第34話
雛白邸一階大食堂の隣には、狭い待合室が有る。そこで洋式の椅子に座っている蜜月は、妹社隊の仲間である銀髪少女に話し掛けた。
「ねぇ、のじこちゃん」
「んー?」
壁に掛かっている絵を退屈そうに見渡していたのじこは、やる気の無い返事をした。長袖のTシャツと黒の膝丈スパッツと言ういつもの気楽な洋装。裸足で石の床をペタペタと歩いている。
「敵って何なんだろうねぇ」
のじこは応え様の無い言葉に反応しない。
ヒマなので、蜜月は構わずに喋り続ける。
「初めて二方向から同時に攻められて、これから大変になるかなーって思ってたら、もう一週間も出撃無し」
蜜月は肩を竦めて溜息を吐く。
「本気でこの街を落とす気なら、連続で襲わないとダメなんじゃないかなぁ。他の街も同じなのかなぁ」
「蜜月、戦いたい? 敵に来て欲しい?」
のじこに無表情で言われ、慌てて首を横に振る蜜月。
「まさか。そんな事ないよ。そうじゃなくて、敵の方にやる気が無いのなら、始めから来なきゃ良いのになーって思っただけ」
「まぁね」
「失礼します」
おさげで眼鏡のメイドが待合室に入って来て、二人に緑茶を淹れた。
「申し訳有りませんが、もう少しお待ちくださいと、明日軌お嬢様からの伝言です」
「分かりました。ありがとう、梶原さん」
にっこりと笑んだ眼鏡のメイドは、深く頭を下げてから退室した。
熱々の緑茶を飲む蜜月とのじこ。
それから更に一時間待たされた。好い加減どう言う事なんだと妹社の二人が相談している所にオカッパ頭のメイドが現れた。
「お待たせしました。こちらへいらしてください」
「はーい」
長身で姿勢の良いメイドに先導され、何十人も座れる長いテーブルが有る大食堂を横切って玄関ホールに出る妹社の二人。
噴水が有るホールには、黄色い着物姿の明日軌、白い執事服を着たハクマ、黒いメイド服のコクマと言う、お馴染みの顔触れが立っていた。
そして、もう一人の女性が居た。一番目を引くのは、長く波打った金髪。彫りの深い顔立ちに、青い瞳。
「が、外人だ」
初めて見る異国人に怯む蜜月。
のじこは口を半開きにして金髪を凝視している。
「ああ、お待たせしました、お二人共。――では、紹介しましょう」
明日軌は妹社の二人に右手を向けた。
「小さい子が妹社のじこさん。こちらが妹社蜜月さんです」
「イモシャ」
ゆったりとした白いドレスを着ている外人は、青い瞳で二人を見た。背が高く、ハクマと同じか数センチ高いくらい。
それから妹社の二人に向き直った明日軌は、外人に左手を向ける。
「のじこさん、蜜月さん。こちらの方はエルエル・イモータリティさんです。イモータリティとは、海外の妹社の事です。外国では、苗字は後ろに付くのです」
紹介され、改めて外人を見る妹社の二人。
「初めまして、エルエルです。のじこ、蜜月。宜しくお願いします」
エルエルは流暢な日本語を操り、二人と握手をする。
「に、日本語お上手ですね」
大きな手にビクビクしながら愛想笑いする蜜月。
「ハイ。母国が滅び、これからはこの国で戦うので、日本語を教え込まれました」
「滅んだ……?」
「詳しい話は座ってしましょう」
明日軌を先頭にして大食堂に移動した。
主人である明日軌が長テーブルの上座に座り、その右手側にエルエルが、左手側にのじこ、蜜月の順に座る。
ハクマとコクマは女主人の後ろに控えた。
「まず、のじこさんと蜜月さんに世界の情勢を伝えましょう」
頷いたのは蜜月だけだった。
のじこはどこかに視線を向けてボケーっとしている。
「世界の戦況はより悪くなりました。大型の発生が頻繁になり、ユーラシア大陸から人が撤退したのです」
「ゆーらしあ?」
「世界最大の大陸を神鬼に奪われたと言う事です」
蜜月の表情が全く理解していない言を物語っていたので、明日軌は分かり易い様に言い直す。
「つまり、世界の半分以上が神鬼支配になったと言う事です。一大事です。人類存亡の危機です」
「大変じゃないですか」
やっと事態を理解する蜜月。
「なので、これ以上神鬼支配地域が広がらない様に、生き残ったユーラシアのイモータリティが各国に分散されました」
明日軌は外人に顔を向ける。
「この街にはエルエルさんが割り当てられました。これからは雛白妹社隊の一人として戦って頂きます」
エルエルがにっこりと笑む。顔の彫りが深いので、笑顔なのに妙に迫力が有る。
「イモシャとはいえ、貴女達みたいな子供が良く街を守ってくれました。でも、私が来たからにはもう大丈夫です」
