第35話
『繰り返します。各隊は速やかに戦闘配置についてください。中型甲二体が、五時方向観測隊により発見されました』
館内放送が雛白邸に響く。
即座に青いセーラー服に着替えて長い髪をポニーテールにした明日軌は、コクマを従えて正面門脇の車庫に走った。
車庫の中では、すでに妹社隊の三人がジープに乗り込んでいた。
「エルエルって本名なんですか?」
「いいえ。色々有って、名前を捨てたんです」
後部座席に乗っている蜜月とエルエルが雑談している。
エルエルは、波打った金髪を明日軌と同じポニーテールにしている。
のじこと蜜月は鏡の鎧をキチンと着ているが、エルエルは黒の鎧下着しか着ていない。
「エルエルさん、鎧は間に合わなかったのですか?」
戦闘経験が有るエルエルは、訓練無しで実戦に出られる。装備も揃っているはず。
それでも着ていないって事は、彼女なりの理由が有ると思う。明日軌はそれを分かっているが、雛白部隊に来てすぐの初出撃なので、確認の意味を込めてわざわざ足を止めて訊く。
「いいえ。鎧は重いので邪魔です」
「そうですか。分かりました」
身体の大きなエルエルの鎧は、それなりの重量になるか。納得は出来る理由だ。
本人が不必要と思っているのなら、無理に着せる必要も無いだろう。
「では出発しましょう」
助手席に乗っている忍装束のハクマの指揮に従い、妹社隊を運ぶジープが車庫から出て行った。
明日軌とコクマは鉄の箱の様な形の戦闘指揮車に乗り、自分の席に座ってヘッドフォンを装備する。
発進後、マイクオフの状態で口を開く明日軌。
「トキさん。現場に着いたら妹社隊の音声を聞きます。開きっ放しでお願いします」
「了解。ハクマさんの回線を繋ぎます」
「前回の様に二手に分かれる可能性も有るので、私も聞いて良いですか?」
「許可します」
珍しく積極的なコクマに頷く明日軌。自分も状況を知っていた方が良いだろうとの判断だろう。
そして現場に着く戦闘指揮車。
散開している戦車の数は普段より少ない。今後は複数方向からの神鬼の侵攻が予想される為、半分以上の戦車を雛白邸で待機させている。そうしておけば、前回の様に妹社だけの戦闘になる事は避けられるだろう。
「ヘッドフォンの電源を入れます」
明日軌とコクマが耳当ての様な機械を操作する。
『――と言う作戦で行きます』
ハクマの声。妹社が三人になった事で変更になった戦い方の確認をしている様だ。
その声を聴きながら戦闘指揮車の天窓から顔を出す明日軌。緑色の左目で見る限り、現場に怪しい気配は無い。
『ダイジョーブ。あれっぽっちの敵、私一人で倒せます』
複数の『あ』と言う声が重なった後、物凄い銃声。一秒に二発のペースで弾丸が撃ち出されている。
「何かしら、この音」
戦闘指揮車の中に戻って来た明日軌の疑問にコクマが応える。
「植杉さんが改良した、エルエルさん専用武器です」
植杉義弘。
雛白部隊が使う武器防具の開発を行う部門の責任者。
「ガトリングガンを小脇に抱えて撃てる様にした武器、と聞いています」
「ああ、そんな報告書が来てましたね」
ヘッドフォンの向こうでは、その銃声が遠ざかって行っている。
『どうしましょう、ハクマさん』
『蜜月さんはエルエルさんの援護をする様に前進してください』
『はい』
『のじこは行けない』
『困りましたね』
マイクに口を近付けた明日軌は、白いボタンを押してハクマに声を届ける。
「明日軌です。どうしました?」
『エルエルさんが指示を待たずに先行してしまったんです。作戦通りではあるんですが、のじこさんが戦えません』
「大丈夫?」
『物凄い弾幕で、小型がバタバタと倒れています。中型には効いていません』
「分かりました。以上」
白いボタンから指を離す明日軌。緊迫はしていないので、心配は要らないか。
「何なんでしょう? 彼女。仲間の命が掛かっている事を分かっているのかしら」
黒いメイド服姿のコクマは、腰に手を当てて呆れ顔をしている。
「エルエルさんの母国は自由を象徴とする国ですから。しかし……」
腕を組む明日軌。
ヘッドフォンからは、ハクマが必死にエルエルと蜜月に指示を出している声が聞こえて来ている。
一応のじこも前進させているが、銃を撃ち続けるエルエルと蜜月の前に出られない様だ。中型と肉薄する格闘術を得意とするのじこは、弾幕が有ると戦えない。
「自由過ぎますね」
『エルエルさん、下がってください。蜜月さんも撃ち方止め。のじこさん』
『うん』
「エルエル、弾切れ後退。のじこが前進、蜜月その場で待機。いつも通りの作戦に切り替わっています」
電子機器を見ながら報告する渚トキ。
「三人になった意味が無いわね」
コクマは肩を竦める。
戦闘終了を待ち、明日軌は白いボタンを押す。
「ハクマ。帰還したら、エルエルさんを司令室に連れて来てください」
『了解』
明日軌はやれやれと溜息を吐きながらヘッドフォンを頭から外す。
「年長で経験豊富だから隊長になれるかとも思ったのですが……」
「無理ですね」
コクマのキッパリとした言葉に、明日軌は再び溜息を吐いた。
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