08 安心




「お前が代わりに死んでいればよかった」


「ご両親は立派な人だったのに」


「どうしてこんな平凡な子が時都家に生まれたんだろう」






 ふわりふわり。


 体がとても軽い気がした。


 目を覚ますと、私は真っ暗な夜の中に浮かんでいる。


 私は少し驚いたけれど、すぐにどうでも良くなった。


 だって、とても心地が良いから。


 よくは理解できない。


 今の自分の状況は危ないのか、危なくないのかもわからない。


 けれど。心地が良いことが幸せだった。


 夜なのに、私をくるむ雰囲気はとても暖かくて、つい眠ってしまいそうになる。


 このまま、ここにずっといたい。


 どこか別の場所から来たような気がするけれど、頭の中に思い浮かんだそれはすぐに消えて行ってしまう。


 幼い頃にただ無心に作ったシャボン玉のように、消えてしまう。


 私は、誰だっただろうか。


 そんな風に考え事をしていたら、遠くから声が聞こえてきた。


 その声はとても耳慣れたものだ。


 私の事をいつも気に掛けてくれる男の子の声。


 順平君の声。


「順平君?」


 私は口を開くと、頭の中にこれまでの記憶が一気に流れ込んでくる。


 両親の死。皆の言葉。


 私の望み。


 そして、人生のだいたいの時間、私の隣には順平君がいてくれた。


 順平君は器用な子じゃないから。


 きっといつも困っていた。


 私が悲しい顔をするたびに、どんな言葉を掛ければいいのか悩んでいるようだった。


 あの子は優しい子だから、困らせちゃいけない。


 だから私は、自分が透明になるようにずっと、心が表に出るのを我慢していた。


 この世界から消えてなくなっちゃえば、やさしい順平君を困らせるようなことがないと思って。


 でも、本当にそれでいいのかな。


 だって、順平君はあんなにも泣きそうな顔をしているのに。


「時都!時都!」


 順平君が遠くから叫んでる。


 私はぼんやりとしか見えないけれど、夜ばかりの景色に真っ白な穴が開いて。その向こうにあの子がいる。


 あの子が手を差し出しながら、私の名前を何度も読んでいる。


 私はその手を取るべきなのだろうか。


 拒むべきだと答えは出ている。


 でも、どうしてか耳をふさぐことができない。


「戻って来いよ。なんでお前そんな所にいるんだよ。今日は俺と一緒に遊ぶって約束しただろ」


 こんな時でも、普通の言葉しか出てこない順平君に、ちょっとおかしくなってしまう。


 でも、気持ちのこもった優しい言葉だった。


 だから私は、向こうに向かって口を開いた。


「もういいよ。私がいると、順平君が困っちゃうから」


 すると、順平君がさらに声を大きくして、喋った。


 とても怒っているような顔で。


「ふざけんな。こんな良く分からない画の中に隠れてたら、寂しいだろ!」


 ううん、ようなじゃなくて、本当にそうだった。


 私がいなくなると、良い事ばかりだと思っていた。


「このままだと許さないからなら。死んでも恨むからな。死んでからも怒るぞ!」


 皆が幸せになるんだと、そう思っていた。


 でも、違うのかな。


 私がいなくなることで、悲しんでくれる人がいるのかな。


 私にいなくなってほしくないって、そう思ってくれる人がいるのかな。


 私はゆっくり手を伸ばした。


 そして、真っ白な穴の向こうにいる順平君の手に触れる。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る