第14話

『繰り返します。各隊は速やかに戦闘配置についてください。中型甲二体が、六時方向観測隊により発見されました』

「これは……館内放送?」

「神鬼が現れました。行きましょう、蜜月さん」

「は、はい」

 ハクマと蜜月は並んで庭を走る。

 そして正面門扉の脇に建っている小屋の中に入った。

 中には、鉄の箱の様な装甲車と、無骨なジープと、更衣室が有る。射撃訓練を始める前、ハクマに鏡の鎧の保管場所を聞いたら、ここを教えられた。

 すぐにまたここに来るとは思っていなかった。

 少し遅れて、のじこも小屋に入って来た。

「着替えを」

 短くそう言ったハクマに頷いた女子二人は、壁の一角を仕切っているカーテンの向こうに行く。そこにはふたつの鉄のロッカーが有り、鏡の鎧や銃器が収められている。

 蜜月は袴を脱ぎ、のじこはTシャツを脱ぐ。Tシャツの下は、あの黒い上下だった。のじこは普段から鎧下着を着ているのか。スパッツではなかったのだ。

 しかし、一旦裸になって鎧下着を着るより遥かに着替えが早い。

 次からそうしようと思いながら鏡の鎧を着た蜜月は、小さなカバンが沢山付いたベルトを腰に巻く。

 のじこの鎧は縁に微かな錆びが浮いているが、蜜月の方はぴかぴかの新品だ。

 ベルトに拳銃と弾倉を取り付け、歩兵銃を両手で持つ。

 これで準備完了! と思ったところで、防寒具の耳当ての様な物が有る事に気付いた。昼過ぎに鎧をロッカーに入れた時には無かったのに。

『通信用ヘッドフォン 植杉』と書かれてあるメモがテープで張り付けてあり、装着方法が絵で示されていた。

 射撃訓練をしている最中に植杉が置いて行ったのか。

 絵の通りに頭に着ける。

「あの、刀はどうしましょう? まだ使い方を習ってませんけど……」

「重さに馴れなければなりませんので、装備してください」

 カーテン越しにハクマと会話する。

「はい」

 腰のベルトに日本刀の鞘に付いている紐を結び付ける。

 先に着替え終わったのじこはカーテンから出て、さっさとジープの後部座席に乗り込んだ。

 のじこの鎧は、蜜月の物とは形が少し違っていた。胸当ては同じだが、篭手には先の尖ったスコップの様な物が付いている。それは鏡ではなく、銀色の鉄で出来ていた。日本刀の輝きに近い。

 靴の爪先にも、鬼の角の様な銀色の突起物が付いている。

 腰のベルトには拳銃ひとつで、歩兵銃や弾倉は無い。

「お待たせしました。えっと、私はどこに乗れば……?」

「のじこさんの隣で」

 いつの間にか忍者らしい黒衣に着替えたハクマが助手席に乗る。

「はい」

 遅れて着替え終わった蜜月がジープに乗ると、更に数人の人間が小屋に入って来た。

「遅れて申し訳有りません」

 青いセーラー服を着た明日軌と黒いメイド服のままのコクマ、そして迷彩服を着た男と女が装甲車に乗り込む。

 迷彩服を着たもう一人の男がジープの運転席に座ると二台の車が発進し、開かれた鉄の門扉から雛白邸を出た。

「初出撃の蜜月さんに説明しておきましょう。明日軌様が乗られた箱の様な車は戦闘指揮車です」

 天井の無いジープが切る風の音で聞き難いので、蜜月はヘッドフォンを外してハクマの声に集中する。

「司令は明日軌様ですが、妹社隊は私の指示で動きます。明日軌様からの指示は私のみに届き、従うかどうかは私が決めます」

「はい」

「コクマは戦闘指揮車の銃手兼妹社隊の衛生兵。それからオペレーターの渚トキさん」

「おぺれーたー? とは何でしょうか」

 蜜月は、身を前に乗り出して大声で訊く。

「植杉さんが開発した、戦闘指揮車に搭載されている電子機器を扱う方です。運転手は、指揮車は市川次郎さん。こちらは佐野正平さん」

 ジープのハンドルを握っている男性が、運転しながら軽く頭を下げる。

「それから、方向観測隊とは、街の外からやって来る神鬼を見張る隊です」

 二台の車は猛スピードで広い道を走る。

 両脇に建ち並ぶ赤い夕日に照らされた民家付近では、街の人々が普通に歩いている。神鬼の襲来を知らされていない様だ。人を狩る恐ろしい化物が迫っている、と言う緊張感が見られない。

「雛白部隊は外からやって来た人がほとんどなので、地名で知らせても分からないのです。なので説明の手間を省く為に、雛白邸を中心にした時計の針で方向を示しています」

「時計の針?」

「雛白邸から見て真北が十二時の方向。真南が六時です。東が三時で西が九時」

「ああ、なるほど」

 街を時計に見たて、時間が示す方向で敵の位置を知らせているのか。

 段々と民家と民家の幅が広くなって来る。街の端が近い。

 ここまで来ると、黒い鉄板の塊みたいな戦車の姿がチラホラと見えて来た。鏡張りじゃない戦車を囲んでいる迷彩服の男達も、その場で南の方向を警戒している。

 自警団の方は、もう展開を終えている様だ。

「街を出たのでスピードを上げますよ」

 不安そうな表情をしている新人妹社に向かってそう言った運転手がアクセルを踏む。

 家が途切れても道は続く。

 土埃を上げて走ったジープは、小高い丘の頂上で止まった。

 するとのじこがジープから飛び降りた。

 ハクマも飛び降りたので、残された蜜月もモタモタと降りる。

「ご武運を」

 陸軍式の敬礼をした運転手は、ジープを反転させて街の方に帰って行った。

 周りには戦車も指揮車も居ない。妹社隊の三人だけだ。

「敵を目視出来ますよ、蜜月さん」

 街を背にしているハクマが指差す方を見る蜜月。

「あれが……神鬼」

 視界いっぱいに広がる新緑の田園。

 網の目の様に走る農道。

 その風景の中に二体の巨大生物が居た。亀が直立した様な姿で、金属の様な質感の甲羅が夕日を受けて赤く輝いている。

 意外にも律儀に農道を歩き、こちらに向かって来ている。かなり足が遅い。

 亀が歩いている後ろを、記録映像で見た姿と同じ、小さな餓鬼の様な神鬼がチョロチョロと動いている。百匹以上は居るだろう。

「ヘッドフォンの電源を入れてください」

 ハクマに従い、のじこは頭に付けた黒い耳当てに指を添えた。のじこのヘッドフォンは他の二人の物より少し大きかった。

「えっと」

「ここのボタンを押すのです」

 やり方が分からない蜜月の代わりに耳当ての電源を入れたハクマは、最後に自分の電源も入れる。

「聞こえますか? 蜜月さん。ヘッドフォンは、一時間で電池が切れます」

 耳当てからハクマの声が聞こえる。何だこれは。

「電池?」

 どう言う仕組みになっているのか全く分からない。どうして耳当てから声が聞こえるんだろう?

「機械が動かなくなると言う事です。それまでに戦闘を終わらせなければなりません」

「は、はい」

「今回の戦闘は基本形で行きます。覚えていますね?」

「はい。昨日教わった形ですよね」

「そうです。では行きましょう。――妹社隊、戦闘開始します」

 ハクマが細くて長い銃を構えた。その銃に付いているスコープを右目で覗き、戦いの始まりを知らせるかの様に中型神鬼を撃った。

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