第7話 コレクション
店の外で騒がしい声が聞こえ、様子を見ようと美夜子が扉に手を掛けた瞬間に扉がドンという音と共に開き、それで吹っ飛ばされる形となり転んでしまった。どこかで引っ掛けたのだろうか、右手を少し切ったようですぐに痛そうに左手を添えた。押さえた左手の指の間から、みるみるうちに血が溢れ流れる。
「美夜子!」
若林がすぐさま美夜子を支え、タオルで傷口を押さえ、諒を見てから声を荒らげた。
「諒! 俺が車ですぐに美夜子を病院に連れてくから心配すんな!」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
「諒…… ごめんね。ごめんね」
「そんなことは今はいいから! 早く行って……」
「……うん」
今にも泣きそうな美夜子は僕を見て申し訳なさそうな顔をした。そして、若林がすぐに美夜子を裏口から病院に連れ行った。それを黙って見ていた聖の目と口元が一瞬にして歪む。諒はそれを見て怪訝な表情になった。
「聖くん…… 気分でも悪い?」
「……あ ……すいません ……僕、ちょっと血が……」
「ああ、休憩室に行って休んで…… ここは俺ひとりで平気だから。すみません、コウさん! 彼を休憩室に連れて行ってもらえますか?」
「わかった! 聖くん、行こうか」
「はい…… 斑目さん、ごめんなさい……」
「いいから、早く行って」
店は騒然として、ひなたが急いでお客様を落ち着かせようと必死だった。もちろん他のスタッフも同じ気持ちでお客様に笑顔を絶やさなかった。
そんな中、微かに聖だけが、彼だけが笑っていたと思ったが、見間違えだったのだろうかと諒は思った。
それよりも外の騒ぎはなんだと諒は用心深く扉をゆっくりと開ける。すると、数人の酔っぱらいが暴れてゴミ箱を倒し騒いでいただけだった。なんて迷惑な事だとそう思って諒は大きな溜め息をついて扉を閉めて急いで振り返り苦笑いをする。
「ただの酔っぱらいが騒いでいるだけでした! 皆様、大変御騒がせをしました! 今日はサービスでシャンパンを出しますね! 本当に申し訳ございませんでした。このあともごゆっくりとお楽しみ下さい!」
諒はお客様に深く頭を下げると、休憩室の聖の様子が気になった。やはりさっきの聖の表情がどこかに引っかかるのだ。
店の裏口を出て、少し歩くと綺麗なマンションが立ち並ぶ。若干の薄暗さがあるものの人通りも多く人気な場所だった。今日は水曜日だったこともあり、今夜はとても静かだった。三階立てのマンションの階段を上り、三階の一番奥の部屋の前でコウが鍵を開けると八畳ほどのワンルームで簡易冷蔵庫とソファーベッドがあるだけの簡素な休憩室だった。
「あんまり綺麗な所じゃないよ〜でも簡易の冷蔵庫とソファーベッドもあるから意外とくつろげるよ! とにかく座ってて! 聖くんミネラルウォーターでいいかな? あー、あとは栄養ドリンクばっかだ〜」
コウはソファーベッドを手で広げ、ブランケットをその上に丁寧にたたみ、冷蔵庫から良く冷えたミネラルウォーターを一本出した。
「コウさん…… 人って死んでから好きなったり愛してしまう事ってあるんですかね…… な〜んて言えば、綺麗事でしょうか? 美談に聞こえます?」
「何? ……え?」
冷蔵庫の前でしゃがみこんだコウが振り向いた時、聖が青白い顔で冷めた目をして口元だけを歪め笑っていた。
コウは一瞬、彼が何を言っているか分からなかった。それは、どんな顔でどんな気持ちで言っているのか、分からなかったからだ。薄暗い部屋の明かりのせいで彼の顔がとても怖く見え、コウは今にも昼に食べた物を吐きそうだと思った。
「ごめん…… あたしにはそれは答えられない…… それに、あたしそういうのよくわかんないよ……」
「なんだ…… コウさんもつまんない人だ…… 見当違いだった…… じゃあ最初のアノ目はなんだったんだろうって…… って、もうどうでもいいや……」
「……君は今、何を言っているか分かってるの?」
「……はあ?」
「そういうこと冗談でも言うの…… やめといたほうがいいよ……」
「……くくくく」
「何がおかしいの……」
「あんたみたいな偽善者ぶるヤツが一番嫌いですよ…… ぼくのタイプじゃないな」
「何、言って……るの?」
コウは聖が怖くて、ミネラルウォーターを強く握り締め、座ったまま後ずさりをした。
「あららら、脳ミソに完全に血が上っちゃいました? こりゃ、正義感ジャンキーですね…… おっと! でも、躊躇う顔はとってもいいじゃないですか……」
「それ以上、近付いたら大声出すよ……」
「女って怖いね…… すぐに自分が綺麗で可愛いと勘違いを起こす…… 母親も同じだったよ…… 自分だけが可愛いんだ…… な〜に今更出てきて親ぶってんだろうね…… ほーんと笑っちゃうよね? ね?」
聖の言葉にコウは瞬時にあの時、黒瀧たちが言っていた事件のことを思い出した。
「ちょっと…… 何を言って……」
「そうだね、今頃、美術部の大きな水槽で芸術的に綺麗な姿になってるよ…… 明日は騒ぎになるだろうね…… きっと今度はテレビに出るよね」
「……聖くん ……ねえ、全部冗談よね?」
コウは青白い聖の顔を見上げ恐怖でうまく話せなくなっていた。
「あんたは目がとても綺麗だから、ぼくがもらってあげてもいいよ? 親父は手が器用だった…… だから利き手の左手をもらった。母親は年の割には皮膚が綺麗だった…… だから剥がした…… 赤くて綺麗な体液と桃色に染まった皮膚は今思い出しても傑作だったと言えるよ…… 噎せ返る香水の匂いと相まって芸術的に演出が出来た。見せてあげたかったな…… いひひひ……」
「……うっ」
コウは聞いているだけで気分が悪くなり、口に手をあてがうが、胃の中のモノを吐き戻してしまった。
「ああ、汚いな……」
聖はコウの髪を掴み顔を上げ、皮肉そうに笑う。みるみるうちにコウの目には涙が溢れた。
「ああ、潤いが増して瞳がとてもとても綺麗だ…… あんたも僕のコレクションにしたいけどね…… さっきコレ吐いたから、もう汚物だ…… やっぱり、もういらない……」
聖の澄んだ声で何故か静かな部屋は、より一層の静けさを纏った。
「コウさんと聖くん…… 大丈夫かな? 遅くない? 良い感じになっちゃってたりして〜やーん! 秘め事〜」
少し頬を赤らめた、ひなたが笑いながら言った。その言葉に違う意味合いで諒は嫌な気持ちになった。
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