第36話
雛白邸玄関の真逆側に、明日軌の仕事場である司令室が有る。ただ、司令室に居てもやる事は無いし、戦闘時も現場に向かうので、ここを使う事はほとんど無い。しかしメイド達はキチンと掃除をしてくれているので、塵ひとつ見当たらない。
「さて――」
大の男二人掛かりでも動かせそうにないくらいに重量感が有る机に、セーラー服のまま着く明日軌。
そして重々しく口を開く。
「貴女は先程の戦闘で命令違反を犯しました」
机の正面には、エルエルが居心地悪そうに立っている。
黒の上下のままの彼女の後ろには忍び装束のハクマが控えている。
「日本語が聴き取り難く、ハクマが説明した作戦内容が理解出来ませんでしたか?」
「イイエ」
明日軌と同じポニーテールのエルエルは、直立不動で返事する。
「作戦を理解した上で、一人で敵に挑んだ。間違いありませんね?」
「ハイ」
明日軌は椅子の肘掛けに右肘を乗せる。
「言い訳を聞きましょう」
「のじこの様な小さい子が、敵と接近戦をする事を避けたかったからです」
エルエルは、青い瞳を天井に向けてゆっくりと言う。頭の中で日本語を選んで喋っている様だ。
「あの規模の敵なら、母国では私一人で倒して来ました。だから、一人で戦いました」
中型甲二体程度なら、のじこも一人で倒して来た。この街に配属された妹社がのじこ一人だったからだ。戦車隊が戦いに深く係わるのもそのせいで、のじこが中型、戦車隊が小型を退治していた。
そうしている内に蜜月が配属され、二人一組の戦いを基本にした。中型甲をのじこ、中型乙と小型の一部を蜜月が倒す作戦。
エルエルが来たので、同じ様に三人一組の作戦に変更し、戦車隊の負担をもっと減らしたかった。乙の光線が一発でも戦車隊に向いてしまうと戦車は大破し、一瞬で数人の命が消えるからだ。
負傷しても大丈夫な妹社に頑張って貰わないと、戦闘の度に隊員が減って行く状況になってしまう。
しかし妹社も不死身と言う訳ではないので、余り強く前に出ろとも言えない。
「分かりました。私達は軍ではありませんし、被害も有りませんでしたので、罰は与えません。注意のみとします」
立ち上がる明日軌。
「しかし、次は許しません。戦闘に関わる全員の命が掛かっていますからね。隊長の命令に必ず従いなさい。良いですね?」
「ハイ」
「下がりなさい。ハクマは残って」
「ハイ」
司令室を出て行くエルエル。
明日軌は身体から緊張を解き、再び椅子に座る。
「確かにあの程度で妹社三人と言うのは勿体無いかしらね」
「かも、知れませんね」
「ハクマ。どう思う?」
数秒考えるハクマ。
「経験は大切です。どんな戦いであろうと、回数をこなす事が大切だと思います。敵の規模は関係無いでしょう」
明日軌もそう思うから、三人一組の作戦を考えたのだが。
「しかし、今後敵が複数方向から攻めて来る事が多くなるのでしたら、組での戦闘に馴れさせてしまうと、少々危険かとも考えます」
「うーん……」
先日の戦闘で、コクマのサポートは有ったが、蜜月は一人での戦闘を見事にこなした。
エルエルも、中型甲の二、三体なら一人で倒して来たと言う口振りだった。
問題はのじこか。
接近戦と言うスタイルは、小型がかなり邪魔なのだ。
のじこは甲のみを相手にし、戦車隊をサポートに付けるか。一人だった時と同じ作戦なので、乙が居なければ問題は無いだろう。
だが、やはり戦車隊は出来るだけ温存したい。鉄材が豊富に有っても、資源の乏しいこの国では燃料や弾薬は貴重なのだから。勿論、人命も。
「今後、敵の攻勢が弱まるとは思えません。なので、三人一組ではなく、三組の作戦に変更しましょうか」
決断した明日軌は考えを言葉にする。
「と申しますと?」
「のじこさんとハクマ、蜜月さんとコクマ、エルエルさんは一人。の三組です。無線で会話が出来るので、不可能な作戦ではないでしょう?」
三人一組だと中型を三人掛かりで一体ずつ倒して行くのだが、三組なら中型三体を同時に攻略出来る。
中型が二体以下なら中型をのじこ組蜜月組が、エルエルが小型を退治する。
四体以上なら余った中型甲を戦車隊が相手をすれば良いだろう。
乙が居たら蜜月組が主力になり、のじこ組とエルエルがサポートに回る。
「ただ……」
チラリと忍び装束のハクマを見る明日軌。
「それだとハクマとコクマを戦闘から外せませんが……」
「明日軌様。私とコクマは戦いに身を置く宿命の忍ですので、お気使いは不要ですよ。私としては、戦闘時にコクマが明日軌様のお側を離れてしまう方が心配です」
微笑んで言うハクマ。
心配してくれるのは嬉しいが、今の明日軌は素直に受け取れない。
「ハクマ。コクマも加えて、妹社三人に今の作戦の説明して。そして意見の交換をして、作戦をより練ってください」
「妹社隊全員で、ですか?」
「上が考えた作戦の押し付けでは、またエルエルさんが独走し兼ねませんからね。戦うのは妹社隊です。自分達の考えた作戦なら、納得して戦うでしょう」
明日軌は仏頂面で立ち上がる。思う通りに事が運ばないのが本当に苛立たしいが、それを気にしても仕方がない。
三人寄れば何とやらで、みんなで知恵を出し合えばより良い作戦になるだろう。
「分かりました」
「ただ、妹社隊の結論を最終とせず、必ず私の許可を取ってください」
「はい」
腰を折ったハクマは、司令室を横切る明日軌に道を譲った。そして明日軌の後に続いて司令室を出たハクマがドアを静かに閉めた。
「ハクマ」
廊下の真ん中で立ち止まった明日軌は、振り向かずに従者を呼ぶ。
「はい」
「貴方は運命は変えられると思う……?」
「忍に運命は有りません」
即答するハクマ。
「私とコクマに有るのは、明日軌様の命令だけです」
ポニーテールをムチの様にしならせて振り向いた明日軌は、喉まで出掛かった言葉を飲み込む。言葉に出したら不安が現実になりそうで怖い。
そんな想いを知ってか知らずか、ハクマは普段通りの笑顔を女主人に向ける。
「明日軌様の思う通りになさってください」
「……ありがとう」
明日軌は正面に向き直り、堂々と廊下を進む。
運命の鎖が身体を蝕み、最悪の未来へ引っ張られている。
どうしたら運命を変えられるのだろうか。
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