から血痰を吐き出すねこねこ。
声を出す気力も無くなり走馬燈のようなものが脳内をめぐり出していた。
ねこねこ「(ロイオ……ごめんね……)」
実の家族よりも愛情を注いでくれた兄に心の底から謝る。先に逝くことを、最期まで一緒に居られないことを、約束を破ったことを。
セアラ「ねこ? ……おいねこ、目を開けろ、ねこ!」
ねこねこ「(……セアラって……ホントに綺麗だと思うなぁ……見た目も……心も……)」
傍にある温かい人肌を感じて最年少の最強賢者ねこねこの心拍は動かなくなった。
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