03 過去の世界



 僕にはそのよどみの事がよく分かる。


 そこは……。

 世界中から憎まれて、消し潰されそうにでもなっているようなそんな場所だった。


 だから、そこには不幸が集まって、悲しみが、悔恨が、怒りが積み重なり、この世ならざる現象が起きやすくなる特異地点と化しているのだ。


 僕はそれを利用する。

 その特異点に少しばかり手を加えるのだ。


 悲しみを混ぜ返し、覗き込み、声をかけ、揶揄する。

 何にも知らない僕が、無責任にも勝手な事情で混ぜ返し、混ぜ返し、混ぜ返す事で、過去へと戻る扉を出現させる事が出来るのだ。


 そんな世界の理を馬鹿にしたような出鱈目な事が、いつから出来る様になったのか分からない。

 それが出来るようになった瞬間の事を、僕は覚えていないからだ。


 けれど、それでも構わなかった。

 だって、別にそうまでして助けたい人間なんて、行きたい過去なんて僕には今まで無かったから。


「……来た」


 それなのに。

 

 今、僕はその力を使って過去へ向かおうとしている


「……成功だ」


 歪みに身を突っ込んで扉を開けた。


 悪意と、敵意と、恐怖と、痛み。

 そんな負の感情の坩堝に、僕は強引に己の身をねじ込んで、その扉を押し開いた。

 

 そうして辿り着いたのは、同じ場所の、けれど数日前のビルだ。

 過去の世界。


 時を超えて、僕はここへ来た。


 おそらく彼女を助けようとするために


「誰?」


 ただこれは、ちょっと……ごくごく少しばかり予想外だったが。


「今、どこから?」


 まさか過去へ戻った瞬間を、肝心の助けたい対象である彼女に見られてしまう事になるとは……。


 驚いた表情の彼女。

 この過去の世界で。今日、このビルの屋上から飛び降りる事になる彼女。


 そんな君が、探すまでもなく目の前にいただなんて、一体誰が予想するだろうか。


 さて、どうしよう。

 少しばかり考えた僕は口を開いた。


「気配を断って移動するのが得意なんだ」


 とりあえず、僕はそう誤魔化す事にする。

 大丈夫。

 人なんて大体が適当に作られている。


 ちょっとやそっと不都合や、整合性が取れなくったって、目の前で起こった摩訶不思議な出来事を説明できるものが他にあるなら、勝手に自分の方が勘違いしたのだと解釈してしまうのだから。


 だから目の前でおかしい事が起こったって、そう簡単に夢見がちな子供の様には鵜呑みにはしないはずだ。


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