エルエルは、大きく膨らんだ胸を張った。その胸をつい見詰める蜜月。コクマより大きい。
のじこもエルエルを見ている。
「心強いです。えっと、エルエルさんはおいくつなんですか?」
初めて見る外国人は、外見では年齢が全く分からなかった。なので蜜月は訊かずには居られなかった。
「おいくつ……年齢ですね。十七才です」
「じゅ……」
驚愕する蜜月。
「私とみっつしか違わないんですか? てっきりハタチ以上かと……」
「みっつ? 蜜月は十四才ですか? もっと子供かと思いました!」
エルエルも驚く。
驚き合っている二人を見てクスクスと笑う明日軌。
「欧州の方に比べれば、この国の人はかなり小柄ですからね」
「その人は妹社なんだよね?」
今まで黙っていたのじこがエルエルを指差した。
「そうですよ」
明日軌が頷く。
「その色は妹社だからなの?」
「この国の人に黒髪が多い様に、外国の人には金髪が多いのです。彼女達はこの色で普通なんですよ」
「……そう」
明日軌の言葉に、のじこは少し残念そうに手を下ろした。
「私の国では、のじこみたいな銀の髪も珍しくないよ」
エルエルはのじこに青い瞳を向けてニッカリと笑う。
「のじこはどこの国の人?」
「……この国の人」
むすっとするのじこ。なぜ不機嫌になったのかは明日軌と蜜月には分からなかったが、エルエルは構わず言葉を続ける。
「これからはこの街を守る仲間です。色や人種に拘らず、仲良くしましょう」
「うん」
素直に頷くのじこ。相変らず何を考えて何を感じているのか分からない子だ。
「では、話を続けますね」
明日軌が真剣な顔になったので、大食堂の空気が引き締まった。
「ユーラシアが陥落した事により、各国に出現する神鬼の数が増えています」
クン、と鼻を鳴らすのじこ。
蜜月の鼻にも肉を焼く香ばしい薫りが届く。
「我が国でも、北と南はかなりの激戦区となっており、ユーラシアのイモータリティが多く配置されました」
「最近敵が増えたと感じてるのも、そのせいですか?」
そう言う蜜月に頷く明日軌。
「この越後の名失いの街は少し小型が増えたな、くらいですが、今後はどうなるか。みなさん、気を引き締めてくださいね」
妹社の三人が一斉に頷くと、四人の白服メイドが大食堂に入って来た。失礼しますと一礼してから座っている四人の前に刺繍付きの白い布を敷く。
食事の準備が始まったので、のじこの落ち着きがなくなる。
「妹社隊の隊長は引き続きハクマです。ですが、妹社が三人になったので、誰かに隊長の任を譲る事も考えています」
「あの、どうして妹社に隊長を任せたいんですか? 私はハクマさんが適任だと思いますけど」
「それは……」
陰鬱な表情になった明日軌は、質問をした蜜月から顔を逸らす。
「丙が現れる確率が非常に高くなっているからです。どこに現れるか分からないので、隠密行動が得意な忍であるハクマとコクマを自由に動かしたいのです」
運命を変えたいから、と言う本当の理由は言えない。だから明日軌はもっともらしい事を言って誤魔化した。
「まぁ、そうなるかも知れない、と言うだけです」
四人の白メイド達が、湯気の立った皿を運んで来た。
椅子に座った四人の前に分厚いステーキが置かれる。
赤い瞳をキラキラさせて肉を見るのじこ。
「今夜はエルエルさんの到着を祝して、最高級の牛肉を用意しました。どうぞ、お召し上がりください」
「あの、これは何でしょう?」
蜜月が人指し指を向けているのは、白い布に置かれた茶色い物。
ナイフとフォークを持った明日軌は「これが食卓に出るのは初めてでしたか」と言って微笑む。
「私達の主食はお米ですが、エルエルさんの国では、そのパンと言う物を主食としているのです。美味しいですよ」
「へぇ~」
「いただきます」
ステーキにフォークを刺して齧り付くのじこ。今回のお肉は丸ごと一枚なので、熱々の肉汁がテーブルクロスに滴り落ちている。
ナイフとフォークの扱い方を知らない蜜月は、明日軌とエルエルにテーブルマナーを教わりながら食事を進める。
妹に物を教える姉の様に優しく話すエルエルを見て、明日軌は安心してパンを一口大に千切る。
新しい妹社が異国人と言う事で何か摩擦が起こるかと思っていたが、杞憂だった。異国の妹社も心優しい。
文化の違いが有るので今後の生活の中では問題が起こるかも知れないが、取敢えず妹社の三人は仲良くは出来そうだ。これから厳しくなるであろう戦いにも希望が持てるかも知れない。
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