第9話はじめてのクエスト
『
竜の大翼と鱗、犬種の顔と尾、鮫の背びれが混沌のごとく混ざり合った巨大な影。推奨レベル一〇以上という高さは近隣のモンスターと一線を設けて、危険度が明白だ。
降下のため鱗のついた羽が砂嵐を巻き起こす。
乾燥しきった空気と微細な粒が突風と共にパーティーを襲った。
「ガルル……ヴォン!」
砂から目を護る俺たち四人が身構える前に四足を地につけたキメラは開幕の挨拶と言わんばかりに口から火球を放つ。
それをばらけて躱す俺たちは各々が臨戦態勢を整え始め、最初に反撃の狼煙を上げたのは最年少の男。
ねこねこ「このぉ……! アイスピック!」
お返しとばかりにねこねこは片手を前に突き出して小さな氷柱を放ち、キメラに命中させるが、効いた様子はない。
ロイオ「火力難は否めないな。キルハ! ディフ!」
キメラが次の行動に移る前に俺は残りMPを確認して、最低限の
ゼウス「……っ!」
バフを受けたゼウスさんはキメラに向かって砂の大地を駆ける。刀のように腰に携えたひのきのぼうを力いっぱい振り抜く。
「キャンっ!」
脳天にヒットし、キメラは苦悶の悲鳴を上げながら頭を沈ませた。
その隙を変態は見逃さない。すぐさま、盗賊の
山田「セフトッ!」
武器を装備していない山田の左手が小さな光で包まれるとその手でキメラをひっかく。自らに痛みが何時まで経ってもこないキメラは若干の困惑を見せたように目を踊らせる。一方の俺たちは戦闘中ということすら忘れ、一か所に集まって期待に満ちた顔色を浮かべていた。
ロイオ「なんか取れたか?」
山田「チクショウ! だめだ、ミスった!」
ねこねこ「もぉーなにやってんのさ!」
ゼウス「せめて仕事しろ。さもなくば
山田「お前ら俺に厳しいな!」
「ガルゥ」
低い唸り声にハッとした俺たちはまたばらける。
ゼウス「来るぞ!」
キメラは鉤爪を逃げ遅れた山田目がけて払うが、ゼウスさんの合図でこれをしゃがんで回避する。
山田「あっぶねっ!?」
ねこねこ「ちっ」
山田「こらァ! ねこねこォ、舌打ちすんな!」
山田のツッコミが気に入らなかったのか、両手を頭上に掲げるねこねこ。
ねこねこ「すのうあろー」
山田「棒読みっ⁉ 俺を巻き添えにする気かよっ! うわっ氷がいっぱい飛んでくるー‼」
無数の氷の矢を背中に浴びせられ、膝を折るキメラと逃げ惑うパンツ一丁の男。
ゼウス「でかしたぞ、ねこねこ。ロイオ! 俺に幸運のバフを!」
ロイオ「はいはい……プロース」
普段は低血圧な人が随分とノリノリですね。異世界転移は最高ですね。わかります。あなたの大好物な修羅場ですよ。文字通りの修羅場ですよ。
金の光を浴びせると、ゼウスさんはひのきのぼうを背中に担いで、ダウンしているキメラに歩み寄った。
ゼウス「その首、へし折ってやるからな。犬っころ」
ねこねこ「どっちがモンスターなんだろ?」
ロイオ「本物の狂戦士だな」
山田「あの目は、ムショ経験有りなヤツだ」
俺たち外野の声に耳を貸さず、悪人面した長身男は殺気を込めて断つ。
ゼウス「
鱗がついた首にクリティカルヒットした、会心率高めの狂戦士
巻きあがる砂煙と風圧が俺たちをかすめる。
ロイオ「俺のバフのおかげだな」
ねこねこ「いやいや、ぼくの魔法のおかげでしょ」
山田「ここはやっぱ、俺の日頃の行いがいいからだろ?」
ロイオ「は?」
ねこねこ「は?」
山田「バカ言った俺も悪いけど、その
胸を押さえてがっくり、うな垂れる芝居までする変態。おい、パンツ食い込んでる。ケツの割れ目を増やされたいのか?
それにしても、こんないかにも終わった感ってフラグのような気が――
「グオォォォォ‼」
ゼウス「ぬおっ!?」
雄たけびと共に、とどめの一撃を放ったゼウスさんが吹き飛んでくる。
大翼を広げて、砂煙を消し飛ばすと宙を舞い始めるキメラ。
どうやら、本気でフラグを踏んでしまったらしい。
そもそも推奨レベルに届いていない四人だ。『
しかし、それはこれまでの結果であって決着はまだついていない。
ねこねこ「どうやら、まだぼくたちと遊びたいみたいだねーあのワンちゃん」
山田「丁度よかった、まだ何も盗めてねぇしな」
ゼウス「不覚を取ったが、今度こそ息の根を止めてやろうッ!」
俺は、こっそり全員のステータスを確認……ゼウスさんのHPは今の一撃で残り三分の一、俺もねこねこもMPが半分近い。山田はHPもMPも余裕があるけど、素手でパンツ一丁だし、一撃も耐えられないだろう。
危機的状況。ギルドのおねえさんが言っていたように無謀だったかもしれない。
だが、俺たち四人にそんなことは関係ない。
四人揃ってれば、なんとかなる。いいや、なんとかしてきた。
ロイオ「マジックレイン! キルハ!」
MP自動回復の魔法を自分にかけ、再び味方全員を対象に攻撃力を上げる。
ねこねこ「ぼくにもマジックレインしてよー」
ゼウス「ねこねこ、万が一、俺が攻撃を食らいそうになったら回復を頼む」
ねこねこ「えー……勿体ないなぁ……その辺の草でも食べてなよ」
山田「この犬、一体なに持ってんだろうなぁ? へへっ楽しみだぜ」
ピンチなんて序盤じゃ、日常茶飯事だ。
一々、悲観的になるような奴はこのパーティにいられない。
俺は、急に零れた楽し気な笑みを他の三人に見られないよう、灼熱の太陽を見上げる。
そしてMPを少しだけ残してバフを使いまくった。
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