05 短かなデート
デート。
……なんて形容してしまったが、彼女と過ごす時間は何という事のないものだった。
一緒に何かを見て、一緒に周って、たまに疲れたら休憩して、雑談する。
それらは、どこにでもあるような至極ありふれた時間。
誰とでも過ごせる様な至極満ち溢れた時間だった。
周囲を見渡せばきっと、そこらにいる者達の誰もが経験しているようなそんな時間だ。
「私は、使いやすさで言えばシャーペンの方が良いと思うけど、筆記具としてはやっぱり鉛筆が好きだなあ」
「どうして?」
「木のぬくもりがね、好きなの。シャーペンじゃそうはいかない。ちょっと冷たい感じがするでしょ? あと、削る時のにおいが好き。木の匂いを感じるとちょっと落ち着くの。それに何だか時間がゆっくりゆっくり進んでいる様に感じて、そこも良いかな」
「へぇ……」
彼女はよく笑う。
そして、よく喋る人だった。
最初に植え付けられた印象がまるで幻でもあったかの様に、僕の中の彼女の印象は様変わりしていった。
キラキラと輝く宝石の様な笑顔を見せる彼女の横顔。
楽しげな色を纏わせて喋る声音。
それは出会ったばかりの僕にも、何の疑いもなく分かる事。
その人にとっての紛れもない魅力だった
彼女にはこんなにも素敵なものがある。
なのに、なぜ自ら死を選ぶような事をしたのだろうか。
僕にはそれがどうしても分からなかった。
それもそのはず。
たった一日の邂逅。
出会いと触れ合い。
それだけの時間で分かるはずはない。
そもそも人が人をちゃんと理解できる日なんて、永遠に来ないだろうし。
そんな無理難題を、無理矢理にでも分かりたいと言うのならば……。
いつだって僕達が出来る足掻きは、与えられた情報の中だけで、足りない知恵を振り絞って、組み合わせて、繋ぎ合わせて、自分の頭で出来もしない時空の彼方を覗く様に、精一杯想像するしかないのだ。
「この色、素敵だね。知ってる?」
「何が?」
「二つのノートを交互に重ね合わせて引っ張ったら、絶対にとれないの」
「摩擦」
「そう、凄いよね。紙一枚だけだったら、ビリビリって破けちゃうのに。数の力だよね」
それにしても、僕。
先程からすっかり相槌を打つマシーンみたいになっているが、誘っておいてそれはない。
何でも良いから何か喋る事見つけられないんだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます