エピローグ 知ってる知人



 未遂で終わった。

 誰も死ななかった。

 確かに大変な事は起こったけど、致命的な何かは起こらなかった。


 君は生きている。

 しかし、爪痕は確かに残った。


 最悪の事態を防ぐ事はできたけれど、だからといって結末が最良へと書き換わるわけもなく。

 悲しみも、苦しみも。傷も、痛みも。

 それぞれの立場にいる者達の心に積もっていった。


 元から壊れかけていた彼女の日常は、やはり壊れてしまったのだから。


 それでも今日、君は生きている。





 それは、

 どこか遠い所にいる君と僕の運命が、偶然にも交わって奇跡の様に創り出された一日だった。


 そんな風に思っていた頃もあったけれど、冷静に考えればおかしな事だった。


 僕が君の後をつけて、たどり着ける場所に君の家があった。

 それでもう、分かるだろう。


「案外人って近くで生きてるものなんだね」


 とある日の平日の昼。


 君は僕の対面で笑っていた。

 食堂は混みいっている。

 席は徐々に埋まりつつあって、他の人へ配慮するなら相席するならとても良い事だろう。

 でも、僕は素直に喜べなかった。


「ここの学校の人だったんだ」


 何かに裏切られたような気分だ。


 曇り空。

 それは今の、僕の心模様だ。

 説明は珍しく要らないと思う。


 僕を恨んでいても良いはずなのに、君は笑いかけてきた。


「月城くん。月城白亜くん、ありがとう」


 なぜ名前を知っているのだろう。

 月城白亜。この僕の名前を。


 不思議に思う。

 果たして僕はあの短い時間の中で、君に名乗った事があっただろうか。

 君に名前を呼ばれた事なんて、記憶にはないはずだけれど。


 だて、僕はあの印象深い時間の中で、一度も彼女に自分の名前を名乗らなかったのだから。


「教えてくれたの、君の先輩に」

「ああ」


 納得した。

 高坂凛子先輩。

 あの人の事だ。


 興味を引く事がなければひどく淡白で、言葉すら交わす事のない人だというのに。


 その反面興味が湧いたのなら、どこまでも人の事情に首を突っ込んでくるあの人の事だから。

 調べたのだろう。


 彼女の事を。


 そして、教えたのだろう。

 僕の事を。


「じゃあ、月城白亜です。よろしく」


 とりあえず今更だけど、自己紹介をした。


 彼女がこんな風に僕の日常に存在するだなんて、あの時はまるっきり思っておいなかった。


 初めての瞬間は、ただの一瞬の出会いだった。

 もう関わらないとさえ、その時は思っていたのに。


 でも生きてるから、ここにいる。


「ふふ、変な感じだね。私達、前に会って、たくさん話をしたのに」


 君に同じく。


「私の名前は、水城優里亜。私達、何だか名前のの語呂が似てるよね」


 笑いながら名前の共通点について話し続ける君の笑顔は、前に見た時よりもずっと屈託がなくて、僕は今更ながらに自分のした事が、まったくの見当違いの行為ではなかったのだと言う事を思ってわずかながらの、安堵を得た。


 そうだ。

 どうして僕はあんなにも君が気になっていたのか。

 それが分かった。


 きっと僕達は似ている。


 限りなく近い、似たもの同士なのだ。


 表で人を拒絶していても、本心では触れ合いを渇望している。

 周囲の者達を距離を置いているのに、その現状に心の底で不満を抱いているような……そんな天邪鬼な性格の僕達。


 だから、僕は君がずっと気になっていた。

 君を助けたかった。

 君を通して、君に僕を見ていたから。


 きっと仲間意識を抱いたのだと思う。

 僕はそれで、この世界で不意に出会ってしまった、鏡映しのような君を助けたいと思ってしまった。


 でもあの瞬間はそんな事分からなかった。これまでの時間の中でも。


 理由なんて知らなくて、分からなくて、だから無いのと等しくて、それでも……。


 それでも僕は手を伸ばしたしたかったんだ。

 ただ気になってしまったから、ただ失われるのが嫌だったから。

 

 ただすれ違っただけの君を、助けたいと。

 そう思ったんだ。


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